いい加減、目を覚ましなさい!
「これが、黒精霊師……」
護衛官である兵士達は息を飲んで、言葉を失う。
アレク様の護衛を任されるのは身分も腕前も確かな人物ばかり。
それでもうろたえるくらいなのだ、圧力の凄まじさには相当なものがあるのだろう。
アレク様は口角を引き上げた。
「離脱するなら今だぞ?」
「ご冗談を!」
アレク様の合図に従って、剣を抜いた護衛官達は一斉に斬りかかる。
彼らの重い一撃は目にも止まらぬ速さで振り下ろされて……瞬く間に跳ね返される。
体格の良い兵士が紙切れのように吹き飛ばされて離れた地面に叩きつけられた。
「神の息吹っ、かの者たちに癒しを!」
天から降り注ぐ祝福と治癒の滴によって血と傷が洗い流される。
いつもよりも効果が薄いような気はするが元は鍛え上げられた兵士達だけあってすぐに立ち上がった。
彼らの視線の先には、一人立ち向かうアレク様がいる。
獅子のような金の髪を靡かせ獲物を狙う鋭い眼光に凄惨さすら感じさせる微笑みを浮かべながら、遠慮も躊躇もなく威力の高い術式を次々に撃ち放っている。
平常時は、まるで王子様のように優雅で柔らかい雰囲気を醸し出しているが間違いなくこちらの姿が本性だ。
うっすら笑っている口元が、より凶悪度を増していますね!
「一応聞きますが、アレに割って入る勇気あります?」
「……」
「もちろん皆さんの援護や治療もしますが……手を出せば間違いなく邪魔するなって怒られますよ?」
「そう、なんですよね……」
顔を見合わせて、意図せず同時に苦笑いを浮かべる。
アレク様の表情は余裕を持って楽しんでいるときのものだから。
一方で、完全に自我を失ったタンガは獣のように咆哮していた。
そのたびに、私の背後に居並ぶ翼人から声にならない悲鳴のようなものが漏れ聞こえる。
ちゃんと自分達の犯した罪の深さを認識しなさいよ?
犯した罪の重さを、愛し子を通じて見せつける。
破壊と暴虐の神がタンガを遣わしたのは罰を認識させるため、なのだろう。
鴉の羽を持つ者なんてタンガの境遇を己の身に置き換えた途端に顔色は青を通り越して真っ白になった。
タンガは身体能力の高いとされる翼人でもありえないような気味の悪い体の動きで、自分めがけて振り下ろされる剣を避け、絶え間なく撃ち込まれる術式を粉砕する。
やがて徐々にタンガの体から黒い靄のようなものが滲み出て、アレク様の振るう剣にまとわり着くようになった。
たぶん、あの黒い靄が未知なる力の本体。
白精霊師としての感覚がそう教えてくれる。
精霊術の術式を知らないタンガは体内から力そのものを撃ち出すことしかできないらしい。
術式によって別の効果に変換されることはないから目に見える派手さはない。
それでも黒き神の力は恐ろしく純度と密度が高いようで、剣に纏わせた術式を容赦なく破壊する。
計り知れないからこそ、余計に不気味だ。
うっとおしいとばかりに眉をひそめたアレク様はもう片方の手で展開した術式から生み出される効果で打ち払う。
なるほどね、術式そのものは破棄できても副産物である風や火は黒い力にも通用するということか。
さすが辺境伯領の最終兵器と呼ばれるアレク様だ。
戦闘力が高いだけでなく相手の弱点を見抜くのも早い。
ただ、徐々にアレク様の手数や術式の規模が下がっていく。
そろそろ彼の限界が近いことが知れた。
ちなみに待機中の私はといえば結界の維持と漏れてくるタンガの力の相殺、アレク様の治癒に浄化と忙しい。
私の周囲を体内に満ちる力が渦巻いて術式のかけらがキラキラと降り注ぐ。
白の力に引き寄せられるようにして、タンガの視線が私に向いた。
と同時に、一際高く咆哮したタンガが滅茶苦茶に撃ち放った力の一塊が私のいるあたりを直撃する。
「っと!」
とっさに立てた土の障壁が効果を相殺したが、代わりに粉砕された。
土や小石の礫を浴びた翼人から甲高い悲鳴がいくつも上がる。
それでもタンガは攻撃の手をゆるめない。
ハンナの打ち立てる土壁と黒き力の応酬は何度も繰り返された。
「破壊衝動に駆られているときは本来守るべき同胞であろうと、うとましく思えるということね」
誰ともなく呟いた言葉と同時に土煙が晴れた。
息を荒げたタンガの視線の先には土壁によって守られた人々の姿が映る。
怒りに我を忘れていたようなタンガの顔に、はじめてうろたえる表情が浮かんだ。
その隙に、治癒と浄化の術式を使ってアレク様の損傷を治した。
「……これは厄介ですね」
「うん、どうかした?」
「黒精霊師によってつけられた傷は治りにくいみたいです」
それがわかったのは想像以上に力が削られたからだ。
先ほどの兵士のときと同様に、全く効果がないというわけではない。
だが傷口に残った力が術式を阻害するようでいつも以上に力を使ったという感覚が残っていた。
内部に受けた損傷もアレク様の体についた傷から力を押し込むようにして、ようやく治せたのだ。
「傷を負わせ、そこからじわじわと弱らせて、精神的にも追い詰める。破壊と暴虐の限りを尽くすには効果的ということなのかな?」
「言いたいことには至極同意しますけれど、あれもまた神の力です。タンガは神聖な力を授かった愛し子なのですよ」
神の愛し子にしては手口がえげつないね。
そう呟いてアレク様は傷の消えた額の血の跡を拭った。
「さて、交代しましょう。アレク様もぞんぶんに楽しまれたでしょうし、これ以上は肉体精神共に負荷が掛かります」
「もう終わりか、まだ物足りない気もするが」
「本気になられては止める方も命懸けです。今一度守られる立場というものを自覚なさってください」
まだ余裕はあるといっても、先ほどまでアレク様の体は傷だらけだった。
傷がひどく広がれば、いくら怪我に耐性のあるアレク様でも余裕をなくすことは明白。
彼の体を蝕んでいた膿んだようなジクジクとした傷口は、武器や術式によるものと明らかに異なっていた。
肉体を損壊させ、そこから黒い靄が体内深く侵食し心の均衡を崩す。
そこからさらに心を弱らせて破壊への衝動で黒く染め上げる、と。
これこそが破壊と暴虐の神の力がもたらす効果ということか。
……これは意外と苦戦するかもな。
顔には出さないように不安を押し殺す。
念のためと、アレク様だけでなく兵士や周囲の翼人にも浄化をかける。
欠片でも残してはいけない気がするのよね。
白の精霊術によって取り去られた黒い力の欠片が浄化され、虚空でキラキラと光を放つ。
支配下に置いていた領域を侵食されたことに怒りをつのらせたタンガが咆哮を上げた。
光に引き寄せられるようにして獣のように跳躍して、一気に距離をつめる。
すかさず術式を展開して力を受け止めて弾き飛ばした。
威力の高い術式を惜しげもなくタンガにぶつけ、タンガはそれを片っ端から解除する。
手強いわね!
それでも受け切れなかった術式が、なんとか彼の体に届いた。
少しずつ、タンガの黒い靄が削り取られていく。
まさに力のぶつかり合い、白と黒の砕かれた力の残さが火花のように互いの周囲で弾け飛んだ。
直接身体を武器にして闘うようなことはないけれど、それでも時折、接近戦のような様相を見せることもあった。
アレク様に体術全般を叩き込まれているから、なんとか皮一枚残してかわす。
それでも、さすがは賢者としてだけでなく狩人としても優秀ともてはやされただけあって、タンガは着実に私の弱点である体力を奪うような絶妙な角度で攻撃を当ててきた。
少しずつ私の体にも傷跡が増えていく。
ついには一寸、拳を避けきれず頬が切れて血がにじんだ。
ただでさえ治りにくいというのに、顔に当ててくるなんて、あとで覚えておきなさいよ!
怒りに任せて術式をぶち当てたところで、大きく距離をとった。
双方共に息が上がり、睨み合いながらも荒く呼吸を繰り返す。
そしてついに、タンガの意識が完全に私へと向いた。
これを待っていたのよ!
私に意識が向けば同時にアレク様への警戒心が薄くなる。
期を逃すことなくアレク様が脇から素早く背後へと回り、根本から羽を叩き切った。
タンガの口から放たれたのは、絶叫。
次の瞬間、私は拳を固めてタンガの頬を思いっきり殴りつけた。
「いい加減、目を覚ましなさい!」
こちらは現在進行形で顔に傷がついているの、だから一発くらい殴らせてもらっても罰は当たらないと思うのよね!
拳には祝福の術式を添えてタンガの体に残った黒い靄を吹き飛ばす。
とはいえ軟弱な私の細腕で繰り出される攻撃、効果はたかが知れている。
よろけた拍子にタンガは膝をついた。
苦しみ悶えるタンガの背からシュウシュウと音を立てて黒い靄が吐き出される。
そしてようやく意識なく荒れ狂うだけの彼の体から力が抜けて、がくりと糸が切れたように地へと倒れ伏した。
「…………っ翼を、切っただと!」
沈黙したタンガに代わり今度は翼人達が騒がしい。
次々と押し寄せる衝撃に呆然としていた翼人達が怒りに満ちた非難の声を上げた。
背に生えた翼は神からの贈り物であり翼人の誇り。
その誇りを人間風情が切り落とした、ということだろう。
視線の先ではルオをはじめとした賢者候補がいきりたつ翼人達を必死の形相で押しとどめていた。
翼人達と私達の間には結界があるから直接手を出すことはできないというのに、ついいつもの癖で喧嘩の仲裁してしまう。
苦労するわね、ほんと。
そんな賢者候補の頭越しに、私達へ向けて怒号や罵声が次々とあびせられた。
「この裏切り者!」
「信頼して任せたというのに、なんて酷いことを……!」
先ほどまでタンガの気配に怯えて息を殺していたというのに、よく言うわよ。
一旦戦闘がはじまれば、どんな手を使ってでも勝利を掴まなければならない。
正義は勝者の側にしかないのだから。
だから最初に手荒な真似をするかもと言っておいたというのに、平和ボケしすぎじゃないの?
「本当に、しょうもない人たちね!」
想像力の欠如は、思考が退化している証拠だという。
私は無造作に羽を掴むと彼らを守るために張った結界を越えないように注意しながら目の前へ放り投げた。
「それならあなた達は、タンガの背にこんなものでも残すべきだとでも言うのかしら?」
ばさり、と羽が地面に落ちる。
そして落ちた瞬間の衝撃で大量の黒い靄がブワリと羽から吹き出したのだ。
先ほどまで結界越しにみていた禍々しい光景が間近で再現される。
人々は悲鳴を飲み込み口元を押さえながら後ずさった。
ここまでして、ようやく理解できたらしい。
羽から噴き出しすものこそ彼らが恐れをなした異様な気配の元凶だった。
真っ青な顔をした翼人達は羽から十分に距離をとった場所で不安そうに身を寄せ合う。
「なぜ国外追放される翼人が翼を切り落とされるのか、これで理由がわかったでしょう?」
羽を切り落とす行為は、国を追われる者に対する通過儀礼ではない。
切り落とさざるを得ない事情があったから。
冷ややかな眼差しで私に裏切り者との怒号を浴びせたタンガの父にそう告げる。
もちろん、過去を見てきたわけではないから翼を切り落とされた理由の全てがこれであるとは言い切れない。
かつての私のように事故や怪我によって羽が折れて飛べなくなったという理由だって十分にあり得る。
だが、もし私の推測が正しければ……。
戦闘能力が高い鷹、高い知能を持ち洞察力に優れた鴉、そして器用で繁殖力の高い雀。
彼らに与えられた翼は神の恩恵そのもの。
翼人が誇りとする羽、それこそが精霊を介さずに太古の神々の力を借り受ける触媒だった。
ではもし、翼人がその恩恵に見合う働きができていないと神々がみなしたら?
当然、翼を失うことになるだろう。
視界の端を黒い羽が一枚、舞い落ちる。
眩しさに目を細めながら虚空に指を走らせる、ありし日の賢者様の姿がふと脳裏を過った。
高く遠くまで飛ぶための羽を失ってしまえば、もう神々の坐す天井世界を目指すことはできない。
愛弟子のこんな未来を望んでいたわけではないだろうに。
「ねえ、ルオ。言い伝えに残る国が荒れると姿を現すというのは、本当に狒々なのかしらね?」
「……え」
「さっきまで暴れていたタンガの姿は、狒々にそっくりだったもの。そうは思わない?」
一瞬、口を開いたルオが言葉を飲み込んで唇を噛む。
そうよね。
肯定はできないけれど、逆に否定できるような決定的な要素もないもの。
違いは体の大きさ、毛皮があるかないかかな?
血に塗れていたタンガは、国を襲った狒々の赤黒い肌色とそっくりだった。
過去、神々に罰を与えられた者もまた、今のタンガと同じような姿にされたのではないだろうか?
視線の先に横たわるタンガは全身傷だらけで血濡れていたけれど、その横顔は驚くほどに穏やかだった。
まるで、ようやく解き放たれたとでもいうような安心しきった顔ね。
記憶に残る穏やかな表情と重なることにほっと胸をなでおろした。
そして、タンガの表情とは対照的に不穏な黒い靄を吐き出し続ける鴉の羽。
この切られた羽こそが、翼人が神々の罰を受けた証ということね。
私は心落ち着かせるように一つ息を吐いて、いまだ黒い靄を吐き続ける羽に封印を施した。
「豊穣と慈愛の神に祝福を。白精霊師ハンナ、我が名と命によって封じる」
術式に力を注ぐと、白い殻に包まれるようにして黒い羽が姿を消した。
つるりとした表面の、両手で抱えられるくらいの大きさしかないごく薄い黄色の丸い球。
いつ見ても思うけれど、見かけは蝶の卵みたいよね。
これこそが白の精霊術における最上級の封印。
この封印術式が使えるからこそ、黒精霊師に対抗できるのは白だけだと言われる。
白精霊師の名前と命をかけたうえに、豊穣と慈愛の神への祝福つきだ。
これで私が命を落としても、対価としての祝福を受けた豊穣と慈愛の神により封印は維持される。
封印によって作られる卵の殻は滑らかで、ほのかに温かい。
包み込まれているものが禍々しいものであったことを忘れさせるほどに美しく愛らしい珠玉のような卵だ。
アレク様が指示を出し、それを護衛の兵士が抱えた。
黒い靄が残っていないことを確認してから、周囲を覆う結界を解除する。
これでもう、翼人達とタンガを隔てるものは何もない。
にも関わらず、タンガの父親も母親も親族の誰も彼に近づこうとしなかった。
あれだけ助けてくれと騒いだのだもの、すぐに助け出すものだと思っていたのにね。
それほど豹変したタンガの姿が衝撃的であったということか?
彼らは怯え、真っ青な顔でどうにも動けずにいるだけだ。
つまり彼らにとっては優秀で美しい姿のタンガだけが息子であり親族であった、ということ。
……姿形は変わったとしても、中身は変わらないのにね。
彼らの望みを叶えるために身を捧げたはずなのに、どこまでも報われない可哀想な人だ。
「タンガさん!」
動けない親族に代わりルオを先頭とした賢者候補達が素早く駆け寄った。
親族には恵まれなくとも仲間には愛されて、慕われているらしい。
だが全身が傷だらけで、抱えたくともどこから触れればいいのかととまどっている。
……仕方ないわね。
私は倒れているタンガに手を伸ばすと彼の体に手をかざした。
神の息吹と、癒し。
瞬く間に癒されていく醜い傷跡。
外部には神の力によってつけられたものがいくつかあって、それは修復できずに残ってしまったけれど、大多数の外傷と内部に受けた損傷はきれいに治ったはずだ。
規則正しい呼吸が繰り返され、やがてうっすらとタンガが瞼を開いた。
夜の闇を映したような黒曜石の瞳が瞬く。
「おかえり、タンガ」
私は目と鼻の先で微笑みを浮かべた。
声が出ない代わりに、彼の口の形が『どうして』と動く。
「翼人の国で受けた借りを返そうと思ってね」
「……!」
「自分でつけた咬み傷と爪の跡で血だらけの患者なんてはじめて見たわ。いくら力の欲求に抗うためだからって、自分の体を傷つけるなんてダメじゃない。ご両親が悲しむわよ?」
私の背後で、誰かの息を飲む音がした。
近くで観察したからよくわかる。
全てがそうというわけではないけれど、タンガの体には自ら傷つけたと思われる傷跡がいくつもついていた。
破壊への欲求を散らすためだろうか、誰かを傷つけるくらいならと残り少ない彼の理性がそうさせたのだろう。
腹立たしいことにこういうところがあるから簡単には見放せないのよ。
「領地と領民に対する被害が少なかったのは、あなたの判断が正しかったという証拠。もし隣国で暴れ尽くしていれば黒精霊師として完全に覚醒していたでしょうね。そんな状態のあなたを止めるのは、間違いなく私も命懸けだわ」
同じ命懸けだとしても、私の分がよかったのはタンガが目覚めたばかりだから。
力の使い方を学ぶまえに羽を落とせたのは私にとって運がよかった、ただそれだけ。
勘のいいタンガなら知識などなくても使い続けていればきっと無意識のうちに力を使いこなせていただろう。
そして隣国を暴虐の限りを尽くしたあと、次に襲われるのは国境を接する辺境伯領となる確率が高い。
だからそうなるまえに、真っ先にワムシャリア王国側へと降りてきた。
理由はただ一つ。
驕りでもなんでもなくこの国には私がいたから。
私には辺境伯領付白精霊師として領民を守る義務がある。
なんとしてでも止めてくれると信じてくれたのでしょうね。
まあ今までの経緯を考えれば虫のいい話とも言えなくもないけれど、それはもういい。
これから伝えなくてはならないことを思えば、些細なことだ。
「でもね、私でもあなたの羽は元に戻せない」
周囲の翼人達も察していたのだろう、やるせない空気が周囲に漂う。
タンガの羽は破壊と暴虐の神によって取り上げられたのだ。
治せるか以前の話であり、戻すことは許されない。
そして羽を失ってしまえば翼人でもないから、同時に賢者の地位も失う。
タンガは積み上げてきた実績と、ようやくつかんだ栄誉をこんな短い間で全て失ってしまったのだ。
彼は目を閉じて深く息を吐いたが堪えきれずに嗚咽がもれる。
動くようになった両手で顔を覆い、指の隙間からは涙が次々にこぼれ落ちた。
「ああ、タンガ!」
その涙を見て、ようやく呪縛が解けたかのようにタンガの両親や親族が駆け寄った。
誰もが皆、彼が背の羽を失ったことを憐れみ嘆いている。
本来はこうあるべきなのよね。
同じように翅を失いながら嘆いてくれる人のいなかった過去を思い出し、ほろ苦い気持ちで背を向けた。
なぜかもう、今は全てが虚しい。
「ハンナ、おいで?」
歩き続ける私の視線の先には微笑みを浮かべて、両手を広げるアレク様がいた。
きれいに笑っているのに、ほんのり怖い。
どうやら今の状態はきっちりバレているということだろう。
「何から何まで申し訳ありません」
「ほかに言いたいことは?」
「ねえ、アレク様。私はお役に立てましたか?」
嫌だわ、自分が道具みたいな言い方じゃないの。
でもしょうがないじゃないの、役に立つことを証明しなくてはならなかったのだもの。
根性で微笑みを浮かべながら、いつかと同じように腕の中を目指して真っ直ぐに歩く。
そして、いつかと同じように崩れ落ちた。
「お、おいどうした!」
いきなり体勢を崩したせいか私の背後から翼人達の動揺が伝わってくる。
しょうがないでしょう?
いくら含有量が多くとも使い続ければ誰しもがこうなるの。
体内に満ちる力の枯渇。
かつて経験のないレベルらしく、目のまえの景色がチカチカと点滅する。
あ、これはまずいかも。
「おい、ハンナ!」
「次はもっと精進します」
誤魔化すようにヘラリと笑ったところで、意識が途絶えた。




