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翅を失った蝶は天色の記憶に囚われるのか  作者: ゆうひかんな


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ですが、何かがおかしくて……


「うわー、絶景ね!」


辺境伯領の中心部にある鐘楼で、眼下に辺境伯領を一望する。

行くあてもないので、とにかく一番高いところを目指した。


石でできた煉瓦を組み上げた堅牢な造りの塔の最上部には空間があり、かつては物見台として使われていたという。

高い場所にあるせいか、真下で鳴る鐘の音も振動もそこまで気にならない。

空いた場所に腰を下ろして、天を見上げた。


忌々しいくらいの晴天だ。


目を閉じて、ただ風を感じる。

冷静になってみれば、上司と部下として適切な距離を望んだのは私のほうだ。

自分の望みが叶うのに、うろたえてどうする?

己がためにタンガの手を離し、アレク様には部下として仕えると決めたじゃないか。


幼い日の自分が、これ以上傷つきたくないと泣いている。


こんな胸の痛みくらい、ねじ伏せられなくてどうするのよ。

しばらくは気分が滅入るかも知れないけれど、時間が解決してくれるはず。

尊敬するアレク様が奥様になる方をお迎えするのだ、素晴らしいことじゃないか。

それなら部下として万全の準備をしておかなくては!

気を取り直して、ハンナは腕を天に伸ばした。

指先は天の際を掴むことはなく、虚しく空をかすめた。


青空はハンナにとって手が届かないもの。

だからこそ、ため息が出るほどに美しくみえた、そういうことなのだ。


「よし、もう大丈夫」

「じゃあ帰るぞ」


無防備な背後から、いきなり聞こえた声に固まる。

いやまさか、そんなはずは……。

そろりと振り向いた結果、見てはならないものを見てしまった。


アレク様だ。


いつの間にやら彼が物見台の壁に寄りかかっていた。

全く気がつかなかったのだけれど、いままで気配を消していた?


「…………いつからそこに?」

「けっこう前からだな、微動だにしないで目を閉じているから寝てるかと思ったぞ」

「それから、ずっとそこにおられたと?」

「まあそうなる」


わりと最初からじゃない。


ガタン、ガタン!

うろたえて下がった拍子に床の煉瓦につまずいた。

崩れた体勢になったところを、危なげなく移動してきたアレク様が引き寄せて腰を支えてくれる。

密着する体勢にアレク様の香りが相まって、心がくらりと揺れた。


「いやいやいやいや、だって行く先も告げず華麗に置き去りにしたはずですよ⁉︎」

「辺境伯領からは出ないと仮定して、飛ぶ方向と戻り時間から逆算。行き先は中心部のどこかと推測したが朝市場はもう閉まっているし、行きつけになりつつある飲み屋は開店前、朝食は食べたばかりだから屋台は除外、そこから先はハンナの嗜好と思考回路から分析した結果、この辺りだと予測した」


何普通です、みたいな顔してるの⁉︎

私以上に私の行動に詳しいってどういうことよ!

怖いと思いつつ、ぶわりと頬が赤くなる。

こんなことされたら誰だって私に興味があるものと勘違いしてしまうじゃないか。

赤らんだ頬を見られたくなくて、ふいと顔を背けた。

視線の端でアレク様の唇が釣り上がるのが見える。


「それで? ()()()()()()()()?」


まるで子供扱いだ。

かまわれたいと拗ねるような歳はもう卒業したはずなのに。


「……慣れないことばかりで、ちょっと疲れていたみたいです。ご心配をおかけして」

「嘘だな」

「はい?」

「きれいすぎる」

「へ?」


褒められてるのかと勘違いしそうな台詞だけれど、この状況ではそう思うほど空気が読めないわけじゃない。

返事に困ったので無言で首を傾げると、深々とため息をついた。


「ハンナは嘘をつくとき感情を削ぎ落としたような、()()()()()で笑うよね。他の人間はそれで誤魔化せても私は誤魔化せないよ?」


アレク様は、抱き込むようにして私の頭を引き寄せる。

もう片方の片手が、軽くとんとんと背中を叩いた。


「感情豊かな君が自分を殺すように笑うのが耐えられない。何を諦めようとしている?」


強引で、そのくせ優しい仕草に胸が高鳴る。

この腕を離したくない。

諦めようとした矢先に、どうしてこんなかき乱すようなことを!


もう、誤魔化すのはやめよう。

深々とため息をついて、私は無理矢理飲み込んだ言葉を吐き出した。


「アレク様の奥様になる方のためです」


アレク様が驚いたような表情を浮かべた。

何で知っている、そんな顔だ。


「どうしてそれを?」

「どうしてって……それは私に知られると困るということですか?」


カチンときて一段低い声が出た。


冗談じゃない。

あれだけ人の領分に踏み込んできたくせに、今更分け隔てるような態度を取るなんて。

覚悟していたつもりでも、今更のように取り乱した自分が愚かで滑稽に思えた。

信頼されるようになったと喜んでいたのは、私だけだったということか。

傷ついたように視線を下げた私に、珍しくアレク様が焦っていた。


体を離して、私の両肩を掴んだ。


「いや違う、そういう意味ではなく……」


突然、アレク様の台詞が途切れた。

いぶかしみ顔を上げれば彼の視線が私の肩越しに空の一点へと固定されている。

目を見開き、そのままの体勢で微動だにしない。

しかも表情が、どんどん険しいものへと変わっていく。


「どうされたのです?」

「……あれはなんだと思うか?」


厳しい表情を浮かべたアレク様の指先を目線で追うと、そこには上空を飛行するいくつかの黒い点があった。

この場所では遠すぎて全容は見えない。

けれど、私には()()()()()()()()姿のようにも思える。

国境である山脈を超えて、こちらへと一直線に迫っていた。

何かが起きようとしている。

そう判断して、転移の術式を展開した。


「城に戻りましょう」


私の言葉と同時に離れていく温もり。

ところが一旦離れた手はローブの内側に隠された私の手をしっかりと掴んでいた。

それどころか繋いだ手を離さないとばかりに、もう一度強く握りしめる。

そして握った私の手をローブの内側から引き出すと、唇を寄せた。


「全て話すと約束する。だからこの手を貸してくれないか、()()()だ」


いつもは強気な表情を歪ませて、心底困ったような顔で。

この表情に私が弱いとわかってやっているのかしら?


一つ息を吐いてから転移の術式を発動した。

最短距離でアレク様の執務室へ移動する。

それと同時に、部屋の扉が開いて兵士が飛び込んできた。


「アレク様! 上空に翼のある人が……!」


やっぱりね。

表情を隠すために私はフードを被った。

翼人の国に終末を告げた運命の日。

あのときからこんな日が来るような、そんな予感がしていたのよ。


隣国との境である山脈、その麓には軍事拠点となる要塞があった。

兵士の報告を聞いた私は速やかにこの場所へとアレク様や護衛の兵士とともに転移した。


祝福を与えて水を呼び、備え付けられた平たい器に満たすと手をかざす。

すると水面に上空の映像が映し出された。

望遠鏡のように問題の箇所を拡大し、焦点を合わせて鮮明に映し出す。

はじめて知る術式だったせいか、覗き込んだ指揮官達は言葉を失っていた。

出来栄えに満足したらしいアレク様が微笑んだ。


「上手く術式を使いこなしているね。透過性も高いし、手際も段違いだ」

「えっ! この画像を見て、持つ感想がそれですか⁉︎」

「そうだけど?」

「いやいや、もっとすごいものが映っているでしょう!」

「こうなることは予想がついていたからね、今更驚くことはないかな。それよりもハンナが精霊術の腕を上げた、そちらのほうが誇らしいよ」

「それは光栄なことですが」


褒められているはずなのに、心穏やかではいられない。

それ以上に気になることがあって落ち着かないからだ。


「あのアレク様……お忘れかも知れませんけど、手を繋いだままなのです」

「何か問題が?」


ありまくりでしょうよ!

先ほどから皆の視線が繋がれた手に釘付けなのですから。

もし奥様がいらしたら、どう言い訳する気なの?

フードを軽く上げて冷ややかな視線を向けると、鉄壁の笑顔で跳ね返される。

それだけでなく、視線が合った側近や兵士の誰もが口をつぐんで視線を逸らす。

ちょっと、どういうこと?


「今はそれよりも、羽虫をどうするか考えようか?」

「くっ……、私からは領土内に侵入される前に対処することを提案します」


映像に映る彼らは手に何かを抱えていた。

領内にある森の木々が恐怖を感じ、悲鳴を上げている。

臆病な動物たちが寝ぐらを捨てて逃げていく。

……我々に対する贈り物であっても、良いものではなさそうだからね。

毒か、爆薬か?

隣国が他国を攻めるきっかけとして使う手だ。

今の速度ならば、彼らは間もなくこちらの領空へと差し掛かるだろう。

だから決めるのは今しかない。

アレク様は即決した。


「やっていいよ」

「ありがとうございます」


私は振り向いて、上空に向けて矢をつがえる兵士に叫んだ。


「絶対に手を出さないでください! 翼人は、私が対処いたします!」


翼人のことは、翼人に対処させる。

太古の神々の怒りが、どのように降り掛かるかわからないからだ。


声に応じて、弓が次々と下ろされる。

彼らにはアレク様から事前に説明があったのだろう、不満の声は上がらなかった。

そして徐々に近づいて姿形がはっきりとしてきた彼らを見据えた。

この距離では見えないはずの表情まで見えるような気がする。

私は風を祝福して、空中に大きなうねりを起こした。


「ああ、そういう手ね。ならばあの岩場のあたりに落ちるようにしてよ」

「了解しました!」


アレク様は山の麓にある大きな岩が乱立している場所を指す。

なぜそこなのかわからないけれど、角度を測り、狙いを定めた。

準備を終えたところで、翼人の先頭を飛ぶ者と視線が交わる。

見る影もなく痩せ細り、別人のようだったけれど私は忘れない。


その下品な薄笑いが大っ嫌いだったのよ!


怒りのままに、上空渦巻く強風を翼人たちの群れに叩きつけた。

するとまるで壁にぶち当たったかのように、翼人たちのは全員跳ね返される。

群れはバラバラになって敵国の領地へと墜落した。

そして、そのうちの数人がアレク様の指した岩場に墜落したのだ。


ズガガガーーーーン!


派手な光と、遅れて轟く爆音。

火柱が何本も立ち上がる。

想像以上の爆風に被っていたフードが脱げて、ローブの裾が煽られた。

そう、中身は爆薬だったのね。

石つぶてや火の粉で被害が及ばないよう要塞の周囲に結界を張り巡らせる。

隣国の領土内では火の手が上がり、岩場の影からたくさんの兵士が飛び出してきた。


「陽動作戦か、なめられたものだな」


火や煙から逃げ惑う兵士にアレク様は冷ややかな視線をそそぐ。

翼人を使い、上から攻撃をさせて隙ができた箇所を地上から兵士が突くという作戦だったのだろう。


「あの岩場によく目を付けましたね?」

「あそこだけ濃厚な人の気配が満ちていた。身を潜め息を殺しても、気配を消すのは容易ではないからね」


鐘楼の上では完璧に気配を消していたくせに、よく言うわよ。

戦闘特化とされる金精霊師の力は、ハンナにとって未知の部分が多い。


「それにしても翼人をこんなふうに捨て駒として使うとは思いませんでした」

「彼らからすれば同族意識を逆手に取ったつもりだったのだろうね」


作戦自体は使い古された手であるけれど、翼人を使うところがより効果的だ。

彼らとの関係が深いほど、迎撃する側が攻撃をためらう可能性があがる。

それこそ迎え撃つ相手が翼人ならば手加減するとでも思ったのだろう。

人間側の思惑のために翼人を使ったのなら太古の神々が激怒しそうだわ。

懸念はそれだけではない。

この要塞から少し離れた場所に雀の羽を持つ者が暮らす集落があった。

地上からは集落の場所がわからなくても、上空からなら一目瞭然だろう。

もし彼らが……痩せ細った雀の羽を持つ者が、幸せそうに暮らすかつての仲間の姿を見てどう思うだろうか?


『罰当たり共め、太古の神の怒りに触れて滅びるがいい』


国を出る同胞にそう吐き捨てた人物が先頭を切って飛んでいたのだ、見逃すとは思えないかった。

領内に住み着いた以上、翼人とて辺境伯領の領民だ。ハンナは否応もなく彼らを守らなくてはならない。

それにしても管理者と彼の取り巻き達には一体何があったのだろう?

痩せ細るだけでなく、追い詰められたような表情をしていた。

彼らを取り巻く環境が幸せだとは到底思えない。

アレク様は唇を歪めた。


「君の忠告を聞かないで隣国に行ったからさ。隣国では身分証のない流民を捕らえては奴隷のように働かせるそうだから、彼らも例外ではなかったのだろう」


隣国でも奴隷制度自体は禁止されている。

その代わり他国の身分証を持たない流民を受け入れる対価として国が労役を課すのだ。

しかも課される労役が相当厳しいものであることを知らずに、身分証がもらえるという噂に騙されて、流れてくる民が後を絶たないのだという。

管理者とその一族も、隣国では流民と判断され拘束されたわけか。

意気揚々と新天地を目指したものの、あとは転落の一途。

だから隣国は勧めないと言ったのに。

翼人としての誇りはどこへいったのかしら?

アレク様は振り返ると、側に控える兵士に声をかけた。


「映像は残してあるな?」

「はっ!」

「隣国から難癖をつけられる前に王城へ報告しよう。一部始終を録画した画像をつけてな?」

「かしこまりました」

「報告書には攻め込もうとしたところで強風に煽られたらしく、自爆したとでも書いておこう。くくっ、外交部が喜びそうなネタになるだろうな。領内に逃げ込んできた敵兵は捕虜として捕らえろ」

「承知しました!」


そして辺境と王城をつなぐ呪具が置かれた部屋へとアレク様は歩き出した。

当然、手を繋いだままなので自動的に私も一緒だ。

城内では、すれ違う誰もが繋がれた手に目を見張って……何も言わない。

いや、絶対おかしいでしょうよ?


「アレク様は……」

「ん、何?」

「あの、手……」

「ああ、ハンナの手はほんのり温かくて癒されるよね」


幸せそうに微笑まれたら、何も言えなくなってしまう。


「……捕虜とした兵士の治療はいかがしますか?」

「医師には最低限でいいと伝えておこう。君は命に関わる者だけ対応してくれればいい」

「はい」

「今回の件を残された翼人達へどのように説明するかはタンガ……は不在だから他の賢者候補達と相談しよう」


タンガは不在だとルオからは聞いている。

神々のお告げにより贖罪の旅に出たということで、行き先は知らない。

関わりを断ったとはいえ、幼なじみだ。

心配だし、無事を祈るしかできないのは辛いものね。

タンガのご両親はもっと不安に思っているだろう。


どこからかバサリと羽ばたく音が聞こえた。


視界の端を鳥の羽が横切る。

見上げれば窓の外ではすでに陽が傾き、夜の闇が忍び寄っていた。

まるで暗雲立ち込める未来を暗示するように、暗く物悲しい気配があたりを包んでいる。


「……そういえば、あの管理者と呼ばれていた男。画像に映る彼の口元がずっと動いていてね、何と言っているか気になって唇を読んだ」

「何と言っていましたか?」

「俺は()()()()じゃない、だってさ」


翼があって飛ぶことができるけれど、中身は普通のおじさんだものね。

蝶の翅を持つ者と違って体内に満ちる力がないから精霊術も使えない。


因果はめぐるものなのだと、妙なところで納得してしまった。


「ハンナさん!」

「あ、ルオ! ちょうどよかった、翼人の対応について相談したいことが」


いいタイミングで、付き添いの兵士と共にルオが廊下を駆けてくる。

平常時であれば誰かに止められただろうが、今日は色々あったし見逃されたのだろう。

だけど、なんとなく雰囲気が違うような?

焦った表情で、よく見れば顔色が真っ青だ。


「ハンナさん、助けてください!」

「ちょっと、どうしたの⁉︎ 翼人に何かあった?」


息を切らし、常にない慌てた様子にアレク様も眉を顰める。


「落ち着け、ルオ。何があった?」

「タンガさんが帰ってきたのです!」

「えっ!」

「ですが、何かがおかしくて……(私達)の知識ではわからない何かが、彼におきています」



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