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翅を失った蝶は天色の記憶に囚われるのか  作者: ゆうひかんな


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では皆様、参りましょう


精霊師には守らねばならぬ不文律というものがある。


他人の術式は干渉するな。

なぜなら干渉した者だけでなく、干渉された側にも被害が及ぶ可能性があるから。

もちろん戦闘中ならば、それも戦術の一つとなるが平常時にそれをするのは愚者と評される。


タンガの愚かな行為のせいで自分にも他人にも厳しいアレクの機嫌は最悪だ。

……おかげで達者なはずの口よりも手が先に出てしまったというところかな?

アレク様は温度のない冷え切った視線でタンガを睨みつける。


「下手に同情するより、こいつを殺してしまったほうが一気に物事が片づくと思わないか?」

「アアアアアアレク様ッ! たぶん知らなかっただけなのです! よく言い聞かせませから、ここはひとつどうか私に免じて許してやってください!」

「ほう、こいつをかばうのか?」

「なんて面倒くさ……だから極端な思想に傾く癖は治しましょうっていつも言い聞かせてますよね!」


人の命を夕飯の献立より軽い気持ちで決めるのは絶対ダメです!

慣れない術の酔いからさめたタンガが、周囲を見渡して呟く。


「ここはまさか、洞窟の前……?」

「そうよ、先に行くって言ってたでしょう?」

「どうやって……」


呆然と立ち尽くすタンガの口元には、うっすらと血が滲んでいた。

たぶんアレク様に殴られたときについたものだろう。

正直彼は殴られてもおかしくないことをしでかしているのだけど、跡が残っているのはまずいかな?

これを蝶の翅を持つ者達が見たら地上の人間に暴力を振るわれたと勘違いするかもしれない。

仕方ないので彼の手を取ると精霊術を編んだ。


「何をする気だ、レンカ?」

「いいから黙って……、この者に()()を」


どこからともなく現れた水の塊が、タンガの口元を撫でるように通り過ぎていく。

血を洗い流すのと同時に、傷跡を癒した。


突然痛みが消えたことで、何が起きたのか理解したのだろう。

タンガは驚きのあまり瞳を見開いたまま呆然と立ちすくむ。

喜んでいるよりも、悲しんでいると呼ぶほうがふさわしい顔つきだ。

私が離そうとした手を、逃がさないとでもいうように彼は強く握り返した。


「……君のその力はなんだ?」

「教えないわ」

「なぜ?」

「私には教えなければならない理由もなければ、義務もないから」


正論だろう。

国外に追放された時点で私は翼人の国とは無関係なのだから。


「ああ、でもさっきみたいに割り込むのは駄目よ? 下手をすれば私もあなたも両方死ぬことになる」


ただし今後も術式へ干渉されては面倒なので、それだけはちゃんと注意しておいた。

彼の中では、さぞかし疑問が渦巻いていることだろう。

でも答えない。

答えたとしても、あなた達には理解できないものだから。

タンガは俯いていた顔を跳ね上げた。

そして体を投げ出すようにして平伏する。


「頼む、教えてほしい」


思わずギョッとして私はアレク様と顔を見合わせる。

平伏とは他国にあるという貴人に対する作法で罪人が裁きを受けるときなどにするものだ。

害意はないという証であると共に、許しを乞うような場面でしか使われることはない。

つまりタンガは自分を貶めてでも答えが欲しいということだ。


「蝶の翅を持つ者に何ができるか、その答えを必ず持ち帰ると約束したんだ!」


賢者様や残された賢者候補達とそう約束したのだ、と。

どうやら蝶の翅を持つ者の活用方法を探り、答えを持ち帰ることが彼の課題だったらしい。


全ては、翼人のために。

それを蝶の翅すら失った私に聞くのか?


今更だ、本当に今更!!

感情に翻弄され、混乱する私の頭にレンカだったころの記憶が鮮やかによみがえる。


『小麦すらまともに育てられないような()()()()はクビだ』

『このまま死んでよ。あんたみたいな()()()()にタンガ様は渡さない』


あいつらなんかのために、血の滲むような努力で得た力や知識を渡せというのか?

譲り渡せと強要されることは、奪われるのと変わらないというのに。


湧き上がる怒りを抑えようと、視線を逸らした。

私の功績や努力を認めようとしなかったあいつらに、どうして分け与えてやらねばならない?

しかも()()()だって?

人のことを、道具か何かだと思っているような言い方だ。

どうせまた熱が冷めれば都合の悪いことを押しつける吐口として使うつもりなのだろう。

過去を取り戻すことはできないし、鴉の羽を持つ者達に冤罪を負わせられたことも忘れない。


どの面下げて許しを乞うというのか!


許さない、許せるわけがない。

過去の自分のためにも許してはいけないのだ。

ぐらりと揺れた視界の先を輝く天の青が横切った。


「大丈夫か? 深呼吸をして、まずは落ち着きなさい」


首のうしろを支えるように優しく伸ばされた手と、どこまでも穏やかで労りに満ちた声が私を包む。

熱を逃すように、私は小さく息を吐いた。


本当のところは、何もかもが今更なのよね。

怒りに燃える自分を、どこか冷めた気持ちで見つめる自分がいた。


怒りを純度の高いままに保つには三年という月日は長すぎたのだ。

辺境の人々が与えてくれる純粋な好意や優しさに包まれていると、怒りを持続させるのは難しい。

時間が経ち、残ったのは怒りだったものの(むくろ)

残り火は、今もこうしてちらちら燃えているけれど、かつてのような荒れ狂う勢いはなかった。


たぶん、どうでもよくなっちゃったのよね。


もし辺境の地でも幸せになれなかったら、ずっと恨めしく思っていたに違いない。

だが予想に反して私を大切にしてくれる人達に囲まれている今は、当時のことを思い出すのも稀になった。


木々の切れ目から夜空を飾る星が瞬く。


どれだけ羽が欲しいと願ったことか。

天色の空に憧れた記憶は、今の私には遠い。


欲と保身に塗れた翼人の国に、もはやなんの思い入れもなかった。

自ら不幸を選ぼうが滅びに向かって邁進しようが勝手にすればいい。


さっさと終わらせよう。


速やかに終わらせるためなら求められた答えを提示してしまうのも悪くなかった。

もちろん、圧倒的な力の差を見せつけるのは忘れずにね。

意図を悟ったのか、アレク様は呆れたような表情でため息をつく。


「甘いよね、自分がされたように見捨ててやればいいのに」


見捨てるという言葉に反応したタンガは、わずかに身を強張らせる。

彼にもそういう認識はあったのかと、私は薄く笑った。


「まあ、教えても使えないですから知識くらいなら別にいいかなって」

「そんな甘々な君だからこそ精霊から力を与えられたのかもしれないね」


アレク様の言葉にタンガは目を見張る。


「精霊……それにそのローブの色。まさか、君は?」


さすが鴉の羽を持つ者。

情報収集と分析は得意だものね。

精霊師のことを知っているなら話は早い。

私は真っ白いローブを翻し、儀式の時のような礼の姿勢をとる。


「ブンデンベルク辺境伯領所属の白精霊師、ハンナと申します。」

「なんと、白か……それにハンナって?」

「今の私は()()()ではありません。ブンデンベルク辺境伯領所属の()()()ですのでお間違いなきよう」


タンガは何バカなこと言ってるんだというポカンとした表情をしているけど、これすごく大事。

私は笑顔のまま、アレク様に向かって首を傾げた。


「アレク様、私は役立たずでしょうか?」

「いいや、辺境の地で役立たずは生き残れない。辺境伯付きの精霊師は間違いなく役立たずではないよ」

「では彼らが探しているのは私ではない別の人、みたいですね!」

「……そんな言葉遊びをしている場合じゃない! 君はレンカだろう?!」


跳ね起きたタンガは、私に手を伸ばした。

だけどその手は私に触れるまえに、不機嫌な顔をしたアレク様によって叩き落とされる。

タンガは憐れむような表情を私に向けた。


「ああそうか、君は辺境の地で生きるために偽名を……」

「ですから偽名ではありません。私はハンナであることを()()()のです」


あなた達が私を捨てたんじゃない、私が名前と一緒にあなた達を捨てたのだ。

それに偽名だなんて心外だわ。

そもそもレンカの名に思い入れなんて何一つないの。


「残念だけど、いつまでもあなた達の望むような役立たずではいられないのよ」


今ならわかる。

翼人の国の人々は蝶の翅を持つ者を役立たず扱いすることで心の均衡を保っていた。

いつからなのか、そしてどんな事情があってそうなったのか。

それはわからないけれど、閉鎖された空間で翼人の闇を受け止める存在を誰かが創造したのだ。

たとえるなら、()()だろうか。

それなら翼人にとっての味方は?


「王都で社会というものを見て比較することでわかったの。悪人や罪人と悪役は全く違うものよ。悪役とは意図して創り出されるものだわ。そして創り出した当人が自分を悪役の対極に置くのは当然よね。誰だって、自分は()()()でいたいもの」


では蝶の翅を持つ者の対極にいる存在は誰か?

私の指先は迷うことなくタンガを指す。


「それは賢者と、賢者制度よ」


蝶の翅を持つ者を賢者がかばうせいで、翼人達の妬心や悪意が蝶の翅を持つ者に向く。

賢者が悪意から守ろうとすればするほど、更なる悪意を引き寄せるのだ。

蝶の翅を持つ者が虐げられる原因の一つは、彼らの存在にあった。

……下界に降りたのなら、当然あなただって気がついたでしょう?

タンガは途方に暮れたような顔で視線を逸らした。

やはり気がついていたかと、私は唇を歪める。


「おそらくこれも賢者候補達が戻らない理由なのでしょうね」


タンガのように、賢者候補に選ばれる者は正義感が強い。

そして残念なことに馬鹿でもないのだ。

そんな彼らが修行の過程で社会というものを知って、賢者という存在の裏に気がついたとしたら?

自分達のためにこしらえた悪役を、罪の意識なく、何食わぬ顔で守ることが本当にできるだろうか。

それこそ厚顔無恥というものよね。


『善悪は時と立場によって入れ替わる』


そう教えてくれたのは亡くなられた賢者様だ。

彼も賢者制度の裏にある闇に気がついていたのかもしれない。

気がついたけれど、それでもあの方は翼人の国に戻ることを選んだ。

今ならわかる、それは賢者という仕組みを終わらせるためだった。

だから賢者制度がなくなるという未来を予測しながらも、積極的な対策を講じなかったのだろう。

そしてタンガが翼人の国に戻ってきたのは賢者様の遺志を継いで制度そのものを終わらせるため。

でなければ彼もまた翼人の国に戻ってくることはなかった。


だから今だけは協力してあげよう。


「かつてレンカに何ができたか、それは今となってはわかりません。ですからハンナとしてお答えしましょう」


正直なところ、答えを教えることは簡単だ。

今の私にできることを見せつければいい。

私は何者かを誘うように闇の奥に手をかざした。


「さあ、おいで」


それなりの数が必要だからと召喚の術式を展開する。

風に祝福を乗せてばら撒けば、程なくして、色も大きさも違う()()が群れをなして周囲を飛び交う。


「素晴らしい、何度見ても優雅で美しい眺めだね」


アレク様は幻想的な光景に目を細め、タンガは言葉を失った。

ふふ、()()()()自分を褒められたようで嬉しいわ。

私はアレク様に微笑んだ。

するとその群れをかき分けるようにして、ようやくトウカが姿を現した。


「えっ、蝶? なんで蝶がこんなにたくさんいるの?」

「あら遅かったじゃない」


トウカはムッとした表情を浮かべる。

鷹の羽を持つ者が速度で負けることはない。

だから()()なんて言われたことはないのだろう。

反論しようとする彼女を無視して、洞窟の奥を指した。


「洞窟内は、ところどころに崩れそうな場所があります。また奥へと続く通路が迷路のように入り組んでいるところもあるので、蝶の翅を持つ者と賢者候補がそういった場所に迷い込んでいる可能性もあるでしょう。ですから先行して彼らに探ってもらうのです……さあ、()()()()()()


私の言葉を合図に、蝶達が洞窟内へと散っていく。

タンガは目を見張った。


「蝶による探索、ということか?」

「はい、何かを見つければ合図が届きます」


蝶達は仲間同士、独特の周波数で合図を送りあう。

私はその合図をローブに組み込んだ術式によって変換、細かい情報を得るのだ。

このローブって本当に優秀、そしてそれを作った私もよく頑張ったね!

自画自賛しながら、私は洞窟の先を示した。


「では皆様、参りましょう」


そしてためらうことなく暗闇に身を投じた。



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