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勇者サマ Lv99

 すやすやと眠るアイリーンを、俺の従者であるウォレスが抱っこしている。……どうしてコイツが、その役回りなんだ。大いに不本意である。

 そんな俺の不満を知らないはずもないウォレスだが、


「アイリーン様は可愛らしいですねえ」


と柔らかな目でアイリーンを眺めている。


「やらんぞ」


 そう言って、アイリーンを取り戻そうと手を伸ばしたが、ばしっと撥ね除けられた。従者のくせに生意気なウォレスは、にっこりと笑みを浮かべて、


「貴方のじゃないでしょう」


とのたまった後、さらに畳み掛けるように続けた。


「だいたいアイリーン様は、貴方より私に懐いています」


 大いに不服だが、彼の言うことは事実であった。ぐうの音も出ないところだが、己の名誉のために反論はしておく。


「それはアイリーンが俺をロリコンと誤解しているからであって」


 しかしウォレスは、まるで軽蔑しているかのような半眼で、こちらを見つめてきた。


「誤解じゃないでしょう?」

「違う!」


 不名誉な認識に、即座に、そして全力で否定する。

 そもそも、彼女を幼女にしてしまったのは、ある種の不可抗力だった。王に「魔王を倒した証」を見せるため、彼女の魔力を宝玉に封印する必要があった。

 その過程で、何故か彼女の体が若返り始めたのだ。俺に「幼女だったら可愛いだろうな」なんていう他意があったわけでは、断じてない。


「俺はアイリーンが大人の姿の時から見てきた。ただ、こんな幼い姿になったんだから、可愛い服を着せたいとか、ぎゅっと抱き締めたいとか、子供を可愛いと思うのは普通だろ!」

「普通じゃないです。やっぱり貴方、ロリコンですね」

「違う!!」


 もう一度、即座に否定したが、ウォレスはやはり軽蔑したような目で俺を見ながら、ぎゅっとアイリーンを強く抱きしめる。

 このいとけない少女を、何とかこの変態から守らなければ、という使命感に駆られているのだろう。大変遺憾である。


 変態扱いされるのは、心底不本意で、できるだけ早く誤解を解きたいのは山々だが。

 今はそれより大事なことがある。


「ロリコンじゃないという証明は、あとでするとして」

「え? そんな証明、一生かかってもできないのでは……」


 水を差すウォレスに向けて剣を突きつけたいところだったが、なにせヤツはアイリーンを抱っこしている。乱暴な真似をするわけにはいかない。

 だいたい、あの寝室の仕掛けは何なんだ!? あれではアイリーンごと真っ二つだろ?

 だから、いいんですよ、とのたまったウォレスは、一体どれだけ俺を信用していないんだ?


 いや、まあそれも、後でじっくりと話し合うとして。


「さて、もう一働きする必要がありそうだな」


 森の外で蠢く不穏な気配に視線を向けながら、剣を担ぎ直す。その様子から、俺が「何」をターゲットにしているのかなど、ウォレスには一目瞭然だろう。


「おや、貴方は勇者じゃなかったでしたっけ?」


 ウォレスがうそぶくので、俺はくすりと笑った。


「転職の自由」


 俺の手には血濡れた勇者の剣と、魔王の力を封じた宝玉がある。魔王の宝玉は、俺の望みに呼応するかのように、その力を勇者の剣に注ぎ始めた。


「今日から魔王の手下その一」


 今まで光を具現化したかのような輝きを放っていた勇者の剣が、次第に宵闇の色を帯びて行く。


「じゃあ、私はその二ですね」


 当然のように追従するウォレスは、やはり俺と同様、人の王に不信感を抱いていたのだろう。


「まあ、私たちごと始末しようとする魂胆が見え見えですからねえ」

「そうだな。このまま放っておいたら『正義』の国王に粛正されてしまいそうだしな」


 そう言いながら、俺はふと思い出していた。魔王城で対峙した際に彼女が問うた言葉。一体自分が何をしたのかと。


 あの時答えたとおり彼女は何もしていない。領地の者には優しく、何を搾取することもなく、ただただ静かに暮らしていた。彼女の領民も、彼女を慕って気安く「魔王さん」なんて呼んでいたくらいだ。


 そう、たとえば。


 息子が不思議な力を持って生まれたがゆえに、村を追われ行く当てのなかった哀れな母親を、優しく領地に迎え入れてくれるほどに。


(ま、向こうはそんなヤツを一々覚えていないだろうけどな)


 彼女に取ってみれば、ちょっとした親切を行った人々の中の一人にすぎないのだろうが、自分たちにとっては、生きる糧を与えてくれた恩人だ。


(そう、俺はただ恩を返したいだけで、断じてロリコンじゃないんだからな!)


 ロリコンロリコンと繰り返されているうちに、何だか本当にそうなんじゃないかと自信を失いそうになる自分を叱咤激励しながら、俺は周囲の気配を素早く探る。


 魔王城を囲む森の外には王国の軍が取り囲んでいる。魔力を封じられ、幼女に変えられた非力な相手に対するものとは到底思えない。

 あの軍隊は恐らく、魔王の領地を踏み荒らし、略奪し尽くすためのものだろう。

 彼らは魔王の、狭いけれど豊かな領地と、魔王城にある莫大な財産を狙っている。


(本当に、話が違うだろう)


 魔王討伐の最初の前提として、俺はこう、王に告げていたのである。


「魔王は人を殺していない。悪さをしていないのだから、力を封印するだけで命くらいは助けてやってほしい」


 異種族の巨大な力が恐ろしいという気持ちは分からないでもない。未知の力というものは、誰でも排除したいと願うものだ。

 それに、他の誰とも知れない、報酬に目が眩んだ男に勇者になってもらっても困る。

 だからこそ、条件つきで、魔王討伐に臨んだのだが。


「契約違反も甚だしいな」


 魔王の命は助けるという条件で手を貸したのだ。それを反故にしたのであれば、こちらも勝手にさせてもらうだけである。


「それに、アイリーンは敵であっても殺すことに抵抗がありそうだしな」


 先ほどの刺客に対しても、半殺し程度、と思っていたようだが、魔王として魔力が十分だった頃ならともかく、今の状況で戦えば、力の加減ができず間違いなく相手を殺してしまっただろう。そして罪悪感に駆られるに違いない。


 たとえば彼女がもっと若かったなら。血気盛んな年頃だったのなら。

 あるいは敵を完膚無きまでに相手を叩き潰すという選択肢を選び取る可能性もあったのかもしれない。


 しかし。


(なんか、十分生きたから、もういっか、とか思ってそうだしな……)


 彼女と対峙し、剣と杖を交えた時。彼女はどこか、子供でも見るような眼差しで俺を見ていた。この上なく不本意である。


(アイリーンが二百歳越えだろうが何だろうが、関係ない)


 ただ、自分を「対等」に見て欲しいだけだ。そして都合の良いことに、彼女の体は幼くなり、肉体的な年齢は逆転したわけで。俺は子供じゃないと……ついでにロリコンじゃないと……彼女にしっかりアピールしておきたいところだ。


 何にせよ。


 そのためには、邪魔者は消しておかなければ。


「だったら、誰かが殺してあげないとな」


 俺はか弱い少女を守る勇者だしな、と付け加えて小さく嗤う。そして魔王の力を帯びて闇夜の月のように輝く元・勇者の剣を構えた。



 ☆ 魔王アイリーンに、手下から新しい領地が献上されました ☆

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