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56 予選一回戦 その1



 さて、予選一回戦だ。俺達の甲子園への第一歩が始まるぜ。


 我が美香保学園ナインは、みんなそろって野球部のバスで市営球場へと向かう。


 バスの中、いつもは俺と一希ちゃんは隣に座るのだが、今日は別の席だ。一希ちゃんは、バスに乗車するなり一番後ろの席、拓馬君の隣に座ってしまった。俺はしかたないので一番前で監督の隣だ。


 うーーん。やっぱりちょっと気まずい。他の部員達も俺と一希ちゃんの間の緊張感を敏感に感じ取っているようで、バスの中にはなんとなくもやもやとした微妙な雰囲気漂っているような気がする。試合に影響はないと思うけど、……影響ないといいなぁ。





 球場の駐車場でバスを降り、荷物を担いで歩き始めたその時のことだ。不意に俺の目の前に何かが突きつけられた。


 なんだこれ? ……マイク?


 びっくりして顔をあげると、若い女性が俺にマイクを向けている。一人ではない。手に手にマイクを持った人々が、俺と監督に対して何やら早口でまくし立てる。カメラを向けている奴もいる。


「白石さん! 一回戦に向けて抱負を一言おねがいします」


 え? 俺? えっ? えええ? なんで?


 突然のことに固まってしまった俺の前に、監督が割って入った。


「えーとぉ、ごめんなさい。連盟の人から試合前の個別のインタビューは禁止されているんですぅ」


 だが、彼らはあきらめてはくれなかった。監督を無視して、俺と一希ちゃんを狙って執拗に食い下がる。


「一言だけでいいですから! 史上初めて甲子園を目指す女子選手として抱負を……」

「白石さん! 藻岩さん! ふたりでカメラに向かって手を振ってください!」


 こ、こーゆーとき、いったいどうすればいいんだ?


 数少ない女子ピッチャーだから注目されているという話はなんとなく聞いていたが。なんて答えていいのか、さっぱりわからない。ととととりあえず誰かの後ろに隠れ……、ねぇちゃんである監督の後ろに隠れるのは男としての沽券にかかわるので、ここは拓馬君の影に隠れよう。


「このミーハーな連中は地元テレビ局のレポーターだな。どうせ野球のことなんてわからないんだから、適当に真面目な顔してごまかしとけ」


 俺を背中に隠しながら、拓馬君がアドバイスをくれた。……ていうか、拓馬君。俺と一希ちゃんの二人を背中に隠してしっかりガードしてくれるなんて、なんて頼りになる奴だ。ちょっとだけ見直したぞ。





 しかし、俺達の真の敵は、こんなミーハーだけど無害なレポーター達ではなかったのだ。突然、群がるレポーターやカメラの一群のさらに一番後ろから、ひときは甲高い怒号が発せられた。


「白石夢実さん! 白石一将氏の病状について教えてください! 特捜部の任意聴取を拒否するほど重病の一将氏は、孫のあなたが試合に出場することについてなんとおっしゃってましたか?」


 なっ!


 それまでのミーハーな質問とは異なり、それはあきらかに鋭い棘がふくまれている。悪意をもった叫びが、俺の耳に突き刺ささる。


 なにを言ってるんだ、こいつは?


「お、お爺さまと私の野球はかんけい……『夢実、もう時間だ。いそげ』」


 反射的に怒鳴り返そうとした俺。しかし、その手が強引に引っぱられる。大きな手、凄い力。俺とレポーター達の間に壁のように立ちはだかるのは俺の相棒、拓馬君だ。


「ほら、いくぞ。監督もみんなも!」


「あ、ちょっと! 君は白石の腰巾着の南郷大臣の息子さん? 君のお父さんにも疑惑が囁かれているけど、兄弟揃ってのんきに野球なんてやってていいの?」


 おもわず血液の温度があがった。頭の中で何かが沸騰した。爺さんや南郷のお父さんを、……というより野球そのものをバカにされた気がした。いい大人から高校球児に向けて発せられた無神経な暴言に対して、さすがに他のレポーター達もどん引きしている。


 反射的に暴言の主を睨む。人垣を通して、にやけたおっさんと視線が合った。その瞬間、自分でも意識しないまま声がでた。


「いいかげんにしろよ、こら! そこのおっさん、文句があるなら前に出てこ……『夢実! 何もいうな。放っておけって!』」


 実にあやういところで、お嬢様には似つかしくない酷く下品な罵声が声として出てしまうことは防がれた。 ……かな? とにかく、俺の身体は拓馬君によって、無理矢理引きづられていく。


 逃げるように球場にはいる美香保ナイン。後ろで監督が叫ぶ声がきこえる。


「ちょっと、逃げるのか!」


「困ります! 後ほど監督への共同インタビューの時間があるはずなのでぇ、その時に私が何でも答えますから!」


 ねぇちゃん! 最後まで俺達の盾になってくれているのか。あんな、たちの悪い奴の前にねぇちゃんひとりを残してはいけない。


「拓馬さん、離して!」


 しかし、ねえちゃんの元に戻ろうとした俺を、拓馬君が必死の形相でとめる。


「やめろって! ……ほら、もう大丈夫だから」


 拓馬君の指さす方向をみると、騒ぎを聞きつけた連盟の腕章をした人がわらわらと集まってきた。遅いんだよ、おまえら。





「……拓馬さん。ありがとうございます」


 球場の中、俺達はやっと一息つくことができた。俺と一希ちゃんは、助けてくれた拓馬君に頭をさげる。照れているのか、仏頂面のまま頭をかく拓馬君は、ちょっとだけ南郷(兄)に似ているような気がした。


「ふたりとも、あーゆーのは無視すればいいんだよ。なにしゃべっても、有ること無いこと書かれるんだから」


「……私、あまり経験無いのですが、マスコミの取材って、いつもあんなんですか?」


「まっとうなスポーツ記者なら、高校生に対してあんなこと聞かないよ。野球連盟に目をつけられたら今後取材できなくなるからな。あれはゴシップ系の雑誌記者だろうな」


 なるほど、集まってくるのはスポーツ専門の記者とは限らないのか。琴似の親父もいろんな記者から取材されて、中には無知でバカなのも少なくなかったけど、あんな失礼なのは経験なかった。


「もし予選を勝ち進んだら、もっと非常識な取材が増えるだろうよ。マスコミだけじゃない。ネットでも言いたい放題だ。兄貴も初めて甲子園行ったとき、ちょうど親父が政治資金の疑惑で騒がれてて、いろいろと苦労したみたいだし。……白石の爺さんの疑惑騒動なんて年中行事だから気にするな」


 あ、ああ。そうだな。疑惑が年中行事というのはどうかと思うが、……助かった。ありがとう。






 試合前の練習が始まる。


 神聖なグランドに足を踏み入れひとつ深呼吸すると、さっきの不愉快な出来事はいつの間にか頭から消えてしまった。俺の心は今、ガラスのように澄み切っている。


 俺だけではない。美香保ナイン全員の心が、目の前の試合に勝つことに集中している。見慣れたはずのチームメイトの顔が、凜々しくて眩しい。……試合前のインタビューを受けてきた監督だけは、げっそりとした表情をしているけどな。


「もう! せっかくのインタビューなのに、試合のことじゃなくて、夢実ちゃんと藻岩さんの学校生活や女子選手としての苦労話ばっかり聞いてくるのよ、あの連中!」


 ……ねぇちゃん、迷惑かけてごめん。


 ともかく、俺達の甲子園にむけた第一歩は、ここからはじまるのだ。


 一回戦の相手は雁来高校。生徒数の少ない、ちょっと田舎の学校だ。野球部員は十数人しかおらず、前評判は決してよろしくない。


 ……って、うちと同じか。


 西高や小別沢はもちろん、こないだ練習試合した円山高校に比べれても、かなり楽な相手であるはずだ。せっかくのくじ運を活かして、気持ちよく勝って弾みをつけたいものだ。


 ……と、向こうも思っているだろうなぁ。


 おどろいたことに、この雁来高校にも女子選手がいた。外野の控えだが、ロングヘアの可愛らしい女の子がベンチ入りしている。


 キャプテンによると、この地区の予選には、俺と一希ちゃんもふくめて、全部で五人の女子選手がベンチ入りする予定らしい。


「春の大会で注目された白石さんと藻岩さんの活躍が、刺激になったんじゃないかな。特に野球部員が足りない高校では、無理して助っ人を入れるくらいならマネージャを選手としてベンチにいれてしまう例があるらしいよ」


 へぇ。


 ついでにいうと、この地区の女子選手の多さは全国屈指ということで話題になっているが、一方で予選大会のレベルの低下を危惧する声もあったそうだが。


 ……ばかだなぁ。この地区の予選大会には、あの南郷と潤一が出てるんだぞ。全国一二をあらそう強豪の集まる激戦地区に決まってるだろうに。ついでに俺もいるし。


「もちろん、女子選手の中でもっとも注目されているのは白石さんだ。春の大会のあのピッチングの実績があるからね」


 実績といっても、結局あの試合は五回終了前に棄権しちゃったから、試合は不成立扱いで公式記録にはなってないんだよぁ。


 ちなみにこの試合、中継はされないがTVカメラは入っているらしい。地元局で深夜に予選ダイジェストが放送されるそうだ。





 俺達美香保学園は後攻。もちろん先発としてマウンドにあがるのは俺。審判の手が上がる。さあ、プレイボールだ。




 

 

現実世界の甲子園は終わってしまいましたが、物語ではこれから予選がはじまります。



2016.08.21 初出


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