50 面倒くさい
「へぇ。……その西高マネージャーのひかるちゃんって子、凄いなぁ。私には真似できないわ」
ある日の学校。俺は一希ちゃんと机を向かい合わせてお弁当を食べている。
例によって一希ちゃんが、俺と潤一との最近の様子を聞いてきた。キラキラした瞳で、興味津々だ。
別に隠すことでもないので、俺は正直に話したわけだ。先日ひかるが突然、潤一の弁当を作ると言い出したことを。で、それを聞いた一希ちゃんからかえってきた感想がこれだ。ひかるちゃんは凄いなぁ、と。
「えっ? すごい、かな?? もともとあの二人は子どもの頃からずっといっしょだった、……って聞いたことあるし、別に今さらでしょ」
俺としては、強豪である西高野球部の理屈っぽいマネージャーにライバル扱いされたことが嬉しくて、ちょっとした話題のタネにしただけのつもりだったのだが。なのに、一希ちゃんが妙に真面目な顔で感心してしまい、ちょっとびっくりしたわけだ。
まぁ、ひかるが他人から褒められるのは、ガキの頃からいつも一緒で一心同体といってもいい仲の俺としてはちょっとうれしい。とはいっても、一希ちゃんみたいなガチの箱入りお嬢様から真面目な顔で褒められてしまうと、ちょっと照れくさくもある。
「そうじゃなくて。……あのね、潤一君は夢実ちゃんに毎日お弁当を作ってもらうのを楽しみにしてたんでしょ? ランニングだって、あの事故以来ずっとふたりきりでやってたんでしょ? それがわかっているのに、ひかるちゃんは甲斐甲斐しくお弁当を作って、お邪魔虫になるのを承知の上で二人の間に割り込んでくるのよね。そのド根性は、やっぱり私は凄いと思うの」
と言われてもなぁ。ひかるが潤一に甲斐甲斐しくしてくれるのは昔から何も変わらないし。
「『ド根性』って……。ひかるちゃんにすれば、単に幼馴染みにお弁当つくってあげて、三人でいっしょにランニングするだけだと思う。どちらかというと、私の方がお邪魔虫なのかもね」
「うーん、夢実ちゃん、もしかしてワザとやってる? ……わけないわよねぇ。でも、ちょっと鈍感すぎるわ」
はっ? 鈍感? 俺が? 一希ちゃんが何を言いたいのかわからない。
「以前のことは知らないけど、記憶を失ってからの潤一君が好きなのは、誰がみたって……、ねぇ」
ねぇ、って言われても、わからないものはわからない。
「でも、はっきりしない夢実ちゃんも悪いのよ。このままじゃ、潤一君もひかるちゃんもかわいそうよ。……ねぇ夢実ちゃん、あなたは誰が好きなの?」
と、突然どうしてそんな話題になるの? どうしてあの二人がかわいそうなの? ねぇ、どうしてそんな真剣な顔で俺をみつめるの? まじめに考えなきゃダメなの? えーと、おおおおお俺は、た、た、た、たとえ女になっても、俺が好きなのは、えーと、その、ひかるに決まって……、なんて言えるわけないし。
その瞬間、頭の中に別の人間の顔が浮かんでしまった。……ひかるとは別のある男の顔が。
うわ、うわ、うわあああ。なんだこれは。そんなバカな。これが精神的BLって奴か? 俺はついに心まで女の子になってしまったのか? こ、これは言えない。他人には言えない。内緒にせねば。
「ゆ、夢実ちゃん。顔が真っ赤になって、頭から湯気まででてるよ」
え? 俺、赤くなってた。そそそそんなバカな。俺は思いっきり頭を左右にふる。頭の中に浮かんだ顔を吹き飛ばすために。
「夢実ちゃん、ごめんね。恥ずかしいなら無理に答えなくていいから。……と、とにかく、私が言いたいのは、ひかるちゃんは本当にすごいってこと。もし私の好きな人が、私じゃない別の女の子と仲良くなっちゃったら、私はその娘とは絶対に仲良くできないもの」
やっぱりよくわからんが、これだけはわかった。……俺の頭の中に浮かんだのが誰の顔なのか、一希ちゃんにだけは絶対に言えないということが。
その日の放課後。野球部の練習。
さあ、練習だ。俺の学校生活は、授業が終わってからが本番だ。俺はピッチング練習に備え、キャッチャーの拓馬くんといっしょに準備運動をしている。今日の俺は、いつもよりかなり気合いが入っているぞ。
本日の練習の冒頭、監督であるねぇちゃんが正式に宣言したのだ。夏の甲子園予選に向けて、今日からは白石夢実がエースという位置づけでチーム造りをしていく、と。
チームのみんなから反対意見は出なかった。というか、あの春の大会一回戦敗退のあの日から、既にみんなそのつもりで練習してきた。もちろん俺自身も。だけど、それが監督の口から正式に宣言されたというのは、やっぱり重みがちがう。
ちなみに、これまでのエース、キャプテンは外野にまわるそうだ。俺に何かあったときの控えピッチャーとなる。先輩を押しのける形になる俺としては、ちょっと申し訳ないという気持ちがないこともない。
「白石さん。責任を押しつけるようで申し訳ないけど、頼む。みんなで甲子園に行こう!」
……先輩、俺、重圧に押しつぶされそうっすよ!
しかし、前途は多難なのだ。俺のスタミナはそれなりに増えたと自負しているが、それでも一試合完投するにはまったくもって十分とは言いがたい。その上……。
「ご、ごめん、夢実」
申し訳なさそうに俺に頭を下げるのは、俺の投げたボールを後逸してしまったキャッチャー拓馬くんだ。全力疾走でボールを拾いに走る。
エース俺に対して、監督はこう言った。
「夢実ちゃんは、打たせて取る省エネの投球術を身につけてね」
はいはい。
「春の大会みたいな三振ショーは必要ないわ。できるだけ省エネで、スタミナを温存するのよ。うちのチームは守備だけはかろうじて平均点だから、打たせて取って堅実に勝ちにいきましょう」
わかってるよ。基本的な戦略として、まずは浮き上がるストレートでカウントをとって、ほとんど同じ速度から横に曲がるスライダをひっかけさせる。運良く追いこんだらあの南郷さえも打ち取ったナックルで三振を狙うんだろ。……って、言うのは簡単だけどさ。
投球練習を重ねるうち、なんとかアンダースローからの変態ナックルはものになってきた。自分でも手応えを感じる。
しかし、大きな問題がある。キャッチャーの拓馬君が、ナックルをどうしても捕球できないのだ。
確率にして、ちゃんと捕球できるのは半分くらいかな。……まぁ、投げた本人にもどこにいくかわからないボールだから仕方ないのだけど、これじゃあランナーがいるときの決め球には使いづらいなぁ。
幸いにして、夏の予選までまだ時間はある。練習するしかないね。
後逸したボールを拾ってきた拓馬君が、伏し目がちのまま俺にボールを返してくる。
「本当にごめん。きっと捕れるようになるから」
いや、いいんだって。誰だってエラーするときはするんだから、そんなに恐縮しなくても。さっさと練習を再開しようぜ。
「わかった……」
……それにしても拓馬君、ここ数日おれと目を合わせてくれないのはなぜだ? 単にナックルを捕れないことを恐縮してるだけとは思えない。ちょっと前までは、うざいくらい夢実に付きまとってきたくせに。
俺達はピッチャーとキャッチャー、バッテリーだ。何が気にくわないのかしらないが、もう少しコミュニケーションをとった方がいいんじゃないかと思うぞ。
……これは、あれか? やっぱり知っているのか? 先日の病院での、俺と南郷(兄)との間の事件(?)を。動転したうえの気の迷いとは言え、俺が南郷に向かって嫁になってやると宣言したことを。
そりゃそうか。拓馬君は南郷の弟だもんな。同じ家に住んでるんだもんな。……も、もしかして、拓馬君、実の兄にたいして突然あんなこと言い出した俺に呆れているのか? だから目を合わせてくれないのか?
まさか、同じように南郷お父さんは俺のことを淫乱でバカな娘だと思っていたりしないよな? じゃ、じゃあ、南郷賢本人は? あれがすべて冗談だと思ってくれていれば良いのだが。……良いのか? 本当にあれは冗談だったで良いのか? 自分でもよくわからん。し、しかし、仮に、仮にだ。あれを本気で受け取った上で、俺のことをうとましく思っていたら、……ど、ど、ど、どうしよう???
確かめたい。南郷があの件をどう思っているのか。 しかし、……聞けない。あんな恥ずかしい事を言ったしまった上に、本人に直接ききにいくなんてありえない。いったいどんな顔すればいいのか。
ああああ、俺はいったいどうすればいいんだよ?
「ゆ、夢実? どうしたんだ?」
拓馬君が、恐る恐る俺に声をかけてきた。自分でも気づかぬうちに、俺はマウンド場で頭を抱えてのたうち回っていたらしい。
な、な、なんでもない。本当になんでもないから。練習しようぜ!
……ああ面倒くさい。本当に面倒くさい。俺は野球に集中したいのに、世の中は面倒くさい事が多すぎる!
今回ちょっと時間があいてしまいました。今後も気長なお付き合いをお願いいたします。
新しいジャンルを決めなきゃならないのですね。「恋愛」と悩みましたがとりあえず「ローファンタジー」にしてみました。「スポ根」があればいいのに……。
2016.05.29 初出




