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47 責任とってね♡ その1



 野球をやっていて、これほど苦い思いをしたのは初めてだ。


 あの事故は俺のせいではない。監督もチームメイトも親父もそう言ってくれた。客観的に考えて自分でもそう思う。もし同じ事を他の選手がやったとしたら、俺も同じ事を言うだろう。おまえの責任ではない、と。


 そんなことはわかっている。わかっていても、俺は自分のプレーをこれほど後悔したことはない。




 彼女が運び込まれた病院には、白石の爺さんも入院している。爺さんのベットの脇、俺は親父といっしょに土下座をして詫びた。爺さんは怒りにまかせて俺をぶん殴った。一昔前ならば、白石の爺さんの怒りを買った人間は、政治家であろうと裏社会の者であろうと、この国では生きてはいけなかったらしい。しかし、……殴られた頬はまったく痛くはなかった。かつて鬼よりも恐いフィクサーと言われた迫力もない。世を捨てたただの年寄りにしか見えない。だが、ポツリと漏らした爺さんの言葉が心に突き刺さる。


「儂は夢実の母親に取り返しのつかないことをしてしまった。夢実は一生それを許してはくれないと思っていた。しかし、夢実は野球を始めてから、別人のようにかわった。こんな儂を肉親と認めてくれた。もし野球ができなくなった夢実が元に戻ってしまったら、……儂はどうすればいいのじゃ」


 目覚めた時、彼女はなんというだろう。どんな表情をするだろう。マウンドで見せてくれたあの表情は、もう見られないかもしれない。俺のせいで。


 この先ずっと、野球をするたびに、俺は彼女のあの顔を思い出すのだ。もう決してみられないあの表情を。ならば、いっそ……。





 ここ、どこだっけ?


 俺はベットに寝ているらしい。見覚えのあるようなないような飾り気のない白い天井が見える。


 もっと周囲を見渡そうとして、……あれ、片目があかないや。


 手で確かめると、俺は右目に眼帯をしているらしい。さらに顔の半分に包帯が巻かれている。


 ああ、そうか。俺、ファールボールを顔面で受けたんだっけ。それで気を失ったんだ。ボールが当たった瞬間、文字通り目から火花が散ったような気がしたんだよな。顔に傷付いてなきゃいいけど。夢実に悪いことしたなぁ。


 とすると、ここは病院だな。夢実といっしょにトラックに突っ込まれたあの事故の時と同じだ。





 はっ!


 頭の中でひとつ閃く。


 も、もしかして。


 俺は自分の肉体を見る。チアガールの衣装じゃない。いつのまにか病院のパジャマに着換えている。


 もしかして!!


 胸元のボタンをふたつはずして、首元から自分の胸を覗き込む。……が、しかし。


 はぁ……。


 ひとつため息がでた。落胆ゆえか、それとも安心したせいなのか、自分でもわからない。とにかく、ささやかながらたしかに膨らんでいる胸が見えた。そう、俺はちっちゃい女の子の身体のままだ。これは夢実の身体だ。事故のショックで潤一に戻るなんて、あるわけないよなぁ。




 ため息の後、顔をあげる。そしてやっと気付いた。


 ベットの脇にひとりの男がすわっている。俺から視線をそらし、ちょっと顔を赤くしている。


 えっ? なんで人がいるの? どうして視線をそらしている……。


 そして、あらためて気付いた。自分のパジャマの胸元が半分はだけている。


「わーーー、ちょ、ちょ、ちょっとあっち向いていてくれ! ていうか、どうして南郷がここにいるんだよぉ!!」





 ベットの上、俺は上半身だけ起こしている。胸元は直した。ていうか、寝顔をみられた? こんな眼帯した顔で、よだれ垂らしてなかっただろうな。いったい誰がこいつを部屋に入れたんだよ!!


「試合終わってすぐ見舞いにきたんだ。おまえの爺さんが、部屋に入ることを許してくれた」


 まだ赤い顔をした南郷が、ぼつりと答える。相変わらずこちらに視線をむけない。


「ひ、ひとりできたのか?」


「俺は親父といっしょに来た。美香保や西高の連中も来たようだが、ここには入れてもらえなかったようだ」


 そ、そうか。ここは爺さんの病院の特別室だ。証人喚問に呼ばれた政治家やらが仮病をつかってよく逃げ込むので有名な病院だから、一般人はなかなか入れてもらえないかもな。


「拓馬や藻岩一希も来たようだが、爺さんが見舞いを許してくれたのは親父といっしょに来た俺だけだった」


 ほぉ。さすが現役の大臣、顔がきくな。ていうか、南郷のお父さんまでお見舞いに来てくれたのか? それは申し訳ない。たかがボールがあたったくらいで大げさだな。


「おれ、……じゃなくて私、ファールボールに当たったんだよな?」


「ああ。俺の打った打球だ」


 我ながらマヌケなはなしだよなぁ、一応野球部員なのに。


「そ、それで、わざわざ見舞いに来てくれたのか?」


「ああ。応援団がひとり救急車で運ばれたとは聞いたが、それがお前だと俺が知ったのは試合が終わった後だった。とにかく事情がわかった直後、俺達親子はここに直行した。親父はいま爺さんが入院している部屋にいる」


「そ、そうか。それはもうしわけない。……べつに南郷のせいじゃないから気にすることはないよ」


 南郷は答えない。数分の沈黙の後、いったん何か言いかけて口を閉じる。そして、また沈黙。




 おい、なに黙ってるんだよ。もっとしゃべってくれよ。間が持たないだろ。もともとあまり表情豊かな奴じゃないのは知ってるが、せっかく見舞いに来てこんな美少女と二人きりなんだ。少しは笑えよ。そりゃ確かに俺にファールボールをぶつけたのはお前だが、それは不可抗力ってやつだ。責任感じる必要はないんだぞ。


 沈黙が痛い。仕方がないので、俺から話題を振ってやろう。


 俺は、一旦くちをひらきかけ、……閉じる。さっきの南郷と同じだ。一番聞きたいことを聞く勇気がない。思い直して、ぜんぜん別の事をきく。


「し、試合は? おまえと潤一の勝負はどうなったんだ?」


「……俺の勝ちだ。あの直後、俺のホームランで小別沢が勝ち越し。そのまま一対ゼロで試合終了だ」


 おまえ、……あの絶好調の潤一のボールを打ち返したのか? すげぇな。ホントにすげぇな。おまえ、どこまで凄い奴なんだ。


「今になって思えば、琴似の奴は救急車で運ばれたのがお前だとすぐに気づいたのだろう。あきらかに冷静さを失っていた。それで勝負を急いだか、おそらく決め球のつもりのフォークが、すっぽ抜けの高めの棒球になった」


 ……そ、そういうことか。潤一らしいな。

 

「琴似と違って俺は人でなしだからな。自分のファールボールでケガ人がでたことなどかわまずに、目の前の棒球むけてフルスイングをしたというわけだ」


 い、いや。おまえは『人でなし』なんかじゃない。俺のケガはおまえのせいじゃない。そもそもバッターボックスにいたおまえから、ライトスタンドでケガしたのが俺だと気づけるわけがない。敵の応援団のことだしな。そんなことよりも、……これで優勝だな。おめでとう。


「ありがとう」


 にこりともせず南郷が答えたあと、みたび沈黙。やっぱり会話が続かない。





 うーむ。いつまでもこんな不毛な会話(?)をしていても埒が明かない。やはり尋ねないわけにはいかないか。でも、……こわい。知るのがこわい。正直言って答えを聞きたくない。


 でも、でも、でも、いつか誰かに知らされるのだ。ならば、こいつに……。


 南郷ならば、俺の聞きたくない答えはしないような気がした。


「えーと、ところで、……私は、こんな包帯してるけど。ど、ど、どんなケガなんだ? もし知っていたら、……教えて欲しいのだけど」


 南郷の眉が、ピクリと反応したような気がした。


 おい、そんな恐い顔するなよ。笑ってくれよ。おい。


 椅子に座っていた南郷が立ち上がった。そして……床にすわる。正座だ。南郷の奴、そのまま土下座しやがった。


 ちょ、ちょ、ちょっと、やめてくれよ。


「すまん」


 や、やめろよ、おい、なんのまねだよ


「右の眼球に打球が直撃したそうだ。いまは精密検査の結果まちだが、最悪の場合、……視力が戻らない可能性もあるそうだ」


 ……えっ?


 俺は何秒間くちを開いていただろう。


 えっ?


 視力? 戻らないかもしれないってこと? 


「じょ、冗談はやめてくれよ。南郷らしくないなぁ」


 南郷は俺の顔から目をそらさない。


 冗談じゃないの? 見えないの? や、野球は? 野球はできない、……の、か?


「その可能性も否定できないらしい。……すまん」


 南郷がふたたび頭を下げる。


 や、や、やめてくれよ。


 俺は必死に南郷に向けて言う。とにかく南郷に頭を上げて欲しかった。


 やめてくれって言ってるだろ!


 しかし、南郷は頭を上げない。その姿をみて、また涙がでそうになる。


 や、やめてく……れ。


 でも、泣かない。絶対に泣かない。少なくても、こいつの前では泣かない。泣いている姿をみせてはいけない。こいつのせいではないのだから。


 俺は毛布に潜り込む。南郷に背を向ける。


 お。おまえのせいじゃない! 気にするな。俺は泣いてないぞ。泣かないったら泣かない。だから、おまえも気にするな。だから、ちょ、ちょ、ちょっとだけ、ひとりにしてくれ。だから、な、頼む。




 だが、南郷は部屋を出ては行かなかった。それどころか、とんでもないことを言い出しやがったのだ。


「……おれ、野球やめることにした」


 な、な、な、なにを、バカなこと言ってるやがるんだ、このアホは!



 

 

基本的にお気楽な物語ですから、たぶんそんなに深刻な事態にはならないはずです。

 

2016.04.24 初出

 


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