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27.対抗戦 その5


 夢実が俺のサインをのぞき込み、そして頷く。


 いま夢実は俺しか見ていないはずだ。バッターボックスの中の糞野郎がどんなに夢実と仲が良くても、いまこの瞬間だけは、俺と夢実の間に割り込むことは出来ないはずだ。


 そんな夢実の信頼を裏切るわけにはいかない。絶対に討ち取ってやる。


 まずはストレート。しかし、アウトハイにはずして様子を見る。いまの球速ではバットが届くところには投げられない。


 ……ボール。くそ、余裕をもって見送りやがった。


 二球目。


 今度は横に滑るスライダだ。球速がなく切れが鈍ってしまったのは仕方がない。しかし、前のイニングまでの夢実のストレートが頭の中にあれば、運が良ければ引っかけてくれるだろう。


 強振? ジャストミート? しまった。読まれていた。思いっきり引っ張られた!


 ……レフト線の大ファール。助かった。タイミングが微妙にずれたか。スタミナ切れでスピードがなくなったことが幸いしたか。


「うーん。いつものスライダより球速が遅くてタイミングがずれちゃったか。まだ三十球くらいだろ? もう少しスタミナつけなきゃ、夢実」


 潤一のつぶやきが拓馬の耳に届く。……おまえに夢実のいったい何がわかっているというんだ? 馬鹿にしやがって。


 三球目。


 今度は夢実の方からサインを出してきた。へぇ、チェンジアップね。派手に三振させられた第一打席の復讐でもしたいのか? いいだろう。


 これまでと全く同じフォームから繰り出す山なり超スローボール。それがわずかに揺れながら曲がって落ちてくる。


 や、やばい、真ん中に入ってくる。コントロールミスだ。ここにきて握力が尽きたか、……しかも、しかも、タイミングばっちりでフルスイングしてきやがった? この野郎、これを待っていたのか!





 ……くそ。腕が重い。脚も重い。指先の感覚がなくなってきた。でも、この試合に勝てないにしても、潤一だけは抑えてやる!


 やられたらやり返すのが俺の流儀だ。三球目はチェンジアップ、……というかスローボール。タイミングを外して外角ギリギリにおとす。


 あっ。

 

 投げた瞬間わかった。指先が思ったように引っかからなかった。曲がりながら落ちる山なりのボールが、よりによって真ん中に入っていく。


 拓馬のあせった顔がマスクの向こうに見える。そして、潤一の野郎がニヤリが笑ったのも。


 くそ、くそ、くそ、俺の性格を完全に読まれていたか!


 打たれた瞬間わかった。あまり綺麗なスイングではないが、それでもあの体格だ。真芯で捕らえられれば、いったいどこまで飛んで行くのか。


 確かめたくないが、ボールの行方は確かめねばならない。自分で投げたボールの責任は自分にある。


 無理矢理振り向いた視線の先、ボールは広い美香保学園の野球場を遙かに超えて、場外に消えていった。


 がっくりと肩をおとす俺をよそに、意気揚々とベースを一週する潤一。くそくそくそ。ホームで出迎えるチームメイト達に祝福される潤一。ベンチに帰ってひかるに抱きつかれている潤一。ふざけるなよ、こら。





 拓馬がゆっくりとマウンドに来た。内野の連中も集まってきてくれた。


「ゆ、夢実。まだ試合はおわってない。投げられる……な?」


 拓馬がちょっと情けない表情で俺を見る。何だ? 何を言ってるんだおまえ。


「あたりまえだ。なめんなよ!」


 俺は挫けそうな心に鞭をうつ。当然だ。あと一人だ。絶対に抑えてやるさ。





「へぇ」


 内野の観客席、小別沢高校キャプテン南郷賢は、おもわず声をだしてしまった自分に気づく。ここにきてマウンドの白石夢実がみせた表情に驚いたのだ。


「ほぉ」


 隣にいる親父も同じらしい。


「ただの練習試合とはいえ、この局面であんな表情ができるとは。女の子がたいしたもんだ。さすが白石の娘、というところか? 拓馬がご執心なのも無理はない。……おい、賢。まさか、おまえもか?」


「……まさか」


「おまえ、あんなに慕ってくれている藻岩家の娘はどうするんだよ?」


「一希ちゃんみたいな本物のお嬢様が、俺なんかとつりあうわけないでしょう。……あ、いや、マウンドの白石さんがどうこうという訳ではないよ」


 と、とっさに口に出してみたものの、隣の親父はニヤニヤと笑っている。


「おいおい。じゃあ、おまえと拓馬の兄弟で白石の娘を取り合うのか? どちらにしても白石の爺さんと親戚になるなんて、ぞっとしないんだがなぁ」


 この親父には何を言っても無駄だ。


 南郷賢は、これ以上よけいな事を言わないことに決めた。そして、あらためてマウンドにたつ少女をみつめる。唇を噛みしめ、バッターを睨みつけている。


 たしかに、もし実際の試合で対戦してあの表情を見せられたら、……俺は冷静でいられないかもしれないなぁ。





 最後のバッターは、この試合二回目の対戦だ。一回目とはうって変わってヘナチョコになってしまった俺のストレートを、ジャストミートしやがった。


 痛烈なあたりが俺の左を抜けていく。二遊間を抜けようかというゴロを、しかし一希ちゃんが飛びついた。逆シングルで捕球、踏ん張って一塁にむけて大遠投。うまい! ファインプレー! これで九回表の西高の攻撃は終了。さすが、一希ちゃん。





 九回裏、美香保学園の攻撃については、特に述べることはない。ここにいたっても全く球速の衰えない潤一の剛球の前に、我がチームの打線は当たり前のように沈黙し、あたりまえのようにゲームセットだ。


 初の練習試合は五対ゼロ。チームとしては完敗だ。


 投手白石夢実に限れば、打者十人に対して一失点。奪三振五つ。被安打一は潤一のホームラン。決して悪い数字ではないが、しかしあれ以上投げていたら滅多打ちを喰らったのは間違いない。もっともっとスタミナをつけなきゃなぁ。


 一方で、潤一の奴は被安打一の完封。弱小の美香保学園が相手とはいえ、完璧なピッチングだ。俺対潤一の個人的な勝負でも完敗といえる。くっそー、くやしい!





 西高のみなさんがバスに乗り込んでの帰り際、潤一が握手を求めてきた。おまえ、なんだ今さら。


「夢実と試合ができて楽しかった。僕はますます野球が好きになってきたよ。これからもよろしく」


 ごっつい男が、ちょっとはにかみ、赤くなりながら、俺の手を握る。ひかるが物凄い顔で睨んでいるような気がするが、ここはあえて無視しよう。


「お、おう。俺、……じゃなくて私からもよろしくお願いします」


 こいつ、まだまだ凄い投手になりそうだ。まさか俺の甲子園への最大の障害が潤一になるとは、予想していなかったなぁ。




次は公式戦にむけて練習の日々です。


2016.01.14 初出

2016.01.16 一二塁間と二遊間を間違っていたので修正しました

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