23.対抗戦 その1
「うわー、でっかい学校だなぁ」
「すっげぇ立派な練習場」
「これが格差社会ってやつだよなぁ」
「おお、本当に女の子の部員がいる!」
ついに対抗戦の日がやってきた。今年の試合は美香保学園のグラウンドでおこなわれるため、西高の野球部の皆様が我が校にやってきたのだ。みんな、うちの学校の施設をみて目を丸くしている。
まぁそうだよな。『俺』も西高出身だから、その気持ちはよくわかるよ。
西高は、全国でも有名な進学校だ。エリート養成高として名が知れ渡っている。しかし伝統校とはいえ、美香保学園ほど予算があるわけではない。生徒は基本的に庶民ばかりだし。ていうか、美香保学園が異常なほどお金持ちなんだけどな。そんな西高生がうちの学校をみれば、びっくりするのも無理はない。
ねぇちゃんが西高の監督とご挨拶をしている。その横で、俺達選手同士もご挨拶。
西高の選手は、一年生以外はほとんどが知っているメンバーだ。もちろん潤一も、マネージャーのひかるも一緒だ。
懐かしい。西高の連中には世話になったからな。挨拶のひとつもしたいところだが、俺がもと潤一だとばらすわけにいかないし、いきなり他校の女子生徒に話しかけられても困惑するだろう。とりあえず、潤一に声をかける。
「よぉ、潤一。意外とユニフォームが様になってるじゃん」
「やぁ、夢実。君こそ、……似合ってるよ」
そのでっかい身体でいちいち赤くなるなよ。言われる俺だって恥ずかしいんだよ。
「と、とにかく、今日は僕にとって初めての試合だからね。負けないよ、夢実」
「ほほぉ。野球初心者が言ってくれるねぇ。フォークは投げられるようになったのか?」
「フォークはまだすっぽ抜けることが多いかな。でもカーブはなんとか投げられるよ。それから、……まぁ試合を楽しみにして」
「なんだ? ……じゃあ野球のルールは覚えたのかよ?」
「うーん。ボークがまだよくわかんないんだよね」
それは、……投手としては致命傷なのでは。
「白石さん」
やべ、ひかるだ。潤一と仲良くしているとからんでくるんだよな、こいつ。
「試合前から我が西高のエース潤一君の情報を盗もうとしているのね。スパイみたいなマネはやめて欲しいわ」
相変わらずだな、おまえ。でも、初対面の時のようなマジのトゲトゲしさではなく、冗談半分で笑いながら話しているだけましか。少しは仲良くなれたということかな。
「スパイって、……ひかるちゃんだって秘密特訓で私の投げるボール見てるでしょ」
「あなたは弱小美香保学園の控え投手。潤一君はいまや強豪西高のエースよ。情報の価値は天と地ほど違う。いっしょにしないで欲しいわ」
くっそ。悔しいがそのとおりだ。あいかわらず的確な嫌味を言う才能だけは豊かな奴だ。
「おい潤一。おまえ記憶を失ったくせに、他校のこんなお人形みたいな子と仲良しなのか?」
俺達の周囲に西高の選手が集まってきた。
「同じマンションに住んでるんだ」
「へぇ。いいなぁ。……マネージャー、ライバル出現だな」
「な、な、なに言ってんのよ、あんた達!」
ふーん、潤一のやつ、西高ナインとうまくやってるじゃん。……いいことだ。
試合開始が近づき、観客も集まり始めた。完全非公式の試合であるにもかかわらず、不思議なことに結構観客がいる。両校の生徒、先生、OB、ついでに野球好きの近所の住人も見に来ているらしい。
身なりの良い紳士と高校生らしき男子の二人連れが内野席に現れた。数人の男達がさりげなく周囲を固めている。そのうちのひとりが、紳士に耳打ちをする。
「白石のご隠居が? ……情報通りだな」
紳士とその息子は、先に観客として席に着いていた老人の前に歩み寄ると、ともに頭を下げた。サングラスの男に耳打ちされ、老人が顔をあげる。
「白石先生。まさかこんなところでお会いするとは。奇遇ですね」
「おお、南郷君。孫の夢実から聞いておるぞ。ご子息が美香保学園の野球部にはいったとか」
「ええ。夢実お嬢さんには次男の拓馬がいつもお世話になっています。もともと私は西高の出身ですし、今日はたまたま時間があいたので、ひさしぶりに高校野球見物です」
「ほう? ……偶然ということにしたいということだな。で、そちらは?」
「長男の賢です。小別沢高校の三年生です」
「おお、あの、甲子園で優勝した。立派なご子息ですな。将来が楽しみじゃ。……さて、ご覧の通り食事中だが、それでよければ話を聞こう」
「ありがとうございます。……賢、おまえは向こうで観戦していなさい」
現職の大臣が老人の隣に座り、深刻な表情で会話を始める。そこからはなれた場所に、大臣の息子、小別沢高校野球部キャプテンである南郷賢は席を取った。
そしてグラウンドに目を向ける。視線の先にいるのは、キビキビと練習中の西高ナイン。中でもひときわガタイのでっかい男。
琴似潤一。おそらく夏の甲子園に向けての最大のライバルになるであろう、西高のエースだ。
賢の所属する小別沢高校野球部は、もちろん今日も練習がある。キャプテンである賢がわざわざこんな練習試合を見学に来たのは、父親にむりやり連れ出されたこともあるが、この琴似潤一を偵察したかったからだ。
事故に巻き込まれたと聞いたが、動きを見る限り特に問題はなさそうだ。去年の秋の大会では紙一重の差で勝てたが、あれからどれだけ成長しているのか楽しみだ。
「やれやれ、あの白石の爺さんが、手作りの弁当を食いながら高校野球観戦とはね」
爺さんとの話が終わったのか、父親が隣の席に座る。
「もう話とやらは終わったの?」
「ああ、終わった。あの爺さん、孫娘が事故に遭ってから人が変わったようにしおらしくなったという噂があったが、あれは本当だったんだな。……この国の政財界を牛耳る最強最悪の妖怪も、そろそろ引退かもしれない」
「それを確かめるためにわざわざここまで来たのか? ……白石さんが引退したら、親父も困るんじゃないの?」
「困るな。とても困る。今日明日ということはないにしても、爺さんの影響力がなくなったら私の政治生命も長くはあるまい」
賢は視線を件の老人にむける。嬉しそうに弁当を食っている。あれは、誰かの手作りだろうか? なんにしろ、どうみても闇世界のキングメーカーと恐れられる人物には見えない。
「なのに、親父はのんびり野球観戦なんてしていていいの?」
「いまさらじたばたしてもしかたあるまい。なに、根回しはしてある。お前に後を継いでもらうさ」
「俺は政治家になる気はないよ。そーゆーのは弟の拓馬に任せたいんだけど……」
「そうはいっても、拓馬のような根性なしには政治家は無理だ。かといって野球も大成しそうにないがな。まぁ、あれはあれで可愛い息子であるにはちがいないが。……しかし私の跡継ぎはお前だ。親の命令を無視して勝手に小別沢高校に入学して、しかも甲子園で優勝までしたお前なら、政治家だって上手くやれるよ」
はあ。南郷賢はひとつため息をつく。
自分は単に野球がやりたいだけなのに、どうしてこんなに親に期待されてしまったのか。まぁ、家を出るつもりで勝手に小別沢高校の推薦を受けたのに、それにもかかわらず野球をやらせてくれるこの親には感謝している。野球で食っていけなくなったら親の期待に沿ってやってもいいか、とも思う。
もういちど、グラウンドに視線をもどす。今度は美香保学園が練習している。無意識に小さく首をふる。
……これはだめだ。別に女の子が選手にいるからじゃない。これから試合に挑むというのに、選手達にまったく闘う気構えが感じられない。
そして、美香保ナインの中に自分の弟の姿をさがす。……いた。女子選手に話しかけて無視されている。
拓馬、おまえ、親に言われるままにこんな学校に入学してよかったのか? どうして俺のように反抗できなかったんだ? まさか、お前がガキの頃からあこがれていた白石家の娘と同じ学校に進みたかったとか、バカな理由ではあるまいな。
2016.01.09 初出




