第8話 そういう話も多いから平気だと思ったんだ
編入試験の結果は、不合格であった。学科試験の結果は学院の高等部生と比べるどころか中等部生と比べても話にならず、何とか使えるのは探知系の魔術だけ。攻撃魔術はお世辞にも精度が高いとは言えない力技、編入しても授業についていけないだろうという意見が多勢を占めたのだ。あまりの攻撃力のチートっぷりに、野放しにするのではなく学院で制御方法を学ばせた方が良いのではないかという意見もあったのだが、それだと小学部、この世界に来たばかりと言う事情を酌んでも中等部への編入が妥当となるので、そのような編入なら本人が希望しないだろうと会議で判断された。
というわけで、何日かチートは部屋で落ち込みつつゴロゴロしていた。粉ミルクの件があるので王宮内でほとんどの人に避けられているのだから無理もない。優しく接してくれるのはフェンリィだけ。異世界ニートというやつである。
だが、そのおかげでフェンリィとの距離はさらに接近していた。さすがに湯船にいっしょに浸かったりはしないが、チートが部屋にいる間は甲斐甲斐しく世話を焼き、ベッドに入ったチートがシーツをまくり、
「フェンリィおいで。」
と言えば、もじもじしながらも一緒にベッドに横になってくれるほどである。
さすがにまだ一線を越えてはいないが、心行くまでイヌミミをモフり、調子に乗って胸に頭をうずめる程度のことはやっている。
フェンリィのチートに対する呼び方も、いつの間にか「勇者様」から「チート様」になっているくらいだ。
「んー、フェンリィといると落ち着くなぁ。」
「私もチート様といるとホッとします。」
この日も、朝からフェンリィといちゃついていた。
「ほんっと、勇者って気楽でいいわよねー、ごはんよ……って、チート!何してんのよ!!」
と、フェンリィ以外に話をしてくれる数少ない中の一人であるカマセーヌが部屋に入ってくるなり、フェンリィと共にベッドに転がっているチートを見て素っ頓狂な声を上げた。相変わらず王族がご飯呼び出し係である。カマセーヌの名誉のために付け加えておくと、一応ノックをして返事を聞いてから扉を開けている。
要するに、チートにとっては部屋の中でフェンリィと一緒に転がっているのは見られても気にしない行動という認識だったのである。
だが、それはかなり問題のある行動だということに、チートはまだ気づいていなかった。
午後になって、侍女さんが翌日の予定を伝えてくれた。
予定より少し早く、明日にパーティメンバーとの顔合わせが行われることになったのだという。だが、予定を伝えてくれた侍女さんは、なんだか冷たい視線を向けてきていた。
それだけではない、食事やトイレのために王宮内を移動する際、明らかに今までより避けられている感が半端ないのが、鈍いチートにもわかるのである。なにしろ、チートが廊下を歩いていくと、反対側から歩いてきた人たちがサササッと廊下の壁際に避けるのである。それは「相手が勇者だから敬意を表して避ける」というものではなく、「危ない人が来たから全力で避ける」とでもいうような動きなのだ。
「俺がなにしたって言うんだよ。編入試験落ちた者になんという仕打ちだ。なぁ、シロ。俺なんか悪いことしたか?」
『したか、してないかで言うと、したことになるニャ。』
「ハァ?意味わかんネ、いったい何を?」
有能なチュートリアルであるシロは、どのように言えばチートに理解できるかを考えながら言葉を紡ぐ。
『んー、人間と獣人の間には子供ができないニャ。』
「それが?俺まだ子供ができるようなことやってないぜ。」
まだ……って、今後ならやるつもりがあったのニャ、と突っ込みたいのを我慢してシロは続ける。
『ということは、ヒトと獣人は別種だニャ。ちょっとイメージしてみるニャ。もしも私が人間と同じくらいの大きさで、その私をベッドに引っ張り込んで、ほとんど裸で抱き合っている奴がいたとしたらどう思うニャ?』
チートは大きな猫とベッドで抱き合う裸の男をイメージしてみた。イメージの中では男の股間にモザイクがかかっている。
「うわーへんたいだー。」
『しかも、そいつはどうやら母乳愛好家ニャ。』
「うわー、だいへんたいだー。」
『その上、それを部屋に入ってきた女の子に見せつけてるニャ』
「うわー、だいたんへんたいだー、……って、それ俺?!」
『そうだニャ、世間から見た今のチートは母乳スキーで露出狂の獣○野郎ニャ!』
なるほどそれは誰だって避けるわー。チートは比喩表現などではなく膝から崩れ落ちた。なまじ、獣耳っ娘とキャッキャウフフするラノベなんかを見たことがあったのがあだになったようだ。子供ができないということは別種族と言うことで、つまりはそういうこと。獣人が××とのハーフ、とかいう記述も結構見られるが、状況を考えるとなかなかに危ないものである。
それはともかく、現状は大変宜しくない。勇者なのに、望まれて召喚された勇者なのに信用0.いや、状況から見て信用はすでにマイナス値であろう。
なお、王宮の人たちには、食事の前にいろいろこぼしたカマセーヌの話を聞いていた侍女さんたちから噂が広がった。個人情報や守秘義務ってナニ、と言いたいが、人によってはステータスを見る事ができる世界なのだから個人情報云々など今更である。
「俺、どうすればいいかな。」
『それは最早、チュートリアルの解答範囲を超えてるニャ。』
かくして、チートは食事も部屋に運んでもらい、より一層部屋でごろごろするのであった。
『もう多田野ニートと改名するニャ?』
センター試験の日に試験に落ちる話とか、何縁起の悪い話を書いているんでしょうか。
まぁでも、みんなの代わりにチートが試験に落ちて厄を祓ってくれたと思えば……いいですよね?