外伝 第4話:萌える闘魂、あの時の祈り
火竜の頭部に炸裂したセラの空中殺法「フェニックス・スプラッシュ」は、王都を襲う脅威を完全に沈黙させた。
竜が倒れたことで一時的に安全が確保され、閉ざされていた王都の門が開かれた。
避難していた人々が兵士たちの無事を確認するため外へと溢れ出す中、タカシもまた、人混みに紛れて防壁の外へと飛び出していた。
目指すのは、火竜が撃沈した巨大な陥没地の周辺だ。
そこには簡易的な救護テントが張られ、神官や魔術師たちが忙しなく動き回っていた。
人々の隙間を縫うようにしてテントに近づいたタカシは、ベッドの上で治療を受けているセラの姿を、至近距離から目撃した。
全身傷だらけで、魔法の包帯のようなものを幾重にも巻かれ、あの美しいコスチュームも引き裂かれている。それでも、彼女の横顔からは闘う者の凛とした気高さが失われていなかった。
(やっぱり、本物の朱雀セラだ……。なんて凛々しく、美しいんだ……。あまりにも、尊い……。)
前世でリングの上の彼女を見ていた時と同じ、いや、それを遥かに凌駕するほどの美しさと尊さに、タカシは改めて心を射ち抜かれていた。
この偉大な勝利は、確実にこの世界の伝説になる。タカシはそう確信していた。
しかし、勝利の余韻は一瞬でかき消された。
どこからともなく現れた禍々しい黒い瘴気が、火竜の骸を飲み込み、八つの頭を持つ漆黒の邪竜、ヒュドラへと変貌させたのだ。
ヒュドラが吐き出す超高濃度の毒霧が広がり、戦況が再び悪化するのを見て、外に出ていた民間人たちは悲鳴を上げて王都の中へ逃げ戻っていった。
だが、タカシはその場に残った。推しがまだ戦場にいる。それなのに、一人で安全な場所へ逃げるわけにはいかない。
混乱する救護テントの影に身を潜めていたタカシは、中から漏れ聞こえてくる会話に耳を立てた。
「切ったら再生するなら、切らずに関節技で極めちゃえばいいんだよ!」
(――? 首は八本あるはずだが……どんな技で極めると……?)
セラの天才的なアイデアに、タカシの脳内プロレス技検索が追いつかない。セラの側にいる少年と少女が、深刻そうな顔で思案している。
「いや。俺とセラで首を縛り上げて、コルダ王とライサ隊長に斬ってもらおう」
黒ずくめの少年が決意を込めて提案する。
「そ、それがいいと思います!」
うずまき眼鏡の少女がその提案に応える。
タカシは直感した。こいつらはまた、とんでもないことをしようとしている。
(……俺にできることをやるんだ。ファンなら、推しの舞台を全力で支えてみせろ!)
タカシは救護テントからぼろ布を数枚持ち出し、戦場へと走り出した。
タカシは毒霧が舞う戦場を、狂ったように走り回った。
ヒュドラの毒で咳き込み、倒れかけている兵士たちの襟元を掴み、布切れを渡し、大声で呼びかけた。
「立つんだ! まだ終わってない! 口に布を当てて、息を小さく吸って! 低いところほど毒が濃い。体を起こして! 絶対に倒れちゃダメだ!!」
タカシの前世での知識が役に立った。布を当てる方法は避難訓練で習った。毒ガスは空気より重いはずで、きっと低いところに集まる。
「セラたちが、あの化物の動きを止める! あいつらが仕掛ける瞬間が、反撃の時だ!」
だが、タカシは戦うスキルのない、ただの非力な平民だった。
呼吸をするたび、ヒュドラの強力な猛毒が喉と肺を焼き、全身が鉛のように重くなっていく。視界が急速に狭まり、激しく血を吐いて地面に倒れ伏した。
(くっ……ここまでか……。声が、出ない……)
意識が闇に溶けかけ、諦めそうになったその時、戦場で凄まじい地鳴りが起こった。
見ると、先ほどの黒づくめの少年が青く光るロープでヒュドラの首を絞め上げ、セラがそのロープを掴んで、巨大な邪竜を持ち上げようとしていた。足を踏ん張り、持ち手を横に振ろうとしている。
この準備動作は、間違いなくプロレス技、ジャイアントスイングだ。
(こ、ここで……ジャイアントスイングだって……!?)
にわかには信じがたい光景。しかし、プロレスファンとして滾らざるを得ない状況に、タカシの全身の細胞が否応なく再起動した。
肺が焼けるような痛みに耐え、気合だけで上体を起こし、周囲の兵士や傭兵たちに向けて、ありったけの声で叫んだ。
「回した数を数えるんだぁぁぁーー!! みんなで! それが、あいつの力になる! 頼む、みんなで数えてくれぇぇぇーー!!!」
タカシの狂気じみた絶叫に、近くにいた瀕死の傭兵がハッとしたように目を見開いた。
「い……一回!」
続いて、倒れていた兵士が声を上げる。
「二回!」
タカシのスキル【狂熱応援】(ファン・シンクロ)、そして【狂信伝播】(ファナティック・インフルエンス)が再び発動する。レモンイエローの温かい魔素の光が辺り一帯を包み込み、光が人々の声を繋いでいく。
セラの回転に合わせて、戦場に響くカウントの声が大きくなっていく。
「五回! 六回! 七回! 八回!」
回転数が増えるごとに、黄色の光はどんどん回転へと吸い込まれ、セラの回転速度が増していく。
「十回ーーーッ!!!」
周りを取り囲むほとんどすべての兵士の掛け声と共に、ヒュドラは空中に放り投げられ、二人の屈強な剣士が放った鋭い一閃で、見事に八本の首が斬り落とされた。
セラが歓喜の輪に加わる姿を視界の端に捉えた瞬間、タカシは安堵と共に、ついに意識を完全に失って、泥のように崩れ落ちたのだった。
*
それから数か月。
奇跡的に一命を取り留めたタカシは、王都の仕立て屋『サルトリア・ルーチョ』の工房にいた。
「ねえ、タカシ。このシャツのロゴ、もう少し大きくした方がいいかしら?」
「いや、ルーチョさん。このロゴは、胸元にワンポイントで小さく配置した方が、普段使いしやすいんですよ。マフラータオルはド派手な方がいいですけどね」
「あら、確かにそうね! よし、これでいきましょう!」
平和が戻った王都で、タカシはルーチョの協力を得て、本格的な「朱雀セラ応援グッズ」の開発と販売を始めていた。
タカシのスキル【熱狂的声援】(ファン・シンクロ)は、「心から応援する相手」の能力を高める。先の一件以来、タカシはルーチョを心から尊敬し、応援してもいた。そのため、ルーチョにも微弱ながら効果が発生するようで、「傑作です!」「さすがはルーチョさん!」と熱く声をかけるたび、ルーチョのやる気がみなぎり、驚異的に作業がはかどるのだった。
こうして、マフラータオル、シャツ、キャップなど、さまざまなセラグッズが店頭や市場で販売され、王都の住民の間でブームを巻き起こしていた。
*
更に時は流れ、王都に一年で最も多くの人が集まる日、すなわち、闘技大会の開催日を迎えた。
朱雀セラのグラン・コロッセオ(大闘技場)デビュー戦の日が、ついにやってきたのだ。
超満員の観客席。熱気と歓声で建物全体が揺れる中、タカシは最前列に陣取り、自作の赤とオレンジの巨大マフラータオルを握りしめていた。
思い出すのは、前世で初めてセラのデビュー戦を見た、あの日のこと。
(推しを追いかけて、異世界まで来て……。ようやく、またあいつがリングで戦う姿を見られるんだな……)
体の奥底から込み上げる熱い感情。タカシの目から自然と大粒の涙がこぼれ落ちた。
「おいおい、試合前から泣いてんじゃねえよ、兄ちゃん」
ふと隣を見ると、筋骨隆々の大柄な男が、ビールジョッキを片手にニヤニヤと笑っていた。
「なあ、知ってるか? セラのあの強さに、この国で最初に気づいたのは、このオレなんだぜ。オルトの街で、あの『赤鬼』を倒す、ずっとずっと前にな!」
この男はオルトの街の冒険者でバルガスという。バルガスは周囲の観客に向かって自慢げに胸を張り、ドヤ顔で豪快に笑っている。
タカシはフッと鼻で笑い、涙を拭うと、予備のマフラータオルをバルガスの首に手際よく巻きつけ、静かに語りかけた。
「……俺はね、セラの試合を年間五十試合以上、前世を含めてもう三年以上、追いかけ続けているんですよ……ククッ」
「ぜん……? なんだって?」
「昔はね、もっと華やかな、アイドル寄りの入場パフォーマンスだったんですよ。こっちの世界に来てから、ダイナミックで力強いスタイルに変えたみたいですね。けれど、セラの美しさ、かわいらしさ、チャーミングさは、何ひとつ損なわれていない……。うん……この世界のセラも悪くない。いや、最高と言うべきですね。新しい世界の要素を取り入れて、明らかに成長している。強くなっている……。それに、あのコスチュームは王国で一番大きい博物館に入れるべきでしょうね。いや、いっそ記念館を建てるべきでは……クッ、ククッ」
「は? お前、何言って……」
バルガスが呆気にとられていると、闘技場に爆音の入場アナウンスが響き渡った。
『――朱雀ぅぅぅーーー!!! セラぁぁぁぁーーーーーーっ!!!』
ドッカーン!!! と派手な魔法の花火が上がり、リングへと飛び込むセラの姿。
タカシはマフラータオルを天高く掲げ、その魂のすべてで、推しの名を全力で叫んだ。
(外伝 第1部・完)




