第3話 最終話:英雄のいない三者面談
一週間が経過した。
教育委員会が強弁した「自立型キャンプ」という名の嘘は、いよいよ限界を迎えていた。当然だ。一週間も連絡がつかず、一人の帰還者もいないキャンプなど、この現代日本に存在するはずがない。
しかし、組織の「ヤバさ」はここからが本番だった。
放課後の多目的ホール。
そこには、憔悴しきった二組の保護者たちが集められていた。彼らに向けられた壇上には、校長、学年主任、そして教育委員会の役員たちが、まるでお通夜のような、それでいて完璧に計算された「沈痛な面持ち」で並んでいる。
「……皆様、誠に遺憾ながら、ご報告せねばならないことがございます」
教育委員会の役員が、ゆっくりとマイクを握った。
「これまで『キャンプ』と称して調査を進めてまいりましたが、新たな事実が判明いたしました。……二年二組の生徒三十名、および引率の教師は、学外活動の移動中に**『大規模な集団失踪』**を遂げたと、本日、本市教育委員会として正式に定義いたしました」
「定義……? 失踪したって、どこにだよ! 警察は何してるんだ!」
一人の父親が立ち上がり、怒号を上げる。
「……落ち着いてください。警察とも協議した結果、現場には『特定の思想を持つ団体による高度な催眠、あるいは物理的な拉致』の痕跡がある……という可能性を検討しております。……魔法陣? いえ、それはプロジェクターのハッキングによる視覚誘導テロの一種というのが、現時点での公式見解です」
佐藤はホールの隅で、その茶番劇を眺めていた。
隣に立つ警部補は、胃薬を噛み砕く音すらさせず、ただ虚空を見つめている。彼のスマホには、上層部から「これ以上魔法陣に触れるな。公安に引き継げ」という事実上の捜査打ち切り命令が届いていた。
「つきましては、校長の管理責任を問い、本日付で校長は更迭。学年主任は停職処分といたします」
役員の言葉に、ホールがざわつく。校長は力なくうなだれた。
しかし、佐藤は見逃さなかった。校長が、机の下で「これで退職金の減額だけで済む」と、安堵の溜息を漏らしたのを。
彼らにとって、三十一人の命よりも、**「自分の経歴にどう傷をつけるか」**の損得勘定の方が、遥かに重要だったのだ。
「……なお、生徒さんたちの机や私物につきましては、証拠品として一旦撤去させていただきます。……また、皆様への補償につきましては、学校側の『安全管理過失』を認めない形での、見舞金という形での対応を——」
補償、責任、定義、手続き。
消えた子供たちの「その後」を案じる言葉は、一つもなかった。
彼らはもう、教育委員会にとっては「処理すべき案件」でしかないのだ。
数時間後。
誰もいなくなった真っ暗な校舎。
佐藤は、警部補に連れられて校門を出た。
「……なあ、佐藤。あいつ、まだ生きてるか?」
警部補が、ポツリと聞いた。
「あいつ?」
「あのトラックの運転手だよ。……あいつも、お前と同じだ。人殺しじゃないのに、組織に『イノシシを撥ねた』ことにされて、今もトラックを転がしてる」
警部補は、歩道橋の上で足を止めた。
「……異世界。本当にあるんだろうな。そこで、あいつらは飯を食って、笑って、剣でも振り回してるんだろうな」
「……多分」
「……だったら、あいつらに伝えてくれ。こっちじゃ、あんたらの親が、保険も下りないまま、子供の部屋のローンと月謝を払い続けてる。……校長は、退職金の計算をしながら、あんたらの名前を名簿から消した」
警部補は、空になった胃薬の瓶を、街灯の下に置いた。
「……ヒーローごっこもいいが、後始末するこっちの身にもなってほしいもんだぜ」
佐藤は、自分のスマートフォンを取り出した。
クラスのグループLINE。自分が送った「どうした?」という一言の下に、新しいメッセージを入力する。
『あっちで魔王倒したら、速攻で帰ってこい。校長のツラ拝ませてやるから』
送信。
もちろん、既読はつかない。
佐藤は、夜の学校に向かって、そして遥か彼方の異世界に向けて、これ以上ないほど高く中指を立てた。
「……キャンプ、まだ終わってねえからな。クソ野郎ども」
風が吹き抜け、誰もいない教室の窓をガタガタと揺らした。
この世界には、ひしゃげたトラックと、白紙の報告書と、そして——誰も座ることのない三十一脚の椅子だけが、取り残されていた。
(第2編:クラス転生 完)




