表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/9

第3話 最終話:英雄のいない三者面談

 一週間が経過した。

 教育委員会が強弁した「自立型キャンプ」という名の嘘は、いよいよ限界を迎えていた。当然だ。一週間も連絡がつかず、一人の帰還者もいないキャンプなど、この現代日本に存在するはずがない。

 しかし、組織の「ヤバさ」はここからが本番だった。

 放課後の多目的ホール。

 そこには、憔悴しきった二組の保護者たちが集められていた。彼らに向けられた壇上には、校長、学年主任、そして教育委員会の役員たちが、まるでお通夜のような、それでいて完璧に計算された「沈痛な面持ち」で並んでいる。

「……皆様、誠に遺憾ながら、ご報告せねばならないことがございます」

 教育委員会の役員が、ゆっくりとマイクを握った。

「これまで『キャンプ』と称して調査を進めてまいりましたが、新たな事実が判明いたしました。……二年二組の生徒三十名、および引率の教師は、学外活動の移動中に**『大規模な集団失踪』**を遂げたと、本日、本市教育委員会として正式に定義いたしました」

「定義……? 失踪したって、どこにだよ! 警察は何してるんだ!」

 一人の父親が立ち上がり、怒号を上げる。

「……落ち着いてください。警察とも協議した結果、現場には『特定の思想を持つ団体による高度な催眠、あるいは物理的な拉致』の痕跡がある……という可能性を検討しております。……魔法陣? いえ、それはプロジェクターのハッキングによる視覚誘導テロの一種というのが、現時点での公式見解です」

 佐藤はホールの隅で、その茶番劇を眺めていた。

 隣に立つ警部補は、胃薬を噛み砕く音すらさせず、ただ虚空を見つめている。彼のスマホには、上層部から「これ以上魔法陣に触れるな。公安に引き継げ」という事実上の捜査打ち切り命令が届いていた。

「つきましては、校長の管理責任を問い、本日付で校長は更迭。学年主任は停職処分といたします」

 役員の言葉に、ホールがざわつく。校長は力なくうなだれた。

 しかし、佐藤は見逃さなかった。校長が、机の下で「これで退職金の減額だけで済む」と、安堵の溜息を漏らしたのを。

 彼らにとって、三十一人の命よりも、**「自分の経歴にどう傷をつけるか」**の損得勘定の方が、遥かに重要だったのだ。

「……なお、生徒さんたちの机や私物につきましては、証拠品として一旦撤去させていただきます。……また、皆様への補償につきましては、学校側の『安全管理過失』を認めない形での、見舞金という形での対応を——」

 補償、責任、定義、手続き。

 消えた子供たちの「その後」を案じる言葉は、一つもなかった。

 彼らはもう、教育委員会にとっては「処理すべき案件トラブル」でしかないのだ。

 数時間後。

 誰もいなくなった真っ暗な校舎。

 佐藤は、警部補に連れられて校門を出た。

「……なあ、佐藤。あいつ、まだ生きてるか?」

 警部補が、ポツリと聞いた。

「あいつ?」

「あのトラックの運転手だよ。……あいつも、お前と同じだ。人殺しじゃないのに、組織に『イノシシを撥ねた』ことにされて、今もトラックを転がしてる」

 警部補は、歩道橋の上で足を止めた。

「……異世界。本当にあるんだろうな。そこで、あいつらは飯を食って、笑って、剣でも振り回してるんだろうな」

「……多分」

「……だったら、あいつらに伝えてくれ。こっちじゃ、あんたらの親が、保険も下りないまま、子供の部屋のローンと月謝を払い続けてる。……校長は、退職金の計算をしながら、あんたらの名前を名簿から消した」

 警部補は、空になった胃薬の瓶を、街灯の下に置いた。

「……ヒーローごっこもいいが、後始末するこっちの身にもなってほしいもんだぜ」

 佐藤は、自分のスマートフォンを取り出した。

 クラスのグループLINE。自分が送った「どうした?」という一言の下に、新しいメッセージを入力する。

『あっちで魔王倒したら、速攻で帰ってこい。校長のツラ拝ませてやるから』

 送信。

 もちろん、既読はつかない。

 佐藤は、夜の学校に向かって、そして遥か彼方の異世界に向けて、これ以上ないほど高く中指を立てた。

「……キャンプ、まだ終わってねえからな。クソ野郎ども」

 風が吹き抜け、誰もいない教室の窓をガタガタと揺らした。

 この世界には、ひしゃげたトラックと、白紙の報告書と、そして——誰も座ることのない三十一脚の椅子だけが、取り残されていた。

(第2編:クラス転生 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ