第三章 黒い使徒 もう一つの顔
表情が引き締まる。
ホーキン卿の周りには、護衛のものは誰もいない。
王国の重臣であるホーキン卿に、誰も挟まずに面会を求める青年。
本来なら、立ちどころに王宮内を警備する守衛たちに取り押さえられるだろう。
ところが、この状況にあってホーキン卿は誰かを呼び寄せる素振りを見せない。
「クローツ修道士ですね。このような時間に何か?」
至福の時を邪魔されて、少し不機嫌な表情になるホーキン卿だったが、さすがにその気持ちを口調には出さない。
ゆっくりと振り返ると、そこには白い修道服に身を包む、背の高い青年が微笑みながら立っていた。
金色の髪の毛は、頬を撫でる優しい風に揺られている。
「こちらをお持ちいたしました」
爽やかな表情の青年は、手に持った茶色の封筒を手渡して恭しく頭を下げた。
受け取った封筒から、一枚の紙面を優雅な手つきで抜き取る。
「あの方々は事を急ぎ過ぎますね」
思わず、苦笑いが浮かぶ。
文面を目で辿りながら、ホーキン卿はおもむろに口を開いた。
「時期が早すぎます。この内容どおりに行くと、教会の分裂を生んでしまう。それにまだ、法王聖下は幼いのです。大陸中の約一億の信徒たちを導くにはしばらくの時間が必要」
珍しく、眉間にシワを寄せて思案に暮れる。
「仕方ありません。私自身が、法王庁に出向くよりありません」
一通り、文面に目を通すと小さく折りたたみ、マッチで火を点ける。
燃え上がる紙片が、まるで蝶のように舞い上がりゆらゆらと地面に落ちた。
「私はしばらく、王都を離れます。例の事は任せましたよ」
「かしこまりました。わが主、レナード・ロゼ首席枢機卿猊下」
そこには、先ほどとは爽やかさは消え去り、悪意に満ちた笑みが張り付いていた。
「粛清使の準備は、粛々と進めて参ります」
ホーキン卿は、頭を下げる青年神官を一瞥もせずに、王宮内に姿を消した。