第二章 二つの真実 もう一つの真実
「……あんなこと言っているけど、彼もずいぶんと苦しみながら生きてきたのよ」
外へと通じる扉を、頬杖をつきながらリリアは見つめる。
「リリアさんは、キリア殿のこと詳しいですね」
「うん?」
「私は、キリア殿と出会ってから二週間と経っていませんが、キリア殿のことをまったく理解していませんでした」
うつむいて、呟くような小さな声だった。
「それはそうよ! 彼がまだ逃げ回っているときからの付き合いですもの。今でこそ、狙われる機会は減ってきているけど、当時は凄かったわよ」
目をゆっくりと瞑り、懐かしい事を思い出すようにしんみりとした口調で話し始める。
「高額の賞金が懸けられていたから、誰もが彼を探していたわ。職業的殺戮者や賞金稼ぎ、各国の警備隊。誰も信じられなくなっていたみたい。ある日の朝、私がいつものように宿の前を掃除しようと外に出たら血だらけの彼が倒れていたのよ」
激しい戦いの末に、酷く憔悴しきったのだろう。
巨剣をしっかりと握り締めて倒れていたのだ。
「危険な状態だった彼を介抱して、当時この宿を訪れていた古い友人に彼を託したの。その友人はギルドの中でも屈指の戦士だったから。それに、幾ら剣の腕前に自信があっても、十七、八の少年。生き残るためにそれが最善だと思ったわ」
それから、過去にレガリオン王国からキリアを暗殺するような契約を幾度か持ちかけられたこと。
実際に、ギルドの戦士同士で剣を交わしていたこと。
色々とリリアは教えてくれた。
「彼の親族は、政治革命のときに彼を残して全員が処刑されたみたい。彼だけが、家族と仲間たちの協力で何とか逃げのびたみたいだけど」
炎に包まれた館から、キリアを逃すために母と兄それに姉が身を挺したという。
話を続けながら、席を立ち奥の調理場へ向う。
「彼は貴女が、自分と同じ運命になって欲しくないのでしょう」
差し出された紅茶の心地よい香りが辺りに広がった。
「さぁ、それを呑んでもう眠りなさい。キリア君は間違いなく優秀な戦士だし、貴女の気持ちを一番理解してくれるはずだわ」
空を旅する真っ白な雲の流れが、今日はやけに速く感じる。
まだ、早朝のために空気は澄み、昇り始めたばかりの光は山の頂上付近で微睡している。
少し薄暗い空の下、二人は静かに宿を後にした。
通りに人影は少ない。
今なら、キリアとエディーネが村を出て、どちらの方角に進んだのかを知る者は少なくてすむ。
たったの一日だったが、夜を過ごした『話の集い場』が徐々に遠ざかる。
半刻ほど街道を進むと、クスール村の端が見えてきた。
このまま進むと、間もなくクスール村を出る。
「私に黙ってこのまま行く気かい?」
村の境にある、ちいさな木製の門の前に立つ人影は半ば呆れた口調だった。
「リリア!」
「リリアさん」
驚きの表情を見せる二人をよそに、リリアは二人に近づく。
「もし、次に行く当てがないのならルーゼルにある天啓主義教会修道院のアルチナを訪ねてみるといいわ。必ず力になってくれる」
リリアは、微笑みながら言う。
「ありがとうございます」
柔らかい微笑みを浮かべながらエディーネは言った。