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ナッツ入りチョコレート

「あー!チョコ食べたい!」

「どうした?急に。」

「クルミちゃん見てたら食べたくなっちゃって。」

今日はエルムウッドに来ている。

エルムウッドはお気に入りのドッグランだ。ここに来ている犬はほとんどが顔馴染みだから、アリスも怖がることもなく、じゃれあいながらのびのびと遊んでいる。

愛玩犬として飼われている大型犬の多くは、とても穏やかだ。特にドッグランに来るような大型犬は、他の犬に吠えかかるようなことはほとんどない。そもそも、他の犬とトラブルになる危険のある犬は、ドッグランに来てはいけないのだ。

アリスは怖がりだが、吠えかかられなければ大丈夫だから、ここでは様々な大きさのワンコとも仲良くしている。

初めてたくあん(可愛らしいマルチーズ。保育園の息子さんが沢庵好きで、名前は「たくあん」にすると言って譲らなかったそうだ)に会った時は、吠えられたとたん、下げた尻尾を後ろ足の間に挟んでキュゥっと鳴きながら、その場でお漏らしをしてしまった。こっちもたくあんもリードを繋いでいたし、5mくらい離れていたから、そんなに怖がるとは思っていなかった。それ以来、初めましての犬がいた時は、しゃがんでアリスを抱き抱え、安心させるようにしている。

そんなたくあんとも、今はとても仲良しだ。

クルミちゃんはここで仲良くなったアイリッシュ・セターで、アリスより少しだけ小さいが、会うと絡まるようにして遊んでいる。

アイリッシュ・セターは、筋肉質で濃い茶色の毛が艶めいて美しい。垂れ耳で、耳、脚、尻尾や胸に飾り毛があり、癖毛のようなその毛は柔らかく、陽にあたると全身が焦茶色に輝き、神々しいくらいだ。

そしてなぜか、その神々しさを見て桔平はチョコレートを連想した。

「あの胸から腹にかけての毛がさ、ガナッシュに見えるんだよ。」

「・・・・・」

「あ!スワンがきたよ。久しぶりだね。」

緑菜が振り向くと、中年に差し掛かろうかという年齢のラブラドール・レトリバーが、テニスボールをガッチリと咥え、飼い主と一緒に足取り軽くやってくるところだ。

イエローと呼ばれる薄茶色の短毛で、澄んだ茶色の瞳をしている。薄い色の毛並みに、赤いリードがよく映えてお似合いだ。カワウソに似ているというオッターテイルは根本から先へ行くほど少し細くなっていて、スワンは千切れ飛ぶんじゃないかとこっちが心配になるほど、勢いよくブンブンと振っている。

盲導犬でお馴染みのレトリバーは、警察犬や麻薬探知犬でも活躍するくらい賢い。

スワンの飼い主は、ウチの子はそこまで賢くないと言ってたけど、アリスに比べたら、とてつもなく賢そうに見える。名前を呼べば跳んで来るし。

アリスは楽しいと、呼んでも戻ってこない。というか、追いかけっこのつもりになるようで、「立ち止まってこっちを確認しては逃げる」を繰り返す。遊びのつもりなんだろうが、こっちはアリスの体力にとてもじゃないけどついていけない。

スワンみたいに帰ってくればいいのに、そうボソリと呟くと、ナッパに

「この犬種が賢くて、この犬種は馬鹿だというのは、所詮人間目線のものにすぎない。生き物に「改良」という言葉は使いたくないが、アフガンハウンドは「自分たちで判断して猟をしてくる」ように改良されたり、原産地で進化しているんだ。」

と言われた。

「そっか。アフガンは猟犬だもんね。」

ナッパは大きく頷いて続けた。

「例えば、グレピは山岳地帯で熊や狼から狼に立ち向かえるように大きく力強くなったし、山岳地帯の過酷な寒さにも耐えられるような体毛をしている。シベリアンハスキーだって、犬ぞりを走らせるには、持久力とスタミナが必要だろう?スタミナが有り余るから、体力が無限なんじゃないかと思うほど遊ぶし、ソリで物資を運ぶのに人見知りなんかしていたら役に立たない。」

「なるほど。」

「よって」

ナッパはゴホンと一つ咳払いをした。

「アフガンハウンドは馬鹿ではない。」

「結局、それが言いたかったんじゃーん!」

桔平はそう言ってアハハと笑った。


帰り道、車に乗るとアリスはすぐに眠ってしまった。口を半開きにしてイビキをかいている。

「たっぷり遊んだもんな。」

桔平は振り返ると体ごと手を伸ばし、幸せそうに寝ているアリスの頭を撫でた。

「あ〜、アーモンドチョコ食べたいなぁ。」

「お前、さっきもそんなこと言ってたな。あの時は、ガナッシュって言ってたけど、アーモンドチョコに変わったのか?」

「いや〜、スワンとくるみちゃんが遊んでるの見てたら、チョコで包まれたナッツを連想しちゃってさ。ここんとこ食べてないな〜と思って。」

「当たり前だ。」

万一、万万が一にもアリスの口に入らないように、家にチョコレートは持ち込まないようにしている。犬にチョコは厳禁。カカオに含まれるテオブロミンとカフェインで中毒を起こすからだ。

「今度2人で出かけるときにでも、アーモンドチョコ買おうよ。」

「お前は、本当に子どもだな。アーモンドなんて、香ばしさだけじゃないか。」

「なんだよ失礼だな。ふ〜ん、そうか。ナッパは食べたくないってことか。」

「そんなこと言ってないだろう。」

話しながら、緑菜は右にウインカーを出した。

「俺が選ぶんだったら、やはりナッツの王様だな。」

「何それ?」

「知らないのか?」

そう言って一呼吸置いた。

「なんだよ、もったいぶっちゃって!なになに、教えてよ〜。」

車の運転をしてなかったら、緑菜にちょっかいをかけているところだ。

緑菜は前を向いたまま、ふふんと鼻を鳴らすと一言

「マカダミアナッツだ。」

と言った。

「あ〜、あれかぁ。」

「あれか、とはなんだ。クセのない味と、油分が多いゆえの噛んだ時のコクッとした歯応え。アーモンドと違ってチョコレートの邪魔をしない、控えめながらハッキリとしたナッツ感。やはり選ぶべきはマカダミアナッツチョコだろう。」

「そんなことないって!」

桔平がややムキになって言い返した。

「アーモンドチョコは、形だって美しいんだよ。アーモンドに合わせた、卵のような曲線美。食べる前に、まず見ちゃうよね。」

そう言うと、人差し指と親指でつまんで、眺めるような仕草をした。

「カリッとした香ばしさは油分も多過ぎないし、チョコにアーモンドの美味しさが加わって、甘〜いチョコとの相性だって抜群だよ。」

うっとりとフロントガラスの前方、遥か遠くを見ている。

「いやはや、まったくわかってないな。」

緑菜も負けてはいない。

「マカダミアナッツは、チョコの旨さを邪魔しないんだ。噛むとまずチョコレートの濃い甘さが口の中に広がって、次に来るのがナッツのコクッとした歯応え。チョコレートだけじゃ作れない、味の深みと歯応えが何とも言えない組み合わせになるんだよ。」

「そんなこと言ったら、アーモンドチョコでしょ。こっちの方が、チョコとアーモンドが堪らないハーモニーを醸し出すんだよ。」

それに!と桔平は語気を強くした。

「アーモンドはね、ビタミンEが豊富なんだよ。若返りのビタミンって言われてるんだから、これからはナッパも絶対、食べた方がいいよ。若くないんだから。」

桔平に言われた余計な一言が癪に触ったのか、緑菜も負けずに言い返した。

「マカダミアナッツはな、オレイン酸が豊富なんだぞ。コレステロール値を下げる働きがあるんだ。お前、ここのところ運動不足だって言ってるし、マカダミアナッツを食べた方がいいんじゃないか?」

痛いところを突かれたのか、桔平は少し声を落とした。

「でもさ、だからって食べ過ぎたらダメじゃん。マカダミアナッツって、カロリー高いんだよ。もうオジサンなんだから、マカダミアナッツチョコばっかり食べてたら太るからね!」

「何を言ってるんだ。そんなのはアーモンドチョコだって同じだろう。お前だって、もう若くない。過ぎたるは猶及ばざるが如しだ。」

おもむろに、2人揃って自分のお腹を触り始めた。

「・・・ナッツチョコは、しばらくお預けだね。」

「・・・そうだな。」

緑菜の言葉を最後に、結局2人とも家に着くまで黙り込んだままだった。

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