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カラムーチョ

緑菜が珍しく、ソファに座って録画したTVドラマを観ていると、CMになったタイミングで桔平が声をかけてきた。

「これ観終わったらさ、映画観ようよ。」

「映画?」

「そう!Timerに入った新番組の中に、『本棚の隅で鬼は笑う』があったんだよ。ほら、観たかったのに行けなかったって言ってたじゃん。」

「おっ!もう入ったのか。早いな。」

「本当だよね〜。」

ちょうどそこでCMが終わり、ドラマに切り替わった。


桔平は、映画館には「行かない派」・・いや正確には「行かなくても良い派」だ。たいてい、観たい映画は映画館ではなく動画配信サービスを使って家で観る。

映画が嫌いとか、そういう理由ではない。

映画館に行くと、周囲に気を遣わなくてはいけないし、お腹が鳴ったり、トイレに行きたくなったらどうしよう、などと考えてしまって落ち着かない。

自分が気を遣うから、周りがたてる音や臭いも気になってしまう。ヒソヒソ声は論外だが、それ以外、例えば何かを食べる匂い、音。ジュースの終わりかけをストローで吸い込むズズズッという音。一度気になり出すと、映画に集中できなくなる。

要するに、映画館が得意ではないのだ。

対して、緑菜は映画が好きで、映画館にも月に1回は行っている。映画のために作られた映像は、映画館で観るべきだと思っているからだ。

テレビの画面では、小さく潰れてしまう細かな物や景色が、映画館の大画面であれば、鮮明に、とまではいかないものの美しく再現される。

音に囲まれることで、音に溺れるように映画に没入することができる。そしてそれによって、世界が非日常のものとなるのだ。

桔平は一度、緑菜と外国映画を観に行ったことがあるが、意見が分かれて結局別々に観ることになった。

桔平は、活字を追うことに集中してしまい、肝心の映像が疎かになってしまうから、吹き替え版しか見ない。

逆に緑菜は、吹き替え版を好まない。俳優自身の声を聴きたいのと、翻訳されないような細かな雑談や音声も含めて、映画のワンシーンだと思っている。

語学堪能な緑菜にとっては、活字すら邪魔らしいが、桔平は外国語なんかさっぱりだ。

その時以来、外国映画を一緒に観ることはないが、邦画は時々一緒に観ている。映画館不得手の桔平が行く気になった時は、だが。


「ポップコーンはないけどさ、飲み物とおつまみでも用意して、雰囲気出そうと思って。」

桔平はウキウキとコーヒーをサイドテーブルに置いた。

緑菜はブラックで、桔平はグラニュー糖を少し入れた微糖だ。

「この香りはインスタントだな。」

「やっぱりバレちゃったか。」

桔平はエヘヘと笑い、まあいいじゃんと言った。

「ねえ!それよりおつまみ何にする?ポッキー?」

「お前が食べたいからだろう?」

緑菜はそう言って笑うと、

「俺は柿の種だな。」

と言った。

「ナッパはピーナツ好きだもんね。」

「いいや、柿の種に入っているピーナツが好きなんだ。」

「プフッ。どっちも変わんないじゃん。」

こういう時は、カロリーなんて気にせず好きな物を好きなだけ食べることにしている。緑菜もそれがわかっているから、「栄養のバランスが」とか「野菜の量が」なんてことは言わない。

桔平は、つまみや菓子類をストックしているケースからいろいろ出して、テーブルに並べていった。

自宅上映会だったら、匂いも食べる音も気にする必要がないから、気兼ねなく選べる。

「ポテトチップは外せないな。今日は少し濃い味が食べたいから、ピザポテトかわさビーフにするか?」

「カラムーチョ食べない?なんか今日は、カラムーチョの気分なんだよね。」

「良い選択だ。そうしよう。」

はいはい、と調子の良い返事をした桔平がカラムーチョをテーブルに置いた時、緑菜がソファから身を乗り出した。

「何だそれは?」

「え?カラムーチョだよ?わかってるでしょ?」

「無論わかってはいるが、お前が出してきたのはスティックの方じゃないか。」

「そうだよ。いいじゃんスティック。僕これ好きなんだよね。」

カラムーチョの袋を振りながら、桔平が満面の笑みを浮かべる。

「いやいやいやいや、」

緑菜はすっくと立ち上がると、急足でテーブルの前にいる桔平からカラムーチョの袋を取り上げた。

「これはポテトチップじゃないだろう。薄くスライスしてないんだから、これはポテトスティックだ。これはこれで旨いが、カラムーチョだったらやっぱりチップスタイプの方だろう。」

「うん、まあスティックではあるけどね。でもカラムーチョといったら、断然こっちでしょ!」

そう言って、緑菜からカラムーチョの袋を取り返した。

「いいや、俺はカラムーチョだったらチップスタイプの方が好きなんだ。だいたい食べやすさだって違うだろう。」

緑菜はそう言うと、切らさないように常備しているカラムーチョのポテトチップをストックケースから取り出した。

「そんなことないよ。スティックは小さくて食べやすいし、」

そう言って、桔平は両手でスティックタイプの袋を開けた。

「これこれ。開けた瞬間にスパイスの香りが立ち上がるんだよね。スティックタイプの方が、味の濃い匂いがするんだよね。」

まずは親指と人差し指で1本つまみ、ためつすがめつ眺める。

「ほら見てよ。細くて平たいでしょ。円筒じゃないから、周りにだけ味があるなんてこともないし、角度が変わるたびに味も変わるから楽しいしさ。」

つまんでいた1本を口に運んで前歯で咥え、ポリポリと食べた。

「このさぁ、濃ゆいコンソメの味と、舌先にピリッとくるチリパウダーの辛さがいいんだよね。そして、こんなに赤いのに子どもでも食べられるのは、味のバランスが良いからなんだよ。」

そうして一つ頷くと、今度は中指も添えた3本の指で何本かつまんで、ヒョイと口の中に入れた。

「うん!安定の美味しさ!」と頷きながら指先をペロリと舐め、袋を右手に持つと、

「なんなら袋から直接口に入れることだってできちゃうしね。しかも、片手で。」

袋の端を口に近づけてザザッと流し込んだ。

ザクザクと噛みながら、満足げに目を細め

「これだよ。ムグ・・ン。甘辛旨!旨辛甘!ほらこの独特のスパイス。辛さもあるけど、甘味と旨みが強いんだ。強めの塩気が舌に残って、飲み物を飲むと一気にそれが洗い流されて、つい次の一口が欲しくなる。わかる?この感覚。満足感もあるし、量だってポテトチップより多いから、お得感満載じゃん。」

「何がお得感だ。」

緑菜も負けじと袋を開けた。

「ほら!それだよ半分以上空気じゃん!損したような気分になるんだよ。」

横から桔平が、茶々を入れてくる。

「うるさいぞ!」

緑菜が桔平をジロリと見やった。

「量のことばかり言って、まったく下品な奴だな。これは空気じゃなくて窒素ガスなんだ。ポテトチップには大量に入っているが、膨らませておくことで割れるのを防いでいるんだ。それにな、このガスを入れることで油が酸化することもなく、味も落ちないんだぞ。」

そう言いながら、緑菜も香りを嗅ぐように深呼吸をした。

「う〜ん、これだな。ほら、香辛料の香りが少し違うだろう?スティックよりチップスの方が軽いけど香ばしい、というか芳しい。」

袋の中から1枚取り出すと、緑菜はうっとりと眺めた。

「ほら、この薄さが軽い歯応えを与えてくれるんだ。そして、形も健康なじゃがいもそのままじゃないか。」

そう言って口に咥えると、チップは「パリッ」小気味良い音を立てて砕け、緑菜はそのままパリパリ食べて飲み込んだ。

「これだよ。」

緑菜はウンウンと頷きながら話し続ける。

「味が濃すぎることもなく、じゃがいも自体の美味しさも味わえる。」

もう1枚取り出すと、桔平にヒラヒラと見せた。

「ほら、シーズニングが必要以上についてないだろう?」

そのまま再び口に運ぶと、パリッと噛んだ。

「うん。塩味も強すぎず、かといってカラムーチョ独特のシーズニングは変わらず楽しめる。味の薄い飲み物と一緒に食べても、主張し過ぎて飲み物の味を損なうほどじゃない。」

「満足感は?」

「腹が膨らめば満足感が得られるというわけじゃない。楽しむ時間こそが満足感を与えてくれるんだ。」

「片手で一気に食べらんないよ。」

「なぜ一気に食べる必要がある?」

やいやい言い合っていると、窓の方から

ドカンッ

という音がした。

二人揃って窓の方を見ると、アリスが窓ガラスを使って華麗に(?)ターンしたところだった。

アリスは一匹で・・たまにサメの人形を咥えて・・庭を駆け回っているが、同じ方向に何周か回遊した後、窓ガラスを蹴って方向転換し、今度は逆回りに回遊する。

窓ガラスを蹴られても、普段なら、少し汚れるくらいだが、今日はベッタリと足跡がついていた。

「あっ!アイツ、また脚を濡らしてるじゃないか!」

「・・・映画はまた今度だね。」

2人は溜息をついて、ガックリと頭を垂れた。

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