アダルベルト城
アダルベルト城の玄関前につくと、レイビックと奥方のカトリナを先頭にずらりと使用人たちがならんでいた。
「当主様、婿様。おかえりなさいませ」
一斉の挨拶を聞きながら、わたくしはフェリクスのエスコートで馬車を降りた。
旅支度を解く間もなく、城の執務室でこれからのスケジュールをレイビックと確認していく。
三日後に行われる結婚お披露目パーティーは、遠方からの招待客もいて、早い者はもう明日からこの城へやってくる。
先祖へ拝礼や視察などもあり、もちろん合間に執務もしなきゃいけない。
アダルベルト領に滞在するのは10日間の予定で、スケジュールは立て込んでいる。
だけどフェリクスにとっては結婚して始めての小旅行だし、初めてのアダルベルト帰領だ。
なるべくゆっくりとこの地を楽しんでもらいたいと思う。
ちなみに今、この場にフェリクスはいない。
叔母の案内で、アダルベルト城の当主配偶者の部屋を確認してもらっている。
このフェリクスいぬ間にわたくしはレイビックに是非とも聞いておきたいことがあった。
「叔父様。実はわたくし、ここ数日とても悩んでいるのですわ」
わたくしは頬に手を当て、ほぉと息を吐いた。
「人生経験豊富な叔父様でしたら、わたくしに良き助言を下さることと思うのですけど」
「…私にお答えできることでしたら」
レイビックは警戒しながら、答えた。
「フェリクスの事ですわ」
「婿殿がどうか?」
「わたくしがこれを言ったことは秘密にしてくださいますわね?」
「…それは、内容による、としか」
すぐ、秘密にします、と言えばいいのに。
レイビックを軽く睨んだが、レイビックは譲らない顔だ。
わたくしははあと息を吐いて、秘密を強制するのは諦めた。
わたくしがこんな質問をしたことが知られたら恥ずかしいのだけど。
「…殿方を大事にするってどうしたら良いのかしら?」
「‥‥‥?」
レイビックは眉を寄せ、黒ひげをもごもごさせた。
どうも意味が通じなかったようだ。
わたくしは言い直した。
「つまり、殿方が自分が大事にされていると感じるのは、どのような言動によるものか、叔父様の経験から答えていただきたいのです」
「…説明はわかりましたが、状況がわかりません」
レイビックは答えた。
え?これ以上何をどう言えばいいのかしら。
「…わたくしフェリクスに“あなたを大事にする”と約束しましたの」
「ほお」
「フェリクスに、私って大事されてるな、と思わせなければ、わたくしは約束が守れないのですわ!」
「なるほど?」
「ですけどフェリクスは望みを言わないのです。自分の気持ちも言いません。いつも微笑んでいて、何を喜んで何を嫌がっているのかさえ、さっぱり読めないのですわ。わたくしどのように彼を大事にしたらよろしいのかしら?」
結婚してから、ずっとフェリクスを観察し、いろんな質問をしてみたり、気配りもしているつもりなのに…。
フェリクスはいつまでも打ち解けてくれないし、わたくしはそんなフェリクスに何をしてあげればいいのか、全然わからない。
「‥‥‥とても難しい問題に取り組んでいらっしゃるようで……ぷっ」
レイビックは重々しく頷いた。…ぷっ、とか聞こえたのは気のせいだ。
「叔父様はカトリナ叔母様に何をされたら大事にされてると思いますの?」
カトリナはレイビックの可愛い奥方である。
今はフェリクスと一緒に部屋へ行って、部屋の好みなど聞き取っているはずだ。フェリクスはなかなか自分の好みを言わないから大変だと思うけど頑張って欲しい。
とか思っていたら、レイビックが黒ひげをなでながらあっけらかんと答えを言った。
「キスですな」
「キ、キス」
「ええ。大事にされてると感じる瞬間第1位はキス、2位もキス、345ときて、10位くらいまでキスで埋まります」
「‥‥‥」
レイビックがキスとか連呼しているのがなんだか気持ち悪い。
「仕事に疲れたところで“お疲れさまです、ちゅっ”と。朝、まだ眠いな、起きたくないなという時に“起きてください、ちゅっ”と。こういうのがやっぱり妻に大事にされてるなあと思います」
「…真面目な顔でチューチュー言わないでくださる?」
これは惚気なの?自慢なの?助言なの?
聞いているわたくしが恥ずかしいのに、レイビックは顔に照れさえ浮かべていない。
「至極真面目な話をさせていただいとりましたが、チューの何がいけないので?」
さすがレイビックだと思った。
「キス…喜ぶかしら?」
ここ数日の観察によると、フェリクスはわたくしと近い距離になるのをあまり望んでいない気がしてる。
レイビックは重々しく言った。
「夫婦の第一歩はキスから始まるもの。またキスが夫婦仲を深めるのです」
レイビックはわたくしたちが夜を共にしていないことをどの程度知っているのかしら。…たぶん完全に把握しているわね。
「叔父様。今は夫婦仲の話ではありませんわ。フェリクスが大事にされてると思えるかどうかです」
「無論。まともな夫婦なら当たり前にするキスをされないのでは、大事にされてないと思うのは言うまでもなく。それどころか夫として扱われているのかすら怪しく思えることでしょうな」
まともな夫婦なら…?夫として扱われてない…?
あの結婚翌朝、“夫としてちゃんと遇する”と敢えて宣言したわたくしとしては、捨て置けない言葉だ。
「…まあ、そうですわね…キスくらいどの家族でもしますものね。それをしないのは確かに…」
とりあえず、レイビックがキス以外の答えを出す気がないのはわかった。
確かにキスは基本かもしれない。
レイビックがここまで言うのだし、一度試す価値はあるかもしれない。
わたくしは了解の印に頷いた。
それを見て、レイビックも満足そうに頷いた。
「そうだわ。叔父様、わたくしずっと不思議に思っていた事がありますの。答えてくださる?」
「なんでしょう」
「叔父様はどちらでフェリクスをみつけてきたのです?クレーベ伯爵家とはつきあいがございませんし、アダルベルトの学校で見かけて目をつけていたのなら、あまりに時間が経っていますし」
「ああ」
レイビックは質問内容になるほどと頷いた。
それから聞かされたことは…
「当主様が侯爵に就位されたのはもう3年ほど前のことでしょうか。そのあとすぐに王宮に納められている貴族籍全録を写させていただいたのです」
貴族籍全録とは貴族として登録されている全ての人物の名前、生まれた日、爵位歴などが書かれたものだ。
「それはよく許可が…それより貴族家として登録されている家が500余り…更に個人となると…」
とんでもない数だ。
「そこから12歳から40歳くらいまでの未婚者、未婚予定者を上げていきまして。400人ほどいました。意外にいるものだなあ、と」
「はあ」
「そこからはリストの上から順番にこれはペケ、これは保留、というように絞っていきまして。残ったのは25人です。ですがその方々もどんどん結婚したり家に問題が出来たり。残ったのは4人でした。その中に当主様の条件に合う方がいて、いやー良かったことです」
「なんか、苦労かけましたわね…」
口元が引きつった。予想より遥かに大変なことしてたんだわ。
「で、でも、もっと我が家とつきあいのある家とか、身近なところにいらっしゃらなかったものかしら」
「当主様にお心当たりはありますか?程よい年頃で未婚者で無法者でなく、我が家に婿入りして下さる方に」
「‥‥‥」
思い当たらない。ひとりも。
「それではクレーベ伯爵家は…」
そう言いかけた時、部屋の外で足音が聞こえてきた。
「失礼します!お話はお済みでして?」
ノック2回で返事をする間もなくドアが開き、叔母のカトリナがひまわりのような笑顔で聞いた。
その後ろには心なしか疲れた表情のフェリクスがいた。
次回、フェリクスとキスできるか!?




