13. 芋は嫁入り道具
修道院の使いは、口の固そうな修道女がふたりだった。当家自慢の安くて腹の膨れる芋料理の評判を、どこかで聞きつけたらしい。
冬の施しのために、保存の利く食い物を大口で。予算は多くないが、支払いは前金で耳を揃える、という。教会がらみの取引は、金離れよりも日付が固いのが取り柄である。良い客だ。
見本の干し芋を、年嵩の修道女が黙って齧った。長い間があって、ひとこと。
「……甘い方は子どもらに。塩は、年寄りと働き手に」
施しの現場を知る者の、実務の目である。この目と組む仕事は、外れない。
注文は、干し芋と豆の固め焼きを二百人分、瓶詰めが百二十。冬のあいだ、月に一度の納めである。前金の袋はずしりと重く、ティボーが三度数えて、三度同じ数字を出した。
注文を台所へ持ち帰ると、コリンヌが腕をまくった。
「保存の利く芋、豆、根菜。干して、漬けて、瓶に詰めて――さあて、十七通りの出番だよ」
試作は三日続き、台所は湯気と味見の声で沸き続けた。干し芋は甘いものと塩のもの。豆は煮て、干して、固める。根菜は酢と塩の二通りの瓶詰めに。窓の外は初冬の白い光、窓の内は火と湯気で、硝子が一日中曇っている。日持ちの日数を、ティボーが板きれに書き付けていく。
手が空いた晩、コリンヌの昔話になった。
「あたしの亭主はね、流れの鋳掛け屋だったのさ」
鍋釜を直しながら、村から村へ。稼ぎは細く、道は長い。安くて、重くなくて、腐らない食い物の工夫が、そのまま夫婦の家財だったという。
「十七通りのうち、七つは亭主と道々覚えた。六つはおっかさんの置き土産。残りの四つは、この家へ来てからさ」
「嫁入り道具、でございますね」
「そうさ。嫁入り道具ってのは、箪笥のことじゃないよ。手に付いた工夫のことさ。芋を馬鹿におしでないよ――あたしの道具箱なんだから」
では、と数えると、ひとつ余る。
「十七通り目は?」
「……亭主の弔いに拵えた、芋の飴煮さ。甘いもんが好きなくせに、自分の砂糖は買わない人だったからね」
鍋の湯気の向こうで、太い腕が目元を拭う。拭ってから、こちらを睨んだ。
「泣くんじゃないよ、あんたまで。味が薄まる」
「泣いておりません。湯気でございます」
弔いの飴煮は、今度の品書きにも載せない。載せないままで、いいのである。売り物と仕舞い物は、別の棚だ。
亭主を流行り病で亡くして、流れ着いたこの家の台所で、道具箱は二十年、火を守ってきた。金がないと嘆く家は多い。だが、道具箱ごと人を迎えた家は少ない。この家は、それをやったのである。先代も、いまの旦那様も。
――納品の見本が揃った日、試食会を開いた。
名目は商品の検分、実態は宴である。長い食卓に見本が並び、家中が席に着く。今日は給仕を置かない。代わりに、旦那様が立った。
「今日の主役は台所です。僕が回します」
皿を持つ手つきは危なっかしいが、注ぐ手は丁寧で、零さない。一度だけ皿の順を間違え、上座のコリンヌに「あたしが塩で、爺さんが甘いのだよ」と直されて、素直に配り直した。バジル爺は薬草茶の番を買って出て、湯呑みが空くたび、黙って注いで回る。伯爵が女中頭に皿を出し、料理番が上座で味の講釈を垂れ、下男が日持ちの日数を諳んじ、庭師が茶を注ぐ。ティボーは日持ちのほかに原価と売値まで諳んじて、コリンヌに「色気のない子だね」と笑われていた。数に、色気は要らないのである。作法の教本が見たら卒倒する食卓だが、うちの作法は、これでいい。
干し芋の塩のほうを、旦那様は三度もお代わりした。
「これは、売れます。断言できます。僕が毎日食べたい」
「では旦那様のぶんから先に、売り物にいたしましょう」
「横暴だ」
締めに、旦那様が杯を上げた。中身は薬草茶である。
「台所に。それから――道具箱に」
乾杯の口上まで上達されては、そろそろ私の教えることがなくなる。
◇
ルヴェル公爵家では、給金日が二日、遅れた。悪意ではない。段取りの狂いである。帳場の支払い順を書いた紙は棚の中、慣れた手はもう屋敷にいない。二日後、金はきちんと払われた。払われたが――古参の女中がその晩、同輩にひとことだけ漏らした。「初めてだよ、この家で日延べなんて」。灯りの消えるのが、また少し早くなる。
◇
宴の片付けを終えた夜、私は帳面の山を前に唸っていた。
注文が、増えたのである。修道院の大口に、商隊からの問い合わせ、蔵の契約更新、設営の次の口。銭の出入りが四筋になり、私の夜が計算で埋まり始めた。段取りの女が計算に沈むのは、家政の損である。
蝋燭の芯を切りながら、算盤の置き場所を考える。私が数を握り続ければ、早い。早いが、育たない。人を配置するのが私の芸なら、次の配置は、もう決まっているのである。
「旦那様。帳場係が、要ります」
心当たりの顔は、ひとつしかない。




