11. 侯爵夫人は目利きである
ブノワ家の夜会の朝は、霜で始まった。
磨き立ての広間には、蜜蝋と朝摘みの花の匂いが混ざっている。商家の広間は天井が高く、磨けば光る床がある。金はあるのだ、この家は。ないのは段取りだけで、段取りなら、うちの在庫である。
設営は前日までに九分、当日は一分。花は市場の女将の伝手で朝摘みを箱値、燭台は当家の銀器を貸し出し、給仕はブノワ商会の若い衆に三日仕込んだ。お辞儀の角度、皿の出し入れ、下がるときの足運び。
「音を消しなさい。良い給仕の足音は、雨の音に似ています」
バティスト様の受け売りである。教わったものは、こうして巡る。
当のブノワ殿は、朝から三度、意味もなく広間を横切った。四度目に捕まえて、控えの間に座らせ、茶を持たせる。父親というものは、当日がいちばん役に立たない。
支度部屋では、娘御が鏡の前で小さく聞いてきた。
「あの……笑い方は、これで合っていますか?」
「ご自分の笑い方で結構でございます。作法は器、中身はお嬢様のものでございます」
席次は、三晩かけて組んだ。招待客は四十二人。商家と貴族家が半々、間に挟まる縁談の相手方――子爵家の次男坊――の席は、上座に置きすぎず、下座に落としすぎず。
夜会で人が傷つくのは、席である。傷つけない紙を書くのが、私の仕事だ。
そしていよいよ――開宴。
楽が鳴り、扉が開く。娘御は仕立ての良い絹をまとって、なるほど、笑うと親に似ず可愛らしい。ブノワ殿は入り口で揉み手になりかけ、教えた通りに手を背へ回した。
波風なく、宴は進む。波風のなさは、退屈と紙一重である。その紙一重を、料理の間合いと楽の止めどきで埋めていく。
半ばを過ぎた頃、私は壁際で給仕の流れを見ていた。
「――ねえ、あなた」
声は、後ろから降ってくる。
振り向いて、膝を折る。深い臙脂のドレスの老婦人。招待客の筆頭、ロクサーヌ侯爵夫人である。
「この席次、あなたが組んだの?」
「はい。当家――フルーリ伯爵家が、本日の設営を後見しております」
「西の三番卓。あそこの二家、長年の不仲でしょう? 遠ざけもせず、隣にもせず、斜めに二席。……この間合い、王宮の作法ではないわね」
目が、笑っていない。目利きの目である。
「先代ルヴェル公爵夫人の、流儀でございます」
「ジェルメーヌの」
夫人は、扇を閉じた。
「……あなた、あの家を辞めた女中頭ね。噂は届いていてよ」
「お耳汚しでございます」
「汚れてなどいないわ。わたくし、退屈な夜会と湿気た毛布が大嫌いなの。――この夜会は、退屈じゃない」
扇の先が、つ、と私の胸元を指す。
「フルーリ伯爵家。覚えておくわ。それと、あなたの名前も」
名前を覚える、と言われて、算盤より先に胸が動いた。名前は、値札より上等の通貨である。
それにしても――席次の間合いひとつにも、師匠の指の跡は残るものらしい。二十年の仕事のどこを切っても、あの方の教えが出てくる。見抜く目に見抜かれるのは、存外、悪い気がしない。
宴は、見送りの並びまで崩れなかった。最後の客を送り出したブノワ殿は、玄関で娘御と顔を見合わせ、それから二人して、あらぬ方を向いて鼻をすすった。ああいう涙は、見なかったことにするのが給金のうちである。
◇
同じ頃、ルヴェル公爵家の書斎では、若い当主が一通の書状の前で長いこと動かずにいた。王家の縁に連なる大公家から、秋の狩りの帰りに立ち寄りたいとの打診である。名誉の極み――先代の頃なら。いまの屋敷に王家格の客を迎える支度は組めない、と誰も口には出さず、誰もが知っている。返書は「当家、支度整わず」。断りの一文の恥が、封蝋の下で冷えていった。運び出す使いの背を、老執事は黙って見送る。断った名誉は、二度は来ない。
◇
――さらに七日目の給金日。
布包みは、目に見えて膨らんでいた。
「検めました。設営の純益が四十枚、蔵が八枚、茶が三枚。週の純益五十一枚の一割で、銀貨五枚と銅貨十枚。基本と合わせて――八枚と、銅貨十枚です」
八枚。公爵家での、私の給金と同じ額である。
「……相場に、戻りましたね」
しみじみ言うと、旦那様は首を振った。
「戻ったのではありません。あなたが作ったのです」
同じ八枚が、別の重さをしている。帳場の袋の八枚は月末の廊下の温度で、この八枚は、手の温度だ。値打ちというものの置き場が、胸の中で、音を立てて動く。
「申し上げておきますと、来週は跳ねません。蔵と茶だけですから、六枚を切ります」
「跳ねる週と、並の週があるのは心苦しいですね」
「商いとは、そういうものらしいですよ」
でも、並の週も悪くない、と思っている自分がいる。並の週の給金日も、手の温度は同じだからである。
夜更け、ブノワ殿から早馬の文が来た。娘御の縁談、先方より正式の申し入れ。追伸に、震える字でこうある。
「侯爵夫人が、次の夜会もフルーリ様に頼れ、と」
――その翌朝である。市場から、妙な報せが届いたのは。
「フルーリ伯爵家と取引するな」との触れが、公爵家の名で回っているという。




