第11話「しなない日が、またきた」
今日は死ななかった。
一日が終わって、棚を確認した。
スペアが減っていない。全部ある。
培養槽にも入っていない。
二回目だ。前回は六日続いた。今回はまだ一日だから、どうなるかわからない。
鏡をみた。全部ある。昨日のまま。
なんか、また始まるのかな、と思った。
まあ、仕事はできたから、いっか。
第一章「二日目」
◆キッチン、二日目の朝
翌朝もキッチンに入った。
今日の担当は「第52世界線残滓バーガー」の仕込みだ。第52世界線は金属と生物が融合した世界線で、パティにすると鉄のにおいと、でも温かいにおいがする。成形すると指先に微かな電流みたいなものが来る。それが「ちゃんとできてる」サインだ。
パティを成形した。電流が来た。問題ない。
万寿ちゃんが来た。
「……輪廻、今日も死んでない」
「二日目」
「……前回は六日だったけど」
「今回がどのくらいかはわかんない」
万寿ちゃんが少し複雑な顔をした。
「……今回も報告しようかしら、みんなに」
「前回は万寿ちゃんが毎日報告してたって聞いた」
「……そうよ。気になるから」
「気になるなら報告してもいいけど」
「……でも今回は輪廻が気にしてないから、あまり大事にしたくないわね」
万寿ちゃんがすこし考えた。
「……三日続いたら報告する。それまでは様子を見る」
「まあ、それでいいと思う」
◆幽玄ちゃんの観察
昼前、幽玄ちゃんが来た。
「……今日も後ろがにぎやかだ。昨日と変わってない」
「死ななかったから変わらないんじゃない?」
「……うん。でも変わってないだけで、消えてもいない。昨日の気配がそのままある」
「それは普通?」
「……普通じゃない」と幽玄ちゃんが言った。「パーツが変わると後ろが変わる。変わらないと後ろも変わらない。当たり前のことだけど——それが続くと、後ろにあるものが少しずつ「輪廻に慣れる」気がする」
「慣れる?」
「……今まで来たものが、輪廻の後ろで落ち着いてきてる。最初はふわふわしてたのが、だんだん定着してく感じ。死ななかった日は、その定着が進む」
定着が進む。
「……それはいいことなの?」
「……わからない。でも悪い感じはしない」
◆キッチンの「刃物」
午後、解体作業があった。
今日の食材は中型だ。ダンジョンから回収されたやつで、見た目は石でできた巨大な芋虫みたいな形をしてた。甲殻が硬い。
通常の包丁では歯が立たない。
キッチンには専用の解体用刃物がある。
棚の奥から取り出した。長さ一メートルくらいの、黒い刃だ。持つと手の中でぴりぴりする。刃の表面が微かに揺らいでいる感じがした。
幽玄ちゃんが「……それ、触れたものの「存在の強度」を無視して切断する刃物だから、気をつけて」と言った。
「存在の強度を無視」
「……どんな硬さでも、どんな再生力でも関係なく切れる。だから輪廻も気をつけないと、うっかり自分の手を切ったら細胞ごと消える」
細胞ごと消える。
「……こういうのが普通に棚にあるんだね、キッチンに」
「……食材によっては通常の刃物が通じないから」と幽玄ちゃんが言った。「ぱんでむの食材を調理するには、それに見合った道具がいる」
まあ、そうか。
世界線の圧縮体を料理する場所だ。道具もそれなりのものが要る。
気をつけながら解体した。うっかり自分に当てないように。
解体は問題なく終わった。
第二章「三日目・万寿ちゃんが報告した」
◆三日目の朝
三日目も死ななかった。
万寿ちゃんが「三日続いたから報告する」と言って、調理神秘班のみんなに伝えた。
幽玄ちゃんは「……知ってた」と言った。
憂起ちゃんは「……また?」と言った。
悲醒ちゃんは「……騒がしいですね」と言った。騒いでないのに。
ニ諦ちゃんがタロットを引いた。少し間を置いて「……大凶ではないです」と言った。
「大凶じゃないなら問題ない?」
「……逃れられない流れがあるとは思います。でも大凶ではない」
「まあ、いっか」
黄昏ちゃんが「もうすぐ夜が来るよ、でも今日はまだみたい」と言った。
「夜が来る=死ぬってこと?」
「……うん。でも今日はまだ来ない感じ。輪廻、今日は死なないと思う」
「前回も六日いきたから、しばらく続くかもしれない」
黄昏ちゃんが少し考えた。「……輪廻が死なない日、わたし毎回少し変な感じがするんだよね」
「変な感じ?」
「……終わりを告げる係なのに、告げるものがない。暇みたいな感じ」
「暇なの?」
「……暇ではないけど、物足りない。でも——物足りない感じを持ちながらキッチンにいるのは、なんか悪くない」
◆万寿ちゃんに聞いた
昼に万寿ちゃんと少し話した。
「前回は六日続いたとき、困った?」
「……困るというより、心配した。死なない輪廻は輪廻じゃない気がして」
「今回は?」
「……今回は少し違う」と万寿ちゃんが言った。「三日目だから、まだわからないけど——前回より落ち着いてる。前回は棚が減らなくて不安だったけど、今回は後ろが定着してる時間だと思うようにしてる」
「幽玄ちゃんに聞いたの?」
「……幽玄ちゃんが教えてくれた。死ななかった日は、後ろにあるものが定着する時間だって」
万寿ちゃんが少し間を置いた。
「……死ぬことが輪廻の帰り方なら、死なない日は——どこかで留まってる日なのかもしれない。帰る途中で、少し立ち止まってる」
帰る途中で立ち止まってる。
前回は棚が減らないことが不安だった。今回は万寿ちゃんがそう言ってくれたから、少し違う感じがした。
第三章「六日目・また死ぬことにした」
◆六日目
六日目も死ななかった。
前回と同じ日数だ。
朝、キッチンに入った。いつも通りだ。仕込みをして、調理して、片付けた。
夕方、幽玄ちゃんが「……今日で六日目だ」と言った。
「前回と同じになった」
「……うん。でも今回は後ろが全然違う。前回より整理されてる。定着してる」
「いいことだよね」
「……いいことだと思う」
夕方の片付け中、悲醒ちゃんが来た。
「……六日ですね」
「うん」
「……祓う必要はないと思いますが——何か、輪廻の周りの気配が変わってきてます。重くはない。でも、増えてる」
「幽玄ちゃんが「定着してる」って言ってた」
「……そうですね。悪いものじゃない。ただ、量が増えてきてるのは確か」
悲醒ちゃんが少し考えた。
「……祓う必要はないけど、重くなりすぎる前に一度整理した方がいいかもしれない。でも今すぐじゃなくていい」
「じゃあ今度」
「……いつでも言ってください。騒がしくない時間に」
◆その日の夜
夜、キッチンの片付けが終わって、一人でいた。
棚を見た。スペアが全部ある。六日間、減っていない。
前回はこの状態が変な感じがした。今回も変な感じはする。でも前回より少し違う変な感じだ。
今回は、なんというか——静かな変な感じだ。
幽玄ちゃんが後ろにいるものたちが定着してると言った。万寿ちゃんが帰る途中で立ち止まってると言った。悲醒ちゃんが整理した方がいいかもと言った。
全員が何か言ってた。
わたしは特に何も考えてなかったけど、みんなが見てた。
なんか、それがよかった。
「……また明日も死なないのかな」てわたしは言った。
誰もいなかったので、返事はなかった。
でも棚のスペアたちが、静かにそこにあった。
まあ、いっか。
エピローグ「七日目、死んだ」
七日目、死んだ。
キッチンで今日も解体作業があった。例の黒い刃物を使った。
解体は問題なく終わった。
片付けのとき、刃物を棚に戻そうとして——足元の端材に引っかかって転んだ。
刃物が自分の方に向いた。
止める間もなかった。
てへ。
培養槽から出た。ぬるい。天井がゆれてる。いつもの感じだ。
棚を開けた。スペアを補充した。
鏡をみた。少し変わってる。
幽玄ちゃんが待ってた。
「……よかった」
「死んだよ」
「……よかった。後ろが、また動き始めた。六日間で定着したものたちが、新しいパーツの気配と混ざり始めた」
「混ざってもいいの?」
「……いいと思う。定着したものが、また変化していく。それが輪廻の後ろのリズムなのかもしれない」
定着して、また変化する。
まあ、よくわかんないけど——悪くない感じがした。
万寿ちゃんが来た。
「死んだのね」と万寿ちゃんが言った。うっとりした顔で。
「死んだ。転んだ」
「……死に方は地味だったけど、死に顔はよかったわ」
「それはよかった」
前が広い。
それはたぶん、今日も変わらない。
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◇クルー視点モノローグ——万寿——記録・七日間
輪廻が七日ぶりに死んだ。
解体用刃物で。転んで。
あの刃物は、存在の強度を無視して切断する。どんな再生力でも関係なく。
輪廻でも、うっかり触れたら細胞ごと消える。
七日間死ななかった輪廻が、転んで、自分でその刃物に当たって死んだ。
地味な死に方だった。
でも——七日間、死なずに後ろのものたちを定着させて、最後に自分の仕事道具で死んだ。
それが輪廻らしかった。
キッチンの刃物で死ぬ。ぱんでむのキッチンには、そういう道具がある。
世界線の何を調理するかによって、使う道具の規模が変わる。
輪廻はその道具を毎日使って、毎日生きて、たまに死ぬ。
今日の死に顔は、七日間分の静けさがあった。
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◇クルー視点モノローグ——幽玄——観察記録
七日間、輪廻の後ろを観察した。
死ななかった日、後ろにあるものが定着していった。
食材の気配、前の持ち主たち、植物の気配、呪詛の残骸——全部が少しずつ「輪廻の後ろ」として落ち着いた。
七日目に死んで、新しいパーツが来て、後ろが動き始めた。
定着したものが、新しいものと混ざっていく。
これが輪廻の後ろのリズムだと思う。
死んで変わる。死なない日に定着する。また死んで変わる。
輪廻は気づいていない。でも——後ろは確実に豊かになっている。
……後ろ、気をつけて。
でも今日は、後ろがあたたかかった。
七日分のものが、全部そこにいた。
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◇クルー視点モノローグ——悲醒——所感
七日目に輪廻が死んだ。
解体用刃物を使っていると聞いていた。
あの刃物は存在の強度を無視する。輪廻の再生力でも、ひとたまりもない規模のものだ。
キッチンの棚に普通に収まっているが、ぱんでむで調理できる食材の種類を考えれば、必要な道具だ。
輪廻は毎日それを扱っている。
七日間死ななかったのに、転んで自分の道具で死んだ。
輪廻らしいと思った。
周囲の気配の整理は、また今度でいいだろう。
死んで戻ってきて、少し変わった。それでいい。
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◇クルー視点モノローグ——ニ諦——記録
四日前、タロットを引いた。
「大凶ではない。逃れられない流れがある」と言った。
四日後、輪廻は死んだ。
大凶ではなかった。逃れられない流れ——七日間死なない日が続いて、後ろにあるものが定着して、七日目に自分の道具で死ぬ——それが流れだった。
予言は当たった。
ただ、流れが「逃れられない」というのは、悪いことではなかった。
……逃れられません。
でも今回の流れは、輪廻にとって悪いものではなかったと思う。
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