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Bonus Stage

「ねえ見て見てチェシャくん。これウェイトレス服なの。かわいい?」


『和心茶房ありす』、店内。

 薄紅色の和服風のワンピースに、白いエプロン姿で、愛莉はくるりと回って見せた。


「かわいい?」


 もう一度尋ねるも、チェシャ猫は一瞥しただけで、それ以降は徐ろに拳銃を取り出してメンテナンスを始めてしまった。

 愛莉はワンピースのスカート部分を両手で握りしめ、仁王立ちで叫んだ。


「ねえ! 返事をしないどころか! ろくに見てもくれない! そういう態度が堪らなくときめくの、分かっててやってる!? 好き!」


「シロさん。このバイト、接客態度が酷い。教育行き届いてないんじゃねえの」


 チェシャ猫がカウンターの向こうのシロにチクリとクレームを入れる。だがシロはくすくす笑って観察しているだけだ。シロはぽんと手を叩き、マイペースに切り出した。


「そうだ、役所に出してたお仕事の申請書に、返信が来たよ。愛莉ちゃん。この書類をチェシャくんに渡して」


 カウンターの内側から、三、四枚ほど重なった書類が出てくる。


「はーい!」


 愛莉は一旦チェシャ猫のテーブルから離れると、シロから書類を受け取り、またチェシャ猫の元へ駆けてきた。愛莉が差し出してくる書類を、チェシャ猫は面倒くさそうに受け取る。

 彼が気だるげに読みはじめると、愛莉も横から覗き込んだ。重なった書類のいちばん上は、役所からの捺印済み申請書である。


「へえー、レイシー退治の書類ってこういうのなんだね。あっ、担当者印が『深月』! 深月さんだ!」


 無邪気に喜んで、愛莉はさらに紙面を縦横無尽に斜め読みした。そしてはたと、途中で目を止める。


「ん。請負人……」


 その欄に記された、見慣れない名前。

 しかしそれをしっかり見る前に、チェシャ猫は容赦なく紙を捲った。


「ああー! 待ってチェシャくん、あたしまだ読んでる!」


 愛莉がチェシャ猫の肩に掴みかかるが、チェシャ猫は素っ気ない。


「あんたには用のない書類だろ。それより俺は二枚目以降の、類似レイシーの傾向を読みたい」


「だって今のチェシャくんの本名じゃなかった!? そういえばあたし、未だにチェシャくんの本名知らないんだよ! こんなに好きなのに名前も知らないんだよ!?」


 チェシャ猫の肩をがたがた揺すって、愛莉は必死に喚いた。しかしやはりチェシャ猫の反応は鈍い。


「だからなんだよ」


「知りたいよー! 呼びたいよー! ねえー!」


「うっせ」


 ふたりのやりとりを、シロはにこにこしながら眺めている。自分はチェシャ猫の本名を知っているのだが、愛莉がそれに気づいて聞きに来るのはいつだろう、聞かれたら教えるかはぐらかすか、どちらの方が面白いだろう、などと考えていた。

 愛莉が急に、チェシャ猫を揺さぶるのをやめた。


「チェシャくん、あたしの名前も呼んでくれないよね」


 そしてチェシャ猫の耳元に唇を寄せ、一音ずつ丁寧に吹き込む。


「愛莉です。新人バイトの姫野愛莉です。覚えてください。愛莉、あ、い、り」


「知ってる。あっち行け」


「呼んでくれるか、他のお客さんが来るまで、粘る」


「あほか。この店の閑古鳥ぶりで、他の客来るの待ってられるかよ」


「じゃあ名前呼んでよ」


 愛莉は堂々と構えて立ち去ろうとしない。チェシャ猫はちらりと、シロの様子を窺った。シロが愛莉に用事を任せるなどしてくれれば愛莉は仕事を優先せざるを得なくなるはずだ。しかしシロはこの状況を面白がっていて、助け舟を出す気配など一ミリたりとも感じさせない。

 チェシャ猫としても、別に愛莉の名前を呼びたくないわけではない。必要があれば呼ぶ。だがこうして迫られると、呼びにくい。子供じみた意地を張ってしまうのが彼の悪い癖だ。

 チェシャ猫は舌打ちをして、そっぽを向いた。


「呼んだことあるだろ」


「え、いつ?」


 愛莉が素っ頓狂な声を出す。チェシャ猫は力の抜けた愛莉の手を跳ね除けると、投げやりに付け足した。


「呼んだ。結構大声で。でもあんたは聞いてなかったし、返事をしなかった」


「本当!? ねえそれいつ!?」


 愛莉はまた、チェシャ猫の肩を掴んで揺さぶりはじめた。


「無視してごめんね!? 今なら返事するよ、一回呼ばれるごとに百回返事する!」


「それはしつこい」


「ねえー! チェシャくんー!」


『和心茶房ありす』。どこか不思議なこの店は、今日も非日常的な日常が広がっている。

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