魔王の決断
カイ達がスピリデュースを倒して数日後、魔王インペレトリスは彼の飛ばした怪鳥から情報を受け取った。
怪鳥にはスピリデュースの意識もやや込められているので、短時間であれば話す事ができる。
情報というのは、カイ達の現在の強さと戦い方、さらには実際に彼等に会ってみてどういった印象を受けたかなどである。
全て報告し終わった後、怪鳥は話す事が出来なくなり再び何処かに飛び立っていった。
その報告を受けて、インペレトリスは果たして自身が英雄に負けて封印されるなり消されるなりした方が本当にこの世界にとって良いのかどうかを考えた。
先日、息子であるネイブとのリンクが突如消えたので、既に彼が敗死した事を知っている。
その際に実子を失ったショックによってか、魔物が世界を征服してその統治下に人々を置いた方がかえって平和になるのではという考えが浮かんだのであるが、スピリデュースが負けたと知って改めて、その是非について考え直してみる事にしたのである。
まず、とりあえず確実にサヨとサンドラは始末しなければならないだろう。
ネイブはサヨの対処に向かって行って殺されたのであり、それは即ち最強の魔物である彼よりも彼女の方が強かった事に他ならない。戦闘狂だという事を除けば、彼女が割と善人であるという事は下級悪魔の偵察によってインペレトリスも知ってはいるが、今後悪に転じる危険性がないとも言えないのでやはり殺しておく必要があるだろう。
サンドラについては、彼女以上に生かして帰すわけにはいかない。
そもそも彼女は世間に魔物が出現してしまった原因の大元である上に、カストゥルム国内とその友好国からの信頼はなかなかのものだが、それ以外の国からは戦争が起これば何らかの形でそれに関与し、それによって暴利を貪る危険人物の様に思われている節があるという情報をインペレトリスは下級悪魔の偵察で既に知っている。
今回、魔王を討伐する一行に加わったのも彼女が持つ悪印象を緩和して、他国の人間から信頼を得るための土壌を作り、彼女の影響力の範囲を広げるためのものだろう。
ここで殺しておかなければ今後、魔王以上に魔王の様な働きをするかもしれない。
その倒す事が確定している二人は別にいいのだが、問題は残りの二人によって自分が敗れるか否かである。
一方は自国を魔物の侵攻から守るために旅に出た青年であり、もう一方はそれに同行しているだけの一般人なので、倒してしまう事には抵抗がある。何ならインペレトリスは出来ることなら女二人を始末した後、彼等二人に自分を倒してもらって是非平和を勝ち取ってもらいたいとさえ思っていた。
しかし、果たして彼等二人が魔王に勝ったところで平和が継続されるかは甚だ疑問ではある。
インペレトリスが人間だった頃のこの世界にも国同士の戦いというものはあった。
それが今は収まっているどころか武器は青銅から鉄へと進歩し、城も堅固さを増しているところを見るに、より拡大しているのであろう。
対して魔界では魔王が全ての魔物とリンクを繋いだ事によって大きな戦いというものはここ数百年の間起こっていない。
その大きな戦いを起こしていない魔物達が支配者になればより平和になるかもしれない。
散々悩んだ挙句、
(やはり倒される訳にはいかんな。一度世界を征服してしまって各地に魔物を置き、人々を監視した方が良さそうだ)
と考え、彼等二人には魔王の支配をより明確にするための広告塔になって貰う事にした。
彼等には悪いが英雄という希望に死んで貰う事によって新たな王が誰であるかを世界中に知らしめる事が出来るだろうという考えである。
早速、軍師の様な役割を担っている魔物を呼び出すと、
「今までは俺が独断でこの世界の侵攻を進めていたが、今後はお前の一存で俺が魔物達を動かす。是非何でも言ってくれ」
と、言った。
今までは勝手気儘に侵攻する魔物の潜在意識を操って散々効率の悪い攻め方をしていたが、この日からは出来るだけ効率の良い攻め方をするつもりであった。作戦を他人任せにしたのは、彼が常に持っていた人間側への情けがそこに入り込まないようにするための配慮である。
「まずはラヴィスヴィーパを落とすのがよろしいかと思います。あそこは世界最大の国であり文明も進んでおりますが、最近では国土を拡大しすぎたせいで国防が疎かにならざるを得ない状況になっていると聞いております。あの国を攻略すれば自然、周辺国の士気も下がりましょう」
その軍師がインペレトリスに言う。
「分かった、手空きの連中は可能な限りそこに向かわせよう」
インペレトリスはそう答え、魔物の潜在意識とリンクする能力を通じて魔物達をそこに殺到させた。
ラヴィスヴィーパ王国は国土が広すぎてカバーは仕切れていないものの、兵数自体はかなり潤沢である。故に、普段であれば要所だけ固めていれば大抵どうにかなっていた。
ただ、今回魔物達は四方八方から攻めて来るため何処をどう守るべきかハロルドは頭を悩ませた。
ラヴィスヴィーパ王国は何ヶ国かと地繋がりで隣接しているが、だからと言って隣国が協力してくれるとは限らず、なんなら魔物達に便乗して攻め入って来る可能性もある。
そのため、ハロルドはとりあえず各国に偵察部隊を送って状況を探り、協力を得る事が出来そうな国と協力関係を結ぶ事にした。
魔物達が攻めてくれば、必然、隣国の領土も通って来る筈なので、力を合わせてここ最近急激に増えた魔物の対処をしましょうという名目である。
結果、北の方にあるサカノ国以外、各方角の国からの協力を得る事が出来た。
協力を結ぶ事によって数千人の増援を協力先の国へ派遣する事にはなったが、それによって少なくとも北側以外の方角に対する杞憂は軽減された。
しかしまだアトモ・フィリオの沖から攻め入って来る魔物と、協力を得る事が出来なかった北側から攻め入って来る魔物の対応をしなければならない。
そこでハロルドは将軍と騎士団長を呼び出し、
「サリスへと赴いて北側の警戒をしてくれ。私はここの沖から侵入して来る敵の対応に当たる」
と言って彼等を送り出すと、自身も城から出て海上の状況を把握し易い岬へと移動した。
そこから投石機と弩の部隊へと指示を出し、海上の敵を攻撃していく。
ただ、そこまで強くない魔物はそれでも充分に対応できるが、大型の魔物や、強力な魔物にはその程度の攻撃は弾かれてしまう。
一応、策がない訳でもない。
ただ、上手くいくとは思えない方法な上、損害もでかくなる。
(正直やりたくないが仕方ない)
そう思いながらも、船を動かす事が出来る者を掻き集めて指示を出した。
指示というのは一度刺さったら簡単には抜けない様に船首に加工を施した蒸気船を大型の魔物にぶつけ、それを沈没させる事によって海底に沈めてしまおうというものである。
海上からせめて来る魔物の大多数は元々海に住む魔物なので、沈めてどうするんだという話ではあるが、海に住む魔物と言えどもエラで呼吸しているとは思えない見た目のものも多い上に、蒸気船は煙突が水に浸かった際に爆発することもあるのでその威力を持ってすれば殺傷することも可能かもしれない。
その目論見通り、蒸気船による特攻は彼が当初考えていたよりは上手くいき、多数の大型の魔物を海中へと沈めた。
ただ、蒸気船を使う必要があるという性質上コストが馬鹿にならない上に、それで倒しきれない魔物は結局のところ上陸させた後に人海戦術で倒すしかない。
一応、下層の民度が低いことで有名なこの国ではあったが、人海戦術に参加してくれた志願兵が結構いたことはハロルドの心の支えになった。
しかし、この作戦もそのうち破綻するだろう。
(あの女王達が魔王を倒してくれることを切に祈るしかないな)
と、ハロルドはこの時初めてサンドラ達を本気で応援する気持ちが芽生えた。