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人外勇者の魔調合  作者: 木ノ下
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4 別れ

 雄二がデミットに連れ去られてから数分後、凄まじい精神力でいまだ奴隷の首輪の支配に逆らっていた誠と鈴音。

 だが、偶然その場に近付いていた魔物に発見されたことで二人はデミット達の追撃を一度諦め、目の前の魔物に対処するべく動いた。

 雄二達に付けられた奴隷の首輪の発動条件は、あくまで皇帝や帝国兵に対して危害を加えようと思考した際に限られる。

 単に魔物を排除しようとするだけなら通常通り行動することは可能だった。

 その結果、いまだに震えて動けない近藤と斉條の代わりに二人は迫って来た全ての魔物を瞬時に排除し、どうやって雄二を奪還するか考えを巡らせていた。デミット達の様子と雄二に行った所業を思えば雄二が連れ去られた先で生かしてもらえる可能性は限りなくゼロに近いことは二人ともわかっていた。

 だが奴隷の首輪がある限り奪還はほぼ不可能。結果、二人の心は絶望に染まりかけていた。

 が、そこで鈴音は自分の隣で地面に伏せている、ついさっき魔物を倒すために召喚した自分の使い魔を見て思った。

 『この子達ならば奴隷の首輪の影響は受けないのではないか?』と。

 奴隷の首輪を身に付けているのはあくまで自分。ならば命令さえ下せれば後はどうにでもなるのではないかと。

 そう考えた鈴音は瞬時に実行に移る。

 だが、ことはそう甘くなかった。

 デミット達からの直接的な雄二奪還を命令しようとするたびに奴隷の首輪の効果でまたも全身に激痛が走った。それでも無理やり命令しようとしたのだが、痛みはさらに膨れ上がり声を出すことすらままならなくなる程になる。

 だが、鈴音は諦めず数十秒の内に数え切れないほどの命令を繰り返し、その度に痛みに襲われたが――ついに抜け道を見つけた。それは――


『雄二を連れて来い』


 ただそれだけの命令。だが、『デミット達から奪え』でも『デミット達を倒せ』という危害を加える意志のない、ただ『雄二を連れて来い』という命令は奴隷の首輪の支配をすり抜けることに成功した。

 試みに成功した鈴音は使い魔強化のスキルによって強化された己の使い魔を先行させてから誠にある指示を出し後を追わせ、誠の様にステータスが高くない自分は捕まって余計に状況を悪くすることを回避するためと、さっきから震えてばかりで魔物から自衛することも出来そうにない近藤と斉條を守るためにここに残ることを選んだ。

 結果として雄二が崖から突き落とされる前に追いつくことに成功したが、それは殆ど奇跡の様な物だった。

 帝国が今回の戦争と魔人領制圧のために持ち出し、雄二達に使用した奴隷の首輪。実はこれは数百年も昔に存在した本物の奴隷の首輪の劣化版に過ぎなかった。

 先々代の皇帝の時代に、数百年前に失われていた奴隷の首輪に関する断片的な資料を、残っている物だけでも何とかかき集め、研究し、現皇帝の代になってギリギリ実用化する所までこぎつけたのだ。

 元々の性能まで完全に再現出来ていれば装着者の思考を裏の裏まで読み取り、確実に逆らうことを防ぐことが可能だっただろう。だが、劣化版である奴隷の首輪では表層に表れる単純な思考を読み取ることしか出来なかった。

 さらに雄二達の奴隷の首輪への命令権を持つのは皇帝のみ。

 あらかじめ帝国兵に手を出すことを禁じる命令は出しているが。現場にて何かイレギュラーがあっても直接的な命令権を所持していないデミット達は、その場で雄二達に行動を停止させる様な命令を出すことは出来なかった。

 そんな欠陥品を帝国が用いたことと、自国の兵による勇者を使った反乱を恐れ、奴隷の首輪の支配権を全て皇帝が握っていたことが誠達の反撃を許し、現在の状況を引き起こすことになった。






「ガルアア!」


 猛々しい咆哮と共に赤い光を纏ったブラックウルフ達がデミットに捕まっている俺目掛けて飛び掛かって来る。

 こいつらが鈴音の召喚した魔物だということも、あいつが俺に危害を加える様な命令をしないだろうこともわかっているが……目の前で牙を剥き出しにして涎を垂らしながら迫って来る魔物を見れば、そうとわかっていても肝が冷える。


「何だこいつらは⁈」


 俺を抱えるデミットは突然現れたブラックウルフ達が自分達を襲うでもなく俺に対してだけ迫って来ていることに困惑していた。

 さらに――


「はあああああ!」

「なっ⁈ 馬鹿な!」


 ロングソードを抜き放ち、自分達に襲い掛かる誠を見て度肝を抜かれている。

 それはそうだろう。奴隷の首輪を身に付けていて帝国兵には逆らえないはずの誠が攻撃を仕掛けてきたのだから。俺にだって何がどうなっているのかさっぱりだ。

 だが、一つわかるのは誠達が俺を助けに来てくれたということ。そして、俺にとってはそれだけで充分だった。


「くっ!」


 デミットは自分の剣を抜き放ち、誠の振り下ろされた剣を防ぐ。

 だが、それだけでは誠の追撃が止むことはない。


「ぜあああああ!」


 止まることのない嵐の様な連撃。

 誠とデミットではステータスに三倍近い差がある。だが、今のデミットは俺を抱えていて片手な上に、俺に群がるブラックウルフが邪魔になり上手く身体を動かすことが出来ないでいた。

 そこに加えて――


「身体強化!」


 今回の実戦訓練で新たに誠が手に入れたスキル〈身体強化〉。効果は発動者のステータスを全て200上昇させる。

 誠の攻撃はさらに勢いを上げた。


「ちいい!」


 ついに限界が来たのか、デミットは俺を地面に放り投げ本気で誠の迎撃に出た。

 地面に放り出された俺の元に三体のブラックウルフが群がり、俺の服の袖やら襟やらに噛み付き俺を引きずり出した。見ると一体はいまだにデミットの周囲をうろついている。

 ブラックウルフ達の行動に逆らうことはせずに俺は懐から自分で調合した回復薬を取り出す。それを斬り飛ばされた両足に振りかけ、さらにもう一本取り出し自分で飲み干す。これで止血は出来るし、ある程度体力も回復するだろう。いくら肉体が強くなっていると言ってもこれ以上は本気で危なかった。

 誠の方は大丈夫かと振り返れば、素早く立ち位置を変えながら果敢にデミットに攻め込んでいる。だが、いくら〈身体強化〉でステータスを上げてもデミットとの差は二倍以上ある。さらに――


「何をしている! こいつを捕らえろ!」


 誠とデミットの激しい戦闘に割って入ることも出来ず、オロオロとしていた一般兵にデミットが怒鳴り付けた。

 上官の指示で我を取り戻したのか、慌てて剣を抜き誠の背後に迫る帝国兵。

 不味い! 俺がそう叫びそうになった瞬間――


「限界突破ぁ!」


 誠の叫び声が響くと同時に誠の全身から凄まじい勢いで黄金色のオーラが吹き出し、誠の立っている地面を中心に放射状に亀裂が入っていく。

 〈限界突破〉。

 このスキルも〈身体強化〉と同様に今回の実戦訓練で誠が得た新しいスキルだ。

 効果は〈身体強化〉と同じく発動者のステータスの増大だが、〈限界突破〉のステータス上昇率は二倍。すでに〈身体強化〉で増大している所に〈限界突破〉が合わさった結果、今の誠のステータスは――




 名前:天野 誠

 種族:人間

 職業:勇者(奴隷)

 LV:10

 体力:1440

 魔力:1440

 攻撃:1440

 防御:1440

 魔功:1440

 魔防:1440

 敏捷:1440

 魔法:光魔法

 スキル:剣術、身体強化、限界突破、属性付与、魔力感知、全属性耐性、状態異常無効、言語理解





 レベル10にしてすでに帝国軍の副隊長格を超え、隊長格に匹敵するステータスとなる。

 時間制限とスキル解除後の反動。さらに、発動中は魔法や魔法関連のスキルが使用不可になるという制限があるそうだが、それを差し引いても強力なスキルには違いない。

 おまけに〈限界突破〉を発動した際の衝撃波で誠の背後に回り込んだ兵士は吹き飛ばされ、運悪く崖下へと転落していった。その結果、今は誠とデミットの一対一という状況だ。


「貴様ぁ! 何故私に攻撃出来る⁈」

「誰が教えるかよ!」


 ガガン! ガッガギン! ガガガガッ!


 両者の怒鳴り声と激しい剣戟が戦場に吹き荒れる。さらに二人の戦っている位置を中心にどんどん大地に入る亀裂が大きくなっていった。

 これだけの強化を施してもデミットのステータスにはいまだ及ばない。だが、それは一瞬の油断で覆る差でしかない。デミットもそれがわかっているのか表情には一切の油断はなく、誠の攻撃を全て防ぐことに成功していた。だが、あくまでも防ぐだけだ。戦闘が始まってからデミットは一度も誠を本気で攻撃していない。ステータスにはそれ程差がないとは言っても、デミットと誠とでは実戦経験と培ってきた技術の差は歴然のはずだ。ならば誠の連撃の隙を突いて致命となる一撃を与えることは可能。なら何故デミットはそれをしないのか? おそらくその答えはしないのではなく出来ない、だ。

 帝国にとって誠達は王国との戦争とその後に控える魔人領制圧のために用意した切り札。ならば折角用意した切り札を自ら斬り殺すなど愚の骨頂だろう。

 おまけに誠は俺達の中でも頭一つ抜き出た実力を持っている。それを自らの独断で殺せる訳がない。

 例え今日の訓練で魔物に殺されたなどと言い訳したとしても、万が一にもそうならないためにデミット達が同行しているのだ。もしそんな言い訳をしようものなら結局優秀な駒を無駄にしたとしてデミットは国に処罰されるだろう。

 今、デミットの中ではそれらの考えが渦巻いて葛藤が巻き起こっているはず。その表情は歪められ、傍目からでも苛立っているのがわかる。

 これなら何とかなるかもしれない、そう思った。だが――


「うぐっ⁈」


 突然誠が苦しそうに呻き出した。攻撃を喰らったのかと思ったがそうではない。よく見てみると誠の全身から噴き出しているオーラが徐々に弱まり始めている。


 ――時間切れ。


 その言葉が脳裏を過った瞬間、俺の顔からサッと血の気が引く。それと同時にデミットも誠の異変に気付いた。

 一瞬目を見開いた後、表情を険しかった物から口端を吊り上げた愉悦へと変えた。


「くっ、くくっ! どうやら時間切れの様だなあ!」

「ちいっ!」


 誠は〈限界突破〉の効果が切れる前にデミットを仕留めるため、残りの体力を全て使い切る勢いで攻め込む。

 だがデミットは攻める考えを捨て完全に守りの体勢に入った。

 時間が経てば誠の方から勝手に自滅してくれるのだからただ防御に徹するのは当然だ。そうなれば今度こそ経験の差が大きく出る。数日前に初めて剣を握って技術を磨き始めたばかりの誠には、デミットの守りを突破するのはほぼ不可能。状況は最悪と言えるが――俺達の不運はまだ終わりではなかった。

 余裕を取り戻したデミットが戦闘が始まってから常に自分の背後を位置取っているブラックウルフの存在に意識を向けた。

 特に敵意を向けるでもなく、ただそこにいるだけのブラックウルフ。

 それを訝しみながらも誠から注意を逸らすことが出来なかったため、誠への対処に集中していたデミットだったが、誠と自分、そしてブラックウルフの位置を見て何かに気付いた様に目を見開く。


「……成程。まさかこんな抜け道があるとは」

「っ⁈」


 デミットの呟きを聞いた誠の表情が歪む。


「貴様は最初から俺ではなく後ろのブラックウルフを狙っていたのか。こんな小細工で奴隷の首輪の支配を抜けるとは……チッ、やはり欠陥品ということか」


 デミットの台詞と誠の表情を見て、何となくだが予想していたことが事実となった。

 おそらくデミットにまとわり付いているあのブラックウルフは鈴音から『デミットの周囲から離れるな』とでも命令されていたのだろう。

 そして、誠は最初からデミットではなくデミットの背後に陣取っているブラックウルフ目掛けて攻撃を繰り出していた。俺達は帝国兵に手出しすることは出来ないが魔物相手なら普通に攻撃することは出来る。ならば魔物へと攻撃を繰り出す進路上にたとえどんな障害物(・・・)があったとしても、それは奴隷の首輪にかけられた命令を無視することにはならない。

 正直俺も子供騙しの様な策だと思うが実際に通用しているのだから馬鹿に出来ない。さっきデミットが言っていた『欠陥品』という言葉ももしかしたら何か関係あるのかもしれない。……だが、その策もすでにバレている。


「よくこんな策を思いついたと褒めてやりたいが……」

「ぐっ!」


 デミットは一度剣を大きく振り払って誠を引き離すと、即座に背後に振り返る。


「ッ⁈ 不味い!」


 デミットの狙いに気付いた時にはもう遅かった。

 ニヤリと口元を歪めたデミットは背後にまとわりついていたブラックウルフ目掛けて剣を振り下ろす。


「ギャンッ!」


 血飛沫と悲鳴を上げたブラックウルフはその場に倒れ伏し、一撃で絶命した。

 ブラックウルフの死体を遠くへ蹴り飛ばすとデミットは誠に向き直る。だが、すでに剣を下げて構えを取る様子はない。


「さて、これでもうお前は何も出来まい?」

「くっ!」


 デミットは自分の勝利を確信しているのだろう。すでに誠への興味は薄れており、中断してしまった俺の処刑を再開することでも考えているのかこっちを見て気持ちの悪い笑みを浮かべている。


「てめえ⁈」


 デミットがこれからすることに気付いたのか、誠が止めようと駆け出すが――


「ぐあああああああ⁈」


 今度こそ奴隷の首輪の効果が発動してしまった。


「無駄だ。もう俺に歯向かうことは出来ん」


 ――絶対絶命。

 

 今の状況を見てそれを否応なく理解させられる。

 近付いて来るデミットに脳内で警鐘が鳴り響くが、両足を失っている俺では満足に行動することは出来ない。いまだに俺を引っ張り続けているブラックウルフ達はデミットを攻撃する命令は受けていないし、そもそもそんな命令は出来ない。


(殺される……!)


 今度こそ確実に訪れるだろう未来を予感して心臓がどんどん鼓動を速めていく。

 そしてついにデミットが俺を捕えるために腕を伸ばした――その直後。


「待て、よ……!」


 声の聞こえた方を見ると、誠がふら付きながらも起き上がっていた。

 奴隷の首輪による痛みは引いている様だが精神的な疲労が濃くなっている様だ。

 デミットは俺に伸ばしていた腕を引っ込め誠を見やるが、その表情に誠が立ち上がって来たことによる焦りはなく、ただ呆れだけがあった。


「しつこい奴だ……無駄だと言うことがわからないのか?」


 誠は相当辛そうにふら付きながらもキッとデミットを睨み付ける。見れば誠のオーラは殆ど消えかけていた。

 奴隷の首輪から与えられた度重なる激痛による精神的な負担に加えてスキルの副作用が出始めているのかもしれない。

 自分に命の危機が迫っているのはわかっているのだが、あんなに苦しんでまで俺を助けてくれようとしている姿を見ると、誠には怒られるだろうが「もう俺のことはいい!」と何かの弾みで言ってしまいそうになる。


「……そうだな。確かにお前には手を出せねえよ」


 誠はそう言いながらも剣を上段に掲げて構えた。

 誠の不可解な行動にデミットだけでなく俺も訝しむ。


「? ならば――」

「雄二!」


 誠はデミットが言いかけていた台詞を遮って突然俺の名を呼んだ。

 何だ?


「すまねえ! 何でもいいからすぐに掴まれ!」

「は?」


 いきなり謝罪されたことに困惑しているというのに、理解が追い付かないうちにさらに訳の分からない指示を出された。傍に立っているデミットまで困惑している。

 ――だが、その疑問は直後に嫌でも理解させられることとなった。


「うおおおおおおおお!」


 誠は手に持った剣を逆手に持ち替えると、鼓膜が破れるかと思う程の大音声を張り上げながら思い切り地面に剣を突き立てた。加えて――


「衝破!」


 ズズン!


 誠が叫んだ直後、まるで地中を凄まじい衝撃波が突き抜けた様な振動が俺の倒れている位置にまで走り抜けて来た。


「⁈ まさか――」


 何かに気付いた様子のデミットが何か言いかけるが、それよりも早く次の変化が訪れた。


 ビシッ!


「っ⁈」

「⁈ おのれぇ!」


 瞬きする間もないほどの一瞬で、誠を中心とした地面に広範囲に渡って放射状に亀裂が入り、次の瞬間――


 バガンッ!


 罅割れた大地が凄まじい振動と勢いを持って一斉に捲れ上がった。


「うおあぁぁぁぁぁ⁈」


 捲れ上がった大地は情けない悲鳴を上げる俺と、まとわりついていたブラックウルフを飲み込んでいく。

 俺達がいる場所は断崖絶壁の直近。こんな所で地割れを起こしたら向かう先はただ一つ。

 俺は周囲の崩れた地面とブラックウルフが自分より先に崖下の激流に飲み込まれる様を見て顔面蒼白にすると共に、この事態を引き起こした元凶である元は普通の高校生であった幼馴染の人間離れした所業を思い出し、感謝するべきなのだろうが「他に方法はなかったのか!」と心の中で叫ばずにはいられなかった。

 そして、切り崩された斜面を滑り落ちる速度は一向に緩まないまま、むしろ速度を上げてどんどん終点へと近付いて行く。何とか指を斜面に突き立て勢いを殺そうと必死にもがくが、体制が悪い上に血を流し過ぎたせいなのか体力が限界なのか上手く力が入らない。そうこうしている内に激流への入り口が間近に迫り――


「――――っ!」


 俺は空中へと投げ出され、一瞬の浮遊感を味わう。

 そのまま直下へ落下する――そう覚悟した次の瞬間、何者かに右手を掴まれ引っ張られた。

 ガクンッっと、一瞬肩が外れそうな痛みを感じたが、痛みに若干眉を顰めながらも自分がまだ落ちていないことに気付き、手を掴んでいる者を確認するため顔を上げる。


「よう、大丈夫か?」


 そこには不敵な笑みを浮かべた誠が腹這いになった状態で俺の右手を掴んでいる姿があった。

 俺は一瞬ポカンとした後、幼馴染の表情に苦笑いを浮かべ、形だけの苦言を呈す。


「……もうちょっとマシな方法はなかったのか?」

「これが最善だな」


 ニッと笑う誠に俺も「ははっ」と、笑って返す。

 なんにしても助かった。こいつには……それに鈴音にも莫大な恩が出来てしまった。

 返しきれるかはわからないが、これからコツコツと返済していこうと思う。


「ちょっと待ってろ、今引き上げてやる」


 そう言って、自分の体を起こしながら腕に力を籠めて俺を引き上げようとした誠だったが――


「がっ⁈」


 引き上げる途中で突然力が抜けた様にまたも腹這い状態に倒れてしまった。


「誠っ⁈」


 何があったと誠の名を呼ぶが、誠は完全に血の気が引いた顔で俺を黙って見ている。

 その尋常でない様子に俺の中で一気に不安が湧き起こった。

 ややあってから誠が意を決した様に口を開く。


「……効果時間が……切れた」

「なっ⁈」


 その言葉が意味することに瞬時に気付いた俺は愕然とした。

 よく見れば、あれだけ誠から溢れていた黄金色のオーラは完全に消え去っていた。それは〈限界突破〉の効果が切れたことを意味し、その直後にスキル所有者に襲い掛かる反動が始まるということ。


「がっ⁈ あぐう……!」

「誠⁈」


 反動が来たのか誠は身体に走る痛みに表情を歪めている。

 それでも俺の右手を掴む誠の力は一切緩むことはなかったが、俺を引っ張り上げるだけの力は出せない様で膠着状態に陥ってしまった。


(まずい……)


 俺は感覚のなくなり始めている右手になけなしの力を籠めながら今の状況を分析する。

 誠は〈限界突破〉の影響でまともに身体を動かすことは出来ない。俺の右手を掴む腕に集中すれば辛うじて力を籠められる様だが支えるだけで持ち上げることは出来なさそうだ。反動の影響が消えれば何とかなるかもしれないが、いつ回復するかは不明。そもそもそんなあっさり回復するとは思えないし、それより早く俺達に限界が訪れる方が明らかに早いだろう。おまけに――


 ズッ、ズズッ。


 今俺達がいる場所は切り崩された崖の斜面。しかも、俺の体重に引っ張られているのか誠の位置がさっきよりもずり落ちてきている。このままではあと数分も持たずに二人揃って下を流れる激流に飲み込まれるだろう。――だが、それはあくまでこのままならだ。

 俺は一度ぎゅっと目を閉じる。

 誠だけを助ける方法ならあるのだ。ここまで必死になってくれたのに申し訳ないとは思うし、きっとこいつは激怒するだろうが……その怒りは甘んじて受け止めよう。


「誠」


 俺はゆっくりと目を開け親友の名を呼ぶ。


「な、何だ……? 出来れば集中させて……っ⁈」


 ああ……どうやら気付いたみたいだ。まだ何も言ってないのに流石は幼馴染ということだろうか。

 誠の最初は驚きに見開いていた目が段々細くなり、喉から発される声も僅かに怒りを籠めた低いものとなった。


「雄二……馬鹿なことは考えるなよ?」

「馬鹿なことじゃない。もうこれしかないんだよ」


 俺の台詞を聞いた誠が今度こそ本気の怒りを乗せた声を出す。


「ふざけんなてめえ⁈ こんな時に格好つけてどうすんだ! 諦めてんじゃねえぞ!」

「誠、おまえもわかってるだろ? このままじゃどうやっても二人とも死んじまうんだ。だったら一人でも生かした方がいいだろう?」

「っ! なら、唯は⁈ お前が死んだら唯はどうすんだ⁈ あいつの傍にいられるのはお前だけだろうが!」


 誠が出した唯の名前に一瞬意志が揺らぎかける。だが、直ぐに振り払い真剣な眼差しで誠を見詰める。


「唯は――」


 俺が続けようとした瞬間――


 ザンッ!


「がっ⁈ あああああ⁈」

「なっ⁈ 誠!」


 どこからか突如飛来した剣が誠の俺を支えてる腕の方の肩に突き立った。

 手を放しそうになったが誠は寸での所で力を入れ直すと、肩の痛みに耐えながら崖上を首だけで振り返る。俺も誠の視線を追ってそちらを見ると――


「見つけたぞ貴様らぁ!」


 切り崩された斜面の上でデミットが両目にギラギラとした憤怒の色を宿しながら俺達を見下ろしていた。


(あの野郎⁈ 落ちてなかったのか!)


 どうやらこの世界の神様は人に困難を与えるのがお好きらしい。最後の最後まで面倒事ばかりプレゼントしてくるとは。

 心中でいるかもわからない神に悪態を吐いていると、俺達を見つけたデミットがこっちに向かって斜面を下り始めた。


(しつこい奴め……⁈)


 足場が悪いためかデミットが接近して来るスピードはそれ程でもない。だが、ここまで来るのに数分もかからないだろう。

 あいつが来ても誠が殺されることはないだろうが俺の命はない。そうなれば誠は限界が来てるにも関わらずまた無茶なことをしかねない。その際、何かの弾みで二人揃って落ちて溺死になんてなったら目も当てられん……。万全な状態の誠なら落ちた所で生き残れるだろうが今の誠はまともに体を動かせない。その可能性は充分ありえる。


(潮時だな……)


 俺は覚悟を決め、最後の心残りを託すため親友へと呼びかける。


「誠」

「っ!」


 誠は聞きたくないとばかりに顔を逸らすがこればかりは聞いてもらわなければならない。


「帝城に戻ったら――」

「やめろ……」

「鈴音と――」

「やめろっ……!」

「雪と――」

「やめろって言ってるだろうがぁ!」


「――唯を頼む」


 俺はその言葉を最後に誠の手を無理やり振り解いた。


「っ⁈ 雄二ぃぃぃぃぃぃ!」


 空中に放り出された俺は重力に従って激流に向けて自由落下を始める。

 未練がましく空へと伸ばされた俺の腕の先に、誠の姿と俺の名を呼ぶ絶叫が聞こえてくるが、周囲の風の音に掻き消されてすぐに消こえなくなる。

 その時、伸ばした腕の手首に巻き付いたミサンガがふと目に付いた。それを見て思い起こされるのは大切な幼馴染の姿……その、もう二度と目にすることはないだろう笑顔だった。


「すまん……唯」


 届くことはないと理解していてもつい漏れた小さな呟きは、直後に俺を飲み込んだ激流の中に俺の意識と肉体もろ共に流されていった。



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