3 不用
翌日、俺達は早朝に帝城を発ちグリン峠に向かった。
峠に着いた後は班ごとに分かれて行動し、それぞれの班に同行している兵士の指示によって魔物を相手にした実戦訓練を開始することになっている。
そして、俺の目の前では今まさに魔物との戦闘が繰り広げられていた。
「はあああああ!」
裂帛の気合と共に薙ぎ払われたロングソードが誠の眼前に迫っていた魔物の胴体を二つに斬り飛ばす。さらに倒した魔物の後方から迫って来た魔物三体を、ほぼノータイムによる切り返しで同時に屠ることに成功した。
一瞬の間にそれをなした誠は剣を地面に突き立て額に浮いた汗を拭っている。
が、そこで誠の油断を感じ取ったのか、背後の茂みに気配を殺して潜んでいた魔物が誠のがら空きの背中目掛けて飛び掛かった。
「っ⁈」
魔物が飛び出した瞬間に誠も自分に襲い掛かる脅威に気付いた様だが、今から構えても明らかに間に合わない。
大口を開けて飛び掛かって来る魔物の姿にダメージを覚悟する誠。
だが、あと数センチで魔物の餌食になるという所で突如視界の外から飛び込んで来た黒い影に、誠を襲おうとしていた魔物は真横に突き飛ばされた。
何が起きたのかと誠がそちらに視線を向けると、狼型の魔物が突き飛ばした魔物を自分の下に組み敷いて首元に噛み付いていた。
見ればその狼型の魔物は薄らと赤い光を纏っている。
その光に見覚えがあった誠は、自分が誰に助けられたかを悟り後ろを振り向く。
「油断しちゃだめよ」
そこには誠にとって最愛の恋人が、真剣な表情で苦言を呈する姿があった。
「ありがとう、鈴音」
誠は一言礼を言った後、戦場で油断した己を心中で叱咤し、少し離れた所から自分達に向かって来る新手の魔物に剣を構えて向かって行った。
その様子を見た鈴音は目を閉じて小さく呪文を呟く。
すると鈴音の目の前の地面に光輝く魔方陣が浮かび上がってきた。さらにその中心に光の粒子が集まって一際大きく弾けた次の瞬間には、先程誠を間一髪の所で助けた狼型の魔物――ブラックウルフがいた。
「行きなさい」
鈴音が一言指示を出すとブラックウルフはそれだけで自分がやるべきことを理解したのか、誠が戦っている場所へと駆け出して行った。さらにその全身は先程のブラックウルフと同じ様に赤く輝いている。
鈴音の職業は「召喚士」。
その能力は自分が契約した魔物をいつでも召喚し使役出来るというもの。そして召喚した魔物を強化することも出来る。あの赤い光は鈴音が持っているスキル〈使い魔強化〉による効果だろう。
契約を交わすには相手を瀕死にまで追い込まないといけないらしいのだが、今使役しているブラックウルフは帝城で訓練している際に、兵士が捕えて来たのを契約したらしい。
契約できる数は術者の力量で変わるらしく、今の鈴音は五体までしか契約出来ないと言っていた。また、例え契約出来る魔物の数に空きがあっても、相手の力量が自分より高すぎる場合は契約することは出来ない。さらに契約した魔物を召喚する際は代償として魔力を消費することになる。それも魔物によって代償となる魔力の消費量は変わるので、強力な魔物を召喚しようとするなら残存魔力に気を付けなければならない。
他にも一度送還した魔物はすぐに再召喚出来ないなど細かい条件があるらしいが……まあその辺りは鈴音本人でなければわからない。
俺が鈴音本人から聞いた話を思い出している間に、鈴音は残りの契約した魔物を召喚して一体を護衛に残し、残りを誠の援護に向かわせていた。
俺も誠の方に顔を戻し、戦闘の様子を見てみたが……敵の魔物は全く誠の相手になっていない。誠は近くにいる魔物から手当たり次第にバッサバッサと切り伏せ、怒涛の勢いで攻め込んでいる。そこには先程の油断など微塵も感じられず、もはや無双状態だ。鈴音が召喚した魔物の出番が全くない。まさに勇者と呼ぶに相応しい戦い振りだった。
まあ、あいつのステータスを考えれば当然か。
俺は〈鑑定〉のスキルを使用して、誠と今誠が戦っている羽が付いた蛇みたいな魔物……確か〝バットスネーク〟とかいう魔物のステータスを見てみる。
名前:天野 誠
種族:人間
職業:勇者(奴隷)
LV:10
体力:520
魔力:520
攻撃:520
防御:520
魔功:520
魔防:520
敏捷:520
魔法:光魔法、
スキル:剣術、身体強化、限界突破、属性付与、魔力感知、全属性耐性、状態異常無効、言語理解
種族:バットスネーク
LV:4
体力:80
魔力:35
攻撃:92
防御:58
魔功:10
魔防:42
敏捷:155
魔法:――
スキル:毒牙、熱源探知
一番大きい敏捷ですら三倍以上の差がある。これだけ実力に開きがあったら束になった所で適うはずがない。
それにしても誠の奴、実戦訓練を開始してまだ初日だってのにすでに部隊長に匹敵する強さとは……異世界に来ても規格外な奴である。
心配甲斐のない幼馴染の戦い振りを見ていると、少し離れた所から爆発音が聞こえてきた。
音がした方に目をやると、大地に炸裂した魔法の爆風に巻き込まれて吹き飛んでる魔物の姿が見えた。
魔法の発射地点を見ると、この班のメンバーである斉條 茜が杖の先端を魔物に向けて掲げている姿があった。
(確かあいつは……「火術師」だったか?)
斉條は魔法職の中でも火属性の魔法に特化した職業だったはずだ。
特徴としては他の属性の魔法を使うことが出来ない代わりに火属性の魔法を使った際に通常よりも威力が大きくなるというもの。
さっき斉條が魔物に向けて撃った魔法は初級魔法のファイアーボールだったはずだが四体もまとめて吹き飛ばしていた。普通は一発撃ってもせいぜい一体倒すのが限界らしい。
斉條は魔物が成す統べなく吹き飛ぶ姿が余程面白いのか馬鹿笑いを上げながら次々魔法を撃ちこんでいる。……どうでもいいけど山火事だけは起こさない様に気を付けて欲しい。周囲は剥き出しの岩肌が多いし昨日は大量に雨が降って湿気っているとはいえそれなりに木々もあるのだ。
俺が本人よりも環境の心配をしていると、別の方向から野太い雄叫びが響いてきた。
……もうわかっていると思うがその正体はこの班の最後のメンバーである近藤 実だ。
近藤は周囲を複数の魔物に囲まれながらも、自身の身長程もある巨大な戦斧を前衛職である「戦士」の膂力を生かして豪快に振り回して立ち回っている。
魔物を叩き切る度に返り血が自分の体を汚していくが、そんな物お構いなしに次々魔物を屠り続けている。敵を仕留める度にその顔を愉悦に歪める様は戦闘狂そのものだ。流石元不良。
さて、ここまで呑気に周囲の状況を解説してきたが、俺は戦わないのかって? 勿論俺だって魔物と戦ったとも。誠が瀕死にまで追い詰め、もはや全身を痙攣させるだけの魔物に止めを刺したさ。
卑怯だとか言うなよ? 俺だって一人で何とか出来るならやってるさ。
だが俺のステータスを忘れたか? 俺じゃここら辺で一番弱い魔物にすら敵わないんだよ!
最初は何とか倒せないかと頑張ったが見かねた誠と鈴音が協力を申し出てくれたんだ。
あいつらのおかげで俺も何とかレベルアップを果たした。が、その結果は――
名前:霧島 雄二
種族:人間
職業:調合師(奴隷)
LV:5
体力:34
魔力:96
攻撃:35
防御:32
魔功:32
魔防:32
敏捷:36
魔法:――
スキル:鑑定、調合、言語理解
おかしくねえか……? 誠達と比べて成長率に差があり過ぎるだろ。唯一まともに伸びてる気がする魔力ですら誠の五分の一以下だぞ……。
俺はこの結果を見た瞬間絶望し、さらに俺達の班に同行していたデミットに『お前はもう大人しくしていろ』という台詞を蔑む視線と共に頂戴した俺は、勝手な行動をしない様に一緒に来ていたもう一人の兵士の傍に放置され、ただ周囲の状況を解説するだけの存在と成り果てた訳だ。
最初は自分の無能さに嘆いたが、誠達の戦闘の様子を見ているうちに割り切って(決して諦めではない)回復薬でも調合して仲間のサポートに徹しようという気になっていた。
そして、俺が仲間を見守るだけの存在となってから数時間。時折休憩を挟みながら行われていた今日の実戦訓練は終了となった。
「よし、今日の訓練は終了とする! 全員集合しろ!」
周りの魔物が一掃され近くに潜んでいる気配もなくなった頃、デミットが訓練終了の合図と共に俺達に集合をかけた。
「全員ステータスを表示して報告に来い」
デミットが今日でどれくらい成長したかを確認するために順番に報告に来るよう指示する。
俺達が順番に報告に行くと、やはりと言うべきか俺の時だけ鼻で笑いやがった。いつものことではあるが今日はそこにどこか嗜虐的な雰囲気が混ざっていた気がした。何か背筋を冷たい物が這い上がる様な嫌な感覚がしたので、報告が終わると俺はすぐにデミットから離れた。
全員のステータス確認が終わり帰還命令が下るかと思ったのだが、デミットは整列した俺達の前に立つと何やらいきなり話し出した。
「今、我らが帝国は王国との戦争を控えている」
は? いきなり何を言ってんだ?
「戦争での勝利を帝国に捧げるため、そしてのちの魔人領制圧に向け帝国は多大な費用を軍備にかけ、国に忠誠を誓った我ら兵士一同は帝国のさらなる発展に貢献すべく、死を恐れず戦場を駆け、日々己を高めるために精進を続けている」
何が死を恐れずだの精進しているだよ。俺達を矢面に立たせて自分達は楽して戦争に勝つために俺達を召喚したんだろうが。
言葉にはしないがそれはここに並んでいる者達全員の共通認識だった。
いきなり始まった自分達を美化する鬱陶しいデミットの話と芝居がかった口調に苛々しながら俺達は黙って続きを聞く。
「そして貴様らは帝国の発展に貢献することを許され、衣食住と全てに置いて高水準な待遇を受けている。ならば貴様らはその恩に報いなければならない。他者よりも優遇されている者がそれに見合った成果を示すことは義務であり当然のことなのだからな。だと言うのに……」
デミットはそこで言葉を切ると、俺の方に向き直って嘲笑に満ちた顔を向けてきた。
「我らが貴重な時間を割いて訓練を付けてやっているというのに一向に成果を出せない輩がいる」
こいつ……! わざわざ俺を馬鹿にするためだけにあの長ったらしい前置きを用意したのか⁈
ほんと性格悪いな⁈
「ユウジ・キリシマ。貴様のステータスの数値は一体どういうことだ?」
それはこっちが聞きたいんだが。
「一人ではまともに魔物を討伐することも出来ず、仲間に手を貸してもらってようやくレベルが上がったと思ったらこの様か?」
デミットはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて俺のことを罵ってくる。隣からは近藤と斉條の忍び笑いが聞こえてきた。声の大きさからして最初から隠す気もないのだろう。
「ちょっと待てよ⁈ ステータスの結果は別に雄二が悪い訳じゃないだろうが!」
「そうね。雄二の職業は支援向きなんだからステータスが伸びにくいのは当たり前だわ」
頭にはくるものの、俺程度が逆らった所でどうにもならないので黙っていたのだが、俺の隣でデミットの散々な物言いに額に青筋を浮かべていた誠と鈴音がついに我慢の限界が来たのか反論する。何だか前にもこんなことがあったなと思いながらも、俺は二人の行動に冷や汗を浮かべていた。
だが、二人に噛み付かれた当のデミットは、二人の抗議を聞いても鼻で笑って一蹴していた。
「ステータスに記される職業とはその者が持つ才能だ。つまりそんな役に立たない才能しか持たないこいつが悪い」
「なっ⁈ ふざけんな! 勝手なことばかり言いやがって!」
「黙れ。今は貴様に用はない。ユウジ・キリシマ、前に出ろ」
デミットは抗議を続ける誠と鈴音を無視して俺に命令を出す。一先ずは逆らった二人が何も罰を受けなかったことにホッとし、俺は大人しく命令に従ってみんなより前に出る。
すると、デミットともう一人の兵士が俺に近付いて来た。
二人の表情に何か嫌な予感を感じているとデミットが再び口を開く。
「帝国の財政が戦争前のため圧迫されている状況でありながらも、貴様らには少なくない費用をかけているのだ。だと言うのに何の成果も出せないというのなら……」
さっき感じた嫌な予感が急激に高まってくる。が、この場を逃げることも出来ない。
背中を嫌な汗でじっとりと濡らしていると、デミットは俺の目を覗き込みながら醜悪な笑みを浮かべて――
「貴様は帝国に必要ない」
ザンッ!
「えっ?」
デミットの台詞を聞いた瞬間、突然膝から下の間隔がなくなった。
訳がわからないまま俺は受け身も取れずに背中から地面に落下する。背中を強かに打ち付けた衝撃が痛みとなって襲い掛かって来るが――その直後、そんな痛みなどゴミの様に思える程の壮絶な激痛が脳を激しく揺らした。
「あああああぁぁぁ⁈」
痛みの発生源である下半身に目をやると、俺の両足の膝から下が消失し、断面からはどくどくと夥しい血が噴き出している。
すぐ傍に目をやると、横倒れしている二本の脚と血に濡れた剣を下げた兵士の姿が目に入った。
――斬られた。
それを理解すると同時に、転がっている自分の両足に愕然として一瞬だけ忘れていた激痛が再び戻って来る。
「雄二⁈」
「何してんだお前らぁ⁈」
突然目の前で起こった凄惨な光景に咄嗟に理解が追い付かなかったのか硬直していた誠と鈴音だったが、状況を把握すると顔面を蒼白にしながらも俺を助けるために動き出した。
誠は剣を抜きながらデミット達に向かい、鈴音は魔物を召喚するため詠唱を口ずさむ。
だが、次の瞬間――
「あああああ⁈」
「ぐああああ⁈」
二人同時に頭を抱え、激しい痛みに耐える様にその場に蹲る。
誠は剣を取り落とし、鈴音は詠唱を中断する。そんな二人を嗤いながらデミットが声をかける。
「無駄だ。奴隷の首輪を身に付けている限り、陛下の命によって貴様らは我ら帝国兵に危害を加えることはできん」
「ぐうう! ゆ、雄二……」
「ふざ……けん、な!」
絶え間なく襲って来る激痛に必死に耐えようともがいているが、立ち上がることもきつそうだ。
俺は俺で初めて体験する燃え盛る様な熱を発する痛みに思考を持っていかれ、二人の安否を気にする余裕はない。出来ることなら気絶したいが、この世界に召喚された際に肉体が強化されているせいか、半端に耐えることが出来てしまい意識を失うことが出来ない。まるで拷問の様な時間だ。
デミット達は俺達の様子を見て嗤い、近藤と斉條は不良ではあるが、地球と異世界を合わせても初めて経験する目の前で起こった悲惨な光景に全身を震わせている。
「さて……おい!」
俺達の様子を眺めて楽しそうにしていたデミットが傍の兵士に呼びかける。するとその兵士がデミットから鍵の様な形をした物を受け取り、足を押さえて転がっている俺の前に屈みこんできた。
そしてそのカギを俺の首に嵌っている奴隷の首輪に近付け――
カチリ。
鍵が外れる様な音がしたと思った瞬間、首に嵌っていた奴隷の首輪が兵士の手によって外されていた。
何のつもりだと思っていると、外された首輪を受け取ったデミットが口を開く。
「この奴隷の首輪は中々製造が難しい貴重品なのでな。もう貴様には必要ないから返してもらおう」
『必要ない』
その言葉を聞いた瞬間、ここに来てずっと感じていた嫌な予感が最高潮に達した。
その予感が正しいことを示す様にデミットは次の高度に移る。
腕を伸ばして俺の襟首を掴むと片手で易々と持ち上げてみせた。
「ぐうぅぅ⁈」
持ち上げられた振動でさらに痛みが走り抜けるがデミットがそんなことに配慮してくれるはずがない。
デミットは持ち上げた俺の顔に自分の顔を近付け、耳まで達するんじゃないかと思う程に三日月の形に裂けた口で言う。
「さて、自分がこれからどうなるかわかるか?」
「うぐっ……し、知るか!」
俺はなけなしの体力で腕を振り、デミットを殴りつけるが全く痛痒を感じていないのか涼しい顔のままだ。おまけに俺の行動が気に障ったのか開いている方の拳を俺の腹部にめり込ませて来やがった。結果、俺の方がダメージを受けるだけで終わってしまった。
「がふっ⁈ はあっはあっはあっ……!」
「大人しくしていればいいものを……往生際の悪い奴だ」
デミットは俺を一瞥し踵を返すと、俺を持ち上げたままどこかに向かって歩き出した。
「ゆ、雄二⁈」
「雄二を、どこにっぐぅ……連れて行くつもりだ!」
いまだ抵抗を諦めない二人がデミットに怒鳴りつけるが、当のデミットは肩越しに二人をチラリと見ただけで再び前を向いて歩き出した。
「お前たちは用が済むまでそこで大人しくしていろ」
それだけ言い残すともはや止まることなく進みだす。
俺は痛みに呻きながら必死に首を巡らせ二人を見る。声を出す余裕すらなかったのもあるが、俺はあまりに辛そうな二人の苦しむ姿を見て……助けを求めそうになった口を閉じ、ただ二人の目を見詰めて「もういい」と、伝わるかもわからない意思を示すことしか出来なかった。
俺が連れて来られたのは五分程歩いた場所にある崖の上だった。下からは強い風が吹きつけ、激しい水の流れが聞こえてくる。
ここまで来ればこれから俺がどうなるかなど明白だった。
「随分と水量が上がっているな。くくっ、見えるか小僧?」
そう言いながらデミットは俺にも崖下が見える様に襟首を掴んでいる手を突き出す。
そこには昨日の大雨の影響なのか、濁った水が「ドドドドド!」と激しい音を響かせながら、蛇行した水路を岩壁を削りながら流れている様子があった。
「もしこんな場所に何の力も持たない人間が落ちたら一たまりもないだろうなぁ」
デミットがワザとらしい口調でニヤつきながら俺に話しかけてくる。
隣の兵士も同じ様な笑みを浮かべて嗤っていた。
「……わかってるんだったら、さっさと、うぐっ……。ここから、離れてくれないか?」
わかってはいたが、せっかく俺が痛みに耐えて必死に忠告してもこいつらの表情は変わらず、その場を動く気配はない。
「くくっ。残念だがそれは出来んなあ。何故なら……今からお前をここに突き落とすんだからなあ!」
そこまで言うとこいつらは心底楽しそうにゲラゲラと笑い出す。
クソがっ!
「さあて、そろそろお別れだな小僧。最後に言い残すことはあるか?」
まだ死にたくはない。未練もある……だが、どうやら俺はここまでの様だ。足の痛みは感覚が麻痺して来たのかあまり感じられないが意識が朦朧としてきた。血を流し過ぎたか。
俺はせめてもの抵抗として、目の前で醜悪な笑みを浮かべているクズ共に向ける最後の台詞に精いっぱいの憎しみを籠める。
「……地獄に落ちろ!」
泣いて命乞いでもすると思ったのか、デミット達は不機嫌そうな顔になった。
ざまあみろ!
「ふんっ、まあいい。さらばだ小僧」
そのままデミットが俺を掴んでいる手を放す――その瞬間。
「グルアァ!」
「⁈」
「何⁈」
突如デミット達が通って来た道の奥から数体のブラックウルフが姿を見せ、デミット達に襲い掛かった。いや、よく見ると……デミット達ではなく俺の方に向かって来ている様な……?
そのブラックウルフ達は赤い光を纏っている。それを見た俺の脳裏にある予感が湧きあがるが、まさか――
「まだ無事か雄二⁈」
そこにいたのはこの世でもっとも信頼している幼馴染の姿だった。




