18 バロール山脈での戦い
バロール山脈を目指して出発した日から今日で三週間。
最初の数日は森の中でレベル上げをしていた俺達だったが、段々森の魔物では白井さん一人でも相手にならなくなってきた。
そのため俺達はバロール山脈へと入ったのだが、今では中腹辺りまで登り詰めてより強力な魔物を相手に特訓をしていた。
「雄二君っ、左から二体来ます!」
「任せろ!」
全身を岩で構成された体長四メートルを超える巨人――〝ロックゴーレム〟の胸を突き破った拳を引き戻し、恵理の警告に従って左から迫って来た二体の新たなロックゴーレムに構える。
「ゲエエエエエ!」
と、その時。遙か上空から汚く甲高い鳴き声を上げながらこっちに向かって高速で飛来して来る影を捉えた。
灰色の巨大な翼を持ち、獲物を仕留めて食するために発達したそれ自体が武器になる鋭い嘴を備えた、ロックゴーレムを超える巨躯を誇る鷲の様な魔物――〝バロールイーグル〟が三匹。
地上のロックゴーレムと上空のバロールイーグルによる挟撃。
片方の対処に向えばもう一方に隙を曝してしまうことになる――が、俺は迷うことなくロックゴーレムの排除に向かう。
バロールイーグルに対して完全に背中を曝しているが何も問題はない。今の俺には頼れる仲間がいるのだ。
「上は私が!」
俺が何も言わなくとも、恵理はバロールイーグルに向けて掲げた杖に魔力を集め始める。
すると、恵理の周囲に直径一メートル程の赤と緑の二つの球体が現れた。二つの球体は形を崩しながら混ざり始め、数秒で直径二メートル近い赤と緑の混ざった巨大な球体へと姿を変える。
出来上がった球体の照準を接近して来るバロールイーグルに向け、詠唱を唱える。
「炎嵐!」
恵理が詠唱を唱えた瞬間、接近するバロールイーグルに向けた巨大な球体が破裂し、内部に圧縮された暴風――いや、暴風など遙かに超えた規模の炎を纏った巨大な竜巻が発生した。
特大の炎の竜巻は回避する間も与えず一瞬で三匹のバロールイーグルを呑み込み、その内部で飛び交う無数の風の刃と猛り狂う超高温の炎を見舞う。
三匹のバロールイーグルは僅かな抵抗も許されず、瞬く間に肉片となるまで細かく斬り刻まれ、次いで襲い来る灼熱の炎に灰になるまで焼き付くされた。
竜巻が収まった空にはバロールイーグルの姿は影も形も見当たらない。あるのはパラパラと舞う灰だけ。
今のはバロール山脈での魔物との戦闘で恵理が手にした新しいスキル〈複合魔法〉による攻撃で、既存の魔法を複数合わせることで新たな魔法を生み出す技術だ。
威力は単一の属性による魔法攻撃に比べて何倍にも引き上げられているが、その分消費する魔力も凄まじい。だが、恵理は魔法職の中では最高クラスである魔導師の職業についていることと、勇者に与えられる恩恵、さらに今までの特訓で大幅にレベルが上昇したことによって豊富な魔力を持っている。そのため、この世界の魔法使いならどんなに頑張っても連続で二回か三回が限度と言われている〈複合魔法〉を、恵理は現在五回までなら連続で使用しても魔力切れを起こすことはなくなっている。まあ、合成に使う魔法の種類によっては消費する魔力量は変化するらしいので、それによっては若干回数が上下するかもしれない。
さて、鮮やかに敵を排除してみせた恵理に情けない所は見せられない。俺も目の前のロックゴーレムをさっさと片付けようと思う。
とは言っても、俺の場合相手がロックゴーレムでは恵理の様に跡形もなくスマートに倒すことは出来ない。
相手は普通の魔物とは違い全身が無機物の岩で出来ている特殊な魔物なので、俺の十八番である毒攻撃が通じない。そのため最初は関節を決めたり腕をへし折ったりしていたのだが、こいつは体の一部を砕いてもその辺の岩や石をどんどん取り込んで再生してしまう。しかも、バロール山脈は草木の一本も生えていない岩石だらけの場所なのでロックゴーレムにとっては条件が良すぎる。
こいつが持っている魔石を取り出せば再生することなく沈黙することがわかったのだが、そのためにはロックゴーレムの魔石が存在している胸の中心を覆っている岩を破壊しなければならない。
生半可な攻撃では跳ね返されてしまうので、俺は〈身体強化〉〈腕力強化〉〈頑丈〉〈硬皮〉、そして以前こいつの魔石から手に入れた〈石化〉で肉体を保護し、とにかく殴って殴って殴りまくり、ロックゴーレムの岩の装甲が薄くなって来た所で正拳突きで魔石ごと貫いている。
最初は割と手こずったが、今では一体仕留めるのに十秒もかからない。
今回も同じ方法を取るが、一体を相手にしている間にもう一方に邪魔をされると面倒なので、ロックゴーレムの鈍重な弱点を突き、取り敢えず一体だけ蹴り倒して起き上がるまでの時間を稼ぐ。
その間に残ったロックゴーレムに容赦なく拳を叩き込んで最後に一発――
ドゴオオォォォォン!
爆撃されたかの様な轟音を響かせながら俺の拳がロックゴーレムの胸部を貫いた。
拳を引き抜くと、ロックゴーレムは体を構成する岩をガラガラと分離させながらその場に崩れ落ちる。
残るは一体。
ちょうど起き上がって来たロックゴーレムを片付けるため、俺は悠々と接近して撲殺するために腕を振り上げた。
「お疲れ様でした雄二君」
ロックゴーレムを片付け、少し離れた場所で待っていた恵理の所に戻ると、微笑みと共に労いの言葉をかけてくれた。
「ああ。恵理の方こそバロールイーグルを始末してくれて助かったよ。ありがとな」
「いえ。雄二君が前に出て敵を引き付けてくれている御蔭で私は安心して魔法を使うことが出来るんです。雄二君を援護するのは当然の役目ですよ」
恵理の労いに素直に頷き、バロールイーグルの相手をしてくれたことに礼を言うと、なんてことはないという風に返事が返って来た。
俺を見上げる恵理の瞳には黙っていても伝わって来る絶対の信頼と慈しみがありありと浮かんでいる。
バロール山脈に入る前日に恵理と風呂を共にするという、俺にとっては嬉し恥ずかしなハプニングがあったのだが、その時に色々あって俺は彼女を呼ぶときは「恵理」。恵理が俺を呼ぶときは「雄二君」となった。
お互い相手のことを殆ど知らないまま始まった共同生活だが、呼び方一つ変えただけでも最初の数日に比べてだいぶ彼女との距離が縮まった気がする。
そして、時が流れて三週間が経過した今となっては、戦闘になれば特に細かい指示を出さなくても相手が何を求めているのかが大体わかる様になり、自然と連携も上達していった。
常に命の危険が存在する場所で生活していることや、お互いに気になったことや改善点をあれこれと言い合いながら、より高みへと上り詰めるために全力で日々を過ごして来た御蔭かもしれない。
何より大きいのは恵理が俺の姿を見ても対等に接してくれて、遠慮なく意見を述べてくれたからだろう。
俺を見てビクビクしながら指示に従うだけだったら今日まで互いの関係が上手くいくことはなかっただろうからな。
「日も暮れて来たことだし今日は戻るか」
「そうですね」
眼下を見下ろせば、どこまでも果てしなく続いている茜色に照らされた大森林の姿と、遙か遠くの地平線に一日の役目を終えた太陽が沈みこんでいく様子がはっきり見えていた。
もうすぐ辺りは完全な闇に包まれ、バロール山脈に生息する夜行性の魔物が活動を開始するだろう。
俺は〈夜目〉を持っているから問題ないが、恵理の方は特に暗闇での活動を補助する様なスキルを所持していない。すでに日中で充分な魔物を狩っているのだからここで無理をする必要はないだろう。俺達は大人しくバロール山脈で拠点としている洞窟へと戻ることにした。
洞窟は歩いて十分ほどの場所にあり、高さ三メートル幅五メートル程の半円形の入口が、滑らかな曲線を描く口をぽっかりと開けて俺達を待っていた。
ちなみにこの洞窟、自然に出来たものではない。
バロール山脈に足を踏み入れた当初、拠点として最適な場所が見付からず一度山を下りて寝床を探すべきか迷っていた時に、恵理が土魔法の地形操作で洞窟を作ってくれたのだ。御蔭で寝る場所に関しては悩む必要がなくなり、移動した先々で簡単に寝床を確保することが出来た。
おまけに、寝るときはもう一度土魔法を使って酸素を供給するための隙間だけを残して入口を塞ぐことが出来るので、魔物に寝込みを襲われる心配をする必要がない。魔法マジ便利。
洞窟に戻った俺達は森で集めておいた食料を取り出してのんびり食事を摂った。メニューは相変わらずですでに飽きて来ているが、それも後数日の辛抱だろう。
バロール山脈の魔物は森にいた魔物に比べてやはり一段階上の力を持っていた。御蔭で停滞気味だった俺のレベルも再び上昇を始め、恵理の方も日に日に力を増している。
敵のレベルが高いのもあるのだろうが、俺達がほぼ丸一日魔物を探し歩いて見つける度に倒しまくっていたというのも急激なレベルアップの要因の一端だろう。
かなりの強行軍で魔物との戦闘を繰り返したが、俺はともかく恵理も今日まで泣き言も言わずによく付いて来たと思う。
王国で最強の騎士と言われているらしいグラハムのステータスを考えると、勇者や詳細がわからない魔人族を別とすればこの世界の人間で俺達に適う奴はすでにいないだろう。
自分達の戦力アップを切り上げるにはいい頃合いだ。
「この三週間で随分ステータスも上がりましたけど、そろそろバロール山脈を出る頃合いでしょうか?」
おっと……どうやら恵理も同じことを考えていた様だ。実にタイムリーな話題を振って来た。
「ああ、おれも丁度そのことを考えてた。あまり戦争が始まるギリギリになるのもよくないだろう」
「どうします? 明日すぐに山を下りますか?」
ふむ……それでもいいんだが。
「今日少し気になる場所を見つけた。明日はそこを見てから明後日辺りに山を下りよう」
「気になる場所、ですか?」
「ああ。ここに戻って来る時に俺の〈魔力感知〉にかなりの数の魔力反応が引っかかった。少なくとも二十はいたと思うが……おそらく群れがいたか巣があるはずだ。せっかくだし、明日はそこを調べて魔物がいたら殲滅して経験値を稼いでおこう」
「そうですね。ここを下りれば中々レベルも上がらなくなるでしょうし……わかりました」
「反応があったのはここからさらに登った所だったからまだ見たことのない魔物かもしれん。大丈夫だと思うが……まあ、敵が強すぎたら引き返せばいい」
「はい」
恵理の方も特に異論はない様で実にスムーズに明日の予定は決まったが……あまりにも自然な会話の流れで忘れそうになるけど、恵理って少し前まで争い事とは無縁の女子高生だったんだよなあ。
二十匹以上いる魔物の群れか巣に二人で襲撃をかけるとか言われたら普通怖がったり怯えたりするだろうに、それどころか今じゃ真っ先に効率を優先して考えるからな。最近だと敵が一ヵ所に固まってたりすると俺が何も言わなくても『先手必勝!』とばかりにでかいのをぶち込んで数を減らそうとするし。
大人しそうな見た目とアグレッシブな中身のギャップが凄いが、俺からすれば実に頼もしい。
まあ、恵理のことは一先ず置いといて、特に問題なければ明日でここでの特訓は終了になる。
下手なミスで余計な怪我を負わない様に今日はさっさと休んで明日に備えるか。俺の場合は怪我してもすぐに治るし数日位寝なくても平気なんだけどな。
「今日はもう休むか」
「はい。私も何だか眠くなって来たので休ませてもらいます」
そう言って、恵理は洞窟の入口を土魔法で隙間を残して塞いでからその場にころりんっと横になってローブにくるまると、すぐに規則正しく穏やかな寝息を立て始めた。……素晴らしい早さだ。
地面は固いし枕もない。さらに一緒にいるのが男という状況では安眠など到底出来そうにないが、恵理は『それがどうした』と言わんばかりにいつもぐっすりと熟睡している。
恵理にとってはいきなり始まったサバイバル生活のはずだが、ちょっと順応力が高過ぎませんか?
本人には言えないが中々図太い神経をしているのかもしれない。それとも肝が据わっていると言うのだろうか……?
風呂に入って来た時は恥ずかしがっていたから羞恥心がない訳じゃないだろうが……まあ、いっか。余計なことをいつまでも考えていないで俺もさっさと寝よう。
俺は恵理と同じ様にごろんと地面に横になって目を閉じる。
瞼を閉じていくと同時に意識も曖昧になっていき、自分でも驚く位にあっさりと俺の意識は微睡の中からさらに底へと沈んで行った。
翌日の昼前、俺達は昨日反応があったポイントを少し離れた岩陰から覗き込んでいた。
直線距離で結べば百メートル程だが、何も整備されていない山の中を真っ直ぐ登れるはずもない。なので通りやすい道を探してグネグネと蛇行しながら登って行たのだが、あえてのんびり進んでいたのもあって着いた頃には思っていたよりも時間がかかってしまった。
そして、ようやく辿り着いた目的地を岩場に隠れて偵察していたのだが……いるわいるわ、うじゃうじゃと。
そこにいたのは人の胴体に老婆の様な皺だらけの顔を持ち、鳥の足と腕の代わりに鳥の翼を持った女型の魔物――〝ハーピィ〟だった。
どうやらここはハーピィの巣の様だ。
ちょうど食事時にお邪魔してしまった様で、俺達の視線の先ではハーピィ達が動物か魔物の死体を貪っていた。
ざっと見た感じ五十匹はいそうだ。
まあ、数はともかく強さはせいぜいディアンウルフ程度で、バロール山脈に生息する魔物の中では弱い方に分類されるだろう。実力的には相手にするのになんら問題はない。
それよりも遙かに問題なのは――
「うぅ……臭いですぅ」
「気持ち悪くなって来た……」
そう……臭いのだ。
前に戦った時にも思ったが、ハーピィは全身から生臭い様な腐った様な匂いを漂わせていてとにかく臭い。
以前襲われた時のことなんだが、触れてたのはほんの数秒だったにも関わらず、ハーピィの体と接触した恵理のローブに匂いが移って大変だったのだ……。あの時は恵理も涙目になって一晩中ごしごし洗っていたのを鮮明に覚えている。
まあそんな訳で、一体だけでも相当辛いのに大量のハーピィの体から発せられる匂いに加えて、奴らの排泄物やら餌となった動物の死骸が漂わせる腐敗臭が混ざり合った巣の匂いと言ったら……もはや筆舌に尽くしがたい。
俺達がいる場所は巣から数十メートルは離れているというのにまだ鼻を摘まみたくなる。
もうこいつらはただの害獣であり汚物だ……さっさと片付けて新鮮な空気を吸いたい。て言うか帰りたい。
「恵理、取り敢えず一発頼む。出来れば風魔法で匂いごと吹き飛ばしてくれ……」
「うぅ……わかりましたあ」
恵理もこの匂いはさっさと何とかしたいのだろう。俺が声をかけた瞬間すぐに杖を構えて魔力を集め始めた。
恵理の周囲に黒と緑の球体が発生し、徐々に混ざり合って一つの巨大な球体へと姿を変える。そして――
「災禍の暴風!」
巨大な球体から黒き暴風がハーピィの巣に向けて放たれた。
「キキャア⁈」
食事中だったハーピィの何体かが眼前に迫る巨大な魔法に気付いたが、その直後に全身を飲み込まれて一瞬で影も形も残さずにその身を消滅させた。
恵理の放った魔法はハーピィの巣のど真ん中を貫くように直進し、直撃を免れたハーピィ達も僅かに魔法に触れた体の一部が塵となって消滅していた。完全に射程外にいた個体も吹き荒れる暴風による余波で錐揉みしながら吹き飛んでいる。
放たれた魔法は勢いを落すことなく突き進み、巣の奥にある岩壁に直撃してギャリギャリと掘削機の様な音を響かせていたと思ったら、ボシュウウウウ! と、今度は蒸発するような音を残して消えていった。
魔法が通った場所を見ると、魔法が触れた箇所だけ綺麗な半円状にくり抜かれる様に消滅していた。直撃した巣の奥の岩壁も同じ様に消滅しているのだが……よく見ると岩壁の奥は空洞になっていた様で、バロール山脈の中を上下に貫く縦穴の様になっていた。その穴から漂って来る気配が少し気になったが、今は別に気にすることがあるので視線を戻す。
射線上にいたハーピィは全て消し飛んだ上に巣から漂っていた悪臭がだいぶましになっている。数を減らすと共にしっかり俺の要望に応えてくれた様だ。
「ありがとう、恵理」
「いえ、これでようやくまともに呼吸が出来ます」
安堵しながらの恵理の言葉には全く持って同感だ。
顔を戻して巣の方を窺うと、今の一撃でハーピィの数は三分の二程度に減っていた。
それなりに射程の広い魔法だったからもっといくかと思ったんだが、ギリギリで気付いて咄嗟に上空に避難した個体が結構見えた。危機感知能力はそれなりに高い様だ。
だが、生き残ったハーピィ達は突然の奇襲に浮足立ってまだ混乱している。立て直されて近付いて来る前に恵理の魔法で追撃をかけてもらおう。
「恵理、今のうちに全部撃ち落としてくれ」
「えっ、でも……それだと雄二君の方に経験値が入らないと思うんですけど?」
「今回はいいや。経験値が入らないよりもあいつらに近付く方が嫌だし」
「あはは……わかりました。それじゃあ今回は私が頂きますね」
俺の渋い表情を見て納得したのか、恵理は苦笑しながら杖を構えて前に出る。
まだ上空で混乱しているハーピィ達に向けた杖から大量の風の刃が撃ち出された。
「キキ⁈」
空を埋め尽くすのではないかと思う程大量に撃ち出された風の刃は次々とハーピィの羽を裂き、肉を削ぎ、首を刎ねていく。
機動力を生かして回避を試みているハーピィもいるが、隙間も見えなくなる程の圧倒的な物量に押されてすぐに撃墜されていく。
ハーピィ達が成す統べなく数を減らしていくのを見て、殲滅するのも時間の問題だなと思った時――
「キアアアァァァァァッ!」
数体のハーピィが突如動きを止め、超音波の様な今までよりもさらに甲高い声で鳴き始めた。
「ん? 何だ急に?」
「何でしょうね? まあ、動きを止めているので今のうちに……えいっ!」
恵理は可愛らしい掛け声を出しながら、まだ鳴き声を上げている最中のハーピィ目掛けて風の刃を放って首を斬り落とした。
よ、容赦ねえ……。
戦隊もののヒーロー番組の様に、敵が変わった行動を見せたらそれが終わるまで待っててあげるのがお約束というものなのだが……恵理の中にそんなお約束は存在しないらしい。
まあ、戦場で敵の隙を突くのは当然なので恵理は何も間違ったことはしていない。なので俺も文句を言う気はないんだが――その行動は少し遅かった様だ。
俺は背後から感じる魔力反応にゆっくり振り向き――その光景に溜息を吐く。
「恵理」
「どうしまし――っ⁈」
俺に続いて後ろを振り返った恵理が息を呑む。
無理もない。俺達が振り返った先にいたのは――
「キイイイイ!」
「キュアア!」
「キアアアア⁈」
太陽を覆い隠す様に集まった、確実に百を超える夥しいハーピィの群れだった。
それだけでは終わらない。下を見れば麓の方からまだまだ大量にこっちに飛んで来ているのが見える。
密集して帯みたいな形になって飛んでくる光景はまるでハーピィの川の様だ。全部集まれば千に届くんじゃないか?
いったいこの山脈のどこにどうやって隠れていたんだと頭を抱えたくなる程の数だった。
「……まさかっ、さっきの⁈」
「だろうな。どうやら仲間を呼び集めてたみたいだ……」
恵理が鳴き声を上げ始めた個体をさっさと倒したのは大正解だったらしい。あれ以上泣かれたらさらに広範囲からハーピィが集まって来たかもしれん。
「最悪ですね……」
「ああ……これ以上ない位にな」
当然匂い的な意味で。
うっ、もう漂って来た!
ハーピィは俺達を取り囲むように上空を移動し、完全に包囲して逃げ道を塞いで来た。
全方位から漂う悪臭とキーキーと甲高い鳴き声が響いて来て、鼻と耳が戦う前からおかしくなりそうだ。
正直今までで一番厄介な相手かもしれん……。
「恵理、そっちを任せる」
「わかりました」
恵理に崖側のハーピィの相手を頼み、俺は岩壁側のハーピィを担当する。
俺は恵理の様に遠距離攻撃の手段を殆ど持っていないから足場があった方が戦いやすい。
もう匂いが体に移るのは避けられないだろうなあ……この世界に来てから今が一番憂鬱だ。
「はぁ……」
「え、えっと……元気出してください雄二君! 私も匂いを落すの手伝いますから!」
恵理が励ましてくれるが――その表情は完全に引き攣っていた。嫌なのが丸わかりである……。
まあ、俺だってハーピィの匂いが付いた奴に積極的に近付きたいとは思わないが。
今日はこの後ずっと俺の体の洗濯になるのは間違いなさそうだ。
いつまでもへこんでても仕方がない……さっさと終わらせてしまおう。
「……恵理、一発でかいの頼む。それを合図に戦闘開始だ」
「はい!」
恵理の周囲に再び黒と緑の球体が現れ合わさっていく。さっきと同じ魔法を使う様だが集めている魔力がさっきの三倍に近い。相当な威力が期待出来そうだ。
「いきます!」
恵理が杖を掲げるのに合わせて俺も軽く腰を落とし、いつでも動ける体勢になる。
「災禍の暴――」
恵理が開幕の一撃を放つため口を開いた――直後、
カッ――――!
何の前触れもなく、俺と向かい合っているハーピィ達のさらに奥――恵理がハーピィの巣に撃ち込んだ〈複合魔法〉によって空いた穴の奥から、まるでレーザーの如き光の柱が飛行しているハーピィを飲み込みながら天へと昇っていった。
立ち昇った光の柱が数秒で消え去ると、その射線上にいたのだろうハーピィの残骸がパラパラと地面に落ちて来る。
この場に集った全員が動きを止めて呆然とする中、光の柱が放たれたハーピィの巣の奥の壁――そこにあいた穴を見た瞬間、全身に怖気が走った。
全ての視線が集まる中――生物の本能的な恐怖を無理やり呼び起こす濃密な殺気の主が、深い闇の蔓延する穴の奥から人間を鷲掴みに出来そうな程に巨大な前足で邪魔な岩壁を崩しながら這い出て来た。
「っ……⁈」
「ゆ、雄二、君……⁈」
這い出て来た殺気の正体を見た瞬間、恵理が声を震わせながら腕を掴んで来たが、恵理の方に気を回してやる余裕はなかった。
物理的な圧力すら伴いそうな殺気を放つこいつから、一瞬でも目を逸らせば死んでしまうとでも言うかの様に意識を逸らすことを本能が拒否しているのだ。
俺達の眼前で二本の後ろ足で悠々と立ち上がったそいつは――
――竜。
次回は火曜か水曜に投稿します!




