17 その頃の勇者
雄二達が帝国へと召喚されてから一ヶ月が経過した頃。
帝国に残された勇者達は訓練の場をグリン峠から少しずつ難易度の高い場所へと移し、今は帝都から南西数十キロに位置するオルゲン渓谷――通称「飛竜の巣」とも呼ばれる場所でより強力な魔物を相手にした戦闘訓練に勤しんでいた。
オルゲン渓谷に生息する魔物は帝国領内では上位の強さを持つが、魔素濃度の高い大森林の奥深くにいる魔物に比べればその能力は一段も二段も下がるため、帝国兵でも隊を組めばそれ程労せず魔物を討伐することが出来る。
ならば今日までの実戦を経て、この世界の人間とは比較にならないステータスを得た勇者達にとっては相手になるはずがない。
だというのに何故帝国領内の大森林ではなく、こんな所で訓練を行っているかと言えば、それはオルゲン渓谷が「飛竜の巣」とも呼ばれる所以ともなった〝ワイバーン〟が生息しているからに他ならない。
竜種の中では最下種にカテゴライズされるワイバーンだが、弱いと言ってもそれはあくまで竜種の中での話しであり、他の種に属する魔物と比較すればその強さは絶大と言える。
さらにワイバーンは竜種の中では繁殖力が高く、数も多い。
今は繁殖期ではないため比較的数は少ないものの、オルゲン渓谷には常に一定数のワイバーンが生息している。
そのため谷間から上空を見上げれば、谷の間を翼を広げて飛び交う雄大な姿を時々目にすることが出来る。
成体まで成長した平均的な個体で体長は三~四メートル。翼を広げれば全長は十メートルを超える。地上に下り立った際には後ろ足のみで立ち、前足がない代わりに翼が発達している。獲物を仕留める際には上空から急降下して巨大な後ろ足で捕えて巣に持ち帰るか、鋭い牙が生えそろった顎でその場で直接捕食する。凶暴性もかなり高く、獲物を目にすれば積極的に襲い掛かり、迂闊に手を出して怒りを買おうものならこちらが死ぬかワイバーンが死ぬまで追われ続けることになる。
ステータスで言えば大体オーガの一・五倍だろうか。王国なら騎士団長、帝国なら一軍の隊長クラスでなければまともに戦うことも出来ない強力で凶暴な魔物が至る所に見受けられる場所で、勇者達は今まさにワイバーンとの戦闘を行っていた。
五人、または六人で一組のパーティに分けられた勇者達は渓谷に到着後、それぞれのパーティの監視役の帝国兵に連れられてバラバラに進んでいた。そんな中、さっそくワイバーンに目を付けられ戦闘を繰り広げているパーティがあった。
「ギュアアアアァァァ⁈」
ワイバーンが獲物を威嚇する咆哮を上げた先には、一人の男子生徒と四人の女子生徒がいる。
大剣を装備した唯一の男子の名は高木 和樹。百八十センチを超える長身で短髪を逆立てたツンツン頭をした少年で、「重戦士」の職業に付いている。
女子の一人は吉田 明美。茶色がかったストレートの髪を背中まで流し、若干吊り目になっているのが特徴の少女で、「吟遊詩人」の職業に付いている。
そして残り三人の女子である源 唯、雪白 雪、琴峰 鈴音。雄二の幼馴染三人を加えた五名のパーティである。
谷間の底まで降り立って来たワイバーンを前にした五人は、前衛に雪と高木、中衛に鈴音、そして後衛の唯と吉田という陣形になる。
上空を他のワイバーンが飛び交っているのを見た鈴音は新手が来ないうちに前衛の二人に指示を飛ばす。
「二人とも、作戦通りこっちに誘い込んで!」
鈴音はあらかじめ決めていたポイントまでワイバーンを誘導するよう前衛の二人に指示を出す。
雪は軽く頷いて指示通りワイバーンを誘い込むためジリジリと後退する。だが――
「うおおおおおお!」
「っ……⁈」
「なっ……⁈」
もう一人の前衛である高木が鈴音の指示を無視して雪の横を駆け抜け、大剣を構えて雄叫びを上げながらワイバーンに突貫していった。
まさかの命令無視に、隣にいた雪も指示を出していた鈴音も咄嗟に止めることが出来ず、愕然とした表情になって動きを止めていた。
堂々と命令を無視した高木は凶暴な笑みを浮かべながら、人の頭部も丸呑み出来そうな巨大な顎門を開けて威嚇するワイバーンに真正面から突っ込んで行く。
「ギュアアアアッ!」
「おらあああああ!」
ワイバーンが振り下ろした翼の関節部に付いた小さめの手と高木の振り上げた大剣がぶつかる。
ブシュウゥゥゥッ!
「ギュガアアアア⁈」
両者が接触した瞬間、高木の大剣がワイバーンの手と翼を深く切り裂く。
最も防御力の低い翼膜すら並みの武器では弾かれて終わるだけの肉体強度を持ったワイバーンは、あっさりと自分の体を傷つけられたことと、生まれてから一度も感じたことのなかった激痛に悲鳴を上げる。
だが、元々高い凶暴性を持つワイバーンは、傷付けられた痛みに怯む所か逆に憤怒に変え、自分の体に傷を付けた者をギロリと睨み付ける。
訓練を積んだ騎士や兵士ですら震え上がりそうになる眼光を向けられた高木は、ワイバーンに一撃を入れたことに気を良くしたのか、その顔にへらへらとした笑みを浮かべて明らかに油断していた。
「ばかっ、早く引きなさい!」
高木の様子を見た鈴音が咄嗟に注意を飛ばすが、
「うっせーなぁ! 今の見ただろうが! ワイバーンなんて余裕なんだよ!」
せっかく鈴音が忠告したと言うのに高木はまともに取り合わず、相変わらずへらへらと笑うばかりで肩で大剣を担いで余裕の態度だ。
「くっ……雪、お願い!」
「……わかった」
高木が聞く耳持たないことを悟った鈴音は当初の作戦を中止して雪に高木のサポートを頼む。
すぐに頷いて高木の元に向かう雪だったが……ワイバーンの次の行動の方が早かった。
高木を睨み付けていたワイバーンが足を曲げて姿勢を低くし、翼を地面に付けて体を捻る様な体勢になる。
「あっ? 何やってんだ?」
ワイバーンの行動に首を傾げていた高木だったが、鈴音はすぐにワイバーンが何をしようとしているのか気付いた。
「雪、止まって! あんたも早く下がりなさい!」
慌てて出された指示に雪は咄嗟に従ってその場で動きを止めたものの、相変わらず高木は無視している。
鈴音がその様子に歯噛みした次の瞬間――ワイバーンの全身がぶれた。
いや、正確にはそう錯覚する程の速度でワイバーンがその場で高速旋回したのだ。
「⁈」
前衛の動体視力で真横から迫って来る鱗に覆われたワイバーンの尻尾をギリギリ捉えた高木は、担いでいた大剣を凄まじい勢いで迫る尻尾と自分の体の間に咄嗟に挟んで盾とする。その直後――
バアアァァァン!
一瞬の拮抗すら許されず、凄まじい衝撃音と共に真横に弾き飛ばされて岩壁に背中からまともに激突した。
「があっ⁈……いってええ!」
弾き飛ばされた高木はそれなりにダメージは負ったものの致命傷にはならなかった。
普通だったら今の一撃で骨の二三本は砕かれる威力があったのだが、痛いで済むあたり流石は勇者といったところか。
獲物を仕留め損なったことにさらに怒りを上げたワイバーンが唸り声を上げながら高木の方に向かって足を踏み出そうとした瞬間――足元に作り出されたワイバーンの影の中から雪が浮き上がる様に飛び出した。
暗殺者のみが得ることの出来るスキル〈影渡り〉。
目視できる範囲に限り、自分の影から対象の影への移動を可能とする、まさに暗殺者にうってつけのスキルである。
ワイバーンに気付かれることなく一気にゼロ距離にまで接近した雪は、暗殺者の特徴である身軽さを遺憾なく発揮し、高木に意識が向いているワイバーンの背を駆け上がって脳を破壊しようと頭蓋骨目掛けて魔力を通した短剣を振り下ろす。
「っ!」
だが、切っ先が触れる寸前、雪の存在に気付いたワイバーンが尻尾を振り回して自分の頭部にいる雪に横薙ぎに襲い掛かった。
雪は迷わず回避を選び、その場を飛び退いてワイバーンから距離をとる。
雪が離れた直後にコンマ何秒という差でさっきまで雪がいた場所をワイバーンの尻尾が唸りを上げながら通り過ぎた。
雪の攻撃は失敗したものの、その隙に高木は体勢を立て直してこの場は仕切り直しとなる。
ワイバーンが前後で自分の様子を観察している雪と高木、どちらを先に仕留めるか迷っていると――
「――――――♪」
どこからか、まるで清流が流れる音を聞いているかの様に涼やかでありながら、時に大地の鳴動を感じる様に力強い歌声が聞こえて来た。
雪と高木が歌声の出所に目を向けると、後方で戦況を見守っていた吉田が全身に赤と青の二色の光の粒子を纏いながら、目を閉じてその小さな口から美しい旋律を奏でていた。
その歌声を聞いた瞬間、雪は赤の粒子、高木は青の粒子に全身を包まれた。
吉田の職業である吟遊詩人。その能力は歌うことと、その歌の種類によって様々な効果を対象とした者に付与することが出来る。
今回吉田が選択したのは攻撃・敏捷強化の歌であり、その付与を受けた雪は速度特化の暗殺者でありながら高木の様なパワーを手にし、筋力特化の重戦士である高木は雪の様な速度を手に入れた。
二人の変化を感じたワイバーンは離れた場所で粒子を纏いながら歌い続ける吉田を見て咆哮を上げると、両足に力を籠めて雪と高木を無視して吉田に向かって突進して行った。
だが、すぐにワイバーンの後を追い、数秒もかからず並走した雪が手にした短剣でもってワイバーンの左足を深く切り裂く。
「ギュアア⁈」
本来雪の様なタイプは敵の隙を狙って急所を突く戦い方が基本なのだが、吉田の付与によって肉体が強化されている雪は普段ならあり得ない力技でワイバーンの鱗に覆われた足をあっさりと切り裂いて見せた。
大地を震動させながら重戦車の如き勢いで突き進むワイバーンだったが、雪に斬られた足をもつれさせ勢いを一気に落とす。それでも倒れ込むことだけはプライドが許さないのか、その場で足を踏ん張り再び走り出した。
だが、再び走り出した前方には強化された速度ですでに回り込んでいる高木の姿があった。
高木を見てもそのまま喰らって突き進もうと、ガパリと顎門を開けるワイバーン。
迫るワイバーンにタイミングを合わせて高木が跳躍し、上段に振りかぶった大剣をワイバーンの脳天目掛けて振り下ろす。
「ギュゴッ!」
まともに大剣の直撃を受けたワイバーンは頭蓋骨もろとも頭部を潰され、そのまま直下の地面に叩き付けられた。
地面に下り立った高木はすでに武器を下ろして気を緩めているが、雪は警戒を緩めずにワイバーンが起き上がって来ないことを確認してから緊張を解く。
「二人とも早く戻って!」
ホッとしたのも束の間、鈴音の焦った様な声を聞いて二人は揃って振り返る。
二人の視線の先では鈴音が上空を警戒しながら声を張り上げている。
「ああ? せっかく倒したのに何慌ててんだよ?」
「いいから早く戻りなさい! 他のワイバーンにも見付かっているのよ!」
鈴音の視線の先を追って二人が上空を仰ぐと、そこでは二体のワイバーンがこちらに接近しようとしているのを鈴音の使い魔が牽制して足止めしている姿があった。
「一度撤退するわよ!」
「……了解」
「ちっ」
鈴音の指示に雪は素直に、高木は舌打ちをしながら従い、元々ワイバーンを誘い込むつもりだった上空からは視認が難しい左右の岸壁がせり出した場所に進み、その先のワイバーンが追ってこれない様な細い通路に入り込む。
「何考えてるのよ⁈」
新手のワイバーンから撤退することに成功し、五人の監視役として付いて来ていた帝国兵が待機している場所に戻って来た直後、戦闘開始直後にいきなり勝手な行動をとった高木に対して鈴音が怒声を上げた。
「ああ? 何キレてんだよ?」
「何じゃないわよ! 何であらかじめ決めてた作戦を無視して勝手な行動をしたかって聞いてんのよ⁈」
怒髪天を突く勢いで怒鳴る鈴音を見て、高木は鬱陶しそうな表情になって怒鳴り返す。
「倒したんだから別にいいだろうが⁈ ぐだぐだ言ってんじゃねえよ!」
「ふざけたこと言わないで! あんたの勝手な行動のせいで他のワイバーンにも見付かって囲まれる所だったのよ! もし誰かが死んでたらどうするのよ⁈」
本来なら谷間に下りて来たワイバーンを一体だけ上空からは見えない場所に誘い込んで他のワイバーンに見つからないうちに始末する手はずだったのだ。それが高木の命令無視でなし崩し的に戦闘が始まり、結果として他のワイバーンにも発見されてしまい挟撃されるかもしれなかったことを鈴音は怒っていた。
口には出さないが鈴音の近くに立っている唯と雪も高木を非難する眼差しを向けている。
唯は戦闘が終わってここまで撤退して来た後、念の為前衛の二人に治癒魔法をかけていたのだが、高木に魔法をかけている間は目も合わせず終始無言となり、さっさと終わらせて離れていた。
雪は相変わらず無表情だが見る者が見ればゾッとしただろう。その瞳からは殺気とも言える怒気が見え隠れしていた。
「ワイバーンなんて大したことないだろうが! 一体や二体増えた所で変わらねえんだよ!」
「そんなこと言って、あんたワイバーンの攻撃直撃して吹き飛ばされてたじゃない!」
「ちっ、くそが!」
高木はあからさまに舌打ちし、悪態を吐いて鈴音から顔を逸らす。すると、今度はニヤニヤとした気持ちの悪い笑みを浮かべて唯に話しかけ始めた。
「それより源ぉ、ワイバーンに止めを刺した俺の一撃見ただろ?」
「……見たけど」
気持ちの悪い笑みを向けられた唯はあからさまに嫌そうな表情になるのだが、高木は気付いていないのか、それとも気付いていて無視しているのか一歩唯に近付いて話し続ける。
「源は後衛職だから守ってくれる奴がいないと不安だよなあ?」
「……だったら何?」
「へへっ、だからよお、もしお前が俺の女になるって言うならこれから先守ってやらなくもないぜ?」
下卑た笑みを浮かべた高木がローブを着ていても隠し切れない唯の豊満な胸を見ながら言ったふざけた台詞に、言われた唯だけでなく聞いていた雪と鈴音も嫌悪感丸出しの表情になる。
すでに底辺まで落ちていた高木への三人の評価は、今の台詞でゼロをぶち抜いてマイナスにまで下がっていた。
「……別にいい」
「はっ、無理してんじゃねえよ。ほんとは怖いんだろお?」
断った唯に対して高木は尚も言い募って来る。
「唯、ほっときましょ」
「……賛成」
「……うん」
しつこい高木に呆れた鈴音に促され、唯は二人と一緒に高木から離れようと背を向けたのだが、その態度が気に食わなかったのか、苛ついた表情となった高木が言ってはならないことを口にした。
「ちっ、いつまでも死んだ馬鹿のこと引き摺ってんじゃねえよ!」
その言葉を聞いた唯がピクッと肩を揺らしてその場に立ち止まる。
唯の反応を見た高木が突破口を見つけたかの様にニヤリと笑い、逆効果だとも気付かずにさらに続ける。
「あんな無能のことなんかさっさと忘れて俺の女になった方が身のためだぜ?」
「……」
「大体なんで源があんななんの取り柄もない平凡な奴と一緒にいるんだよ? 幼馴染だかなんだか知らねえけど別にいなくたって変わらねえだろ?」
「……」
「わかったら大人しく俺のもんに――」
いつまでも背を向けたままの唯に焦れたのか、高木が唯の肩を掴もうとした、その瞬間――
パアァァァン!
高木に触れられる直前に振り向いた唯の渾身の平手打ちが高木の頬を張り飛ばした。
「ぶっ⁈」
前衛職の筋力には到底届かないものの、一般人とは比べものにならないステータスを持つ唯のビンタは油断していた高木の頬を張り飛ばして尻餅をつかせた。
呆然と唯を見上げる高木に、唯は氷の女王の様な絶対零度の眼差しを向け、聞いた者がそれだけで凍え付きそうな声を発する。
「勝手なことばかり言わないでよ」
「……」
「ユウくんは死んでないし、馬鹿でも無能でもない」
「……」
「いなくても変わらない? ふざけないでっ。ユウくんは高木君なんかよりずっと格好よくて素敵な人だよ。何も知らない人がわかった風な口を利かないで」
普段の唯からは考えられない様な表情と、荒げた訳ではないが明らかに激怒している声音に圧倒されて絶句していた高木だが、ハッと我に返ると顔を真っ赤にしながら立ち上がり、怒鳴り声を上げて唯に掴みかかろうとする。だが――
「……動くな」
「なっ⁈」
唯の隣に立っていたはずの雪が、いつの間にか唯に掴みかかろうとしていた高木の背後に回り込んで首筋に短剣の切っ先を突き付けていた。
全く動きが見えなかったことに驚愕し、すでに追い込まれていることに気付いた高木は口をパクパクさせて動きを止めざるを得なかった。
「……勝手に動けば殺す。喋っても殺す」
「っ⁈」
冗談や嘘ではなく、雪の言うことに逆らえば本当に殺されるであろう尋常ではない殺気に、高木は顔を真っ青にしてこくこくと頷く。
その様子を見ても雪はまだ短剣の切っ先を高木の首から離さない。
ともすればこのまま首を斬り落として殺してしまいそうな雰囲気を放出している。
雄二を馬鹿にされて激怒していたのは唯だけではなかった。
例え高木の台詞が唯にだけ向けられた物だったとしても、唯と同じく雄二のことが好きな雪が、あれだけ好き勝手に想い人のことを悪し様に言われて黙っている訳がない。
高木の位置からは見えないが、正面から見れば雪の瞳からは光が消えていつも以上の無表情になっていることがわかる。だが、表情が消えて感情が全く窺えなくなっていることが逆に雪の怒りの度合いを表していて、むしろ高木が雪の表情を見ることが出来なかったのは幸いかもしれない。
もし高木が雪の表情を見ていたら、放たれている殺気と相まって失神していただろう。
ステータスだけならこの世界の人間の中では上位に位置するが、精神面に関しては大森林で死の淵から這い上がった雄二やその雄二にスパルタで鍛えられた恵理と違っていまだにひよっこに過ぎないのだ。
「雪、そのへんにしておきましょう」
緊迫した空気が辺りを包んでいた中、鈴音が声を発した。
「そんな男に雪が手を汚す価値はないわ。ね?」
「……わかった」
鈴音に諭されて雪はようやく高木の首に突き付けていた短剣を引いた。その瞬間、高木はその場に崩れ落ちた。
真っ青な顔のまま呆然としている高木を放っておき、唯達は離れた場所まで歩いて行って適当な岩に座って休憩を取る。
その途中ですれ違った、離れて唯達のやり取りを見ていた帝国兵達は気圧されたかの様に固まり、一人でジッと休憩を取っていた吉田は、唯達の騒ぎに目も向けずに我関せずを貫いていた。
その様子を見た鈴音は小さく溜息を吐く。
雄二がいなくなってからというもの、勇者達の様子は悪い方に一変した。
互いが互いを貶める様な発言が多くなり、元々中のよかったはずの者達でさえ相手の腹の内を探る様な視線を向ける様になったのだ。全員がそうだという訳ではないが、そういう者達が一気に増えて、帝城内での勇者同士での空気は最悪と言える物になっていた。
その原因の一端としては雄二がデミット達に殺されかけた理由にあるのだが、元々慣れない環境での生活や奴隷扱いされていたことによるストレスもだいぶ溜まっていた。それらが雄二の件がきっかけとなり、こうした形で爆発したのだ。
そんな状況で実戦でのまともなチームワークなど望めるはずもなく、それぞれ自分勝手に魔物と戦っていた。それでも生き残れたのは勇者としての恩恵があったからだろう。それがなかったらすでに彼らの大半が命を落としていたはずだ。
唯達は運がよかったと言える。
雄二がいなくなった後にパーティの再編成があり、偶然三人は同じパーティになることが出来たのだ。
仲間であるはずの他の勇者との会話すらままならない状況では、依然として強い絆で結ばれた幼馴染三人が同じパーティになれたことは命の危険がある魔物との戦闘に置いてとても心強い。
残りのメンバーである高木は自分勝手な性格な上、吉田も指示には従ってくれるのだが必要最低限のことしか喋らない。そんな癖のあるパーティメンバーを抱えながらも唯と雪に支えられながら鈴音が何とか全員をまとめることで今まではどうにかなっていた。
鈴音はこの世界に来てからどうも苦労人の芽が出て来た様だ。
残念ながら誠だけは同じパーティになることが出来なかったが、それは仕方がないと言える。
誠は他のパーティに入るどころか雄二の件があって以来デミットに危険視され、万が一にも再び勝手な行動を取られない様にと、デミット本人と他に数人の部下を連れての監視が行われる中で一人で魔物の討伐訓練を行っている。
最初は一人で大丈夫かと心配していた鈴音も、誠の周りに比べて頭一つ抜きん出た実力と、帝国も今誠に死なれては困ることを考えて訓練に関しては心配しなくなっていた。
「……ユウくん、ちゃんとご飯食べてるかなあ」
三人並んで岩場の上で休憩していると、真ん中に座っていた唯が憂いを帯びた声音でポツリと漏らした。
それを聞きとがめた雪と鈴音が励ます様に声をかける。
「……雄二なら大丈夫」
「そうね、雄二ならきっと上手くやってるわよ。今は信じましょ?」
「……うん」
二人に優しく諭されて唯も微笑みながら、自分の手首に巻き付いたミサンガを優しく撫でる。
そんな唯を見て雪は珍しく羨ましそうな表情をしていた。
鈴音は、唯がかつて雄二とお揃いなのだと笑顔で教えてくれたミサンガを撫でる様子を見てホッとしながらも、内心では少なからず現状に焦っていた。
雄二が行方不明となってからすでに一月近く経っている。
無論、鈴音とて雄二が生きていると信じているが、心配になるのはどうしても避けられない。
当時の雄二のステータスは自分達に比べて圧倒的に低かったことと、止血はしていたらしいが両足を失って移動手段を失っていること。さらに、この世界には当然の様に人を襲う魔物がそこら中に存在していることや、この世界の常識を殆ど知らないこと。
これだけの不安要素があれば鈴音でなくとも不安になるのは当たり前だ。
しかも、雄二のことだけでなく自分達のことも心配しなければならない。
奴隷の首輪を身に着けている限り、命の危険が常にそこにあるのは雄二とさほど変わらないのだ。
毎日就寝前の自由時間には誰かの部屋に集まって奴隷の首輪の支配をどうにかして帝国を脱出する方法を話し合っているが、一向に解決策が出て来ない。
このままでは雄二が生きているうちに探し出すどころか自分達が戦争に駆り出されて使い潰される方が早い。
戦争に出れば否応なく人を殺すことになる。勇者としての力がある限り滅多なことでは死ぬことはないが、例え生き残ったとしても元々戦争とは無縁な平和な国で生きて来た自分達では大量虐殺の精神的重圧に耐えられず心が潰れてしまうのではないか?
鈴音はその危険性に気付いていた。
だからこそ、命令に従うしかない今の状況に焦燥が募る。
それに気付いているのは鈴音だけではない。他の勇者達も程度の差はあれど気付いている。ただ、鈴音と決定的に違うのは、そのことについてしっかりと向き合って考えようとしていないことだろう。
雄二の件があって以来、彼らはすでに精神的に追い詰められていた。
そのため、これ以上自分の精神に負荷がかかるのを避けるため、現実逃避とも言えるがあえて戦争のことは『大丈夫』と、根拠もなく楽観的に捉えていたのだ。
だが、それが許される時間はどんどん過ぎ去って行き、強制的に現実と向き合わせられる時は刻一刻と近付いている。
戦争へのタイムリミットはすでに一ヶ月を切った。
前話終了時点での雄二のステータスです。
名前:霧島 雄二
種族:毒大鬼
職業:調合師
LV:52
体力:2479
魔力:1563
攻撃:2303
防御:2504
魔功:1343
魔防:1981
敏捷:1476
魔法:火魔法
スキル:剣術、槍術、身体強化、腕力強化、脚力強化、視覚強化、嗅覚強化、聴力強化、鑑定、調合、猛毒液、消化、増殖、繁殖、威圧、夜目、頑丈、咆哮、精力絶倫、硬皮、統率、脱皮、蜘蛛糸、毒牙、毒爪、強酸液、麻痺鱗粉、魔力感知、魔力遮断、火耐性、毒耐性、麻痺耐性、言語理解
次回は木曜か金曜に投稿します!




