14 特訓開始
白井さんを背中に抱え、森の奥深くを目指して出発してから数時間。
時々休憩を挟みながら森を疾走し、バロール山脈の山肌が俺の視力ではっきり見えてきた辺りでいったん止まり、白井さんを背中から降ろす。
あまりバロール山脈に近すぎても今の白井さんでは魔物が強すぎて対処しきれないだろうから、この辺からレベルを上げながら徐々にバロール山脈に向かって拠点を移動していくとしよう。
俺がフォローすれば大丈夫だとは思うが念の為だ。もしかしたら俺よりも強い魔物がうじゃうじゃいるかもしれんからな。
「よし。ここからレベル上げをしながら少しずつバロール山脈に向かって行こうと思うが、今日はもう日が暮れる。適当に見つけた魔物を数匹相手にして終わりにしよう」
「はい。わかりました」
了解が取れたところで〈魔力感知〉で近くにいる魔物を探す。すると、百メートル程離れた所に反応があった。
それなりに大きな反応が複数と、やけにでかいのが一つ。
俺達は気配を殺しながら近付き、茂みから顔を覗かせ正体を探る。
「オーク、ですね……」
白井さんが呟いた通り、反応の正体はオークの群れだった。
せっかく森の奥まで進んで来て見つけたのがオークだったことに白けた気分になるが、一体だけ他のオークとは体格も装備も違う個体がいた。
他のオークが体長二メートル程の体に動物の毛皮を腰に巻き、武器に木製の槍を装備しているのに対し、その個体だけ明らかに三メートルを超える巨大な体躯に、どこで手に入れたのか鉄製の槍に革の鎧を装備している。
なんだあれ? と思い、さっそく鑑定を使って調べてみた。
種族:ジェネラルオーク
LV:37
体力:1475
魔力:120
攻撃:1205
防御:809
魔功:176
魔防:720
敏捷:580
魔法:――
スキル:槍術、身体強化、統率、精力絶倫
(成程、オークの上位個体であり指揮官ってところか……)
俺が今まで出会った魔物の中ではこいつが一番強い。
最初に見つけたオーガよりもレベルが低いのにステータスが勝っているのは……おそらく魔物としての格が違うのだろう。
まあいい、取り敢えずあいつらで白井さんの実力を見せてもらおう。
「白井さん、ここから少し離れて奇襲をかける。オークに向けて一番威力が高い魔法をぶち込んでくれ」
「一番威力が高い魔法ですか……わかりました」
使う魔法が決まったらしい白井さんを連れてオークの群れから三十メートル程距離を取り、物陰から様子を窺う。
白井さんは杖を構えて必要な魔力を練り始めた。
「いけます!」
「よし、いいぞ」
一瞬と言える程の刹那の時間で充分な魔力を集め、詠唱を唱えた。
「エクスプロージョン!」
唱えた瞬間、杖の先端にまるで小さな太陽の様に内部で轟々と炎が燃え盛る二メートル近い球体が出現し、オークの群れ目掛けて飛んで行った。
「ブゴッ⁈」
魔力に気付いたのか、ジェネラルオークが鳴き声を上げながら俺達のいる方を振り向いた直後――
ドゴオオォォォォォン!
白井さんの放った魔法がオークの群れの中心に着弾。周囲一帯を巻き込む大爆発を起こした。
爆発の衝撃で大気が震え、大地が揺れる振動と共に三十メートル離れた俺達のいる場所まで凄まじい爆風が襲い掛かって来た。
咄嗟に腕で顔を庇って爆風をやり過ごす。隣では白井さんが地面に伏せていた。
爆風が収まって来たのを確認し、目を開けて爆心地を見やる。
「うおっ……」
俺の視線の先では魔法が着弾した地点を中心にして直径十メートル程のクレーターが出来ており、周囲には残骸となったオークの肉片が転がっていた。
確かに一番威力が高い魔法を使ってくれとは言ったが、今の白井さんのレベルでは正直なところ半分仕留められれば御の字だと思っていた。
(これが本職の魔法か……)
白井さんの職業は「魔導師」。これは魔法職の中ではかなり上位の職業だったはずだ。
一桁台のレベルでオークの群れを一掃するとは……スキルによる魔法の強化や勇者としての恩恵もあるのだろうが、これ以上レベルが上がったらいったいどうなるのかと末恐ろしくなるな。
彼女が味方でよかった。
「あのう……どうでしょうか?」
爆風が収まるまで地面に伏せていた白井さんが恐る恐るといった感じに起き上がって結果を問うてきた。
「ああ、問題ない。見てみろ」
「わっ! ……何だか凄いことになってますね」
爆心地を見た白井さんは自分が引き起こした結果に驚いていた。
「まあ、これでオークは全滅しただろうし、あといくつか他の魔法を試して――」
「? 霧島君?」
途中で台詞を途切れさせていきなり横を向いた俺の様子を訝しんだ白井さんが、どうしたのかと顔を覗き込んで来た。
「……どうやらまだ終わっていなかったらしい」
「え?」
何のことだ? と疑問符を頭上に浮かべた白井さんの腕を引き、俺の背後に庇う様に引き寄せる。
「きゃっ!」
勢いよく腕を引かれたことで白井さんが小さく悲鳴を上げた次の瞬間――
「ブゴオオオオオ!」
舞い上がった砂埃と漂っている煙幕によって視界が悪くなっていた藪の奥から、全身の至る所に火傷を負ったジェネラルオークが邪魔な草木を突き破って槍を構えて突っ込んで来た。
僅か数メートルしかない至近距離から現れたジェネラルオークは俺を視認すると、手に持った槍を俺の胸の中心目掛けて突き込んで来る。
スキルに〈槍術〉を持っている御蔭か中々の速度と鋭さだ。だが、俺を害するにはこの程度ではまったく足りないな。
ガッ!
「ブモッ⁈」
俺は槍の穂先が肌に触れる数センチ手前で柄の部分をがっしりと掴んで止めていた。
「ブッゴッオオォ⁈」
ジェネラルオークはピンクに近い肌が真っ赤になるほど力を籠めて槍を押し込もうとしているが、俺の握った槍はビクともしない。
ならばと、槍を一度引き戻そうと反対に引っ張るがそれも叶わず。
それでも一向に槍を手放そうとしないジェネラルオークを見てこのまま倒してしまおうかと思ったが、折角なので白井さんに止めを刺してもらうことにした。
ジェネラルオークが突然現れたことに驚いたのか、俺の背後で固まってしまっていた白井さんに止めを要請する。
「白井さん、今のうちに止めを刺してくれ」
「え? え?」
「止めだ止め。ほら、早く」
「あっ、は、はいっ、わかりました!」
おっと、ジェネラルオークが俺達の会話に不穏な物でも感じ取ったのか、いまさら槍を手放して逃走しようとしたので〈威圧〉で動きを止めておく。
その間に白井さんは若干焦りながらも俺の背中から出て杖を構えて詠唱する。
「フリーズ!」
唱えた瞬間、ジェネラルオークの頭部の周囲からパキパキと音がしたかと思うと、あっと言う間に頭部を全て氷で覆ってしまった。
頭部を氷で覆われたジェネラルオークはその場に前のめりに倒れて動きを止めた。
「ふむ……」
ジェネラルオークが生きていたことで少し慌てていた様子だったから、もしかしたらテンパって無駄に威力の高い魔法を使うかと思い、余波を覚悟していたのだが……ちゃんと必要最低限の魔法を選択して使えたことに少し驚いた。
無意識だったのかもしれないが、それでも咄嗟に必要な魔法を判断出来たのは大したものだ。
さて、もう少し白井さんの力を見せてもらおうと思っていたが……今日はこの辺にして後はジェネラルオークの魔石と槍を回収して今日の食料を探して戻るか。
俺がそう提案すると白井さんも素直に頷いてくれた。
俺は手早くジェネラルオークの魔石を取り出し、さっさと調合する。俺が調合する所を初めて見る白井さんは興味深そうに見ていた。
準備が整った所で俺達はその場を後にし、拠点となる川原に向かいながら今日の食料を探し歩いた。
辺りが闇に包まれ光源が夜空に浮かぶ星々と二つの月となった頃、俺達は焚火を囲んで暖を取っていた。
今の俺は久しぶりに満足のいく夕飯に上機嫌だった。
メインがそこらの野生動物の丸焼きになったのは変わらないが、今まで何の味付けもされることがなかった肉に味を付けることが出来た上に、今日は野草の塩茹でまで食卓に並んだ。
それもこれもひとえに白井さんの御蔭である。
と、言うのも。オークの群れを殲滅した後、俺は適当に動物を狩って終わりにしようと思ったのだが、そこで白井さんが待ったをかけたのだ。
どうやら白井さんはこの世界の野草に関して記された図鑑の様な物を持って来ていた様で、肩から提げた鞄の中からその本を取り出し、その辺に生えている野草で食用となる物を探して採取してくれた。
俺は別に肉だけでも大丈夫だが人間の白井さんは栄養が偏るのはまずいかと思い、黙って白井さんが採取する姿を眺めていた。
一応鑑定を使えば俺も食用の野草を採取することは可能だったが、ここでは焼く以外に調理することが出来ないので諦めていたのだ。一度生で齧ってみたことがあるが、苦いだけだったのでそれ以来口にしていない。
そんな訳で、いったい採取した野草をどうやって調理するつもりなのかと思っていたのだが、ここでも大活躍の白井先生。
なんと鍋を持参していた。しかも、それだけでは終わらない。
鍋を出したと思ったら、今度はお玉に器に塩に大量の薪。どう考えても鞄の許容量をオーバーしているのに次から次へと取り出される道具の数々に驚き過ぎて目玉が飛び出るかと思った。
一体何がどうなっているのか白井さんに説明を求めると、ちょっと得意げな表情になって話してくれた。 話しによると、どうやら白井さんが持つ鞄は世間で魔道具と呼ばれている魔法が籠められた特殊な道具の一つらしい。
そして、この鞄に籠められた魔法は「異空間収納」。
鞄の中身は異空間へと繋がっていて、鞄の口に入る大きさの物ならいくらでも詰め込むことが出来、取り出すことも自由自在。しかも、鞄の中は時間の流れが止まっているので生の食材を入れても腐る心配をする必要がないという優れものだ。
城に保管されていた数少ない魔道具らしいが普段真面目に訓練に参加していたのが功を奏したのか、野宿の練習も兼ねた森での訓練で活用してくれと、森に来る前に白井さんにだけ貸してもらえたらしい。
味のある夕飯に有りつけることにテンションが上がった俺は、白井さんが取り出してくれた薪を次々と積み重ねていき、威力を調整した魔法を使って火を熾した。
その間に白井さんは鍋に水を入れていく。
残念ながら吊り鍋のための便利な道具はないので、焚火の上に作った簡易な調理台に鍋を置いて火に掛ける。
次に森で摘んで来た野草を放り込む。
あとはそこに塩などの調味料を加えて茹でるだけ。
その間に狩って来た動物の肉にも塩を振り掛けて焼けば完成だ。
完成した食事を前にした俺の瞳はきっと輝いていたことだろう。そんな俺を見て、目の前で一緒に食事をしていた白井さんが苦笑していた。
味はそれ程よくはなかったと思う。調味料だって大した物はなかったのだから仕方がないし、元の世界の料理とは比べるまでもない。
だが、今まで何の味付けもされていない丸焼き肉を食い続けて来た俺に取っては塩だけでも――何より、誰かと一緒に食事をしているというだけで今までよりも格別に美味く感じられた。
だが、最近まで城で暮らしていた白井さんの方はそういう訳にはいかないのではないかと少し心配だったのだが――
『元々森には何日か野営する訓練も兼ねて来ていたので質素な食事になることに関しては覚悟していましたし、今の食事が一生続くと言う訳ではありませんから。それに……私も誰かと一緒に会話をしながら食事をするというのは元の世界でも殆どなかったので随分と久しぶりで、何だかそれだけでも美味しく感じられるので大丈夫です』
――とのことだ。
今日、白井さんに色々と質問していた時に家庭のことに関する話はほんの少しだけ聞いているが、俺が思うよりも根深い事情がある様だ。
まあ、今日会ったばかりの俺が深く聞ける様な内容でもないのでそれ以上は聞かず、代わりに『元の世界の料理では何が好きか?』などと、平和な会話で弾みながら食事を続けた。
鍋や器は水魔法で洗い流して鞄にしまえばお終いだ。
片付けが終わった俺達は焚火を囲んで雑談していたのだが、話の内容は明日からの特訓のことに移っていた。
「今後魔物と戦闘になった際のことなんだが」
「はい」
「しばらく俺はサポートに徹する。その間、直接魔物の相手をするのは……特に止めを刺すのは基本的に白井さんにしてもらおうと思う。この世界に経験値なんてのがあるかはわからないが、あるとすればより多くダメージを与えた者や止めを刺した者にレベルアップのための経験値が入るだろうしな」
「すみません、あまり余裕はないのに私が付いて来たせいで時間を割いてしまって……。足手纏いになっているのはわかっているので、なるべく迷惑をおかけしない様に頑張りますので」
足手纏いか……。
自分のために時間を割くことを申し訳なく感じているんだろうが……俺は白井さんのことを足手纏いだとは思っていない。
今後のことを考えれば俺一人でやっていくよりも魔法職による援護があれば戦術の幅が一気に広がるし、白井さんの持つ道具や知識、発想力にはすでに助けられている。
「ほんの数日だ。この辺で魔物を倒しまくればレベルなんてあっと言う間に上がるし、白井さん一人でもある程度森の中に生息する魔物に対処できる様になればすぐにバロール山脈に入る。そこからは俺も積極的に戦闘に参加するからな。気にするな」
「……はい。ありがとうございます」
白井さんはそれ以上何か言うことはなかった。
焚火を挟んだ俺の向かいで白井さんは膝を抱えてジッと焚火を見詰めている。
その白井さんの様子とさっき交わした会話に俺は何故か違和感を覚えていた。
だが、違和感を感じていることはわかっていてもその理由が何なのかわからない。
喉の辺りまで出かかっているのに出て来ない様な、小骨が喉に刺さっている様なもやもやした感じに悩まされていたのだが――そこでハッと気付いた。
(そうか……台詞と表情が一致していないんだ)
さっきの会話、白井さんの台詞を字面だけ思い出すと……言い方は悪いが、自分を卑下して卑屈になりながら媚びを売っている様にも聞こえる。だが――
「……」
俺は焚火から目を離さない白井さんの表情をそっと窺う。
パチパチと爆ぜながら燃え続ける焚火を見詰める白井さんの瞳は真剣そのもの。そこに卑屈さなど欠片も感じなかった。さっきの言葉とは裏腹に強い――どうしても貫きたい固い決意を秘めた様な、そんな光を瞳の奥に宿している。
俺の勘違いかもしれないが……何故かその瞳を見ていると気圧されそうになる不思議な迫力があった。
だが、その瞳にはどこか既視感がある。
いったいどこで見たのかと思ったが……すぐに思い出した。と言うよりもまだ一日も経っていない。
初めて見たのは白井さんが俺について来ると言った時だった。思えば、あの時俺を見詰めていた瞳にも今と同じ光を宿していた。
(気にはなるが、きっと答えてはくれないだろうな……)
俺の中の白井さんの第一印象は気弱で内気な女の子だったんだが……今日だけの付き合いで最初の印象はすっかり崩れた。
何ていうか、いつも無表情の雪とは違う意味で何を考えているかわからない子だ。
そのまま会話も途切れて何となく居心地が悪くなった俺は、今のうちに採取した素材を調合しておこうと思い、食材探しのついでに採取した素材と白井さんにもらった空の容器を取り出した。
この辺は魔素が濃くなっているからなのか中々いい素材が多かった。
俺が使う機会は殆どなさそうだが、白井さんが怪我をした時のために用意しておいた方がいい。
ここには唯の様な治癒術師はいないのだから回復薬は必須だ。
白井さんは魔法を主体に戦闘を行うことも考え、単に怪我や体力を回復させる物だけでなく魔力回復薬も今日は調合しようと思う。
「さて……」
まず上薬草を用意する。
次に水の入った容器にすり潰した上薬草を入れる。これではただの濁った水だが、これを調合すると――
パアアアア。
魔力が抜かれる感覚と共に、混ぜ合わせた素材が光り出す。数秒で光が収まった時には容器の中にピンク色の液体が出来上がっていた。
うむ、成功だ。
今作ったのは上回復薬。名前でわかるが普通の回復薬の上位バージョンで効果が高い。
まだ上薬草は残っているので、俺は残りを調合して計五本の上回復薬を作った。まだまだ素材は残っているが、これ以上やると他のアイテムに使う容器がなくなるのでここで終わりだ。
さて、次は魔力回復薬を作ろう。
魔力草と水を用意する。
魔力草ってのは名前の通り魔力を蓄えた植物だ。
最初に魔力回復薬を調合した時に、水に魔力を付与すればいいのならわざわざ魔力草を潰して水と合わせなくても直接自分の魔力を水の中に浸透させればいいのではないかと思った。
そう思った俺は実際に自分の魔力を水に流し込んで調合してみたのだが……結果は失敗。何回か繰り返してみたが一度も成功することはなかった。
理由はわからないが自分の魔力自体を素材の一つとして使用することは出来ないらしい。調合の際に吸い取られる魔力は素材同士を結合させ、馴染みやすくさせる役割しかしない様だ。
まあ、出来ないものは仕方がない。俺はさっさと魔力草と水を合わせて何本か魔力回復薬を作る。
回復薬とは違って今度は水色の液体が出来た。
同じものを三本作り、出来上がった物を脇にどかして今度は花弁が紅と蒼に染まった花を取り出す。
まるでこの世界に存在する二つの月の様な色合いだと思ったら、名前は月紅花と月蒼花となっていた。
この花、何とも面白いことに一つの茎に一つの花が咲いているのではなく、一つの茎が途中で枝分かれして色違いの二つの花を咲かせているのだ。
鑑定で見たところかなり珍しい花らしく、探してみてもこの一本しか見つからなかった。
俺は枝分かれしている左右の茎を引っ張って裂いていき、紅と蒼の二本の花に分ける。
それぞれ水が入った別々の容器に潰した魔力草と花びらだけを入れ調合する。
その結果、血の様に紅い液体と海の様に透き通った蒼い液体が出来上がった。
ちなみにそれぞれの効果は――
【紅月の血】
服用した者の身体能力を一時的に激増する代わりに、効果が切れた直後は副作用としてしばらく行動不能になる。尚、一定の身体能力に達していない者が服用した場合、効果が切れた瞬間肉体に掛かった負荷に耐えられず死亡する場合もある。
【蒼月の涙】
服用した者の魔力を一時的に激増する代わりに、効果が切れた直後は副作用としてしばらく魔法が使用不能になる。尚、一定の魔力に達していない者が服用した場合、効果が切れた瞬間一気に増加した魔力の負荷に耐えられず死亡する場合がある。
かなりの効果が見込める代わりにリスクも高い。
スキルの〈限界突破〉をアイテムで無理やり発動するようなものだ。いや、最悪死亡する可能性がある分こっちの方がリスキーか。それに、一定の身体能力や魔力っていうのがどれ位を差しているのかわからないからな。
中々使いどころが難しいが、いざという時のために取っておいた方がいいだろう。特にバロール山脈に入ってからは何が起こるかわからんし。
なるべくなら使わざるを得ない様な場面に遭遇しないことを祈ろう。
空の容器がなくなったので出来上がったアイテムを白井さんの鞄に片付けてもらおうと思い、ずっと調合のために下を向いていた顔を上げると――
「あ……」
バッチリと目が合った。
この様子ではどうやら俺が調合をしている間ずっと見ていた様だ。
「えっと……気になったのでつい」
「いや、別に構わないが……」
こんな場所では白井さんも退屈だろうし、別に見られていたことは問題ないんだが……どことなく気まずい空気が流れてお互い口を閉ざしてしまった中、先に口を開いたのは白井さんだった。
「霧島君は凄いですね……」
「え?」
突然なことに面食らってしまった。
いきなり凄いなどと言われても何のことを言われているのかわからないんだが……。
困惑した感情が顔に出ていたのか、白井さんはクスリと笑いながら話し出した。
「空いている時間があれば、今みたいに自分に出来ることをしていますから。私はただボーっと見ているしか出来ませんし」
何となく会話が途切れて手持ち無沙汰になったからだったんだが……白井さんの目にはそう映っていたのか。いや、勿論最初から今日中に調合は終わらせるつもりだったよ?
それに、何かしていないと不安なだけだ。
ポイズンスライムと戦った時みたいに、あと一本解毒薬がなかったせいで死にかけるなんて間抜けな目に遭うのは御免だし、やらなくて後で後悔したくないからな。
そう話したのだが――
「後悔したくないからやるっていうのは当たり前の様に聞こえますけど、実際に行動に移せる人って少ないと思います。一度した失敗をもう一度して、『次はしない!』って意気込んでも結局繰り返してしまう。それが大半の人間だと思います」
そういう物なんだろうか……。
「でも、俺の場合はやらなきゃいつ死んでもおかしくない状況ってのもあったからな」
「確かにそれもあるかもしれません。本気で生命の危機を感じる様な経験をすれば、多くの人が今の霧島君みたいに自発的に最善を尽くすために行動する様になるのかもしれません。でも、そもそも魔物なんていう脅威がそこら中にいる世界で、当時の霧島君の状況で危険に遭遇して生き延びることの出来る人は殆どいないと思います」
「いや、そうは言っても俺だけの力じゃないぞ? 仲間の御蔭でもあるし――」
「それでもです」
俺の反論は有無を言わさぬ強い口調で遮られた。
それに対して俺はもう一度口を開きかけたのだが俺を見詰める白井さんの瞳を見て、その眼光だけで僅かに気圧され口を噤んでしまった。
「きっと、霧島君と同じ力と装備を持った上でこの森に放り込まれたとしても、同じ結果を残すことは出来ません」
「まあ、その結果がこの姿だからな。誰も魔物になる選択はしないよな」
どこか緊迫した空気になってきたのでおどける様に言ってみたのだが……白井さんは首を振って続ける。
「何よりも……魔物になっても己の中に確固とした意志を持って、大事な人のために本気で生きている霧島君を私は尊敬します」
「……」
俺は何も言えなかった。
何故白井さんが俺をそこまで肯定してくれるのかはわからない。
だが、彼女の表情は真剣そのもの。今言ったことが全て本心であると物語っていた。こんな俺を――魔物である俺をだ。
三回目だ。今この瞬間、白井さんの瞳にあの強い光を見た。だが、今回は少し違う。
その瞳の中に執着の様な妖しい輝きを感じた。
危険な感じはしないし敵意もない。だが、何故か気になる。
それが何なのかはわからない。彼女が何を考えているのかも、何を想っているのかも。
近いうちに白井さんには俺の背中を預けることになる。その時が来るまでに少しでも彼女のことを知ることが出来ればいいとは思うが……。
俺達はこの後特に会話もなく、すぐに休んだ。
白井さんは疲れが溜まっていたのかすぐに寝息を立て始めてぐっすりと眠っていた。
俺には〈魔力感知〉があるので魔物が近づけばすぐにわかる。たとえスキルがなかったとしても魔物の体になったことで感覚が鋭敏になり、何かが近付いて来れば勝手に目が覚める。
と、言う訳で俺も横になってさっさと寝た。
明日から本格的に魔物との戦闘になるが、今日の白井さんの魔法やさっきの様子を見れば彼女なら大丈夫だろう。
と、思っていたんだけどなぁ……。
「いやあああぁぁぁぁぁ⁈ こっちに来ないでえ! 来ないでよぉぉぉ!」
今俺の眼前では、白井さんが絶叫を上げながら森の中を必死に逃げ回っていた。
その顔は真っ青に染まり、涙と鼻水をボロボロと流して大変なことになっている。
その二十メートル程後ろからは魔物の大群が追いかけて来ていた。
軽く見積もっても三十は超えているだろう。
俺は軽く溜息を吐いて鬱蒼と生茂る木々の僅かな隙間から空を見上げる。
元の世界の時計で時刻を示すなら三時を過ぎた位だろうか。特訓を始めてから六時間近く経っている。
午前中は順調だった。
ゴブリンの上位種だろう〝ホブゴブリン〟やその派生種、蛇の下半身を持つ〝ラミア〟や馬の体に二本の立派な角を持つ〝バイコーン〟。さらに体長四メートルはある〝ジャイアントスライム〟等々。
かなりのハイペースで魔物を探し回って戦闘を繰り返していたため、まだ見たことのない魔物を多数発見し、その分魔石を取り込むことが出来た。
白井さんも多少緊張した面持ちではあったが、俺がサポートに回ることで彼女も果敢に魔法を撃ち込んで敵を倒していった。
やはり敵が強い御蔭か白井さんのレベルはどんどん上がっていき、すでにレベルは二十を超えている。
さらに戦闘を繰り返しているうちに白井さんも自信が付いて来たのか特訓を開始した当初よりも余裕が生まれ、俺がサポートを最小限に抑えても的確に対処していた。
初日にしては充分過ぎる成果だ。
調子が良かったので午後からはさらに奥に進んで魔物を狩っていた。敵の強さはそこそこ上がっていたものの白井さんのステータスなら対処しきれない程ではない。
さらに俺もいるのだから死ぬようなことはまずない。
そのはずだったのだ……。
だが、そこには白井さんにとってレベルやステータスなどなんの意味もなさない悪夢が待っていた。
「うえええぇぇん! もうやだあぁぁ! ぎりじまぐうぅぅん⁈」
泣きが入っている絶叫に視線を戻すと、白井さん必死に足を動かして逃げ回りながら俺に助けを求める視線を全力で注いでいた。
思わずもう一度溜息が漏れる。
今白井さんを追い回している魔物は確かに強いが、俺から見れば雑魚同然だし白井さんでも充分対処出来る。
だと言うのにこうまで白井さんが追い詰められている理由。それは彼女を追いかける魔物の種族に原因があるのだが……それは――
キチキチキチキチ。
カサカサカサカサ。
ズルリズルリ。
フワリフワリ。
蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲。蟲の魔物の大群だった。
全身が甲殻に覆われ、体長は二メートル近くある〝鎧蜘蛛〟。
百個の体節を持ち、その全てに一つずつ眼球を持っている全長などどれ位あるか見当も付かない〝百目ムカデ〟。
強力な酸を吐き出し、グリーンワームよりも一回り大きくなった〝アシッドワーム〟。
白い翅に四つの眼状紋を持ち、頭部に一本の角を生やした三十センチ程の〝一角蛾〟。
今まで蟲系の魔物はグリーンワームしか見たことがなかったから忘れていたが、ここは森だ。
当然蟲系の魔物だって大量にいるだろう。
俺の中では大量に獲物が出て来てくれてラッキー位の感覚だったんだが、白井さんはそうはいかなかった。
こいつらを見た瞬間『ひう⁈』と、妙な悲鳴を漏らしたかと思うと驚愕すべき速さで俺の背後に隠れてしまった。聞けば蟲が大の苦手らしい。
可哀想になるくらいに全身をプルプルと震わせて俺の背にしがみついていた。
だが、今日は特訓で来ているのだ。蟲が苦手だからと言って甘やかすことは出来ない。
と言う訳で、俺は白井さんの襟をむんずと掴んで魔物の目の前に放り出した。
そして始まる鬼ごっこという訳だ。
時々俺の方にも来るが、何匹か適当に踏み潰していたら一匹も来なくなった。どうやら俺には敵わないと見て白井さんの方を標的に定めた様だ。
さて……鬼ごっこも開始してから十分は経っている。そろそろケリを付けて欲しいんだが。
「おーい、そろそろ片付けないと日が暮れ始めるぞ」
「無理でずう⁈ ごんなの、無理い!」
俺の緊張感のない声に白井さんが凄まじい形相で叫び返して来た。
どうしたもんか……。
「ふぎゃっ⁈」
このままだとキリがなさそうだと困っていると、白井さんが何やら面白い悲鳴を上げて両手で顔を覆っている。
目を凝らして見てみると顔面に何かキラキラした糸? みたいな物がへばり付いている。
どうやら魔物ではなく普通の蜘蛛の巣に顔から突っ込んでしまった様だ。
泣きべそをかいて走り続けたまま顔面にへばりついた蜘蛛の巣を引き剥がしているが、その拍子に巣の主も一緒に手に乗り移ってしまった。
それに気付いた白井さんは――
「あ、あ、ああ……ああああ……!」
後ろからは魔物の群れが近付いているのだが、それにも気付かず手に乗った蜘蛛を凝視しながら呻き声の様なものを上げている。
あ、何かヤバそう。
嫌な予感が背筋を走り抜け、そろそろ助けに行こうとした瞬間――
「い、い、いい、いやあああああああああああ⁈」
「っ⁈」
白井さんの魔力が爆発的に膨れ上がった。そして――
「エクスプロージョン! エクスプロージョン! エクスプロージョン! エクスプロージョン! エクスプロージョン! エクスプロージョン! エクスプロージョン! エクスプロージョン! エクスプロージョン! エクスプロージョォォォォォォン!」
精神の限界を迎え半狂乱に陥った白井さんは、杖を振り回して辺りかまわず魔法を乱射し始めた。
「うおおおおおおおおお⁈」
放たれた火球の一つが俺の方に向かって来るのを見て咄嗟に地面に伏せた。その直後――
ドゴゴゴゴゴオオオオオオオォォォォォォンンンンン!
激しい閃光と鼓膜を破壊されるかと思う程の大爆発が巻き起こった。
白井さんの近くまで接近していた魔物達は、飛び交う魔法の直撃を受けてその身を爆散させていた。
直撃を受けなかった魔物も余波だけで吹き飛ばされている。
後続だった魔物は慌てて退避を始める。だが――
「ファイアストーム! ファイアストーム! ファイアストーム! ファイアストーム! ファイアストーム! ファイアストーム! ファイアストーム!」
白井さんは止まらない。
後方にいた魔物も、散会して逃げていく魔物も、木の陰に隠れてやり過ごそうとした魔物も、炎の竜巻による広範囲魔法によって障害物ごと全て消し炭にされていった。
すでに敵は殆ど残っていない。もはや両手で数えられる位にまで減っているのだが……それでも白井さんは止まらない。
一切合切を燃やし尽くすまで止まれないとでも言うかの様に魔法を撃ちまくっている。
意を決して顔を上げて白井さんの様子を見たが……その瞳に正気は感じられなかった。きっと魔力が尽きるまで彼女は止まらないだろう。
「ファイアーランス! ファイアーランス! ファイアーランス! ファイアーランス! ファイアーランス! ファイアーランス! ファイアーランス!」
せめてもの救いは白井さんの使う魔法が段々威力の低い魔法になっていっていることだろうか……。
それが白井さんの魔力が限界に近付いていることと、この地獄が終わりに向かっていることを教えてくれ――
「んぐっんぐっんぐっ……! ぷはあ!」
ま、魔力回復薬⁈
「フー! フー! フー!」
なんと白井さんは正気を失いながらも鞄の中から俺が昨日調合した魔力回復薬を取り出して魔力を回復していた。
獣の様な息を吐き出しながらギロリと残っている魔物を視界に収める。しかも、最悪なことに逃げまどっている残りの魔物が俺が伏せている方に逃げて来た。
おいぃぃぃっ! こっちに来るな⁈
慌ててここを離れようとするが、直後に背筋にゾッと悪寒が走った。顔を上げると俺の方に向かって来る魔物の向こうで白井さんがニヤリと笑った気がした。……いや、気のせいではなかった。
白井さんが大きく息を吸う。それと同時に彼女の周囲に一気に複数展開される爆発の魔法。
最初に乱れ撃ちした物よりも明らかにでかくなっているのが十数個はある。回復した魔力を全てつぎ込んだ様だ。
魔法の同時発動のスキルだと思うが、昼に白井さんのステータスを確認した時はそんなスキルは持っていなかった。おそらく今獲得したのだろう。
何ということか……スキルを獲得するほど蟲に対する怒りが凄まじいのだろうが、何も今じゃなくてもいいじゃないか……。
白井さんの視界には俺も映っているはずだが、まったく気付いていない。そして――
「エクスプロージョン!」
再び大量の爆発魔法が放たれた。
無慈悲に迫って来る破壊の力を秘めた大量の火球を視界に映しながら俺は決意した。
(今度から蟲系の魔物は俺が倒そう……)
心の中でそう呟いた瞬間、着弾と同時に俺と魔物の絶叫が迸る地獄が再び始まった。
この日、森の一角は焦土と化した。
パラパラ……。
体を起こした拍子に背中に降り積もった土や砂が地面に落ちて行く音が聞こえてきた。
俺はゆっくりと立ち上がって顔や頭に付いた土を首を振って落とし、首を巡らせて周囲を見渡す。
「……」
そこには何もない。
そう、何もないのだ。
緑豊かな大自然が広がっていたはずのこの場は周囲百メートルに渡ってぺんぺん草の一本も生えていない、黒く焼けた大地が剥き出しの焦土と化していた。しかも所々にいくつもクレーターが見える。
そして、その中心。
そこには一人の少女――この環境破壊とも言える惨状を引き起こした張本人たる白井さんが魔力切れで気を失って倒れていた。
あの後、俺が巻き込まれた爆発魔法で残っていた魔物は消し飛んでいたのだが、正気を失っている白井さんはそんなの関係ないとばかりに暴れ続けて俺が調合した魔力回復薬を三本全て使い切ってしまった。
また新しく調合し直さないとならないか……。
俺は白井さんの元まで歩いて行き、気を失っている白井さんの顔を覗き込む。
暴れに暴れたご本人様は、実にすっきりとした表情で気持ちよさそうに寝息を立てていた。
まったく、呑気なものだ……。まあ、今回のことはさっさと助けに行かなかった俺にも原因があると言えるのであまり強くは言えないが。
何にせよ、今後白井さんには出来る限り蟲は近付けない様にしよう。
ずっと苦手なままでも困るが、克服するのは戦争が終わってからゆっくりしてもらえばいいだろう。
「今日の特訓は終了だな……」
白井さんは魔力切れになってしまったし全快するには時間がかかる。それに、あれだけの数の魔物を一人で倒したのだからそれなりにレベルも上がっただろう。
抱き上げる前に白井さんのステータスを確認してみた。
名前:白井 恵理
種族:人間
職業:魔導師
LV:32
体力:720
魔力:2460
攻撃:515
防御:515
魔功:1800
魔防:1800
敏捷:600
魔法:光魔法、闇魔法、火魔法、水魔法、風魔法、土魔法
スキル:逃走、殺蟲、狂化、多重発動、魔力回復速度上昇、消費魔力軽減、魔法威力上昇、全属性耐性、状態異常無効、言語理解
「……」
〈多重発動〉のスキルは俺も予想出来ていた。思っていた通り魔法の複数同時発動だった。だが――
〈逃走〉
逃げ足が速くなる。
〈殺蟲〉
蟲系統の魔物を相手にした際、物理攻撃・魔法威力上昇。
〈狂化〉
全ステータスを激増する代わりに一度発動すると使用者の意識は破壊衝動に呑まれ、敵味方関係なく魔力切れが起こるまで無差別に暴れ続ける。
〈逃走〉と〈殺蟲〉はいいが……
「〈狂化〉はいかんだろ……」
蟲を相手にしただけで新たに四つもスキルを手に入れてしまうとは……どんだけ蟲が嫌いなんだ。
まあ、戦力が増すのはいいんだが〈狂化〉はなあ……。
「迂闊に使わない様に厳重注意しとこう……」
勿論白井さんの名誉を守るために暴走した際の様子は避けた上で説明するが。
どうやら白井さんは今回の戦いで新しい力と一緒に問題も手に入れてしまったらしい。
次回は日曜か月曜に投稿します!




