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人外勇者の魔調合  作者: 木ノ下
10/31

8 もう戻れない

 おそらく俺以外に存在しないだろう新しい生命体へと生まれ変わってから三日。

 俺は木々の生い茂る深い森の中で数多の魔物達との戦闘を繰り広げていた。






「グルアアァ⁈」


 俺の眼前、およそ二メートル離れた位置にいる〝ファイアウルフ〟が俺に噛み付こうと牙を剥き出しにして飛びかかってくる。


 ブシュッ!


 ファイアウルフは俺の脇腹を噛み千切るとそのまま後方に駆け抜ける。

 脇腹を食い千切られた俺は痛みにその場に膝を――


 ――付かない。

 その場に直立したままファイアウルフの方を振り返る。

 普通だったら即刻死に至る傷なのだが……俺は傷などないかの様に平然と立ち続ける。

 実際俺にとっては腹が抉られた程度、致命傷どころかかすり傷にも及ばない。何故なら――


「グルゥ⁈」


 腹を抉られたはずの俺が平然と立ち続けていることに困惑した唸り声を上げるファイアウルフの目の前で、俺のぽっかりと空いた脇腹の周囲の肉がぼこぼこと膨れ上がり、あっと言う間に傷を修復する。

 〈増殖〉のスキルだ。

 心臓さえ守ればいくらでも再生出来るこのスキルは本当に便利だ。


「グルルルゥッ⁈」


 その時、俺を睨み付けていたファイアウルフの口内から赤い光が漏れ出ているのに気付いた。


「⁈」


 あれはヤバい⁈

 脳内に警報が鳴り響いた直後、ファイアウルフがガパッと口を広げ、そこから赤く燃え盛る火球が放たれた。

 すぐに気付けたのが幸いした。俺はファイアウルフが火球を吐き出すと同時に真横に回避し、火球をやり過ごすことに成功する。

 危なかった……。

 俺は物理攻撃ならいくらでもノーガードで受けられるが魔法や魔力を纏った攻撃に対してはそうはいかない。

 別に魔法や魔力攻撃に対する耐性が極端に低い訳ではないからすぐにどうこうされてしまう訳ではない。

 なのにどうしてこうも必死に避けているかと言うと、実はステータスの項目にある「魔防」というのは全ての属性に対して数値通りの耐性を発揮する訳ではないのだ。魔物はそれぞれが得手不得手としている属性を持っており、弱点としている属性の攻撃に関してだけは「魔防」の数値を度外視してダメージを受けてしまう。逆に相手の魔物自身が持っているのと同じ属性による魔法攻撃をしてもダメージは半減することになるのだ。

 例えば今戦っているファイアウルフは火属性の魔物であり弱点は水属性となる。

 だが、属性によるダメージの増減というのは本来魔物にしか適用されない物であって、人間にとっては装備品などによる特定属性へのダメージの増減はあっても本来はなんら関係ない。

 だが、今の俺は自分の体をポイズンスライムと調合したことで人間と言うよりも魔物に近い肉体になっている。そのためポイズンスライムの特性をそのまま受け継ぎ、本来なら持ち得ない弱点となる属性を持ってしまっている。そしてポイズンスライムが持っていた弱点というのが火属性なのだ。今相手にしているファイアウルフは俺にとって天敵と言える。

 初めてこいつと戦った時はポイズンスライムが火属性の弱点を持っているなんて知らなかったものだから油断して酷い目に遭った。火球を直撃した箇所がグズグズと爛れて一向に再生しなかったのだ。しかも、この体になってからは斬られようが抉られようが痛みを感じなくなったのだが、魔法攻撃に関してはしっかりと痛みを感じる様で、とんでもない激痛に悲鳴を上げたものだ。

 結局、尻尾を巻いて逃げ帰り、新たに調合した回復薬を使いまくって事なきを得た。

 正直こいつとはもう戦いたくなどない。なのに何故再戦を挑んだかと言うと、こいつの持っているスキル〈火耐性〉を得るためだ。

 この先も俺はポイズンスライムの特性を持って戦い続けなければならない。ならば火属性の攻撃に対する備えは必須。

 そのため火属性の魔物であるファイアウルフならば火属性に対する耐性スキルを持っているのではと考えたのだ。

 そして俺の予想は見事的中。

 ファイアウルフから隠れて行った鑑定の結果を見た俺は、こいつを倒して再び俺の肉体を使った調合を行うため、即座に奇襲を仕掛け戦闘を開始したのだ。

 一度痛い目に遭っているため今の俺は全く油断していない。すでに仕込みも終わっている。

 俺は火球を躱した後、身を低くして岩陰に隠れながら回り込む様にしてファイアウルフに接近する。

 一瞬俺の姿を見失っていたファイアウルフだが、匂いを辿ったのかすぐに俺の居場所を突き止めた。

 そして連続して放たれる火球。

 俺は走る速度を緩めずに火球を躱し続ける。躱した火球が木に直撃し燃え上がるが気にしない。この辺は木々が少なく剥き出しの地面や岩肌ばかりなのでこれ以上燃え移ることはないだろう。

 というかこんな魔物が森に生息しててよく今まで森が火事にならなかったものだ。

 俺は動きを止めることなく少しずつ接近し、ファイアウルフとの距離は直線で五メートルにまで縮まった。

 一向に火球が当たらないことに業を煮やしたファイアウルフが接近戦を仕掛けようとしたのか、俺に向かって足を踏み出した。だが――


「グルゥッ⁈」


 突然ファイアウルフは自分の体を支えられなくなったかの様に踏み出した足をもつれさせ、ふら付き始めた。

 俺はファイアウルフの様子を見てほくそ笑む。

 予想より時間がかかったが概ね予定通りだ。どうやら仕込んでいた物はしっかり役目を果たしたらしい。

 ファイアウルフはとうとう立っていることも出来なくなり、その場に倒れ込み小刻みに痙攣し始めた。

 ファイアウルフの様子が急変した理由は単純。それは毒だ。

 俺の体から分泌される猛毒を奴の体内に潜り込ませ、毒が全身に回るのを待っていたのだ。

 仕込んだタイミングはファイアウルフが俺の脇腹を食い千切った瞬間。

 奴は気付かぬうちに猛毒が分泌されている俺の肉体の一部を口から体内へと侵入を許してしまい、時間をかけて全身へと巡らせていたのだ。

 そして、毒が全身に回り切ったファイアウルフはご覧の有様だ。もはや抵抗するどころか足一本動かすことも出来まい。

 俺は口から泡を吹いて全身をビクビクと痙攣させているファイアウルフに慎重に近付く。

 大丈夫だとは思うが念の為だ。

 ファイアウルフを見下ろせる位置まで近付いた俺は、止めを刺すために腰からポイズンソード(俺の肉体の一部とショートソードを調合した)を抜き放ち、ファイアウルフの無防備な首に突き立てる。

 突き立てた瞬間、ファイアウルフは一度大きく体を震わすとピクリとも動かなくなった。

 完全に死んだ様だ。

 俺はファイアウルフの死体をひっくり返し仰向けにする。露わになった胴体の心臓がある辺りに剣を突き立て切り開いていく。

 肉を捌きながら斬り進めていくと、剣先に石の様なコツコツとした感触が伝わった。

 俺はいったん剣を抜き、代わりに腕を突っ込んでそれを引き抜く。


「よしっ……」


 それは、附着した血を落してなお血の様に真っ赤に輝く直系五センチ程の見た目はただの石。

 だが、俺にとってはただの石ころに見えるこれが今は何よりも重要。

 この真っ赤な石の名は魔石。

 魔物の核――人間でいうと心臓に当たる部分だ。魔石の内部には魔力が籠められているため、大きな物になる程価値が高くなり、売却すればそれなりの金になる様だ。

 ちなみにこれは帝国にいた頃に得た知識ではない。

 ポイズンスライムと俺の体を素材とした調合を行ってから今日で三日。その間に戦闘を行った魔物から偶然見つけた際に鑑定で調べたのだ。

 だがこのサイズの魔石では殆ど価値は付かないだろう。まあ、俺は売却などしないでこの後すぐに自分で使う物なので金などどうでもいいが。

 さて、準備にかかるか。

 俺は血の附着したポイズンソードを自分の肉体に適当に突き刺し、数秒経ってから引き抜き鞘に戻した。

 今のは俺の体内に入れることで〈消化〉のスキルを発動し、剣に付いた血や油だけを消化したのだ。

 スキルの使い方を間違っている気もしたが、とても手入れに便利なので今は気にしていない。食事時にしか使わないなんて勿体ない。使える物は何でも使えだ。

 さて両手が空いた所で……ここからが本番だ。

 こいつの持つ〈火耐性〉のスキルを得るには当然俺の肉体を使って調合しなければならないのだが……サブに使う素材にはポイズンスライムの時の様に死体を丸ごと使う必要はない。

 使うのはこの魔石だけだ。

 実はここ数日の間で気付いたのだが、この魔石をサブの素材に使って調合することでポイズンスライムの時の様な肉体の変質を防ぎつつスキルを得ることが出来る。

 だが、デメリットもあった。

 魔石だけを使って調合する場合、肉体の変質を防ぎつつスキルを得ることは出来るが、その代わりにステータスは全く上昇しないのだ。

 そのためポイズンスライムとの合体以降のステータスはレベルアップ時の上昇値分しか変化していない。

 ちなみに三日間の戦闘と調合で成長した現在のステータスは――




 名前:霧島 雄二

 種族:???

 職業:調合師

 LV:28

 体力:295

 魔力:313

 攻撃:280

 防御:559

 魔功:159

 魔防:219

 敏捷:193

 魔法:――

スキル:剣術、身体強化、鑑定、調合、猛毒液、消化、増殖、繁殖、威圧、夜目、魔力感知、魔力遮断、毒耐性、言語理解




 以前よりはレベルアップ時のステータス上昇率が上がっている様だが……総合的に見ると初日の実戦訓練終了時の誠のステータスにすら及ばない。

 このままレベルアップを続けても戦争が始まるまでに充分な強さを得るのに時間がかかり過ぎるので、いつかは魔物の素材丸ごと使った調合を行わなければならない。

 別に魔物の肉体を使うことに忌避感や恐怖がある訳じゃない。最初から人という存在から外れるかもしれないことを覚悟して選んだ結果なのだ。

 ただ、最初の調合の結果で思った以上に人外の肉体へと変貌したため、そこらの魔物を考えなしに使って訳のわからない体になって逆に弱体化することだけは避けたかった。

 そのため、今は魔石のみを使用してスキルを得ることに集中していたのだ。

 さっき倒したファイアウルフも今回は魔石しか使わない。万が一肉体ごと調合して四足歩行になったら困るからな。

 俺は手にした魔石に視線を落とし、調合結果を確認する。




【メイン:霧島 雄二&サブ:ファイアウルフの魔石】

 名前:霧島 雄二

 種族:???

 職業:調合師

 LV:28

 体力:295

 魔力:313

 攻撃:280

 防御:559

 魔功:159

 魔防:219

 敏捷:193

 魔法:火魔法

スキル:剣術、身体強化、鑑定、調合、猛毒液、消化、増殖、繁殖、威圧、夜目、魔力感知、魔力遮断、火耐性、毒耐性、言語理解




 問題なく新たに〈火耐性〉のスキルが加わる様だ。しかも、それだけじゃなく魔法の項目に初めて使える魔法が加わった。

 これは嬉しい誤算だ。

 俺の肉体は火属性の魔法に対して極端に耐性が低いため自分で使うのは無理かもしれないと諦めていたのだが、〈火耐性〉のスキルを得ることでファイアウルフが持っていた火魔法も一緒に手に入る様だ。

 他にも、ファイアウルフが持っているスキルはあるのだが、すでに他の魔物の魔石から取得しているスキルばかりなので今回はこれだけだ。

 俺は結果を確認するとすぐに調合を開始する。

 すると俺の手にある魔石はサラサラと崩れて細かな粒子になり、俺の体内に吸収されていった。

 これで終了だ。

 一応ステータスを確認してみるとしっかりスキルと魔法の項目に加わっていた。

 俺は早速魔法を使ってみる。

 何が使えるのかは勝手に脳が理解している。

 俺は手に魔力を集めて近くの岩に向ける。


「ファイアーボール」


 詠唱した直後、掌から人の頭位の大きさの火球が飛び出て岩に向かって直進する。


 ボンッ!


 爆発音と共に火球が弾ける。煙が晴れた後に直撃した箇所を見るとそこだけ抉れていた。

 今はそれ程魔力を籠めなかったのだが中々の威力だ。

 他にも幾つか使える魔法はあるのだが、それはまた今度にしよう。

 さて、やることは終わったことだし次の獲物を探しに行くか。素材丸ごと使用する魔物もそろそろ決めなければならない。

 俺としては出来れば人型の魔物がいい。だが、ゴブリンなどの小型で弱い魔物ではあまりいい結果になるとは思えないし、下手したら今より弱くなる気もする。


「どっかにちょうどいい魔物いないかなあ……」


 ここ数日、強いとは言ってもファイアウルフ以外本気で命の危険を感じる程の魔物に遭遇することはなかったため、つい気が緩んだぼやきが口をついて出てしまう。

 そして、それがいけなかったのか……それともこの世界の神様が気を利かせてくれたのかはわからないが、俺はこの直後に細かいことを除けば確かに人型である魔物と遭遇することになった。






 獲物となる魔物を探して三十分。

 何だか魔物の数が減って来てるなと思いながらも、念の為〈魔力感知〉を使いつつ歩を進めていた。

 そして、所々に生えている薬草などの素材になる物を採取しながらさらに数十分が経過した頃、明らかに周囲の様子がおかしいことに気付いた。

 魔物はおろか、野生動物の気配や虫の鳴き声すら消えていた。周囲の異常な状況に脳裏に嫌な予感が過り、引き返そうとしたその時――継続していた〈魔力感知〉に何らかの反応があった。しかもその反応は俺の方に真っ直ぐ向かって来ている。

 すぐに離れようと思ったのだが、近付いて来る速度から考えて逃げられないと判断した俺は迎撃態勢を取る。

 そして、俺の目の前にある藪を強引に突き破ったそれはついに姿を現した。

 三メートルに届きそうな浅黒い肌をした体躯に、鋭い牙と二本の角。凶悪な顔に埋め込まれた鋭い眼光でそいつは俺を見据えてくる。

 その威容に呑まれて一瞬動きを止めてしまったが、ハッと我に返り目の前の魔物に向けて鑑定を使う。




 種族:オーガ

 LV:58

 体力:1050

 魔力:80

 攻撃:889

 防御:775

 魔功:50

 魔防:628

 敏捷:149

 魔法:――

 スキル:腕力強化、頑丈、咆哮




(っ⁈ ヤバい! ヤバいヤバいヤバい……⁈)


 鑑定の結果を見た俺は、目の前のオーガの圧倒的なステータスの高さに半狂乱に陥りかけた。

 それだけ俺との差が大き過ぎたのだ。


(確かに人型の魔物を求めてたが、いきなりこいつは早すぎるだろう⁈)


 こんな奴とまともに戦うなど冗談ではない。

 やはり逃げようと思い直し、迎撃から逃走へとあっさり思考を切り替えたのだが、オーガの方はやる気満々の様子を見せ、どすどすと俺に近付き手にした巨大な棍棒を振り下ろして来た。


「うおおっ⁈」


 真横に回避しようとしたのだが予想よりも攻撃範囲が広く、避け切れずに左腕を持って行かれた。


 ドゴオンッ!


 腹の底まで響いて来る地響きと衝撃が、地面に衝突した棍棒から引き起こされた。

 俺はオーガから距離を取り、千切れた腕を回復させる時間を稼ぐ。

 オーガは見た目通りパワー重視な様で動きはそれ程早くない。追撃をかけられる前に俺の左腕は元通りになった。

 だが、この後はどうするか。

 当然ながら第一希望は逃げることだ。だが、こいつは完全に俺を獲物として認識している様で逃がしてくれそうにない。

 そうなると戦って倒すしかないのだが……。

 目の前のオーガの分厚い筋肉に覆われた体をジッと観察する。

 俺の攻撃力ではこの肉体のどこを狙っても普通の攻撃では通用しそうにない。

 そうなると俺が取れる戦術は一つしかない訳で……。


(まあ、いつも通りって訳だな……)


 毒を使って相手が弱った所を仕留める。オーガみたいに巨大な魔物相手に俺の毒が通用するか不安だがこれしかない。

 俺は腰からポイズンソードを引き抜き構える。

 前は剣を持っていても振り回すだけだったが、今は〈剣術〉のスキルを持っていたゴブリンの魔石を調合したことで俺もそのスキルを得ている。そのおかげで以前よりだいぶマシに扱える様になった。

 オーガは武器を構えた俺の姿に警戒心を出したのかさっきの様にいきなり仕掛けては来ない。

 なら、今度は俺から仕掛ける。

 俺は腰を落とし居合の構えを取る。オーガとの距離は数メートルは離れているが問題ない。

 俺は剣の柄を握る手に意識を集中し――


毒の一閃(ポイズンスラッシュ)!」


 叫ぶと同時に剣を抜き放つ。

 その直後、刀身からは俺が抜き放った軌道を描く様に紫色の斬撃が発生し、オーガ目掛けて直進する。


 ブシュッ!


「ガアッ⁈」


 放たれた斬撃は見事オーガの腕に直撃し肉を裂く。だが――


(浅い……⁈)


 オーガが纏う筋肉の鎧は想像よりもずっと頑丈なようで、俺の斬撃は表面を浅く切り裂いただけで止まってしまった。

 多少の毒は入り込んだかもしれないが、あの程度ではオーガ相手に効果が出るとは思えない。

 俺は連続してさらに斬撃を放ち、オーガの肉体に傷を増やしていく。

 だが、オーガの方もいつまでも黙ってやられているはずがない。

 オーガは武器を持たない腕で顔を庇いながら、次こそ俺を叩き潰すべく棍棒を頭上に掲げて接近して来る。

 さっきの様な攻撃をまともに喰らえば俺の体など一瞬の抵抗もなく全身ペチャンコだ。

 心臓が潰れてしまえば再生も出来なくなる。それだけは防がなくてはならない。

 俺はオーガの動きを止めるために一度斬撃を止めて魔法に切り替える。


「ファイアーボール!」


 俺の手から生まれた火球がオーガに直撃し爆発する。だが――


「ガアアアアア!」


 全く動きが衰えない。それどころか、怒らせたせいで防御という概念がオーガの頭から吹っ飛んだのか、ノーガードになってさっきよりも速度を上げて猛進して来る。


「くっ」


 今度はさっきよりも多く魔力を籠めて三発連続で魔法を放つ。


 ドドドオオォンッ!


 連続して巨大な爆発音が響き、周囲を煙幕が包み込む。


「やったか……?」


 無意識の内にそう呟いてしまった直後――


「グガアアアア⁈」


 目の前の煙を突っ切って現れた、さらに激怒しているオーガの姿を見て自分でフラグを立ててしまったことを猛烈に後悔した。

 煙で視界が悪い中でも接近を続けていたのか、現れたオーガとの距離はすでに三メートルを切っていた。

 しかも、一瞬気を抜いてしまったタイミングで突如現れたことと、予想以上に距離を詰められていることに体が硬直し、敵を目の前にして隙を作ってしまった。


「ガアアアッ!」


 俺を攻撃範囲に捉えたオーガは振りかぶった棍棒を薙ぎ払って来る。

 硬直は解けたもののすでに躱せるタイミングではない。前後左右に逃げ場がないことを悟った俺は胴を狙って来た攻撃からせめて心臓だけでも守るために、その場で出来る限りの力を両足に籠めて跳躍する。


 ボチュッ!


 オーガの攻撃から逃れ切れなかった俺の下半身が弾ける音を聞いた後、俺は棍棒が過ぎ去った地面に落下する。

 心臓は守ったが両足という移動手段を失った。

 すぐに〈増殖〉のスキルが両足の復元にかかるが、オーガが次の行動に移る方が圧倒的に早い。


「がっ⁈」


 オーガは上半身だけの俺を掴み、自分の眼前まで持ち上げた。

 目の前にはようやく獲物を捕まえた喜悦に歪む醜悪なオーガの顔がある。

 俺をどうするつもりかはわからないが碌なことにはならないだろう。


「くそっ、この脳筋が!」


 どうせ通じないだろうと思い、オーガを罵倒する言葉が出てくる。と、思ったのだが、俺の台詞を聞いたオーガは喜悦に満ちた表情を不快そうに歪めた。馬鹿にされたというニュアンスぐらいは伝わったのかもしれない。

 まあ、今はそんなことはどうでもいい。まずはこの状況をどうするかだ。

 一応切り札はあるが問題はどのタイミングで使うか……。いや、この状況じゃタイミングなんて贅沢なことは言っていられないかもしれないが。

 俺が唯一残っているカードをいつ切るかで脳みそを働かせて窺っていると、オーガが次の行動に出た。

 鋭い牙が生えそろった大口を限界まで開き、そこに俺を掴んだ腕を近付けていく。


(このまま食う気かっ!)


 段々とオーガの口元に近付いて行くに連れて、オーガの口腔から発せられる不快な悪臭が漂って来る。

 すでにオーガの洞穴の様に開かれた口は目と鼻の先。

 このままでは間違いなく食われる。だが――俺にとっては今こそ切り札を使う絶好のタイミングとなった。


(今だっ!)


 開け放たれたオーガの口に向かって俺自身も口を大きく開く。次の瞬間――


 ブバッ!


 俺の開け放たれた喉の奥から毒々しい紫色のドロドロとした液体が大量に吐き出された。

 そして、吐き出された液体が向かう先は眼前で限界まで開かれたオーガの口内。


「ガッ⁈ ガグブバアアッ⁈」


 突然口の中に流れ込んで来た大量の液体に意表を突かれたオーガは、堪らず俺を地面に投げ捨てた後、その場に蹲って体内に入った液体を吐き出そうと嘔吐いていた。

 投げ捨てられた俺は両足が再生しているのを確認し、蹲っているオーガの背に跳び乗る。

 自分の背を取られたことに気付いたオーガが俺を振り払おうとするが、ふらふらと揺れて全く力の籠っていない腕を明後日の方向に振りまわして目を回している。 

 それも当然だろう。俺がオーガの口内目掛けて吐き出したのは俺の体から分泌される〈猛毒液〉。

 本来なら皮膚に浴びせるだけでも並みの相手なら即刻動けなくなるという猛毒液をこのオーガは体内に直接、それも大量に流し込まれたのだ。まだ生きているだけでも称賛ものである。

 だが、今まで俺の毒を喰らって生き延びた魔物はいない。こいつもここまでだ。

 俺はポイズンソードをオーガの首――頸椎を狙って突き立てる。


「ゴッ、ガアァ……ァ……」


 やはり首は人間魔物問わず急所となる様だ。剣を突き立てられたオーガは一度ビクンッと大きく体を震わすと沈黙し動かなくなった。

 俺はオーガの背から降りて少し離れた位置から完全にオーガが死んだことを確認するとホッと息を吐いて剣を戻す。

 最初は絶対に勝てないだろうと思っていたが案外何とかなった。戦局を左右するのはステータスの数値だけが全てではないということか。


「結局は能力の使いようだな……」


 今思うと最初に遭遇した魔物がポイズンスライムだったのは幸運だったのかもしれない。

 だからと言って感謝はしないが。


「さて……」


 オーガを倒したことで当面の脅威は去った。他の魔物が寄って来る前にこいつを使って調合したいのだが――。


「こいつ以上に適した魔物はいないよな……」


 目の前には待ち望んでいた人型の魔物の死体がある。

 今まで通り魔石を使って調合する手もあるが、オーガ以上に適した素材がそう易々手に入るかはわからない。

 ならば今度こそもう一度魔物の肉体との融合に臨むべきだろう。

 決まりだ。

 俺はここで人外への道をもう一歩進む。

 決心がついた俺は早速調合した際の結果を確認する。すると予想外の結果が表示された。




【メイン:霧島 雄二&サブ:オーガの死体】

 名前:霧島 雄二

 種族:毒大鬼

 職業:調合師

 LV:34

 体力:1399

 魔力:483

 攻撃:1223

 防御:1424

 魔功:263

 魔防:901

 敏捷:396

 魔法:火属性

 スキル:剣術、身体強化、腕力強化、鑑定、調合、猛毒液、消化、増殖、繁殖、威圧、夜目、頑丈、咆哮、魔力感知、魔力遮断、火耐性、毒耐性、言語理解




「⁈」


 何と、今までずっと「???」になっていた種族欄に初めて新たな種族名が表示された。

 名は「毒大鬼」。

 名の由来は俺がポイズンスライムとオーガの肉体、両方の特徴を持つことになるからか。

 ようやく表示された種族名に驚くと共に、複雑な想いも僅かに生まれた。

 「毒大鬼」。この名が意味するのはおそらく俺が完全に魔物として生まれ変わるということだろう。

 今まで種族の項目が「???」だったのはまだ人間に戻る余地があったからかもしれない。引き返すならこれが最後のチャンスだが――


「……考えるまでもないな」


 頭に浮かんだ考えを消し去り、僅かにでも決意が揺らぎかけた自分を叱咤する。

 仲間を助ける力も持たない人間としての霧島 雄二に戻る気など俺にはなかった。唯達を救えるなら魔物だろうが何だろうがなってやるさ。

 意識を表示されている調合結果に戻し、もう一度見直す。

 一つ心配ごとがあるとすればオーガの肉体を調合した結果、俺の体がオーガと同じ様な巨大な体躯にならないかということだが……まあ、これは大丈夫だろう。

 メインとなる素材にオーガの死体を選べばもしかするかもしれないが、あくまで俺の体が本体となり、そこにオーガの能力を付与する形になるのだから問題ないはずだ。

 実際ポイズンスライムを調合した時もスライムの様に丸っこい体にはならずに人型を保っていたのだ。

 それ以外に気になる点はない。

 俺はオーガの体に片手を乗せる。


「……せめてかっこいい魔物にしてくれよな」


 軽口を叩きながら目を瞑り、深く深呼吸する。

 そして、大量に魔力を吸われる感覚と共に、俺はそのまま静かに調合を開始した。


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