9 毒大鬼
調合を始めた直後に俺とオーガを包み込む眩い光が発生した。その光の中で、俺はまるで自分の体を一度分解されてから再構成される様な不思議な感覚に包まれていた。
目は開けているが周囲に広がっているはずの森の景色は何も見えず、黒と紫が入り混じって輝く、余り綺麗とは思えない光が俺を取り巻いているのが見えた。だが、不安は感じない。
この光は俺に害を為す物ではない。頭の中でそう自然と理解しているように違和感がない。
やがて光が収まっていき、段々と周囲の景色が戻って来る。
意識ははっきりとしているし感覚器官も問題ない。どうやら上手く調合出来た様だ。
「ん……?」
一先ずは安心していると、不意にどこか違和感を覚えた。
最初はその違和感が何なのか気付かなかったのだが、周囲を見渡しているうちにどうも前よりも視点が高くなっていることに気付いた。
俺の身長は元々百六十五センチなのだが……俺の目線に合う木の枝を探して高さを見てみると、少なくとも百八十センチは確実に超えている気がする。
おそらく巨躯のオーガを素材に使ったからだろうが……随分と伸びたものだ。視点が高くなったことで戦闘中に戸惑ったりしないだろうか? まあ本来のオーガみたく三メートル近い巨躯にならなかっただけマシか。
小さく溜息を吐いてから気を取り直し、調合の前に腰から外して地面に置いていた剣を取ろうと手を伸ばしたのだが――
「え?」
つい手を止めてしまった。
それもそのはず。
剣を取るために伸ばした俺の腕。当然視界に入るその腕の姿が、元のぷるぷるした紫で半透明なポイズンスライムの様な肉体から、まるで人間だった時の様にしっかりと皮膚に覆われた腕に変わっていたのだ。
俺はしばらく呆然と自分の腕を見詰めた後、おもむろに立ち上がり、体が大きくなったせいでぴちぴちになっている服を脱ぎ捨てて全身を確認する。
その結果、全身がポイズンスライムの様なぷるぷるした体から、骨と肉と皮膚の存在する人間の様な体へと戻っていた。
「人間」ではなく「人間の様な」としか言えないのは、体色が浅黒く変色していたり紫色のラインが所々走っていたりと、やはり普通の人間とは違っている部分もあるからなのだが……そんなもの肉の体を取り戻した衝撃に比べれば些細なことだった。
「お、おお……おおおっ」
いかん、肉の体に戻れるとは思わなかったから段々興奮して来た。
だが、まだだ。まだ他にも確認しないとならないことはあるのだから今は落ち着かなければ。
俺は今にも雄叫びを上げて小躍りしたくなる葛藤と戦いながらステータスを開く。
取り敢えずステータスを確認した所、問題はないようだ。
体の方も少し動かしてみたが、まるで最初からこの体だったかの様に違和感がない。
そういえば、肉体を持ったことで血は流れるのかと思い、試しに自分の腕を軽く斬ってみたのだが……血など一滴も流れることはなく、それどころか傷口から見えた肉の断面は調合前の半透明な紫色をした体のままだった。
外側から指や腕を触ったところ確かに骨の感触はあるのだが……一体何がどうなっているのやら。訳がわからず疑問符を浮かべているうちに、斬った箇所は周りの細胞が増殖していつの間にやら消えていた。
考えてもわからないので「魔物の体だからしょうがない」ということで放置することにした。何だかこの先わからないことに直面するたび同じことを言って無理やり納得しそうだな
自分の体に問題がないとなると、一番の問題は服か……。
筋肉の塊の様な存在であるオーガを使ったからか、調合後の俺の筋肉が以前よりかなり発達して腕や足、胴や胸回りがだいぶ膨らんでいる。余分な肉は存在せずにしっかりと引き締まっているので身長が伸びた分全体的にはスマートな体型なのだが、以前の体型に合わせて着ていた服ではぴちぴちになってしまった。と言うか一部はすでに破れていた。
そのため先程全身を確認するために服を脱いでそのままにしているので、今の俺はすっぽんぽん状態になっている。
ちなみに全身を確認した時に見えてしまったのだが、俺の息子さんも成長してマグナム級へと変貌していた。……うむ、どうでもいいな。話を戻そう。
まあ、とにかく、俺の体は色々成長してしまったので今まともに使えるのはせいぜいマントぐらいしかない。だが、マントでも俺の全身を覆うことは無理そうだ。かと言って、このマントの裏に縫い付けられたポケットには回復薬やら何やらが収まっているので、すぐ取り出せる様に腰に巻き付けたりはしたくない。
「しょうがない……」
俺はさっき脱ぎ捨てたシャツを腰に巻き付け縛ることで間に合わせることにした。
まあ、こんな所に人なんて来ないだろうし今の格好でも問題ないだろう。
拾った剣を腰と腰に巻き付けたシャツの間に挟み込むと、ここでやることは終わってしまった。
この後はどうするか。
自分の顔がどうなっているのかが気になるが、川に戻らないと見ることは出来ない。
ならばやはり……
「適当に魔物でも狩るか……」
今の自分がどの程度の強さなのか知りたいし丁度いいだろう。ついでに食料にする分も狩っておくか。その後は戻って飯食ってさっさと寝よう。
そうと決めた俺は、早速力試しの相手と食料となる魔物を探しにその場を離れた。
魔物を探しに出発してから二時間。俺は拠点としている河原に戻り、今日の夕食となる魔物を丸焼きにしていた。
あの後、適当な魔物と戦って今の実力を試してみたのだが、どうやらこの付近の魔物ではもはや俺の相手にならないことが判明した。
最初に五匹で固まってるブラックウルフの群れを見つけたので、今の俺なら敵が複数でもブラックウルフ程度なら苦戦はしても何とかなるだろうと真正面から突っ込んだのだが……結果は苦戦するどころか俺の圧勝。
五匹ともそれぞれワンパンで頭部を粉砕し瞬殺だった。
スキルを一切使わない生身の拳でこの威力とは……自分のことながら恐れ入る。
ブラックウルフを倒した後も他の魔物と遭遇する度に瞬殺していき、合計で二十体位は倒したと思う。
そこで、晩飯のメインディッシュとなる魔物を狩って今日は終了とし、真っ直ぐ河原まで戻って来たのだ。
戻って来てから俺がまず行ったことは自分の顔がどうなっているのか確認することだった。
俺は早速川に入って自分の顔を覗き込んだ。すると、以前の面影は確かに残っているのだが……ズラリと並んだ鋭い牙や、常に相手を睨み付けているかの様な鋭い目つき。おまけに……これは角か……?
俺の額の左右から曲線を描きつつ天へと伸びる先端が尖った二本の突起物。
どう見ても角だった。
鬼の魔物になったのだから仕方がないと言えば仕方がないが……結果として随分と凶悪な面構えになっていた。
スライムの体よりはマシだが、この体でも結局街には入れそうにない。検問で引っかかって兵士か何かを呼ばれる俺の姿が目に浮かぶ様だ。子供が俺を見たら間違いなく泣くだろう。
俺は自分の姿にショックを受け、その場に膝を付いてしばらく落ち込んでいた。
その後、今日の夕食となるファイアウルフ一頭を丸ごと火に掛け、どんどん焼かれている様を見詰めていたのだが――少し前から川面で見た自分の容姿を振り返って「鋭い目つきや強面な顔も見かたによっては凛々しく見えるんじゃないだろうか?」などと、そんなことを考えていた。というか、無理やりにでもポジティブに考えなければやってられるか。
やがて魔物の肉が焼き上がってきた頃、火から下ろしてそのままかぶり付いた。
魔物の肉を焼いて食べたのは今回が初めてなのだが、狼のくせに味は元の世界の豚肉に近い気がする。生姜焼きにしたらとても合うだろう。
スライムの体の頃は別に腹は空かなかったので食事の必要はないかなと思ったのだが、何となく食っておこうという気になり一日一食は何かしら腹に入れる様にしていた。まあ、何を食ってもスライムの体では味なんて感じなかったから生のまま食って即刻消化していたのだが。
だが、今はちゃんとした肉体を得て味も感じることが出来る。それを思うとしっかりと調理された料理が食いたくなるのだ。ここには調味料も何もないので毎日丸焼きになるだろうが……。
ああ、カレーかラーメンが食いたい……。
俺は久しく食べていない地球の料理の味を思い出しながらどんどん食べ進め、十分もかからずファイアウルフの肉を一頭丸ごと完食した。まだまだ腹には余裕があるが今日はもういいや。
気付けば周囲は夜の帳が下り、地上を照らす光源は空に浮かぶ二つの月へと変わっていた。
「月なんて、まともに見たのはあの時以来か……」
紅と蒼、二つの月を見て思い起こされるのは唯と二人で夜空を見上げた実戦訓練前日の夜の出来事。そして今も俺の手首を飾る色とりどりの糸で編まれたミサンガ。
「必ず戻るからな……」
俺はミサンガを付けている腕と反対の手をミサンガの上に重ね、もう一度月を見上げる。
帝国にいるだろう幼馴染達が今も無事でいることを願って。
俺が人間から毒大鬼という魔物へと生まれ変わってから一週間が経過していた。
拠点としていた川原の近くに生息する魔物では俺の相手にならなくなったので、上流の方へと拠点を移動しながらまだ見たことのない、経験値稼ぎに最適な魔物はいないかと探し回っていた。
夕刻に差し掛かり、今日はそろそろ食料となる魔物か野生動物でも狩って拠点に戻ろうとした直後――
「ブオオオオオ!」
「グルルル!」
「ガルアア!」
「グギャギャギャ!」
「ガアアア!」
「キー、キー」
「ぷるるん」
――俺は隙間も見つからない程に周囲を多種多様な大量の魔物に囲まれていた。
何故こんなことになっているかと言うと、おそらく俺の足元に転がる巨大な蜂の巣が原因だろう。
今から二十分程前。獲物を探して森を歩き回っていると、俺はどこからか僅かに漂ってくる甘い匂いに気付いた。その匂いがする方を辿って行くと、何やら地面から半分ほど地上に飛び出た直系二メートル程の黄色いドーム状の物体を見付けたのだ。
甘い匂いはどうやらそこから漂って来る様で、俺もそれが何なのか気になった。そこで最初は軽く小突いてみて何か反応があるか試してみたのだが、何も反応がないので俺は地上に飛び出ている部分をガシッと掴み、地面に埋まっている物を引きずり出して確かめようと思った。
そして思い切り引っ張り上げてそれが何なのか見た所、地上に出ていた部分の反対側は六角形の形をした直径二十センチ程度の穴が無数に開いているのを見つけた。
それを見て「これはもしや蜂の巣では?」と思った俺は、もしそうなら中には大量の蜂蜜があると考えたのだ。……今思うとあの時の俺の行動は思慮が足りなかったと反省している。
だが、毎日何の味付けもされていない肉を食い続けて来た俺にとって、蜂蜜という甘味の誘惑には抗えなかったのだ。
そして、頭の中がもはや蜂蜜を手に入れることでいっぱいになっていた俺は、手にした蜂の巣を頭上に掲げ、思い切り地面に叩き付けて真ん中から真っ二つに割った。
思った通り中には蜂蜜が大量に蓄えられていた。だが、予想と違ったのは巣を割ったことで蜂蜜から直接漂って来る様になった甘い匂いが想像以上に強烈だったこと。
思わず鼻を摘まんで後退ってしまう程の甘ったるい匂いだったのだが、どうしても甘い物が食べたかった俺は諦めずに何とか採取しようと近付いた。だが手が振れる程の距離まで近付くと鼻を押さえる手を外すことも出来なくなり採取は困難を極めた。
どうしようかと思っていると、そこでようやく鑑定のスキルを思い出したのだ。最近は使う機会が減っていたので忘れかけていたのだが、この蜂蜜を鑑定して情報を得れば、上手く採取する方法がわかるかもしれない。
そう考えて鑑定をしたのだが――
【ロイヤルハ二―】
キラービーが集める最上級の蜂蜜。長い年月をかけて熟成されたロイヤルハニーは通常の蜂蜜の数十倍の糖度を誇り、そこから発せられる独特で強烈な甘い匂いにはあらゆる魔物を引き寄せる効果がある。
鑑定の結果、俺は知りたい情報を得ることが出来なかった代わりに知りたくなかった情報を得ることになった。
俺がこいつを叩き割ってからそれなりに時間が経っている。俺が蜂蜜を採取するために四苦八苦している間にもこの蜂蜜は常に強烈な甘い匂いを漂わせていたわけで……。そして鑑定で得た情報通りならば――
途轍もなく嫌~な予感が走ると同時に、自分がとんでもない状況に陥っていることにようやく気付き、即刻この場を離れようとした瞬間――
ガサッ。
俺の背後から茂みを掻き分ける音が。
ガサッ、ガササ。ミシッ。
背後だけではなかった。右も左も前も……ありとあらゆる方角からほぼ同時に草を掻き分け地を踏みしめる音が聞こえて来た。
蜂蜜にばかり気を取られて〈魔力感知〉がおざなりになっていなければ今の状況は訪れなかっただろうが、今更それを言っても後の祭りだった。今度から無意識レベルで使いこなせる様に練習しようと心底思った。
そして、俺が深く反省した次の瞬間の光景が冒頭になるという訳だ。
〝オーク〟〝ブラックウルフ〟〝ファイアウルフ〟〝ゴブリン〟〝オーガ〟〝グリーンワーム〟……あと〝スライム〟。
俺が今まで戦ったことのある魔物や初めて見る魔物、そいつらがそれぞれ群れとなってこの場に集っていた。
この中で始めて見る魔物はオークとグリーンワームか。
オークは体長二メートル位の人の体に豚の頭を持った魔物で、ステータス的にはオーガよりは弱いけど他の魔物よりは強い。
グリーンワームは……まあ体長一メートル位の緑色のでっかい芋虫としか言えないな。特徴と言えば体表のあちこちに赤い斑点模様があるくらいか。こいつはスライムの次に弱い。ちなみに一番弱いのは当然スライムだ。
そしてこいつらは、俺の足元で凄まじく甘い匂いを放つハチミツに涎を垂らし、傍に立つ俺に向かってギャアギャアと「それを寄越せ!」と言わんばかりに喚き散らして威嚇してくる。
別に俺としては蜂蜜の匂いが強すぎて採取することが出来なかったので、こいつらに譲ってやってここは退散してもいいのだが……こいつらの様子を見るとどう考えても俺を始末してから蜂蜜を奪おうとしている様にしか見えない。いや、俺に対してだけじゃないな。どいつもこいつも自分以外、この場にいる他の種の魔物全てに対して警戒して威嚇してやがる。……スライムだけは表情がないので何を考えているのか全くわからないが。そもそもこいつが蜂蜜を食ったって味は感じないはずなんだが? ……まあ、いいか。
とにかく、どうやらこいつらの頭の中にはみんなで仲良く分け合うという言葉は存在しないらしい。
下手に動いて真っ先に狙われることを危惧しているのかはわからないが、魔物達は周りの様子を窺うばかりで膠着状態が続いていたのだが――
「ガアアア!」
そんな状態に焦れたのか、膠着状態を破り一番初めに動いたのはオーガの群れだった。さすが脳筋。
オーガは手にした棍棒で一番近くにいた他の魔物――ファイアウルフ数体を殴り飛ばすと向きを変えて俺の方に向かって来た。
おお……巨躯を誇るオーガの群れが一斉に迫って来るのは中々迫力があるな。
だがオーガの進撃はすぐに止められた。
棍棒で殴られたファイアウルフの群れが、仲間が攻撃されたことでオーガの群れに突っ込み反撃を開始したのだ。
オーガとファイアウルフの間で開かれた戦端を皮切りに、他の魔物達も一斉に動き出した。
ある者は邪魔になる魔物を先に排除しようと襲い掛かり、またある者は脇目も振らずに蜂蜜を求め、途中で他の魔物の妨害に遭っていた。
様々な種が入り乱れて争うこの場は、すでに秩序など存在しない魔物達による混沌とした戦場と化していた。
そして、その光景をのんびり眺めている俺は、目の前で勝手に潰し合いが始まったことで一人ポツンと取り残されていた。
「……ん?」
俺のことを直接狙って来る魔物はいないものの、一応流れ弾に気を付けて周りに注意を払っていると――何やら俺の足元の地面をこっそりと移動して蜂蜜に這い寄る影があった。
「ぷるるん?」
「あ、バレた?」と言うふうに体を揺らすそいつは、牙を剥き出しにして唸りを上げる魔物達が集まっている中で唯一の癒し系になっていたスライムだった。
「……」
何だかここで踏み潰すのが可愛そうになった俺は、このスライムを見なかったことにしてあげた。
「ぷるん♪」
心なしか喜んでいる様に見える。
それを見てほんのちょっぴり癒されている俺は、気付かぬうちにこの殺伐とした森でのサバイバル生活でそうとう心が荒んでいた様だ。
「さて……俺もそろそろ参加するか」
せっかく目の前には大量の魔物が集まっているのだからここで傍観しているだけでは勿体ない。せいぜい俺の経験値になってもらおう。
俺は互いに潰し合って弱り始めた魔物を標的に戦場に突っ込んだ。
まず狙ったのはブラックウルフとオーク。
こいつらは目の前の敵を殺すことに夢中で俺が接近しても全く気付いていない。
まずは真横からブラックウルフの腹部目掛けて思い切り蹴り上げる。
ゴキゴキメリィッ!
「グゲゥッ⁈」
骨が砕ける音と肉にめり込む感触を感じながら、蹴り上げた足をそのまま振り切り、ブラックウルフの体を蹴り飛ばす。
俺が蹴り飛ばしたブラックウルフと戦っていたオークは突然現れた俺に動揺し動きが止まっていた。
俺が肉薄してようやく再起動を果たしたオークは手にした武器(先端を鋭く削った木製の槍)を繰り出そうとしてくるが、この距離でリーチの長い槍は使い勝手が悪い。
俺が渾身の右ストレートをオークの顔面にぶち込むと、オークの頭部はトマトの様に破裂した。
すぐさま反転し、他の争っているブラックウルフとオークを始末しに向かう。
顎を砕き、首を折り、頭を吹き飛ばす。
俺は手当たり次第に駆逐していき、十分もしない内に周りにいたブラックウルフとオークの群れは全滅していた。
オークの魔石はまだ調合したことがないので回収したいが、それは他の魔物を全て始末してからにしよう。
まだ残っているのはファイアウルフ、オーガ、ゴブリン、グリーンワーム。
だが、ここに集った魔物の中では能力的に劣るゴブリンやグリーンワームはだいぶ数を減らし、すでに片手で数えられるまでになっていた。
俺はファイアウルフとオーガの元に行くついでに、進路上にいたゴブリンやグリーンワームを踏み潰して進んだ。
グリーンワームを踏みつぶした際に、飛び散った緑色のドロドロとした液体が俺の足におもいきりかかったのには後悔したが、すでに魔物の返り血でかなり汚れているので気にしないことにした。
ファイアウルフとオーガの争いは、驚いたことにファイアウルフの方が優勢だった。
ファイアウルフはオーガ達を二列になった円形で囲む様に位置を取り、全方位から前後で交替しながら絶え間なく火球を放つことでオーガ達をその場に縫い止めていた。
オーガの様子を見ると絶え間なく続く火球によってかなり消耗している。このままいけばファイアウルフが勝ちそうだ。
魔物のくせに随分と知恵が回るな……。狼と言うだけあって狡猾な様だ。
だが、それもここまで。俺がその場に現れたことで今まで続いていたファイアウルフの優位は脆くも崩れ去る。
俺は一番近くにいる火球を放つ順番待ちをしているファイアウルフに気付かれない様接近し、その背に向かって思いきり拳を振り下ろす。
「ギャグッ⁈」
俺の拳を背中にまともに喰らったファイアウルフは妙な鳴き声を発しながら地面に叩き付けられた。
その際に起きた衝撃音で異常事態が起こったのに気が付いたファイアウルフ達が攻撃の手を止めて俺の方に注意を逸らす。その結果、火球による連続攻撃から脱出したオーガ達が自由を取り戻した。
「グガアアアア⁈」
今まで散々好き勝手された鬱憤を晴らそうと、オーガ達は耳をつんざく咆哮を上げながら、注意を逸らしているファイアウルフに向かって突っ込んで行く。
そこでファイアウルフ達もようやく戦況がひっくり返ったことに気付いた。
慌ててオーガ達の接近を阻止しようと再び火球を放つが、さっきまでの様に一斉射撃とはいかず散発的になっているため、オーガの足を止めることは敵わず敵の攻撃範囲に入ってしまった。
ファイアウルフに肉薄したオーガは即座に逆襲を開始する。
手に持った棍棒、己の腕、足。使える物なら何でもいいというふうに、とにかく暴れ回ってファイアウルフ達を蹂躙する。
俺もこの隙に近い奴から順に狩っていくかと思い、一歩踏み出したのだが。
「ガアアアア⁈」
「ん?」
少し離れた位置から俺のいる方に向かって走り寄って来るオーガの姿が目に映った。
他にも獲物はいるというのにあのオーガは俺を標的に定めた様だ。
「まあ、いっか」
俺はこの場で大人しくオーガが接近して来るのを待っていた。
走りながら頭上に棍棒を振り上げたオーガは、走る勢いを殺さずに己の武器が届く範囲に俺が入った瞬間、渾身の力で振り下ろして来た。
巨大な体躯に見合った腕力と、周囲の空気を唸らせながら繰り出された一撃は並みの相手だったら一発でお陀仏だろう。
だが、俺は避けない。
振り下ろされる棍棒の軌道に合わせて腕を掲げ、掌で正面から受け止める。
ドンッ!
走り抜けた衝撃とオーガのパワーに押され、俺の足が僅かに地中に沈み、地面が多少割れたが被害はそれだけ。俺の体は全くの無傷。
オーガは自分の攻撃が受け止められたことに最初は驚愕していたが、プライドでも傷付けられたのか顔を憤怒に歪め、棍棒を握った腕にさらに力を籠めて押し込もうとしてくる。
だが、無駄だ。どれだけ力を籠めたところでオーガ程度では俺をこれ以上動かすことは出来ない。
俺は棍棒を受け止めた手に力を籠め、そのまま握りつぶす。
体重をかけていた武器が破壊されたことで支えを失ったオーガはバランスを崩して前のめりに倒れ込んで来る。
俺は近付いて来るオーガの顔面に跳び上がりながらの膝蹴りをかます。
「グギャアアア⁈」
強制的に体勢を戻されたオーガは潰された鼻を押さえて悲鳴を上げる。
俺は地面に着地するともう一度――今度はオーガの眼前まで跳躍する。
「グガア⁈」
顔面に走る激痛に呻いている所に、いきなり目の前に現れた俺に目を見開いているオーガを視界に収めた後、空中で思い切り体を捻り、遠心力を乗せた回し蹴りをオーガの側頭部にぶち込んだ。
頭蓋骨を破壊されたオーガはその場に崩れ落ち動かなくなる。
俺の意識はすでに死んだオーガになく、次の獲物へと興味は移っていた。
まだファイアウルフとオーガの乱戦が続いていることに一つ頷き、その渦中へと飛び込み片っ端から駆逐する。
基本的には俺以外に意識が向いている奴から隙を突いて命を奪っていくが、別に真正面から挑んでここにいる魔物を全て同時に相手しても今の俺ならなんら問題ない。
オーガですら念の為に使っていた〈身体強化〉のスキル一つで圧倒出来るのだから、他の魔物など片手間で始末出来る。
敵が弱すぎるせいで油断しない様に注意しながら、ついに最後まで残っていたファイアウルフを倒したことで、俺が見逃したスライムを除いてこの場に集まった魔物で生きているものはいなくなった。
周囲の地面は魔物の体から流れ出た赤や緑の血で染まっている。
最初に戦端が開いてから終結まで約二十分の出来事だった。
俺は肩や首を回して「う~ん!」と伸びをした後、オークとグリーンワームの魔石を回収する。
鑑定した所たいしたスキルは持っていなかったが減る物でもないのでもらっておこう。それに、今日まで全く新しい魔物に出会わなかったから久しぶりで少し楽しみでもあったのだ。
二つの魔石を手に持ち、一つずつ順番に調合していく。
二つとも粒子状になり俺の体内に吸い込まれていく。これで今日の分は終了だ。
俺は数日ぶりに自分のステータスを開いて確認する。
毒大鬼へと生まれ変わって一週間。俺は以前とは比較にならない力を手に入れた。
オーガの肉体を調合したことで能力値が激増したこともそうだが、肉体が変質した影響なのかレベルアップ時のステータス上昇率があれ以来急激に上がったのだ。
そのことに喜び、毎日陽が昇ってから陽が沈むまで魔物を狩り続けていたおかげで俺のステータスはとんでもないことになっていた。
名前:霧島 雄二
種族:毒大鬼
職業:調合師
LV:46
体力:2119
魔力:1203
攻撃:1943
防御:2144
魔功:983
魔防:1621
敏捷:1116
魔法:火魔法
スキル:剣術、槍術、身体強化、腕力強化、鑑定、調合、猛毒液、消化、増殖、繁殖、威圧、夜目、頑丈、咆哮、精力絶倫、硬皮、魔力感知、魔力遮断、火耐性、毒耐性、言語理解
(〈精力絶倫〉て……こんなスキル持ってることがバレたら唯達の俺を見る目が変わりそうで怖いな。〈槍術〉は持っていた方が便利そうだと思って調合したけどオークじゃなくて別の魔物から奪うべきだったか……?)
取り敢えず、あいつらの前では迂闊にステータスを開かない様に注意しよう。
妙な問題が浮上したがそれはそれとして、これだけのステータスとスキルがあればこの森で俺の敵になる奴はいない。
油断は禁物だが安心してレベル上げに励むことが出来る。
帝国に乗り込むにはまだまだ不充分だが、この調子ならその日が来るのはそう遠くないだろう。
そこで俺は考えた。
だったらこのまま帝国を目指して上流へと向かって進みつつ、自分のレベルアップも並行して行い、準備が出来次第、唯達の救出に向かおうと。
それに場所だけでも確認しておけば、いざ行動を起こす際には役にたつ。いまだに自分が地図上のどの辺にいるのかもわからない状況は何とかしたかった。
今日はさっさと休んで明日から帝国に向かうと決めて、俺は拠点に戻ることにした。
一先ず、すぐに投稿できる話はこれで最後になります。
次話からは出来上がり次第投稿しようと考えていますが、なるべく週に一話、遅くとも十日以内に投稿出来る様に頑張ります。
読んでくださっている皆様には申し訳ありませんが、どうか長い目で見守って頂きたく思います。
次の話から王国の勇者が絡んで来る予定です!




