プロローグ
「好きなんやけど」
耳元を揺らしたその低く甘い声に、私の思考回路は完全にショートしてしまった。
す、好き? 誰が?
目の前にいる、この人が。私のことを?
どうしたらいいの?! 心臓が口から飛び出そうなくらい、バクバクと鳴っている。
薄い茶色の瞳が、逃げ場を探す私をじっと見つめる。
その向こうに、神戸の海がきらめいている。
窓の外に広がる瀬戸内海は、夕日を受けてどこまでも黄金色に輝いていて。
ああ、夕陽が綺麗だ……。
――なんて、思ってる場合じゃなくって!
「……なんか言うて。俺、今けっこう限界やねんけど」
手首をそっと握られて、引き寄せられる。
誰もいない放課後。
教室の一番後ろの席。窓際。
そこに座っているこの美しすぎる顔をもつ男の子は、西倉天馬くん。
さらさらの黒髪からのぞくのは、クォーター特有の彫りの深い端正な顔立ち。
笑うとちらりと覗く八重歯は反則級にかわいいのに、立ち上がれば私が見上げるほどに身長は高い。
今はその長い足を広げて座り、その中に私をすっぽりと引っ張り込んで、下からじっと見上げてくる。
「あの、えっと……その……っ」
あまりの距離の近さと、普段の彼からは想像もつかない甘い空気に当てられて、私はすっかり言い淀んでしまう。
「あーもう、頭おかしくなりそう」
小さな声が聞こえたかと思えば、腕を少し引っ張られた。
彼との距離が、さらにゼロへと近づいていく。
「なー?もう早く返事くれないと、俺の情緒が持たへんねんけど?」
普段は余裕たっぷりの天馬の、ほんの少しだけ焦ったような、熱を帯びた薄茶色の瞳。
逃げ出すなんて、到底できそうにない。
引っ込み思案で、いつも教室の隅っこにいた私。
そんな私と、眩しいくらいに輝いている天馬。
……なぜ、こんなことになったんだろう。
まだ私たちが、今みたいに名前を呼び合うことさえなかった、あの日のこと。
私の世界をかき回した、強引で甘い嵐のような出会いへと、時計の針を巻き戻してみることにする。




