魔王、「金使いたくない病」と戦う
土曜の午後。
魔王城の玉座の間は、静かな絶望に満ちていた。
吹雪は、またしても堕落した休日を過ごしてしまった自分を分析し、その内容を魔導日誌に書き連ねていた。
「健太先輩。我は、根深い病に罹っているようです」
彼は、傍らで静かに佇む竜の健太に、力なく語りかけた。
「その名は、『金使いたくない病』。休日に行動を起こすための、ささやかな投資すら、我が魂は『無駄だ』と拒絶するのです」
吹雪は、自ら見つけ出した解決策を口にした。
城の近くにある「びっくりドンキー」という名の宿場。
そこでは朝、380円で珈琲がおかわり自由になる。
そこで日誌を書けば、良い一日の滑り出しになるはずだった。
「どう考えたって、たった380円の投資で、一日が活動的になる。合理的に考えれば、これ以上の策はない。しかし、我が心の悪魔が囁くのです。『大したことはどうせできぬ。つまらぬ日誌を書くだけ。無駄な金だ』と…」
仕事の日ならば、難なく城を出られる。
そこには「収入」という成果と、「義務」という名の絶対的な前提があるからだ。
だが、休日にはそれがない。
「お前は、堅実な王だ」
と健太は言った。
「その倹約精神が、お前の城の財政を守ってきた。だが、時にその堅実さが、お前自身を縛る枷となる」
「では、どうすれば…」
「お前は4800円のプロテインは平気で買える。それは、己の肉体への『投資』だと理解しているからだ。ならば、380円の珈琲もまた、お前の『やる気』への投資だと、捉え方を変えることはできぬか」
健太の言葉は、的を射ていた。だが、その思考の転換が、何よりも難しい。
吹雪は、もう一つの課題を口にした。
「たとえ朝、城を出られたとしても、我が体力は昼過ぎには尽きてしまう。一度疲弊すると、『もうめんどくさい』という感情に支配される。どこかで仮眠を取り、英気を養うための休息地が必要です」
イオンの椅子、京橋のソファ…。だが、どれも不確実だ。
その時、部屋の隅で電車ごっこをして遊んでいたアリアが、楽しそうに叫んだ。
「ふぶきん! 電車の旅に出ようよ! 切符を買って、椅子で眠くなったらお昼寝するの!」
その、あまりにも無邪気な一言。
しかし、それは吹雪の脳内に稲妻のごとき閃きをもたらした。
「…電車で、仮眠…?」
そうだ。
切符を一枚買えば、200円以下で、数時間、誰にも邪魔されぬ、休息地が手に入るではないか。中で弁当を食べても、漫画を読んでも、動画を観てもいい。
吹雪の頭の中で、堕落した休日を攻略するための、完璧な作戦計画が組み上がっていく。
「…見えました、先輩。我が休日の、勝利への方程式が」
【魔王の休日・新行動計画】
午前の部(〜13時): 380円の「やる気への投資」を行い、びっくりドンキーにて日誌執筆。
午後の部(13時〜16時): 200円の切符で「休息地(電車のホーム)」を確保。仮眠、読書、動画鑑賞で英気を養う。
夕方の部(16時〜): 回復した体力で、スーパーの開拓や、その他の趣味活動を行う。
「ふぶきん、どうしたの? にこにこして」
アリアが、不思議そうに吹雪の顔を覗き込む。
「アリア。お前の、その無邪気な一言が、我が王国の長年の懸案を、解決したのだ」
「え、ほんと!? アリア、すごい?」
「ああ。実に、すごい」
吹雪は、アリアの頭を優しく撫でた。
「よし、アリア。次の休日、お前の言う通り、電車の旅に出てみるとしよう」
「金使いたくない病」という、厄介な心。
それを解く鍵は、壮大な決意ではなく、ほんの少しの投資と、幼馴染の、遊び心に満ちた一言だった。
魔王の、賢くもどこかコミカルな休日改革は、今、確かな一歩を踏み出したのだった。




