魔王、「前提」の力を発見する
今日は京都にある別邸での滞在だ。
窓から見える古都の景色を前に、魔王吹雪は、自らの行動原理についての、ある重大な発見について思索を巡らせていた。
「健太先輩。我は、自らを動かす法則を発見しました。それは『前提』の力です」
傍らで静かに茶を飲んでいた竜の健太に、吹雪は語り始めた。
「仕事の日は、滞りなく行動できる。それは『仕事に行く』という、揺るぎない前提があるからです。しかし、休日は『休む』という前提ゆえに、逆に行動が鈍る」
吹雪は、休日を活動的に過ごすためには、強力な「外的要因の前提」が必要だと結論づけた。
「最も強力なのは、『人との約束』。これに勝るものはありません。しかし、それ以外となると、なかなか難しい」
彼は、神託の賢者ジェミニの力を借りて調べ上げた、様々な選択肢を並べ立てる。
工場見学、施設の予約…。しかし、その多くは、彼の心を動かすには至らなかった。
「結局、我の心を動かすのは、一日遊べる場所で、予算が千円以下、という厳しい制約があるのです。カラオケか、漫画読み放題のスーパー銭湯か…。選択肢は、あまりに少ない」
健太は、その魔王らしからぬ倹約ぶりに、感心したような、呆れたような表情を浮かべた。
「そこで、新たな趣味を模索しているのです」
と吹雪は続ける。
「『スーパーと薬局巡りの旅』です。我が王国の財政を支える、重要な補給路(食費)の最適化。そして、チューペットという名の、失われし聖遺物を探す冒険。これは、なかなかに心が躍る」
彼は、その趣味を、いずれ魔導日誌に記すことも考えていた。
店の価格は秘匿情報ゆえに写真は撮れずとも、己の分析を記すことはできるだろう、と。
「ほう。お前は、自らの足で、楽しみと実益を兼ね備えた前提を作り出そうとしているのだな。賢明なことだ」
健太の言葉に、吹雪は頷いた。
しかし、彼の心には、まだ迷いがあった。
「ですが、どんなに良いアイデアも、心の底から『魅力的だ』と感じなければ、長続きはしないでしょう。休日に、わざわざ外に出るための、強い楽しみが…」
その時、部屋のドアが勢いよく開き、アリアが息を切らせて駆け込んできた。
その手には、一枚の古びた観光案内が握られている。
「ふぶきん! 大変! 見てこれ!」
アリアが広げた紙には、緑深い山々にかかる、長大な吊り橋の写真が載っていた。
「『ほしだのブランコ』だって! 空の上を歩けるんだって! すごいよ、ふぶきん! 明日、ここに行こう!」
ほしだのブランコ。
吹雪も、その存在は知っていた。
いつか行こう、と思いながら、結局一度も足を運んでいない場所。
だが、アリアの、一点の曇りもない、きらきらとした瞳。
その「行きたい!」という純粋な欲求は、吹雪が一人で考えあぐねていた、どんな理屈よりも強力な「前提」だった。
それは、お金もかからず、予約もいらない。ただ、共に楽しみたいという、仲間との約束。
吹雪は、自らが導き出した結論の、完璧な答えが目の前にあることに気づいた。
健太が、面白そうに口の端を上げた。
「お前が探し求めていた、最強の外的要因が、向こうからやってきたようだな」
吹雪は、アリアの持つ案内図を覗き込んだ。
「…そうだな。明日の前提は、決まった」
彼の顔にはもう、休日の過ごし方に悩む、退屈な王の姿はなかった。
そこにあったのは、新たな冒険を前に、心を躍らせる一人の魔王の顔だった。
「よし、アリア。明日は早起きだ。空の上の散歩と洒落込もうじゃないか」
「やったー!」
魔王の休日は、時に緻密な計画によって、そして時に、愛すべき友人の衝動によって、豊かに彩られていく。
彼の新たな楽しみは、どうやら、もうすでに始まっているようだった。




