表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/132

魔王、寝不足で朝の戦に敗北する

水曜の朝、9時40分。


拠点の一つである城塞チョコザップのデスクで、魔王吹雪は魔法の石板パソコンの、真っ白な画面をただぼんやりと眺めていた。


その顔には、いつもの知的な探求心ではなく、どうしようもない気怠さが浮かんでいる。


「…健太先輩。本日の朝の作戦行動は、完膚なきまでの敗北でした」


彼は、対面の席で静かに茶を飲んでいる竜の健太に、力なく報告を始めた。


「明け方、午前4時に覚醒したはずが、気づけば4時45分。貴重な45分が、虚無に消えていました」


吹雪は、今朝の戦いの記録を、まるで敗戦の将のように辿っていく。


「本来であれば、叡智の探求デュオリンゴの後、すぐに兵糧(料理)の準備に取り掛かるはずでした。しかし、我が魂は、魔力収集(ポイ活)という名の、甘い罠に囚われてしまったのです」

気づけば5時45分。一時間が、溶けていた。


「補給(買い物)は昨日済ませていたので、調理はすぐに終わるはずでした。しかし、これもなぜか一時間を要し、気づけば6時45分。沐浴と片付けを終え、城を出立できたのは7時半過ぎ。執務室デスクにたどり着き、こうして石板を開いた今、すでに10時半の撤退時間まで、残り1時間もありません」


吹雪は、深く、長い溜息をついた。

日誌ブログを書く気力が、もう湧いてこないのです。今日の戦は、始まる前に、すでに終わっていたのかもしれません。一日が、このまま『ぐだぐだ』のまま過ぎ去っていく予感がします」


健太は、その嘆きを静かに聞いていた。

彼は、吹雪の緻密な時間分析には一切触れず、ただ、一つの本質的な問いを投げかけた。


「吹雪よ。昨夜は、よく眠れたか?」


その、あまりにも単純な問いに、吹雪はハッとした。

そうだ。昨夜は、なかなか寝付けなかったのだ。


「…いえ。あまり」

「だろうな」

と健太は言った。


「王は、休息なくして王国を統治できぬ。兵士は、休息なくして戦場に立てぬ。お前の壮大な計画も、緻密な戦略も、全ては『質の良い睡眠』という、盤石な土台の上にあってこそ意味を成す。その土台なくして建てた城は、砂上の楼閣に過ぎん」


その時、欠伸をしながら、アリアがやってきた。


「あ、ふぶきん! おはよう! わたし、昨日はぐっすり眠れたから、すっごく元気!」


彼女は、その場で気持ちよさそうに、ぐーっと背伸びをした。

その姿は、生命力そのものに満ち溢れていた。


吹雪の気怠さと、アリアの元気。その対比は、あまりにも鮮やかだった。

原因は、ポイ活の誘惑でも、調理に時間がかかったことでもない。

全ての敗因は、その前夜にあったのだ。


吹雪は、そっと魔法の石板を閉じた。

「…先輩の言う通りです。今日の戦は、昨夜の時点で、すでに敗北が決していた。ならば、これ以上無駄な抵抗はすまい」


彼は、立ち上がった。


「今日は、もう戦いません。ただ休み、英気を養うことに専念します。そして今夜は、何よりも深く、良い眠りにつくことを、最優先事項とします」


それは、敗北宣言であると同時に、明日への勝利を誓う、賢明な王の決断だった。


「ふぶきん、もうおしまい? じゃあ、おやつにしよ!」

アリアの屈託のない声が、静かな執務室に響く。


魔王は、その声に、静かに頷いた。

今日のところは、それでいい。


明日の朝、すっきりと目覚めた自分が、きっと今日の敗北を、取り返してくれるはずだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ