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魔王、お米の備蓄とメンチカツの罠

土曜の朝。

魔王城の執務室は、静かな思索の空気に満ちていた。

吹雪は、昨日の休日を振り返り、その戦果を分析していた。


「健太先輩。昨日の休日は、奇妙な戦でした」

彼は、傍らで古文書を読んでいた竜の健太に語りかけた。


城塞ジャンカラでの詠唱訓練カラオケでは、一曲も歌わず、ひたすら神託のスマホで動画を観て過ごしたのです。しかし…」


吹雪は、一枚の羊皮紙に記した計算式を示した。


「城で一日中冷房を使えば、電気代は400円。昨日の城塞の利用料は、半額クーポンがあり450円。無料のソフトクリームを6杯も頂いたことを考えれば、経済的には我が軍の勝利と言えましょう」


その小さな勝利は、吹雪に新たな気づきをもたらした。

家にじっとしていることだけが、節約ではない。

外に出て活動することにも、また別の価値があるのだ、と。


「そして、我は自らの興味の対象を再確認しました」


吹雪は、羊皮紙に書き連ねたリストを読み上げる。


「日誌、安いスーパー、動画、ポイ活、小説、漫画、副業、商売、友人、そして、楽しく勉強する方法…」

「ほう。お前の統治すべき領土は、思ったより広大だな」

と健太が面白そうに言った。


「ええ。そして、今最も注力すべきは『スーパー』です。食費という名の軍資金を制する者は、財政を制します。特に『米』。これは我が王国の基盤。常に備蓄を切らさぬよう、最低でも三袋は城に保管しておくべきです」


吹雪の瞳は、まるで新大陸発見を目指す冒険者のように輝いていた。

「『お買い得を探すスーパー開拓の旅』。これもまた、我が新たな趣味となるやもしれません」


だが、彼の思索は、次の休日の計画という、より現実的な課題へと移っていった。


「明日は、城塞ジャンカラを変えて再び朝9時40分から詠唱訓練の予約を入れた。そのためには、7時半には城を出立せねばなりません。つまり、起床してから買い物と兵糧(弁当)の準備に与えられた時間は、わずか…」


「夜に準備すればよかろう」

と健太がこともなげに言う。


「それが、最大の罠なのです!」

吹雪は、声を潜めて言った。


「先日、夜にスーパーへ赴いた際、我は誘惑に負けた。揚げたてのミンチカツという名の、魅惑的な罠に…。結果、軽く2000kcalは余分に摂取し、ダイエット計画は多大な損害を被りました」


朝に行けば、できたてのバゲットと、おにぎりの材料だけを買って帰れる。

だが、夜のスーパーは、空腹の王にとって、あまりにも危険な魔境なのだ。


その時、執務室のドアが開き、アリアが駆け込んできた。


「ふぶきん! 聞いて聞いて! 今日ね、夜のスーパーに行ったらね、おっきなメンチカツが半額だったの! すっごく美味しかったんだよ!」


アリアの屈託のない笑顔が、吹雪の心の傷を抉る。


「…そうか。君も、あの罠に…」

吹雪は、アリアの笑顔を見て、静かに決意を固めた。


「健太先輩、アリア。今宵の作戦を決定します。今から、別のスーパーへ、明日の兵糧以外の、日用品の補給にのみ向かう。そして、明日の朝、改めて兵糧のための短期決戦を挑む。夜の誘惑と、朝の時間の制約。その両方を克服してこそ、真の王と言えましょう」


健太は、その言葉に静かに頷いた。

「弱さを知り、対策を練る。それもまた、王の器だ」


吹雪は、アリアの頭を優しく撫でた。

「アリア。今夜は、メンチカツのことは、我の前では禁句とするように」

「えー、なんでー?」

「…王の、命令だ」


魔王の、自分自身の欲望との、ささやかで壮大な戦い。

その勝敗は、まだ誰にも分からない。


だが、彼は少なくとも、今夜は誘惑に負けぬよう、固く心に誓うのだった。

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