魔王、グリコーゲンの枯渇を語る
土曜の朝。
魔王城の執務室は、どこか気怠い空気に満ちていた。
吹雪は、昨日の休日を振り返り、深く長い溜息をついた。
その顔には、達成感よりも疲労の色が濃く浮かんでいる。
「作戦の第一段階は、成功でした」
彼は、傍らで静かに佇む竜の健太に、昨日の戦果報告を始めた。
「朝イチで詠唱訓練に向かうことで、強制的に城から出立する。この戦術は、実に有効です。しかし…」
吹雪は、言葉を続けた。
「しかし、その後の第二段階が、完全に崩壊しました。詠唱に全霊を込めるため、精魂疲れ果ててしまうのです。推定消費カロリー680kcal。我が軍団(身体)は、完全にエネルギー切れを起こしていました」
昨日はなんとか、最後の気力を振り絞って魔道喫茶に立ち寄り、日誌を書き上げるのが精一杯だった。
その後の領地視察(実家訪問)も、別の城塞への遠征も、すべて断念せざるを得なかった。
「体力がないのでしょう。このままでは、年々衰えていくばかりだ…」
吹雪は、この「戦いの後の休息」という、新たな課題に直面していた。
「一度、仮眠を取る必要があるのです。そうすれば、気力も体力も回復し、午後の作戦行動も可能になる。しかし、そのための休息地が、ない」
公園、図書館、イオンの椅子、京橋のソファ…。どれも不確実で、心から安らげる場所ではなかった。
「体力のためなら、多少の軍資金(お金)を投じるのもやむを得ません」
吹雪は、数日間の調査の末に見つけ出した、一つの光明について語り始めた。
「聖域…サンクチュアリです。人間たちは、それを『スーパー銭湯』と呼んでいるようです」
「ほう」
「そこには仮眠室があり、心身を浄化するサウナもある。書物(漫画)まで完備されているという。まさに、疲弊した戦士のための、完璧な休息地。これ自体が、一つの立派な作戦行動となりえます」
健太は、その言葉に静かに頷いた。
「賢明な判断だ。戦いと同じだけ、休息にも投資する。それが、長く戦い続ける王の知恵というものだ」
「ええ。それに、我が日誌も…」
と吹雪は続ける。
「最近、どうも自分を鼓舞する内容ばかりになっている。これも、心身が疲れている証拠なのでしょう」
「王の日誌とは、そういうものだ。最も重要な臣下、つまり自分自身との対話なのだからな」
その時、執務室のドアがそっと開き、アリアが顔をのぞかせた。
「ふぶきん、おはよー。なんだか、まだ眠そうなお顔してるね」
「アリアか。昨日の戦の疲れが、まだ残っていてな」
「えー、大変! じゃあ、スパワールド行こうよ!」
アリアは、まるで天啓のように、吹雪が今まさに思い描いていた聖域の名を口にした。
「わたし、行ったことあるよ! おっきいお風呂がいっぱいあって、滑り台もあって、お風呂上がりのフルーツ牛乳が、すっごく美味しいの!」
アリアの瞳は、楽しかった思い出できらきらと輝いている。
彼女にとってそこは、戦略的な休息地などではなく、ただただ楽しい冒険の場所なのだ。
その屈託のない笑顔を見て、吹雪の心にあった靄が、すっと晴れていくのを感じた。
そうだ。
休息とは、次の戦いに備えるための義務ではない。
それ自体が、楽しく、心満たされる時間であるべきなのだ。
「…スパワールド、か。大阪の民なら、一度は行かねばならぬ伝説の地だとは聞いていたが…」
吹雪は、自分の立てた休息地リストに、新たな光が灯るのを感じていた。
彼の休日は、まだ完成していなかった。
朝の激戦、そして、午後の極上の休息。
その二つが揃って初めて、真に充実した一日となるのかもしれない。
「よし」
と吹-雪は呟いた。
「次の休日の作戦は、スパワールドへの偵察任務、としよう」
その顔にはもう、昨日のような疲労の色はなかった。
そこにあったのは、新たな楽しみを見つけた、一人の魔王の、好奇心に満ちた笑顔だった。




