魔王、休日スケジュールの最適化に挑む
金曜の午後。
魔王城の執務室に、吹雪は巨大な羊皮紙を広げ、週末の行動計画を練り込んでいた。
それは、もはや趣味の域を超えた、緻密な軍事作戦のようだった。
「健太先輩。我が編み出した、休日の新戦術についてご報告があります」
傍らで静かに茶を飲んでいた竜の健太に、吹雪は得意げに語り始めた。
「鍵は『朝9時半の予約』です。起床して2時間もすれば、我が心には『めんどくさい』という名の悪魔が囁き始める。しかし、9時半という絶妙な時間に詠唱訓練の予約を入れておけば、『間に合わなかったらどうしよう』という緊張感が、その悪魔を打ち払うのです」
吹雪の戦略は、さらに続く。
「拠点に到着後、たとえ予約に間に合わなくても問題ない。キャンセルして次の枠を待つ間、Wi-Fiという名の聖域で魔力収集(ポイ活)に勤しむ。部屋に入ってからの準備も、20分はかかる。歌を19曲予約し、設定を調整し、魔道具を清め、ソファを動かし、充電器を設置する…。これら全てを最適化し、3時間半から4時間の滞在時間を確保する。完璧な計画です」
健太は、そのあまりにも緻密な孤独の楽しみ方に、感心するでもなく、ただ静かに耳を傾けていた。
「そして、兵站(弁当)の問題も解決しました」
吹雪は、話題を米とパンの経済学へと移した。
「米は一合133円。対してバゲットは一本97円。休日に米を炊けば、我はつい食べ過ぎてしまう。だが、バケットならば安価な上に、食べ過ぎも防げる。コロッケ、焼きそば、ハム、チーズ…全てを計算した結果、600円で一日分の兵糧が完成するのです」
そこまで一気に語り終えた吹雪は、しかし、ふっと表情を曇らせた。
「…ですが、先輩。この完璧な計画を遂行しても、どうにも『物足りない』のです」
詠唱訓練という名の運動を終え、兵糧を食べ、日誌を書く。やるべきことはやっている。だが、14時にすべてが終わった後、心にぽっかりと穴が空く。
「ほう。盤上は完璧に制圧した。だが、王は満たされていない、と。その『物足りなさ』の正体は、何だと思う」
健太の静かな問いに、吹雪は言葉に詰まった。
その時、執務室のドアが勢いよく開き、アリアが駆け込んできた。その手には、なぜかバドミントンのラケットが握られている。
「ふぶきん! そんな難しい顔して、羊皮紙ばっかり見てないで、外に行こうよ!」
「アリアか。今は、休日の過ごし方という、人生における重要な課題についてだな…」
「もう! けいかくとか、けいさんとか、わかんない!」
アリアはぷくっと頬を膨らませると、吹雪の袖をぐいと引っ張った。
「お天気いいんだから、公園でバドミントンしよ! ね、今から!」
今から? 計画もなく?
吹雪の完璧にスケジュール化された休日の概念に、アリアの衝動的な提案が、楽しげな波紋を広げる。
彼は、自分の羊皮紙に目を落とした。
『14:00 詠唱訓練終了。14:30 兵糧摂取。15:00 …未定』
その「未定」という空白が、急に輝いて見えた。
健太が、面白そうに口の端を上げた。
「お前がずっと探していた、午後の時間の使い方が、向こうからやってきたようだな」
吹雪は、アリアの屈託のない笑顔と、自分の完璧だが孤独な計画を、天秤にかけた。
答えは、もう出ていた。
彼は、羊皮紙をくるりと丸めると、ゆっくりと立ち上がった。
「…分かった。その勝負、受けよう。我が編み出した戦術の外にある、予測不能な戦いも、また一興だ」
魔王の休日最適化計画は、あっけなく修正された。
だが、彼の心を満たしたのは、完璧なスケジュールではなく、これから始まる、予測不能で、きっと楽しい、ただの時間だった。
「ふぶきん、早く早くー!」
その声に導かれるように、魔王は執務室を後にする。
彼の本当の休日は、どうやら、今まさに始まろうとしていた。




