魔王、インドア派を自覚する
休み、出勤、休み、出勤。
そして明日もまた休み。
人間界の暦とは面白いもので、時折こんなふうに、心地よい休みが飛び石のように配置されることがある。
仕事(世界征服の準備)を一日頑張れば、次の日には休息が約束されている。
この繰り返される小さなわくわく感が、まるで長い連休のように感じられた。
京橋のいつものカフェで、吹雪は確立されつつある自身の休日パターンに、静かな満足感を覚えていた。
「やはり我は、インドア派なのだな…」
行きたい場所はすべて「建物」の中。
弁当を作り、電車で読書をしながら聖地・京橋へ。
午前中は創造活動に没頭し、午後はチョウザップという名の施設で詠唱訓練。
これで朝5時から夜20時まで、15時間もの時が充実して過ぎ去っていく。
徒歩数は1万歩を超え、健康的で、節約にもなる。
「悪くない。実に効率的な儀式だ」
このパターンを、人生の確固たる一つとして自分に刻み込みたい。
そう思う一方で、新たな課題も浮かび上がっていた。
勉強する時間が、圧倒的に足りない。
休日に活動していて「時間が足りない」などと思える日が、今までの人生であっただろうか。
魔王城に帰ると、傍らで静かに竜銀のチェスを磨いていた健太に、ふと報告したくなった。
「健太先輩。我が人生も、少し前を向いたようだ」
「ほう」
「例の、但馬銀行とかいう古代の契約書が見つかった。これで人間界の統治機構(税務署)にも相談に行ける。それに…」
吹雪は、腕にまとっていた夏用のローブ(シャツ)の破れた袖口を見せた。
「とうとう儀式用のローブが限界を迎えた。新しいものを誂えようと思う」
「それもまた、前進だな」
衣類などどうでもいいと思っていたが、いざ新調するとなると、考えることは多い。
人間界の巨大な武具ギルドであるユニクロかGUか。
価格は2000円以内。色は白、グレー、黒、ベージュといった無難なもの。
変なものを選ぶと、ずっとそれを着ることになるのだから、コーディネートも考えねばならない。
まるで食材を選ぶのと同じだ。
これもまた、生活という名の統治術の一つなのだろう。
しかし、そんな前向きな気持ちに、いつも影を落とすものがある。未来への、漠然とした不安だ。
「なあ、先輩。我は時々、途方もなく心配になるのだ」
吹雪の声は、いつになく静かだった。
「老後の軍資金も、いつか始めたい商売の元手も、いくらあっても足りぬように思える。計算してみたのだが、我が人生で貯められるお金は、頑張っても600万。せいぜい300万が限界かもしれん。最悪、ゼロという可能性すらある…」
そして、もう一つの根源的な恐怖。
「もし、何かの呪いにかかって、魔力が使えなくなったらどうしよう。病気で動けなくなったら…」
考えても無駄だと分かっているのに、思考は悪い方へ滑り落ちていく。
健太はただ静かに、吹雪の言葉に耳を傾けていた。
吹雪は、その不安を打ち消すように、自らシミュレーションを始めた。
「もし働けなくなった場合を想定する。生活費は月8万。ローン返済が必須だ。つまり、必要経費は月16万…。もし入院でもすれば、病院代もかかる。我が財産で、どれくらい持ち堪えられるか…」
指を折りながら計算し、吹雪は一つの答えにたどり着く。
「…18ヶ月。一年半か。NISAという名の宝物庫を崩すのも含めれば、2年以上はどうにかなる。その間に、次の一手を考えればいい…」
漠然とした恐怖に具体的な数字を与えることで、不安は少しだけ輪郭を帯び、扱いやすいものに変わった気がした。
「よし。最低ラインの貯金、300万は死守する。それ以上のお金で、運用し、消費していこう。そして、我が統治の三つの柱を立てる」
最小限の生活費で、充実した日々を送ること
挑戦の日々を忘れないこと
努力の日々を怠らないこと
金がないのは、工夫で解決できることも多い。
それをプラスに転じていけばいい。
「そして、やはりあの住宅ローンという名の不平等条約は改定せねばな。本当に、信用して間違いだった。ここから挽回していく」
吹雪は、自分に言い聞かせるように、静かに、しかし力強く言った。
「不安と向き合い、具体的な策を講じる。それが王の務めだ」
健太が、チェスの駒を一つ、カチリと進めて言った。
「お前も少しは、王らしくなってきたではないか」
その時、アリアが部屋に入ってきた。
「ふぶきん、明日は実家に帰るの? おかあさん、喜ぶね」
「ああ…そうだな。ずっと帰っていないからな。少し、気になることもある」
未来への不安、現実的な課題、そして家族への思い。
様々なものが心に渦巻いている。
だが、それら全てを抱えながらも、自分の足で立ち、前を向こうとしている。
「充実した日々」と「挑戦の日々」、「努力の日々」。
三つの柱に支えられた魔王の人生は、確かに昨日より少しだけ、強くなっているようだった。




