魔王の完璧な一日とアリアの冒険地図
その日の休日、俺、魔王吹雪は、聖地『京橋』の『雷撃フィットネス(チョコザップ)』にあったワークスペースにいた。
いつものフリースペースが満席だったための代替策だったが、むしろこちらの方がいい。
疲れたら気兼ねなくストレッチができるのだから。
「ふふふ…我が計画は、日々進化を遂げているぞ」
俺は満足げに、先日ダイソーで手に入れた新しい水筒を取り出した。
200円のシンプルなドリンクボトルだ。
「健太、アリア。この宝具の真価、見せてやろう」
俺はまず、水筒の口をラップで覆い、ストローがさせる程度の小さな穴を開けた。
そしてその上から、アルミホイルを被せる。
「見よ!これで蓋をいちいち開け閉めせずともコーヒーを飲め、万一転倒させても被害は最小限!さらにアルミによる簡易保冷効果まで!」
俺の発明に、ドラゴンの先輩、健太さんは冷静に分析する。
「なるほど。ラップを柔軟な膜として、アルミホイルを構造補強と断熱材として利用するか。低コストで合理的なハックだ」
「わー!ふぶきん、すごい!秘密基地の道具みたい!」
と幼馴染のアリアが目を輝かせる。
だが、課題はまだあった。
夏場は最低でも1.5L、できれば2Lの水分が必要だ。
何本も水筒を持ち歩くのは骨が折れる。
俺が唸っていると、賢者の石が天啓を授けた。
「…なんと!人間界の『無印良品』なる店では、無料で水の補給ができるだと…?」
京橋と天王寺、 ビルにその店はある。
俺の頭の中で、完璧なルートが完成した。
「決まったぞ!朝は自前のコーヒーと茶で執筆に励み、昼に『無印良品』で水を補給!そして午後の拠点、天王寺のカラオケルームへ向かう!これぞ、我が編み出した完璧なる休日の陣立てよ!」
しかし、計画が完璧になるほど、新たな課題が顔を出す。
午後のカラオケの後、実家に帰る。
だが、その道中や実家での時間に「楽しみ」を見出さなければ、それは「義務」となり、俺の心を蝕む。
「スキルアップの時間だけでは、人生は潤わん。午後は、純粋な楽しみを見つけねば…」
俺は決意した。
これまでの「行き当たりばったり」の散策ではない。
明確な目的を持った探索を開始するのだ、と。
「よし、聞け二人とも!今後の我らの任務だ!以下の拠点を、この街のどこかに見つけ出す!」
俺は指を折りながら、新たなクエストリストを読み上げた。
一、テニスボールを使った壁打ち修行に適した場所!
二、人目を気にせずストレッチができる聖域!
三、清潔にして無料の、至高のトイレ!
四、我が財政を潤す、激安ショップ!
俺が真剣な顔で語り終えると、アリアが「なあんだ、そんなこと?」
と言って、自分の小さなカバンから一枚の紙を取り出した。
それは、彼女がクレヨンで描いた、手作りの地図だった。
【アリアの冒険マップ】
「ふぶきん、それならもう見つけてあるよ!」
彼女は地図上のいくつかの場所に、得意げにバツ印をつけていく。
「見て!ここの公園の壁は、ボール遊びにちょうどいいの!それから、この神社の裏手は広くて静かだから、ストレッチし放題だよ!あとね、ここの路地裏のお店、お菓子が10円で売ってるの!」
俺と健太さんは、呆気に取られて顔を見合わせた。
俺が人生をかけて見つけ出そうとしていたクエストの答えを、アリアはいとも簡単にコンプリートしていたのだ。
「…アリア。一体どうやって、これほどの情報を…?」
俺が尋ねると、彼女はにっこりと笑って、秘密を教えてくれた。
「簡単だよ!街の猫ちゃんたちの後をついて行ったの!猫ちゃんたちはね、どこで遊ぶのが一番楽しくて、どこでお昼寝するのが一番気持ちよくて、どこに行けば美味しいものにありつけるか、ちゃーんと知ってるんだから!」
やれやれ。俺は天を仰いだ。
どんなに完璧な計画を立てようとも、どんなに論理的に思考しようとも、この世界の真理は、いつだって猫と、この天真爛漫な幼馴染が知っているらしい。
まあ、それも悪くない。
俺たちの休日は、まだまだ面白くなりそうだ。




