魔王の学習法とカラオケ特訓
休日の朝。
俺、魔王吹雪は、ベッドという名の封印の中で微睡んでいた。
4時には目が覚めていたはずが、魔界の水晶板が映し出す、荒唐無稽な人間界のドラマに心を奪われ、気づけば6時を回っている。
「…まずいな」
昨夜、つい城下のスーパーでパンを買ってしまったのが全ての元凶だ。
朝の買い物という、俺をベッドから引きずり出すための重要な「任務」が存在しない。
いつでも食事が作れるという安心感が、俺を行動不能に陥らせていた。
「吹雪。我が城の結界は、8時を過ぎれば灼熱に変わるぞ」
隣で書物を読んでいたドラゴンの先輩、健太さんの声が、俺の背中を押す。
俺はのろのろと起き上がり、昨日ダイソーで買った新しい水筒にデカフェコーヒーを注いだ。
蓋が単純なネジ式で、軽くて洗いやすく、漏れる心配もない。
これこそが最適解だったのだ。
しかし、今日の糧食の選択は、最適解とは言えなかった。
手作りのハンバーガーは、その柔らかなパンのせいで、いくらでも食べられてしまう。
満腹感だけが残り、2時間後には奇妙な物足りなさに襲われた。
「やはり、我が休日の主食はバゲットサンドであるべきだ。だが、具材は変えねばならん。美味ならずとも、未知の味こそが脳を活性化させ、体感時間を引き延ばすのだからな…」
俺は聖地『京橋』のフリースペースに陣取ったものの、結局、集中力は戻らなかった。
ブログ執筆も、賢者の石との勉強も、何一つ手につかず、時間だけが過ぎていく。
「仕事という名の緊張感があるからこそ、我は能力を発揮できるのか…」
「 unstructured freedom(制約なき自由)は、かえって精神を散漫にさせる。凡俗の人間によく見られる症状だ」
健太さんの冷静な分析が、逆に俺を奮い立たせた。
「よし、行くぞ!第二の拠点へ!」
俺は14時半に席を立ち、天王寺へと向かった。
目指すは『雷撃フィットネス(チョコザップ)』のカラオケルーム。
駅から22分ほど歩くが、この距離はウォーキングとしてむしろ歓迎すべきだ。
「しかし健太、この計画では『京橋』から『カラオケ』へ移動するだけで、往復含め約3時間を消費する。これでは一日が終わってしまう。もっと行動の自由度を高めるには、他の拠点も開拓せねばならんな」
「戦略拠点の多様化か。悪くない考えだ」
やがて、目的のカラオケルームに到着した。
歌い放題の、誰にも邪魔されない空間。
ここなら仮眠も、そして勉強もできるはずだ。
我が人生の目標は高い。
80歳になっても、今と同じように動ける肉体。
そのためには、運動、ストレッチ、そして何より、脳を活性化させ続ける「勉強」という習慣が不可欠なのだ。
「そうだ。我は、我が最強の勉強法を見つけ出す!」
俺が固く決意を表明した、その時だった。
部屋に入るなり、幼馴染のアリアがマイクと分厚い歌本を手に取っていた。
「ねえ、ふぶき!勉強するんでしょ?」
「う、うむ。いずれはな。まずはこの空間に慣れることから…」
「じゃあ、特訓だね!」
アリアは歌本の1ページを指差した。
そこに書かれていたのは、目もくらむような漢字とカタカナが羅列された、超高速のラップソングだった。
「勉強には、集中力と記憶力が大事なんでしょ?だったら、このすっごく長くて早口の歌を完璧にマスターするのが、一番のトレーニングになるよ!さあ、やってみよう!」
俺の「生涯学習」という壮大な計画が、アリアの天真爛漫な発想によって、突如「カラオケ特訓」へと姿を変えた。隣を見ると、健太さんが真顔で頷いている。
「…ふむ。確かに、複雑な歌詞を高速で記憶し、リズムに合わせてアウトプットするのは、優れた認知トレーニングだ。理にかなっている」
理にかなっている、だと…?
俺はマイクを握らされたまま、呆然と二人を見つめた。
やれやれ。
我が最強の勉強法探しの道は、どうやら思わぬところから始まるらしい。




