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魔王、テレビなき玉座と食べ放題の残光を想う

「……健太先輩。私は今、朝の八時からマクドナルドという名の前線基地に潜伏しています。友人と会うのは十時五十分ですが、十時発行の整理券を確実に手中に収めるため、二時間以上前に現着しました」


八尾。朝の冷気がまだ残るマクドナルドの一角で、吹雪はタブレットのバックライトに照らされながら、静かに、しかし熱く語り出した。


「八時か。お前、相変わらず極端だな。整理券のためにそこまでやるか」


「備えあれば憂いなし、です。予約が埋まっている戦場では、朝一番の動きが勝敗を分ける。それに、こうして早く動くことで、私は『家でドカ食いして寝る』という自堕落な魔王の影を振り切っているのです」


「ふぶきん、朝から頑張ってるね。お掃除とお風呂も終わらせてきたの」

アリアが事務所のモニター越しに、朝食のトーストをかじりながら尋ねた。


「ああ。家を出る前に全ての儀式を終えた。用事がないと、私は朝からスーパーでお菓子を買い込み、動画を見ながら泥沼のような暴食に沈んでしまう。だが、今はマクドでブログを書いている。一円の無駄もなく、カロリーの消費効率を最大化させているのだよ」


「まあ、家でゴロゴロして太るよりは、外でブログ書いてる方が建設的だな」


「ええ。最近は京橋まで足を伸ばし、二万歩を稼ぎながら街を覚えるのが日課です。ジェミニに街の歴史を問いかけ、ポイ活の歩数を稼ぐ。移動中にはTVerやアマプラで動画を消化する。こうなると、家という場所の定義が変わります」


「家が変わるって、どういうことだ」


「健太先輩、家はもはや『食事と睡眠』のためだけの、純粋な休息所シェルターであるべきなのです。録画機能の転送機能に気づきましたが、アプリが終わるなら、もはやテレビすら不要。私は今、テレビチューナーなしのモニターか、タブレット一つで十分だと悟りました。家のレイアウトを根本から変更し、テレビを撤去する。魔王の玉座には、Wi-Fiさえあればいい」


「ふぶきん、テレビなくなったら、お部屋広くなるね。でも、寂しくないの」


「寂しさよりも、健康と効率だ、アリア。昨日は食べ放題のあと、お腹がいっぱいすぎて脳が停止した。そのまま帰れば寝るだけだったが、私は図書館へ行き、その後のルーティンを確立した。食べ過ぎた後は、まず歩いて血糖値の上昇を抑える。そしてコンセントのある拠点で、心ゆくまで動画や漫画を見る。4時間は粘る」


「4時間か……。腰、痛くならないか」


「そこでレジャーシートの出番です。15分から30分、公園の片隅などで横になり、血流を脳に戻す。そしてまた歩いて帰る。18時以降に帰宅すれば、太るリスクを最小限に抑えつつ、家でも『合法的なゴロゴロタイム』が過ごせる。これぞ、満足度の永久機関です」


「……公園でレジャーシート。お前、通報されないように気をつけろよ」


「身なりは整えています。それに、この生活を支えるのは、休日の『量の満足度が高い食事』。食べ放題や、スーパーの食パンにコロッケを挟む自作のイートイン・サンドイッチ。これがあれば、私の精神は安定する」


「ふぶきん、お外でサンドイッチ作るの。マヨネーズはどうするの」


「アリア、ジェミニが教えてくれたのだよ。使い捨ての個包装マヨネーズを常備するという秘策をな。カバンに忍ばせておけば、いつでもどこでも、私のサンドイッチは完成する。野菜不足はサラダを買い足せば解決だ。お財布にも優しく、自由度は無限大」


「……マヨネーズを持ち歩く魔王か。庶民的すぎるだろ」


「健太先輩、節約と健康を両立させるには、こうした細かい『設定』が重要なのです。一三時半に解散したあとの、ぼんやりした時間をどう過ごすか。その設計図が描けた今、私の休日に死角はありません。今日はアリオ八尾でビュッフェ。友人と会う前に、私はこのブログという名の戦報を書き終える」


「はいはい。で、今日は何時くらいに帰る予定なんだ」


「18時を目指します。しっかり歩き、しっかり食べ、しっかり動画を見て、最後は家で眠る。明日の朝、体が軽く、心が満たされていれば、私の勝ちです」


「ふぶきん、マヨネーズ忘れないでね。お外でのんびり、楽しんできて」


「ああ。アリア、次はおすすめのレジャーシート・スポットを報告しよう」


吹雪は力強く頷き、再びキーボードを叩き始めた。

周囲が朝のコーヒーを啜る中、彼の頭の中では、大阪の街を舞台にした壮大なダイエットと節約のシミュレーションが完遂されようとしていた。


テレビを捨て、外へ飛び出し、マヨネーズを忍ばせて歩く。

それは、現代という迷宮を最も賢く、最も自分らしく生き抜こうとする、孤独で勇敢な魔王の姿だった。


窓の外では、八尾の街がゆっくりと動き始めていた。

10時の整理券発行まで、あと少し。


吹雪は一文字一文字に、自らの健康への誓いを込めて、静かに進軍を続けていた。

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