商売上手
どう反応するべきか迷っていると、周りのざわめく音に意識がそれた。
それはハドリーも同じだったようで、私の顔から視線を外すと辺りをキョロキョロと見渡す。
そのことにホッとした後、ハドリーの視線の先を私も目で追いかける。
(あ………!)
周りの熱っぽい視線と、時々混じる歓声のようなものを一身に浴びながら、ずんずんと早足でこちらに向かって来るサディアスの姿が見えた。
しかも、マーケットの陽気な雰囲気に似つかわしくない眉間にシワを寄せた表情で……。
(やばい!)
本能的な危険を察知し、反射的にサディアスに背を向ける。
「………ミア」
しかし、すでに手遅れだったようで、私の真後ろから低い声で名前を呼ばれてしまった。
「あー……サディアス団長こんにちは!偶然ですね!」
振り向きながら、誤魔化すように明るく挨拶をする。
「何をしている?」
しかし、誤魔化されてはくれないサディアスから直球の質問が投げかけられた。
「えっと、ちょっとお買い物を……」
「なぜ?」
「あの、せっかくマーケットが開催されてるので……その……」
「なぜ一人で?」
語彙の少なさが余計に怖いな……。
別に悪いことをしているわけではないのに、しどろもどろな言い訳のようになってしまう。
「サディアス団長はどうしてここに?」
「ミアがここに来ていると聞いたからだ」
「そうなんですね……へへっ」
誰だチクった奴は!
そう思いながらも、愛想笑いを浮かべる。
てっきりサディアスも休みだと思っていたのだが、魔術師団の制服を着ているところを見るに、イアンと同じく彼も出勤していたようだ。
「サディアス団長といえば第四魔術師団の団長様やないですか!お会いできて光栄ですぅ」
そこに、全く空気を読まないハドリーが口を挟んだ。
サディアスは声の主であるハドリーに無言のまま目を向けるが、その顔には「誰だお前?」とわかりやすく書いてある。
「僕はペルソン商会のハドリーといいます。ちょうどそこのお嬢さんがうちの商品をえらい気に入ってくれましてね。よかったら団長様もいかがです?」
サディアスの無言の圧も全く意に介さず、ハドリーはまさかの自社製品の売り込みを始めた。
「必要ない」
「まあまあ、そう言わずに。うちが開発したポーションなんですけどね、見た目もけっこう可愛いらしい感じになってるでしょ?お嬢さんは十本も購入してくださったんですよ」
ハドリーの言葉に、今度は私がサディアスにジロリと睨まれてしまう。
(なんでそんな物を買ってるんだ!?……って思ってそう)
せっかくお金を遣うなら、役立ちそうな物を買ったほうがいいかなぁ……くらいの軽い気持ちだった。
しかし、ポーションの使用方法は飲むこと……つまり、飲み物に分類されてしまうわけで、日頃から口にするものには気を付けろと言っているサディアスからすれば、迂闊なことをしているように見えたのだろう。
突き刺すような視線が痛い。
「魔術師団やったら団員さんたちも怪我や魔力切れが多いんとちゃいます?このポーションは保存期間が他より長いことが特徴なんですわ。それやのに効果はバッチリ!定期購入していただけるんやったらサービスもさせてもらいますよ!」
こんな空気の中、ハドリーはまさかの大口契約まで狙い始めた。……そのハートの強さを見習いたい。
しかし、サディアスはハドリーの言葉を全て聞き流し、完全に私へのお説教モードへと入ってきている。
すると、ハドリーはぴたりと言葉を止め、じっとサディアスの顔を見つめる。
「それにしても、お嬢さんも可愛いらしいけど、団長様はまるで彫刻のような美しさやねぇ」
うっとりとした表情で感嘆の声をもらす。
どうやら、今度は褒めて購買意欲を高める方向に舵を切ったようだ。
「お嬢さんと並んでると、ほんまにお似合いやわぁ」
そう言った途端、サディアスがぴくりと反応し、その視線をハドリーに向けた。
「ポーション……と言ったか?」
意外や意外、ハドリーの褒め言葉にサディアスが纏っていた怒りの空気が和らぐ。
サディアスほどの美形ならば、容姿を褒められることなんて日常茶飯事だと思っていたが……。
やはり、やり手の商会長であるハドリーは、褒め方も超一流なのかもしれない。
「そうそう、これなんですけどね〜」
間髪入れずに、ハドリーがポーションの瓶をサディアスの前にずらりと並べる。
「男は見た目より質を優先してしまいがちやけど、女の子は見た目が可愛いらしいものが好きやからねぇ」
「そういうものなのか……?」
「部屋に飾っても可愛いと思いますよぉ」
「ポーションを飾る?」
「そうやんね、お嬢さん?」
そう言って、ハドリーから突然同意を求められた。
「え?……そうですね。部屋に飾っても可愛いと思います」
まあ、リボンも巻かれているし、ハーバリウムだと思えば飾らなくも……いや、たぶん飾らないだろうけど。
このままサディアスの機嫌を直してもらいたい私は、とりあえずハドリーに話を合わせた。
「魔術師団で使うかどうかは置いといて、まずはお試しでどうです?あ、お嬢さんのぶんを先に包むから、ちょっと待っといてくださいね」
サディアスにそう言うと、ハドリーは私を手招きする。
「好きな色を選んでええよ」
「はあ……」
特に好みもないので、適当にひょいひょいとリボンが巻かれたポーションを選んでいく。
「あ!お嬢さんは紫が好きなんやねぇ」
「まあ、好きですね………」
「綺麗やもんねぇ、紫」
「そうですね……」
そんな相槌を打ちながら、とりあえずハドリーにお金を払って好感度を確保し、さっさと撤退しようと目論む。
決してサディアスのお説教から逃げたいわけではなく、仕切り直しをしたいだけだ。
私は支払いをするためにポケットから特別報酬が入った袋を取り出す。
すると、そこにサディアスが待ったをかけた。
「彼女とは別にポーションを十本追加で。支払いはまとめて俺が」
「えっ!?」
突然の奢ってあげるよ宣言に、私はサディアスの顔を凝視する。
「ありがとうございますぅ。さすが団長様やなぁ」
「いや、あの……」
「お嬢さんもこんなに頼れる団長様が側にいてくれて幸せ者やね」
「え、えぇっ!?」
これがハドリーのお店でなければ、いくらでも奢ってくれて構わないのだが、好感度を上げるためには私がお金を払わなければ意味がない。
「大丈夫です!自分で支払いますから!」
私の言葉をハドリーもサディアスも華麗にスルーする。
ハドリーにしてみれば、ただの聖女候補である平民の私よりも、魔術師団団長であり貴族のサディアスに商品を売り込んだほうが先を考えてもメリットがあるのだろう。
「それじゃあ、魔術師団でもご入用のものがありましたらこちらに連絡を。うちの商会は配達も対応しておりますので」
その証拠に、ハドリーが流れるような動作でサディアスに名刺を握らせていた。
「ありがとうございましたぁ!」
とびっきりの笑顔のハドリーに見送られ、私とサディアスは店を後にする。
二十本ものポーションが入った袋はサディアスが持ってくれていた。
令嬢たちからの視線が痛いので、足早にマーケット会場を抜け、魔術師団棟へ逃げ込む。
「サディアス団長、あの、ポーションをありがとうございました」
左隣を歩くサディアスに恐る恐る声をかける。
「いや、これくらいのこと気にするな。それよりも、どうして一人で行動したんだ」
「えっと、神殿でマーケットの話を聞いたら行ってみたくなってしまって……」
「そういう時は俺を呼べ」
「そうですよね。すみません……」
もっと怒られるのかと思っていたが、サディアスの声は存外優しかった。
そのまま二人で並んで歩いていく。
(あれ……?)
そういえば、背中を追いかけてばかりいたのに、いつの間にかサディアスは私と歩幅を合わせてくれていて……。
背の高いサディアスの横顔を見上げると、私の視線に気付いたらしい彼がこちらを見つめ返す。
「どうした?ミア」
柔らかに細められた紫の瞳に、なぜか私の胸は高鳴ったのだった。
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