ガチの先入観
サンダーソン公爵がやって来てしばらく経った。
彼は、メリッサとはまだマシな関係を築いている。もっとも、マイクやトッドじいさんほどではないけれど。それでも、まだ二言三言やり取りをしているだけまだマシである。
とにかく、わたしだけなのだ。
(それとも、彼はわたしだと気がついていて避けているの?)
その可能性も否定出来ない。
そんな公爵は、メリッサの強引な誘いでしばらくの間「おふくろ亭」に滞在している。
彼の目的はまだわからない。もしかすると、メリッサが彼にどうしてブライトンの街にやって来た理由をうまく聞き出してくれるかもしれない。
彼女は、そういうことがうまいから。
サンダーソン公爵の正体を知っているのは、マイクとわたしだけということになる。それも本人から直接知らされたわけではない。例の軍事書の著書の孫だということから、わたしたちが気がついたことになる。
もっとも、公爵はマイクには口止めしたらしいけれど。
しかし、彼はわたしには口止めしなかった。もちろん、わたしはぜったいにだれかに言うことはない。だから、口止めは必要ないのだけれど。
アンディは、いまだ王都から戻ってこない。戻ってこなくてさいわいすぎる。アンディとサンダーソン公爵のダブルパンチは、いくらなんでもきつすぎるから。
とはいえ、サンダーソン公爵のわたしにたいする不愛想な態度、というよりかは全力無視のスタンスは、わたしにとってはかえって心地いい。
アンディとの距離感より、公爵との距離感の方がずっといい。
公爵は、「おふくろ亭」の食事はもちろんのこと、「おふくろ亭」での仕事に興味を抱いた。彼は、痩せたとはいえ背が高くてそこそこの体格をしている。しかも公爵でありこの国の英雄である。その彼が、調理をしたり料理を運んだり会計をしたりお客さんとコミュニケーションを取ることに興味津々なのである。
それがすごく面白い。
彼は、居ても立っても居られなくなったらしい。もしかすると、メリッサの厚意に甘えていることへの感謝の気持ちを示したいのかもしれない。きっと義理堅いのだ。ついに手伝いを申し出た。だから、手伝ってもらうことになった。
(メリッサ。彼は、この国の三大公爵家の当主であり将軍としてこの国を救った英雄なのよ。その彼に食堂の手伝いなんてさせてはいけないわ)
メリッサは、わたしの焦りをよそに彼に前掛けをさせて店の手伝いをさせた。
ちなみに、彼はトッドじいさんのシャツとズボンを借りている。小柄なトッドじいさんの衣服は、彼にはやはり小さすぎる。だから袖も裾も短い。
ダメとは思いつつ、ついつい笑ってしまった。
しかも、その恰好に真っ白い前掛けをしているのである。
(これがほんとうに将軍なの?)
それがまた可愛く、微妙に似合っている。
彼が照れているところも好感が持てる。
おもわず見惚れてしまった。
一方、彼もメリッサやマイクに揶揄われながらもまんざらでもなさそう。
そういうところも可愛らしい。
すこしだけ見直した。
(ってわたし、どうしたのかしら?)
そんな彼をじっと見、そんなふうに思ったことに自分でも驚いてしまった。
しかし、残念ながら可愛さと能力は比例しない。
公爵は、どん臭かった。というか、不器用すぎた。
タマネギの皮を剥くのさえヤバかった。料理を運ばせても会計をさせても、とにかくミスった。
とはいえ、彼のミスはお茶目なものばかり。お客さんたちも笑って許してくれている。
もっとも、彼もさすがは歴戦の将軍だけのことはある。ただたんに勝手が違っただけだった。二日もすればすっかり慣れ、まるで以前からやっていたかのようにスムーズに動くようになった。
公爵は「おふくろ亭」の仕事だけではなく、トッドじいさんのところの雑用やご近所さんの力仕事もイヤな顔一つせずやってくれる。
それは、あきらかにアンディとは異なる点である。
サンダーソン公爵は、アンディとはまったく違う。




