神様の悪戯
私は教科書をしっかりと持つと、黒板に向かって周囲に気を巡らせた。
誰もが先生の朗読をだるそうに聞いているだけで、平蔵の声を聞いて反応する者は一人もいない。
再び頭の中で声がした。
【なんなんだはこっちの台詞だ。
なんで、あんなにあいつ俺のこと嫌ってるんだ?】
私が振り向くと、案の定奴もこちらをしっかりと見ている。
(覚えてないの?)
私は心の中でつぶやくと、平蔵の両目がカッと見開いたのを見た。
あいつもかなり驚いている様子だ。
【な…なんだと?】
(こっちも丸聞こえなんだけど)
平蔵は大きな手を額に乗せると、頭を抱えるように机に突っ伏した。
それを見た隣の雨宮が「大丈夫か?」とひそひそ声で声をかけていたが、
平蔵はそれを無視して机に額を打ち付けながら。
【なんだ、これ~。なんだよ、これ~】と繰り返した。
(うるさい!私の頭に中に入ってこないでよ!)
【バカ野郎!そんな器用なことが俺にできるわけないだろ!どうすりゃいいんだよ】
(わめくな!小心者。ちょっと静かにしててよ。考えることもできないじゃない)
すると、平蔵は静かになった。
そのまま国語の授業が終わるまでは静寂が続いた。
チラリと振り返ると、教科書を立てて机に頭だけ乗せてだらしなく両腕を床に垂らしていた。どう見ても、寝ている。
地元では最高峰の進学高に頭悪そうなあいつが入れたのは奇跡だった。
平蔵ママはうちのママに興奮して報告しに来た時、私も意外過ぎて心臓がどきどきするほど驚いた。
授業について来れなかったら卒業なんて出来ない。
だからきっとあいつは私の長年通う塾に入って猛勉強しているのだろう。
何か、夢や目標でもあるんだろうか。
【で。なにか考えついた?】
国語が終わろうとするまさにその時、再びあいつの声が頭の中で鮮明に聞こえた。
(無理です)
と、私はついムキになっている。イライラが益々上昇していた。
【思ったんだけど、これはテレパシーかな?】
(テレパシー?)
…超能力の?
あの、テレパシー?
なんで?
そんなものがどうして、私と平蔵の間で突然現れるというの?
私達は、犬猿の仲なのよ?
以心伝心する道理などないわ!
【そこなんだけどさ~。犬猿の仲っていつからそう思ってんの?
この際だから、なんで俺のことそんなに嫌いなのか教えろよ。
なんでいっつも睨まれてきたのか、今日こそははっきりさせろってばよ!】
と、平蔵は言い出した。
次の授業は体育だ。
体操着を持って更衣室へ行くというのに、
男の声が頭の中でしているなんてどうかしている。
私は泣きそうになる気持ちをぐぐっと踏みとどめているのに必死だ。
【そうそう。
さっき、大好き過ぎてストーカーみたいとか言ってなかった?
お前、俺のこと…いつから好きだったの?】
イライラする。
【イライラするのって、もしかして俺のせい?俺がバカなせい?】
それ以外に何があるというのだろうか。
【ねーねー。潤ちゃん】
馴れ馴れしく呼ぶな。
【潤ちゃ~ん。無視しないでよ~。俺だってどうすりゃいいのかわからんもん】
あんたはあんたのやるべきことがあるんだったら、黙ってやんなさいよ。
【わかってるよ。それはちゃんとやってるから大丈夫よ。それよりさ~】
頭がおかしくなりそう。
【もうおかしくなってるんだということにしては?】
静かにしてよ。
【それは無理だよ。思ったことが全部筒抜けなんだから】
なんで、私とあんたなんかが繋がったの?
私が何をしたっていうの?
神様がいるなら、答えてよ!
【神様信じてるんだね。知らなかったわ】
私はあんたに話しかけてない。
神様に話しかけているの。邪魔しないで。
【俺も信じてるよ。神様。
でも、神様は願いを聞いてくれる時は、思わぬカタチで聞いてくれるらしいよ。
じいちゃんが言ってたよ】
そういえば、おじいちゃんて元気?
【いや。もうとっくにお墓の中】
え?いつ?
【中三の修学旅行中だよ。おかげで俺は旅行を途中で早退したんだよ】
そういえば、そんなこともあったかも。
【幼稚園の時、七夕の願い事に書いたんだけど。それも毎年】
なにを?
【潤ちゃんとおしゃべりができますように】
私はバレーボールを顔面キャッチした。
動くところで動けなかったせいだ。
激痛が鼻っ面に走り、抑えた手には鮮血が付いた。
「潤!だいじょうぶ?」
「どうしたの?考え事?」
クラスメートたちが駆け寄ってくる。
私は先程の平蔵と同じように、誰かが作ってくれたハナセンを鼻の穴に突っ込んだ。
【どうした?】
屋外で授業中の平蔵の声が頭の中に響く。
(なんでもない)
【俺のせい?】
(なんで?)
【不機嫌じゃん】
(全部がぜんぶ、あんたのせいだなんてことはないから)
【ずっとずっと不機嫌だった】
私は友達に付き添われながら、先生の命令で保健室へ向かっていた。
(不機嫌にしたのは誰のせい?)
【ほら、やっぱり怒ってたんだ】
保健室のドアが開くと、その向こうにはなぜか平蔵が座っていた。




