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チョコレート  作者: 森 彗子
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なめらかなくちどけ

「鼻血がまた…」と、平蔵は愛想笑いをしてクラスメート達に説明した。



私たちは並んでベンチに腰掛けた。

そして、クラスメート達は急いで授業へと戻って行った。



同じ右の鼻の穴にティッシュを突っ込んでいる私たちは、お互いの顔を見て笑った。



「なんだ、笑うじゃん」


平蔵は柔らかい表情で私を見ている。



(このシチュエーションはなんだろう?)



虫唾が走った気がした。



私はすぐに笑顔を取りやめてそっぽを向いたが、そんなことしても意味なんてない。

平蔵は私のすぐ背後に顔を寄せたのか、妙にすぐそばから声がした。



「潤」



ゾクゾクゾク……



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


と、私の奇声に驚いた養護教師が持っていたものを床に落とした。



「吃驚したなぁ」と先生はあきれ顔で私達二人を交互に見た。



「あんたら、付き合ってるの?」



「まさか!」と私は速攻で否定した。



でも、平蔵はまんざらでもないみたいに嬉しそうに頭を掻いている。



私はその手を掴んで下に振り落した。



平蔵はキョトンとしている。



「そんな茶番は他所でやれ。ここは保健室。健全な生徒達の憩いの場なのよ」



先生は坦々とした口調で私たちをたしなめながら、ハナセンをコットンで作ってくれた。



「血が止まるまで安静にしてなよ。

私はちょっと資料作りがあるから、職員室にモノを取りに行くから」



平蔵は右手を元気よく上げて、「はーい」と返事をした。



先生は私をチラっと見てクスクスと笑いをかみ殺しながら、保健室から出ていった。



二人だけになってしまった。



(あ、やだな…)



「なにが?」



私の心のつぶやきに、すぐ食い付く平蔵が鬱陶しい。



「なにがって、あんたと二人っきりなんて最悪だって思ったまでよ」



「そんなにさぁ! 毛嫌いして、オカシイよ? …おまえ」



「だって! あんたは敵だもの!」



私は自分でもどうしてこんなかたくなに平蔵のことを許せないのか、わかっていない。



こうしている間も、怒りの炎はエスカレーションしてしまう。



……あの台詞「おいブス」がそんなに許せないものだろうか?



「ブス?」と、平蔵が反応した。



「ブスって、俺が言ったのか?」



その瞬間、平蔵の目が私を縛り付けた。

私は金縛りにあったように動くことが出来ず、身構えた。



平蔵は気味が悪いぐらいに目を見開いて、しばらく黙り込んだ。



目が、眼球が小刻みに震えていて。

まるでホラー映画の主人公みたいに雷に打たれたような顔をしている。



あの日の光景が鮮明に思い出される。

可愛い顔をした男の子は偉そうな態度で私に話しかけた。



『おい、ブス。俺が一番前に並ぶんだから、そこどけよ』



―――ショックだった。



「ああぁ」と平蔵が突然、変な声を上げた。



「あの時のことか」



その光景は、なぜか自分の姿が目の前にあって、

5歳の私は顔を真っ赤にして泣き出した。



【ううっ】という、子供の頃の平蔵の声が頭の中に響いた。

そして、視界が動いて私の姿がフェードアウトした。



次の場面は、学級写真を見ているところだ。

私の姿を見ているのは明らかだった。



私の顔のすぐ近くに爪が汚れている子供の右手が見えた。

その手がアルバムを閉じたとき、アルバムの表紙が青いストライプで、赤ちゃんパンダの絵が描かれているのを見た。



(これは私の記憶じゃない)



それから、また場面が変わった。



今度はバス停で待っている私の後ろ姿が映し出されていた。



距離を詰めることができず、しばらく見ているだけで時間が過ぎた。



バスが来るのが見えたとき、幼い私はよろけて尻餅をついて転んだ。



咄嗟に近付こうとしたが、すぐにママが駆け寄ってきて立ち上がらせた。



ママの首に抱き着いた私はこちらに気付いて、じっと見たかと思うとプイっと怒った顔をしてそっぽを見た。



【ああぁぁ】と、また幼い頃の平蔵のため息が聞こえた。



どんどん場面が展開していく。



中学のとき、修学旅行のとき、部活の大会のときや、受験の合格発表の日。

卒業式、入学式……どの記憶にも近寄りがたい私がいた。



何度も話しかけたのに、私は無視している。

でも、時々鋭い視線をこちらに向け、敵視するような態度を見せていた。



【なんでこうなったんだよ】

平蔵の声がまた頭の中でぐわんぐわんと響き渡った。



「ブスって言ったのはなぁ」


と、突然。



高校生の顔をした平蔵が目の前に現れた。



私は驚いて、ベンチに座り込んだまま彼を見上げた。



「そういうことじゃないくてだ」


平蔵は頭を掻きながら、言葉を選ぶことに一生懸命の様子だ。



「お前を怒らせたのは、悪かったよ。まさか、こんなに長く引き摺るなんて思ってもなかった」



困り果てたように、泣き顔を作ったかと思うと大きな手で顔を覆い隠した。



「やっと念願叶ってお前が口を効いてくれたんだ。よし!!俺は言うぞ!」



そう言って、彼は勢いよく私の顔に近付いた。



まさに息が私の顔にかかる距離だ。



私は今、どんな顔をしているのか……。



ただ、ドキドキと胸が高鳴っている。




「好きだったんだよ! 一目惚れしたんだよ!! ブスじゃなくて、本当は俺の女神だって思ってたんだよ!!」



いつの間にか、平蔵の大きな手が私の両肩を掴んでいた。



そして力強く私の引き寄せた瞬間。



まさかの、初キスが―――



両目をぎゅっとつむっている平蔵の顔に、私のまつ毛が触れている。

睫毛に小さな雫が見えて、それが涙だと気付いた。



何秒間流れたのかわからないけど、私は息が苦しくなってやっとの思いで奴を押し返した。



でも、平蔵は懲りずに再び大きな手のひらで私の頬を包み込むと、また唇を押し付けてきた。



押し返す力は、もう出なかった。



私はなぜか平蔵の長年秘めてきた思いを受け止めようと思った。



その瞬間、心の中で固い石みたいにかたまっていた怒りの種が口どけの良いチョコレートのように溶けて消えていった。



廊下をカツンカツンとやってくる先生の足音にいち早く気付いた平蔵は、真っ赤な顔をしたまま私を放して涙目を拭いた。



「ごめん」



私は乱れた髪を手で整えながら、きっと私も顔が赤くなっていると不安になって、ドアが開いた瞬間に平蔵の背後に飛び込んでいた。



「お?」


と、先生がわざとらしい声を出した。



「甘いムードが残ってるぞ。お前ら、そういうことは他所でやれと言っただろ?」



先生はほほっと変な笑いをして、自分の椅子に腰かけた。

面白いものを眺めるような目で、平蔵の背後にいる私を見ている。



「彼女の誤解が解けたようだな。良かったじゃないの。おめでとう」



平蔵は私の手を掴んで、ぎゅっと握りしめてきた。

私もその手に力を込めて応えた。



チャイムが鳴ると、二人で教室じゃなく屋上に向かった。



大はしゃぎの平蔵は、まるで大型犬のように尻尾を振っているようだ。



「潤!俺の女神!!」



「やめて!恥ずかしい!!」


気が付くともうお互いの心の声は聞こえなくなっていた。

でも、同じ気持ちになれたことは全身で感じることが出来た。


私たちは犬猿の仲ではなく、ずっと昔から実は両想いだったようだ。

たった一言で、ボタンの掛け違いが起きて私は何年もずっとふてくされていた。



平蔵が自ら気付いて、謝ってくれるのを夢見ていた。

まるで恋い焦がれるかのように。



「あのね。私もずっと好きだったよ…。たぶん」



私がやっと素直になって告白すると、平蔵は顔を真っ赤にしてぎこちなく私をギュッと抱きしめた。




その日から、クラスメートたちに夫婦呼ばわりされても私は嘘みたいに嬉しくて、平蔵と一緒にいることがただ嬉しくて。



まるで生まれ変わったような気分でいられた。



平蔵のロン毛をあんなに毛嫌いしていた自分はもうどこにもいなかった。



私は全力で自分のことを大好きでいてくれる平蔵の全てが愛おしい。



趣味の悪いシャツも、だらしないズボンの履き方も、真っ赤なスニーカーも、可愛らしく見える。



不思議なことが毎日どこかで起きている。



でも、それはもしかすると

素直になれない子のために

神様が起こしてくれている奇跡なのかもしれない。





おわり




エブリスタにて小コンテストに応募している作品です。

誤解が解ける、と、チョコレートが口の中でなめらかに解けていく、をかけてみました。

ファンタジーですけどね。( ´∀` *)


これも小説書き始めてた頃の作品です。一言感想お待ちしております。

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