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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
最終章 決戦大女王編
98/101

98:最後の死闘(前編)

 ブブブブ……低く響く虫の羽音が耳に付く。

 小女王と違い、大女王は自らが戦うらしい。その方が私もやりやすい。

 背丈よりも長い金色の髪が、翅の起こす風に別の生き物のようにうねり、少し透け感のある白い着物の裾がオーロラのように翻る。時折ちらりと覗く脚は、銀色の光沢のある甲虫系の昆虫特有の棘々したもの。僅かに残る人らしい部分は片腕と顔半分のみ。それが美しく、そしてよく見知った顔に似ているものだから、余計に違和感が大きい。

この最上階の部屋は天井は非常に高いが、桃色の糸が張り巡らされているためそうは飛び回れないだろう。

 それでも、宙に浮かんでいるだけでこの存在感。 

 何だろう、体が熱い。力が沸き上がってくるような気がする。

 大女王は強いのだろうか。戦え、倒せと私の闘争本能に訴えて来るのは、ひょっとしなくてもこの鎧のせいなのだろうか。あの異質な生き物はここにいてはいけない、この世から消し去れと。

 いやいやいや、待て。いかにもう切り離せないとはいえ、ルピアのお母さんなのだぞ。やはり命を断つなど私には……。

 そんな私の考えを読んだのか、ルピアが一歩前に出てきた。

「マユカ、言ったはず。大女王だけは生かしておいてはいけないんだ」

「しかし……戦うのは良いが命まで……?」

「もう母の部分は生きていない。中途半端に面影が残っているだけなら、いっそ全て消えて無くなってしまった方がいい!」

 珍しく声を荒らげてルピアが言った。

 そうか。あれはルピアのお母さんであると同時に、お母さんを奪ったものなのだ。それを目の前にして平静でいられるはずが無い。

 体が死にそうなほど辛い時も、決して表に出さず我慢してた奴だ。一人で悲しい思いを抱えてたのに、それすらも見せずに。人の事ばかり心配して。私以上に固い鉄の仮面を被ってきたルピア。

 私はルピアのお陰でやっと仮面を脱いだ。だから今度はルピアの番。

 これ以上ルピアを悲しませるのは嫌だ。それだけでも私にとっては戦う理由になる。

 もはや躊躇いは吹き飛んだ。

 大女王を倒す!

 気合を入れて一歩踏みだした私に、宙に浮かんだ大女王が言う。

「ふふふ……私に勝てると思っているのですか?」

 わずかに覗く顔が、たとえ穏やかな笑みを浮かべているとしても、あれは違うもの。

「勝つ。今は負ける気がしない。別にヴァファムに恨みはないし、先の事故以外殺したことはない。だが女王よ、お前だけには個人的に恨みがある。こちらも殺す気でいくぞ」

「個人的な恨み?」

「ああ。世界を救うとか、そんな御大層な理由はどうでもいい。お前は私の大事な男の母親を奪った。悲しい思いをさせた。それだけで殺したいほど恨みがある!」

 ぶん、と自分が構えた棒が音をたてる。握り具合、重さは変わったように思えないのに、もはやスチールの突っ張り棒の安っぽさは留めていない金色に輝く戦杖。

 これから攻撃に出ようという構えなのか、六本の手足を広げ、少し高度をあげた大女王。

 女王と管で繋がっていたオスの虫達が慌てて離れた。大女王自身の翅が起こす風で、桃色の糸が揺れている。

 そこで私ははっと気が付いた。

糸の上にはこれから孵るであろう卵もある。あのキノコちゃんみたいな幼生もいるかもしれない。ここでやりあったら巻き込んでしまう。

 攻撃に出ようとして私は待ったをかけた。

「あー、ちょっとタイム。さっきも言ったが、私は他のヴァファムは巻き込みたくない。まだ何も知らないチビちゃん達なら猶更だ。出来るなら安全な場所へ。それとも外へ出るか? やりあうのはそれからだ」

 我ながら暢気に言ったが、そこで大女王も気がついたらしい。ここには他に人に寄生している世話係すらいないみたいだし、あれだけ子供を大事にする女王だ。卵の一つでも壊したら大変なことになりかねない。

「……出ましょう」

 その声とともに、大女王がひらりと手を動かしたかと思うと、景色がぐにゃっと歪んだような気がした。そして直後、私はなんとも言いようのない感覚に襲われた。

 一番近いのはあれだ……遊園地のすごく高い所から一気に垂直降下する絶叫マシン。なんちゃらフォールってやつ。

 体がふわりと浮いて目の前が真っ白になった。おそらく一瞬の出来事であったろうが、気が付くと私とルピアは先程の城の最上階の部屋とは全く違う場所にいた。

 広い屋外だ。完全に日は落ち、濃紺の夜の空。ひんやりした空気が頬を撫でていった。足元の感触は石畳。黒々としたシルエットでセープの城が目の前に聳えているところを見ると、最初にセープ王に憑いていた第二階級と戦った城前の広場。確かにここなら心置きなく立ち回りできるな。

 ……でもなぁ、魔法? 一瞬で場所を移動できるほどの事が出来ちゃうんだな、大女王って。なんか、ちょっと不安になって来たぞ?

 ブブブ……静かな夜の空に虫の羽音が響く。大きな月を背にした異形の影。

 遠い町の灯と月明かりだけの広場。他に邪魔をするものはいない。

 暗い中でも、自分が光を発しているような女王の姿はよく見える。残念ながら私も。鎧のせいか派手に光っちゃってるので、視覚的には互角だろう。

 ああ、鎧といえば、この金ピカにバージョンアップした戦士の鎧、軽部に指摘されるまで知らなかったのだが、頭の飾輪に猫耳がついてるそうだ。流石は猫族が作ったって事で。それに金色猫にゃん男に「僕とおそろい」って言われて……納得出来るかっ! 猫にゃんは好きだが自分が猫耳なんてちょっと恥ずかしいではないか。まあ今はそんなことはどうでもいいが。

「さあ、かかってらっしゃい」

 女王の声。よし、戦闘開始だ! 

「ルピア、離れてろ」

 私は先手必勝と突きに行く。宙に浮かんでいる相手でも、地面を蹴った足は自分でも驚くほどの跳躍力と滞空時間をみせた。戦士の鎧究極バージョン、凄いな。もう猫耳でもいいや。

 女王は逃げも躱しもしなかった。

 我ながら正確に喉元を狙った棒での突き。なのに、当たらなかった。

 後数センチのところでピタリと止まった棒の先。

 何だ、今のは。何をしたようにも見えなかったのに!

 着地して仕切り直す。

 外に出たことで天井も壁も無い今、こちらは圧倒的に不利。相手は翅があって飛ぶのだ。それでも、ほぼ昆虫化しているとはいえベースは人間。あまり高くも自由にも飛べないようではある。

 もう一度、今度は薙ぐように攻撃に行く。今度は僅かに高度を上げて躱された。

「くそっ……!」

 私が着地したところで、ルピアがよろよろと近づいてきた。魔力は少しは回復したようでも、まだサイネイアにやられた怪我が治ってない。足元もおぼつかないのに出てくるな。

「マユカ、まずは女王を地面に降ろさないと」

 頼らねばならないのはわかっているが、本当はあまり魔法は使わせたくない。さっきのようにルピアが狙われたら……考えただけでゾッとする。

「これが最後だから僕も思い切り行くよ。頼ってよ、僕を。ちょっと準備に時間が掛かるから、マユカも頑張ってくれる?」

 勿論、私は頑張るけど……最後って。なんだか酷く不吉に響くルピアの言葉。

 そんな私達のやりとりを、大女王は浮かんだままで過ごしていたが、ルピアが手を胸前で組んで呪文らしきものを唱え始めた途端に動き出した。

「させません!」

 急降下してきた女王は、鉤爪のある足で蹴りに来た。狙いはルピアのようだ。

 攻撃に来た時こそ一番のチャンス! 

 すかさずこちらも飛び蹴りで受けに行く。同時に本体を棒で突きつつ。

 がつんという硬い音をたて、腿に私の蹴りが入り、女王の軌道がズレてルピアには当たらなかった。しかし固い! 足がじーんと痺れた。

 頭を狙った棒はまたしても寸でのところでぴたりと止まったかのようだった。スイのあの空気の膜とも違う、壁にぶつかるような感じでもない。見えない手に受け止められるような。これも魔法なのだろうか。

 何度もジャンプしては攻撃を繰り返す。大女王も、やはり高位ヴァファムの特徴とも言える視野の狭さがあるのか、ルピアの事を忘れ、私の方に意識を集中してくれたようだ。ルピアの魔法の発動まで時間を稼がねば。

 再び高く飛び上がった女王。ブブブブという羽音が止まることはない。降下してきて今度は攻撃に来た。宙に浮かんだまま足で薙ぐように蹴ってくる。かわすと上昇降下を繰り返して今度は別の足が掴みかかるように襲ってくる。

 予想外に魔法も武器も持たない素手での直接攻撃。だが、昆虫特有の棘々した足は人の大きさになったらそれ自体が武器のようだ。荷物や魚を運ぶ時に使う手鉤を束ねて大きくしたような先は、まともに食らったら確実に刺さるだろうし、特にあの足の巨大な弧を描く先端は鎌のようにも見える。首くらいは飛びそうだ。一本は人の手だが棘々が五本。二刀流ならぬ五刀流か?

 先に何度か紙一重で攻撃をしのぐうちに、マントが裂け、髪の先が散った。

 だがやりあっているうちに、私には少し女王の攻略ポイントが見えてきた気がする。

 大女王の脇から生えてる人にも獣にもありえない一対は少し動きが鈍いし、ダメージはそう与えられないとはいえ、人の部分を残す部分以外の固い甲殻に覆われているところには、こちらの攻撃がなんとか当たる。柔らかい部分だけを魔法で防御しているのだろう。

 そして、月明かりに透ける薄い飴色の翅。甲虫の外側の固い翅は飛ぶのには使っていない。あの薄い翅を狙えば。

 それでもこちらはジャンプ以外に近づく事が出来ず、相手は自由に高度を上げる。どうやっても届かない。どう攻めるか……

 ぱあっと周囲が明るく光ったのは次の瞬間だった。

 いつものあの魔法の印とは違う、もっと大きなものがルピアの周りの地面から何本も立ち上がった。それは白く輝く光の柱のように細く長く、空に向かって伸びていく。

 その中心で金色の髪を炎のように逆立て、胸に両手を当てて立つルピアは私が知っている彼じゃなかった。その双眸は白っぽい緑に光ってる。

「させぬと言った!」

 大女王がルピア目がけて再び降下してきた。

 私も大きく跳躍して迎え撃つものの、すいと飛んで躱された。しまったと思った途端。ルピアの周りの光の柱が一斉に動き始めた。

 意思を持っているかのようにうねりながら女王に向かっていく白い光は、何匹もの白い蛇のようにも見えた。

 やや高く飛びながら、すいすいと光を躱していた女王だったが、徐々に密集して正確に追いかけてくる光に追いつかれ、ついに光が足の一本に触れた。

「捕縛」

 ルピアの声に合わせ、しゅるんと大きく撓った光が女王の六本の手足を同時に捉えた。その姿はまさに蜘蛛の巣に掛かった虫そのもの。

 声もたてずに身を捩る女王を少しずつ高い空から引き下ろす白い光の帯。

 すごい! ルピア、とんでもない魔法が使えたんだな!

 ……などと悠長に関心してもいられない。この隙に私は物理的に攻撃しないと!

「マユカ、今だ」

「ああ!」

 とはいえ思い切り突きに行っても、はやり人の部分には当たらない。当たる部分は甲殻で弾かれる。

 くそっ、私も少しでも何か物理的なダメージを与えないと、こんな大技を使ってルピアが長時間持つわけがない。

 とにかく先に考えていたように翅を狙いに行く。本体を棒で狙うと見せかけて、広げたままだった翅に足で蹴りを入れる。フェイントは上手く行き、思い切りヒットした。

 微かな感触と共に、ばり、そんな乾いた音が響く。

 よし、片方だけだが翅を破った!

 痛みを感じたのだろうか、僅かに残る美しい人の顔が怒りに歪んだ。

「おのれ……!」

 ルピアの白い光の戒めを引き千切るかの如く、女王が身を縮めたあと手足を思い切り広げると、光が四散し、こちらに返って来た。

「わあっ!」

 弾かれたようにルピアが飛んで地面に叩きつけられる。

「ルピアっ!」

 女王もまた片翅を失って飛べなくなったのかフラフラと降りてきた。光に吊り下げられていたから辛うじて宙にとどまっていたが、支えるものが無くなった今、もう飛び立てはしないだろう。

 ルピアが気になったが、この機を逃すわけにはいかない。

 地に足がついた状態の方が私は戦いやすい。下段に棒を構えて突っ込む。

 顔をやや伏せ、立っていた女王が顔を上げた。と、同時に虹色の大きな複眼が眩く光ったと思うと、すさまじい何か襲ってきた。

「許さぬ」

 風というか気の塊というか……これも魔法なのだろうか。流石女王と、弾き飛ばされながら考えてる私もなんだか悠長かもしれない。

 私はかろうじて地面に叩きつけられはしなかったが、着地というにはやや無様に、先に倒れていたルピアの横に尻もちをついた。

「もう……一度、さっきのを……やる。目を何とかすれば魔法は使えない」

 そう言ってルピアが立ち上がろうとして、すぐに腹を押さえて蹲った。唇の端に血が見える。地面に叩きつけられた勢いで先の傷が開いたのかもしれない。第一もう魔力も残ってないはず。

 それでも必死で立ち上がろうとしている姿に、また私の中の何かが吹っ切れた気がした。

「馬鹿、無理するな! 死ぬぞ!」

「バカって……いう……な」

 ゴメン、ルピア。でも大馬鹿だ。一生懸命なのはわかるが、お前が死んだら意味が無い。

 敵が目の前にいようが、なんかまた男女が逆になってようが構わない。ルピアを抱き寄せて思い切りキスする。口の中に血の味が広がった。

「マ、マユカっ?」

「ちょっとだけだが魔力の補給だ」 

 まあ、勿論大女王も目の前でいきなりキスしはじめた私達をぼけっと突っ立って見てたわけでは無かった。またあの力の波が襲ってきて、二人とも吹き飛ばされそうになったが、ルピアの頭を抱え込んで地面に伏せ、何とかしのいだ。

「ルピア、ここを動くなよ」

 あの複眼をなんとかすればいいのだな。

 私はもう一度女王に向かって突っ込む。ルピアもそうだが、女王もそう長時間、そして連続しては魔法を使えないようだ。

 棒と甲虫の手足との攻防。再び複眼が光り始める。

 私は咄嗟にもう裂けていた自分のマントを引き外し、ひらりと宙に放った。

 ほんの一瞬だが動きを止めた女王。そこを渾身の力をこめて突きに行く。

 金色の棒の先が虹色の女王の複眼を射抜いた。

 あれだ、先のサイネイアの羽根扇と同じ、猫騙しだ。放ったマントに何の意味もない。ただ一瞬でも他に気を向けただけ。


 オオオオオ――――!!


 空気を、地面を揺らすほどの女王の声が響く。

 身を捩り、のたうつさまは舞を舞うよう。

 この隙にもう一撃と出たが、魔法は封じてもまだ五本の武器があることを私は忘れていた。


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