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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
第一章 五種族の戦士編
14/101

14:魔力の補給

 町役場前の広場に、馬で駆けつけてきたのは十名ほど。残りはそれぞれ散って活動しているとの事だ。

「こっちは役つきを押さえた。そっちは?」

 ゾンゲに訊くと、淡々と別れた他の隊の動向を報告してくれた。

「狼煙を確認したのでミーア、リシュルもこちらへ向かっているはずだ。処理部隊も相当な数の下っ端を回収した。後、デザールの兵と地元の警察が、数箇所で無事な市民を保護している」

「そうか。良くやった」

 ……私は避けていたのかもしれない。すぐにルピアの顔を見るのを。

 だから事務的な話から入ったが、そうも逃げてはいられなかった。

「ルピア様を……」

 ゾンゲが腕に抱えたままのルピアを気にしている。

「ああ。降ろしてやってくれ」

 そっと降ろされたルピアの顔は酷く白く見えた。苦しそうでも無く、ただ眠っている様な穏やかな顔。

 私は地面に座り込んで、ゾンゲに代わってそのルピアの上半身を支えた。まったく力が入っていない体はくたりと私完全に身を預けてくる。

 すごく頑張ったんだろ? ほら、サービスだ。膝枕もしてやろう。こんな地面に綺麗な髪がつくのは嫌だもんな。

「ルピア? 私だ。聞えるか?」

 呼びかけてみたが身動きもせず、返事もない。

 離れすぎたのが問題だったはず。だから近くに来れば元に戻るものだと思っていたのに……ぐったりとした体に劇的な変化は訪れなかった。

「息はしておいでだが……段々と鼓動も弱くなっている気がする」

 ゾンゲの言葉にまた心臓がドキンと跳ねた。

 白い頬を軽くぴたぴた叩いてみてもルピアは目を開けない。

 もう離れてないぞ? ほら、こんなに近くにいるのに。

「ルピア? 何で目を開けないんだ?」

 揺すってみても反応しない。人形のように揺すられるままのルピアに、何かがじわじわと心に湧き上がって来る。考えてはいけない事。

 なあ……いつもみたいに残念な事を言って呆れさせてくれないのか?

 どうすればいい? 何か言ってくれ。頼むから。

 お前が私を呼んだんだろう? 契約だなどと勝手な事を言って呼んでおいて、魔力が切れたから終了と言われても困るんだぞ。

 ……そうだ、こいつは私にとって迷惑なだけの存在で、それほど長い時間一緒にいたわけでもない他人だ。なのに、なぜこんなに胸が痛い? それが一番わからない。

「王様だろう? いっぱい責任もあるのに……」

 そういえば、人の姿の時に、こんなに間近でじっくり顔を見た事が無かった気がする。子猫の時はずっと見ていても見足りないほどなのに、こんなキラキラのイケメン顔、恥ずかしくて直視出来なかったんだ。

 こんなに睫毛が長かったんだな……濁りのない金の髪と、透き通ったエメラルドみたいな緑の瞳の印象が強すぎて他には気がつかなかったけど、そのすっとした鼻も眉も綺麗。でも決して女っぽい訳じゃなくて。薄いけど形のいい唇が少し色を失ってる。

 金の髪を撫でてみた。指にしっくりと絡まるその手触りは猫の毛の様に柔らかで細くて……。

「嫌だ……こんなの……」

 怖かったのだ。私は。

 もしかしたらもう遅かったのではと認めるのが。

 自分が知らないうちにこの男に気を許していたと認めるのが。

 人に心を許した分だけ、何かあった時に辛いから。

 間に合わなかった人になるのが。


『おまわりさん、どうしてもっと早く来てくれなかったの?』


 昔々に自分が呟いた言葉が蘇る。

 私はそのおまわりさんだ。きっとルピアもそう言うだろうな。そして国の人達も。王様を酷い目に遭わせた私に。なぜもっと早く来てくれなかったのだと。

「お前も私を一人にするのか? こんな知らない所で……」

 熱い物がこみ上げてきた。横で何も言わず皆が見ているのがわかってるから泣かないけど。たぶんこんなに悲しくても表情もかわらないのだろうけど。

 どうしよう、どうしよう……。


『魔力の補給と言うのはどうやればいいのだ?』

『口付けをしてくれれば』


 ……しなきゃいけないのか? やっぱり。

 それで元に戻ってくれるならいい。でも戻らなかったらどうする?

 いやいや。人命救助だと思えば。人工呼吸だ、うん。署でも救命訓練でさんざん練習させられたでは無いか。よし……! 私は思い切ることにした。

「皆向こうを向いていてくれ」

「何故だ?」

 ゾンゲ、そこですかざず返すな。空気を読め、空気を!

「えーっと、人工呼吸をするのだ。こういう瀕死の者を助けるにはそれが一番だろう。人命救助の基礎だろう」

「人工呼吸? 初めて聞いた。では、今後のため是非見学させてくれ」

「そうだな。勉強だな」

 ゾ~ン~ゲ~! グイルまで勉強ってなんだ~!

 こいつらが至極真面目に言っているとわかるだけに、それ以上拒否出来無い。

 豹男、覚えてろ。無事ルピアが目覚めたら、後で一時間尻尾もふもふの刑にしてくれるわ! 根元までじっくりとな! ワンコ、お前もだ! ってんな事言ってる場合じゃないだろう。

 仕方が無い。行くぞ、ルピア。

「うっ……!」

 顔を近づけると更に綺麗な顔が気になって……やっぱり抵抗がある。いっそおっさんとかの方がやりやすかったかも。もういい、こいつは署の救命練習用の人形『警次君』だと思おう。

 顎を持ち上げて、ちょっと口を開かせて……と。

 むちゅ。うおお、唇柔らかいなー!

 きゃーと後ろからメイドちゃん達の声が聞こえたが、私に下心など無いんだぞ!

 慌てて放すが、全然目を開けそうに無い。

「足りない」

 あ、そうか。足りないのか。もっとね。

 もう一度『警次君』にむちゅっとした所で、はたと気がつく。

 ん? 今「足りない」って言ったのは誰だ? ってかがっしりかみ合ってるこの口、吸われてないか? そして私の後頭部を押さえてるのは誰?

 ちらと視線を上げると、ゾンゲとグイルがガン見してる。イーアはメイドちゃんに目を押さえられている。こいつらの手では無い。ってことは……。

 ルピアの顎に当てていた手に力を籠めてみた。直後唇は勝手に離れた。

「痛たたっ!」

「……貴様、いつから目を覚ましていた?」

「い、一回目……」

 ほお。そういえばとても色艶のよい顔になっておいでだな、ルピア・ヒャルト・デザール・コモイオ七世殿下。非常に元気そうではないか。

「人が本気で泣きそうなほど心配したのに!」

 膝枕のままだったが、思いきり立ち上がった。ごちんという音は知らん。

 やっぱりルピアは残念な男だな!


 その後、簀巻きでグイルに担がれていたフレイを元気になったルピアが脅して、この町の下っ端に抵抗せず中央広場に集まるよう指令を出させた。その後、耳かき部隊の元に、虫を取り出すための長い列が出来たのである。

 別働隊で動いていたミーア、リシュル達は、女子供の収容されていた施設を開放した。こうしてこの町は無事取り戻す事が出来た。

 役付きのヴァファム、フレイルンカスに寄生されていた女性は本来、この町の市長の秘書の女性だったらしく、若い頃は踊り子だったのだそうだ。あの脚力と身軽さ、早い身のこなしはそこから来ていたのだな。昔、私の空手の師匠ですらバレリーナのキックには勝てないかもと言っていた。優雅に見えて、実は最強の戦う筋肉を持っているのはバレリーナだというのは、どうでもいい知識だと思っていたが、この度実感させてもらった。

「やっぱり役付きは立派だね」

 ルピアが取り出したフレイルンカス本体……役つきのヴァファムは、下っ端とは違い、かなり大きく、赤い発達した羽根と長い触角を持っていた。アレだな、てんとう虫からコガネムシになったくらいの違い……見たくなかったよっ! うええぇ、こんなのが耳に入ってたって……背中が冷たくなったじゃないか!

 最後にフレイが発したあのキーンという音は、遠方の同じく役付きの仲間に危機を知らせた合図だった事を聞き出し、少しぞっとした。この先どんな事態が待っているかも予想がつかない。

「本当にありがとうございました。まさに救世主」

 フレイ様……本名はユリカさんというらしい。私と良く似た名前。ユリカさんにハグされて、意味も無く嬉しかった。女からしたって綺麗なお姉さんはよいものだ。

 そして、ユリカさんは手土産もくれた。

「この先、お気をつけください。よろしければこれを」

 鞭、いただきましたけど……私もこの格好で先割れの鞭というのは、かなりキビシイものがあると思うので、後でこっそりイーアかミーアにでも持たそう。

「いやあ、ホントに死ぬかと思った」

 へらへら笑ってるんじゃない、ルピア。

「本気で泣きそうなほど心配してくれたって本当?」

「……本当だ」

 悔しいがな。もうあんな思いはこりごりだ。

「マユカ、これでわかっただろ? 僕達は離れられない。今度から一緒に最前線に出るからね、僕も」

「自分の身は自分で守れよ」

「あと、もっと毎日口付けしてくれる? そしたらもう心配はかけないから」

「……投げるぞ」

 残念だ。本当に残念だよルピア。お前という男は。


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