15:作戦会議
絶え間なく動き続ける私のこの悪い指。
「フフフ。この触り心地が堪らん」
「いやあぁ……もう、もう……かんべん、し……てっ」
懇願しても無駄。その仰け反る喉も容赦なく撫で上げる。
逃れようと床に爪をたてる手は、虚しく滑った。
「悪い子にはお仕置きが必要なのだ。いつ勝手にキスしてよいと言った? ん? 人の寝起きを襲ったのは誰? 言ってごらん」
「僕ですっ! も、もうしませんっ。だから、だからっ、そんなところっ! やんっ」
ここって所をぐりぐりっと押すと、足を震わせて腰砕けになるのがたまらなく可愛いい。
腿の内側をゆるりと撫でると、ピンと強張るように伸びる足。
「うにゃんっ!」
「いい声で啼くじゃないか」
哀願するように私を見上げる緑の綺麗な瞳が、ちょっと涙で潤んでいる。そそる。そそられるよぉ。それ、煽ってるだけだからな。
「マユカ……鬼だな。無表情のまま」
「声だけ聞いてたら、とんでもなくイケナイ事をしてる気がする」
横でリシュルとグイルが赤くなって呆れている。
実際は子猫をこれでもかと撫でくりまわしているだけなのだがな。お仕置きだ。ゾンゲに教えてもらった弱い箇所を刺激してやっただけの事。
子猫ちゃんモードのルピアはとろんとろんになっている。
「尻尾の付け根ってこんなチビの体でも感じるのか?」
「ぼ、僕はこれでも二十四だぞ。なんなら人間に戻ってみようか? それでも同じことしてくれるなら喜んで戻るぞ?」
「変態。戻らんでいい。もっとお仕置きされたいのか?」
君にはお仕置きでも、私には至福の癒しタイムなのだよ。萌え~っ。
もふもふさわさわぐりぐり。肉球もぷにぷに。あ~いい手触りぃ。
「あの……ルピア様、マユカ様。仲睦まじくお楽しみの所を悪いのですが、そろそろキリムの軍が到着いたしますので、会議室の方へ……」
キジトラメイドちゃんが呼びに来た。これまた微妙に顔が赤い。
言っとくが、仲睦まじく無いからな。絶対に。
振り返ると、半べそをかいた人型に戻ったルピアが、皆に同情の目で見られてた。
先日、第三階級の役付きフレイルンカスの支配から解放した町は、キリムの中でも重要な位置を占める都市であったらしい。他国との国境に近く交易の要所になっていた事から、西方方面第二司令などという肩書をもつ『役付き』が配置されていた模様だ。更にこの先のキリムの首都に次ぐ大都市には第一司令が居るらしく、既にほとんど敵の手に落ちているという。
報告によると、海の向こうでは更に深刻な事になっているそうだ。
大体、何処の世界でも侵略、独裁体制が敷かれるようになると、レジスタンス運動が起きるのが鉄則。寄生による管理から逃れた人々が集まり、自分達も武器を手に戦い始めたというのだ。
これはいけない。ヴァファムに寄生されているにしても、元は同じ市民であり隣人。そんな一般人同士が戦い、傷つけあうなどあってはならんのだ。また、返り討ちにあっては元も子も無い。
たかが虫、殺し合いも無いわりとのどかな戦いだと侮っていたが、これは一刻の猶予もない深刻な事態ではないか。
「早くヴァファムの頂点である女王を倒さねば収集がつかないな」
思わず私がこぼした言葉に皆が頷く。
元を断たねば、せっかく解放した土地もまたいずれヴァファムの手に落ちるだろう。
「女王がいるのは向こうの大陸の中央にある、セープ王国の首都の城だ。王も王妃も上位の役付きに寄生されている。女王に寄生されている者の種族も正体もわからないが、役付きの中でも最も強い精鋭によって守られ、日々大量の卵を産み続けていることだけは確かだ」
リシュルが説明してくれた。
「詳しいな」
「セープは蛇族の国で私の生まれ故郷だから。上位の役つきに寄生されているというセープ王と王妃は私の両親だ」
「え……」
知らなかった。このひょろっとした優男風なのに、結構な拳法の使い手の正体は王子様だったのか! そういえばこの面々の中で一番品がある。
しかし……両親が役付きに寄生されているというのは、どれほどまでに辛いだろうか。なのにリシュルはそんな苦悩も微塵も見せず、遠く故郷を離れてこうして一緒に戦っているとは。なんて強い心の持ち主なのだろうか。王子様なのにしっかりしてるし。くうっ、すごいじゃないか。
そう私が感心してる横で、のほほーんとしているルピアが目に入った。
「……色々とリシュルを見習え、ルピア」
「意味がわからん」
モロモロ残念な王様はぷいと横を向いた。そういう所が残念なのだ。
その残念な王様が偉そうに会議室の中央に立つ。報告が終わり、これから本格的に会議だ。
今、この会議室の中は、いつもの五種族の戦士と私とルピアの七人以外にも、今日合流したキリムの軍の上層部が十名ほど一緒だ。
ちなみに議事進行および総括は、さっきまで弄くりまわされていた残念ルピア様七世。へろんへろんになってた先程とはうって変わって、びしっと正装でお立ちである。まったく見た目だけは本当に良い男だ。
「この世界の脅威を除くには、根を絶たねばならん」
皆が注目する中、ルピアがばん、とテーブルを両手で叩く。
「そこでだ。この度この大陸一の大国キリムの軍に協力してもらえる事になったのを期に、一気にこちらの大陸だけでも開放すべく作戦を立てた。まだヴァファムの侵攻を受けていない他国の軍も随時参加してくれるよう調整済みだ」
へえ。ルピアはいつの間にそんな手配をしていたんだろう。やるときはちゃんと仕事してるんじゃないか。こいつって凄い奴なのか、とことん残念なのか本当にわからん男だ。
ルピアは続ける。
「残念ながら我デザール王家にしか、異界の民を召還する秘法は使えないので、マユカのような看板になる戦士は用意出来ない」
ちょっと待て。私は看板扱いか? ま、まあいい。人の結束のためには看板も必要だと納得しておこう……と思っているのに、グイルがルピアに同調するように付け足した。
「第一、幾ら異界から他に召還出来たとしてもこれほど強い者はいないだろう?」
いやぁ、それは買被り過ぎだと思うがな。男でもいいんならもっともっと強い者は沢山いるし……あ、でも契約と魔力補給の事を考えたら男というのは絵面的にも精神的にもキツすぎる。ひょっとして召還できる戦士が女なのってそういう理由なのか? 何か……いい加減。あの細かい条件ってのも、この無駄に露出度高めの戦士の鎧も、先のヴァファム侵攻の際、時の王の好みのタイプで決まったとか言う軽い理由だったりしそうだ。聞くのが怖いので忘れよう。
「そうだな、これ以上強いものはそういない。だが我々にマユカがいるにしても相手の数が多すぎ、時間がかかりすぎる。本命の女王の所に辿り着けるまで、一体どれだけかかるかもわからない。そこで、下っ端は各国の軍に任せ、マユカと他の種族の戦士には『役付き』以上の強い幹部を抑える事にのみに専念してもらう事にしたのだ」
おおっ、とどよめきの上がる会議場。私も思わず頷いた。
うむ、それはいい作戦ではないか。ルピア。
「幸い、異界の技術の導入により、ヴァファムを殺さずに寄生された者を解放する方法も確立された。各国軍部にはその技術の習得、および使用する器具の生産ルートの確立をお願いしたい」
異界の技術……耳かきってそんなすごいものだったのか。日本では大抵どの家庭にも一本はあるというのに。先の丸いピンセットも使うと効果的というのも実験してみてわかったことだし、戦場で全ての兵が耳かき・ピンセット・ビンの三種セットを持って駆け回っている所を想像して、私は心のなかで笑った。
まあよい。そういうことなら私達も少ない人数で何とかやっていけるのではないか。だが後をすべて軍に任せるとなると懸念だってある。
「ひとつよいか?」
私が手を挙げて意見することを求めると、一斉に視線が集まった。
考えてみたら、私がこんなに真面目に会議に出席して、意見まで出すのは初めてでは無いだろうか。スイマセン、署長……いつも寝てました。
「一旦寄生から解放された者、またこれ以上寄生される者を出さないための方法も考えた方が良いのでは無いだろうか」
またもおおおっ。ってか、そこどよめく所か? 至極真っ当な意見しか言って無いぞ。
「下っ端によって運ばれて来た幼虫が耳穴、稀に鼻に寄生する事で広がるという事は確認済みですが……そうですね、予防策も考えねば」
キリム軍の学者っぽい犬耳の男が頷いてくれた。
ヘッドホンとか耳栓というのもありだが、同じ種族であっても先祖返り、獣耳、人型と姿形も様々なこの世界では単一規格では間に合わない。なにかこう、いい方法が無い物だろうか。
「虫よけ……」
ふと頭に浮かんだ殺虫剤は、ヴァファムを殺してしまうかもしれないので却下。蚊取り線香みたいなのは無いのかな? まあ、その辺は研究者に任せておこう。
私は戦士なのだろう?
実技は後で簡単な講習でもするとして、軍のお偉い方にこれだけは言っておきたい事があった。
「あともう一つだけ言わせてくれ。この世界の基準はわからないが、私のいた世界で戦の現場では略奪や暴行などが普通に行われた。これはあってはならん事だ。民族の違う国では尚の事。兵にはそういう事の無いよう必ず徹底させてほしい。それを違えた者には制裁を。また、相手が殺傷能力のある武器を持っている以上、力を持たぬものは武器の使用もやむを得ないと思う。だがこちらは絶対に相手を殺すな。必要以上に傷つけるな。棒切れくらいの物以外は使用するな。己の拳、体技のみで戦え」
私達、地球の人間の悪しき習慣を暴露してしまうことになったが、この脳天気で平和な獣の世界の人々にまで、同じ轍を踏んで欲しく無いのだ。
無力さに泣く女子供が出ないように。人を傷つけた事への後悔に苦しまぬように。
ここはせっかくのもふもふ天国なのに。
「それを守って頂けるなら、私は喜んで先頭を切って戦おう」
私が言い終わると、しばらくは会議室は静まり返っていた。やはり、こちらの者には理解できぬ内容だったのか、それとも綺麗事だと心に響かなかったのだろうか。
すこし心配になったころ。ぱち、ぱち、ぱち……小さく拍手が起こった。ルピアだった。
最後は大きな拍手となって、皆が感極まったように立ち上がった。
「……ほらね、僕が呼んだ伝説の戦士は違うでしょ?」
何だか嬉しそうな王様だった。




