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鉄仮面な伝説の戦士は猫がお好き  作者: まりの
最終章 決戦大女王編
100/101

100:渡りの時

 再び訪れた静寂の中、もう涙も枯れた私とルピアは、呆けたように、ただぼうっと地面にへたり込んでいた。

 終わった……何もかも。

 決して後味がよい終わりでは無い。大女王は倒したものの、突然何かが変わったという実感が無いこともある。

 残してきた仲間達も気になるし、ルピアの体も診てもらいたい。そろそろ城の方の様子を見に行こうと、ルピアを支えて立ち上がりかけた時だった

「マユカ――――!」

 聞き慣れた声に城の門の方を見ると、大勢が走って来るシルエットが見えた。

 それは徐々に月の光で顔さえわかるほどに近づいて来た。

 あれは。ミーア、イーア、グイル、ゾンゲ、リシュル。共に戦った戦士たち。それに、ゲンもニルアも双子の鳥も、耳かき部隊も。みんな無事だったんだ。

 良かった……。

「大女王を倒したんだ! すごいよ!」

 飛びついて来たイーアの無邪気な声。

 他の大人達は流石に神妙な顔をしている。中でも事情をよく知っているからか、セープ王は悲しげに目を伏せて、魔導師達に命じて大女王の亡骸に布を掛けてくれた。

「核を砕いた……もう、二度と復活しない」

 ルピアがそう言った直後だった。

 石畳の地面に散らばっていた、砕いたはずの核の欠片が再び虹色に輝き始め、皆で慌ててその場を離れた。

「まさか、まだ……」

 慌てて突っ張り棒を掴み身構えた私を制するように、ルピアが手を翳す。

「いや、違う」

 布を掛けられた大女王は動いていない。もう動かない。永遠に。

 皆が息を殺して見守る中、キラキラと輝きながら空に上がっていく虹色の光。それは高く高く上がってゆき、月が浮かぶ空に吸い込まれて行った。

 直後、空に亀裂が走るのが見えた。空が割れるわけはない……そうわかっていても、まさに空の割れ目としか言いようのない眺めだった。虹色のオーロラのように空に揺らめく亀裂。それは徐々に広がり、大きくなっていく。

 何が起きようとしているのだろう。

 見上げる一同は声もあげずその様子を見守っている。私も、ルピアも。

 ルピアは声も出さずに何か呟いている。魔法を使っているのか?

 そして聞こえてきたのは虫の羽音。

 蜂の群れのような、いや、もっとすごい数の響き。

 月の光で藍色だった空に黒い大河が流れるよう、ものすごい数の虫達が列をなして飛んで来る。中には小女王であろう巨大な虫を集まって抱え上げるもの、卵や幼生達をあの糸に包んで運ぶものもいる。

 その様子を見て、ルピアがホッとしたように微笑んだ。

「先にデザールの地下に送っていた者達も合流出来たようだね。良かった」

 そういえば私が召喚されて最初に目覚めた部屋……神殿には何か仕掛けがあるとルピアが言っていた。だから瓶がいっぱいになったらそこへ送っているのだと。さっきルピアが何か呟いていたのは、その仕掛けを解除したのだと理解出来た。

「何が起きるの?」

 ミーアが私の腕にしがみついて怖がっている。正直私も怖くなってきた。そんな私達を見て、ルピアは微かに笑って説明してくれた。

「怖がらなくていい。あれはヴァファムの渡り。大女王が死んだから彼等は次の世界に行くんだよ」

「渡り?」

 渡りって、鳥とかそういうのがするアレ?

「うん。母上が調べていた帳面に書いてあった。大女王が死ねば次元の扉が開き、ヴァファム達は新しい世界へ旅立って、再び大女王が生まれるのを待つんだって」

 ……なんかよくわからんが。

 集まっていた皆に、ルピアが瓶の蓋をあけるよう命じると、捕らえていた虫達も空に飛び立っていく。

 赤や黄色の役付きの虫達は、何か話しかけるように私達の周りを回ってから大群に合流していった。

 残念ながら九階で死んでしまった者もいたが、向こうの大陸で戦った他の役付き達もあの大群の中にいるのだろうか。

 フレイルンカス、グレアルンカス、ユングレア、コモナレア、ルミノレア、リリクレア、ベネトルンカス……私は戦った相手の名は忘れない。皆、虫ながら個性豊かで、ひょっとしたらそこいらの人間よりも感情豊かで人間臭かった。

 私は虫は苦手だ。しかし、もしも人に寄生してその人格を奪うものでは無かったのなら、彼等とは案外仲良くなれたかもしれない。勤勉で、清潔好きで、真面目な彼等と。

 空の虹色の亀裂に向かい、虫達は真っ直ぐに飛んで行く。

 渡りはどのくらいの時間続いたろうか。全ての虫達を飲み込み、空の亀裂はゆっくりと瞼を閉じるように消えて行った。

「ヴァファム達は何処に行ったのだ?」

 私が聞くと、ルピアは穏やかに語る。

「よくわからないけど、多分まだ文明を持たない原始的な生き物達だけがいるどこか違う世界。そこで新しい世界を創っていくのだと思う。新しい大女王を中心として……最初は他の生き物に寄生してかもしれない。でも彼等の順応力は素晴らしいから、行き着いた先に合うよう独自に進化もしていくだろう。彼等こそが創造主が獣に与えた力の石そのものだって、さっき大女王も言っていた事は案外正しかったのではないかと……僕は信じる」

 ルピアは微笑むような目で空を見上げている。瞳孔が大きくなって、くるくるした夜の猫の目で。

「……ああ。そうかもしれないな。ここだけじゃない、私の生まれた世界もな」

 ひょっとしたらヴァファムはこの世界の他のどの種族よりも、そして私達の世界の人間の祖先よりも古い高度な知的生命体なのかもしれない。

 遥か昔、どこかからやって来て、そこにいた原始的な生き物の進化を促したのではないだろうか。例えば私達の世界なら、最初の猿の耳か鼻にヴァファムが寄生し、ある日突然知性を持ち始め、道具を使い今の人類に進化したのかもしれない。そう思えば? この世界に来て最初にルピアに聞いた五つの種族の誕生も然り。それが力の石という昔話として伝わったのでは?

 キラキラと光る赤や黄色、紫の虫達は宝石のようだから。

 それに……私はそんなに詳しくはないが、いつも昆虫と他の地球上の動物が同じ進化の上にあるとは到底思えないと何故かしら思う所があった。それ故に苦手だったとも言える。ちゃんとした学説では地球上で微生物の時代に遡って系統表も作られているが、わからない部分もまだ多いと聞く。彼等の祖は何処か違う世界からやって来て、後で地球に合うように長い時をかけて進化しただけではないのかと。その元がヴァファムであったなら納得がいく。

 この世界と、私の生まれた世界でよく似た文化であるのも……真実はわからないがそんな気がしなくもない。

 まあちょっと、私には畑違いすぎてよくわからない。頭がこんがらがりそうだからもう考えるのはやめよう。



 空に消えたヴァファムを見送り、魔導師や医師団に治療を受けたルピアはかなり元気になった。

 城に押し寄せてきた下っ端に寄生されていた街の人々も家に戻った頃。セープの城の大広間で、私が各種族の戦士達、その他の皆と体を休めていた時だった。

「マユカ、来て」

 ルピアに呼ばれて、少し皆と離れた。

 大広間の隅で、私はルピアと向き合って立つ。

 何の用だろう、何を言うのかなと私は気楽に考えていたのに、ルピアはしばらく何も言わなかった。

 笑うでもなく、泣くでもなく、何の表情も浮かべない顔で……まるで私の代わりに鉄仮面をかぶってしまったようなルピアは、しばらくの沈黙の後、ぽつりと言った。

「……契約が終わったね、マユカ」

「ルピア?」

 確かにそうかもしれない。大女王を倒し、この世界からヴァファムが消えた今、私の役目は終わったのだろう。

 だが、なぜ今そんなに改まって……嫌な予感しかしない。そしてその私の予感は、次のルピアの言葉で的中してしまう。

「約束通り、君の本来いるべき世界に帰してあげる」

 そう言ってルピアは軽く私を突き飛ばすように距離を取った。

「ちょっ……!?」

 無表情に見えて、ルピアの唇が微かに震えている。きっとすごく我慢してるんだ。

 私はもう決めていた。向こうの世界に未練が無いわけではないが、もう帰らなくていい、帰らないと。

「いやだ、帰りたくない! もうこのままずっとここにいたい。お前と一緒に……」

「駄目だよマユカ。これが契約だったのだから」

 ルピアは数歩後ずさって、不思議な言葉を呟き始めた。今までの魔法とは違う、瞬時にそれは理解できた。

「本当はデザールでと思っていたけど……今でも出来るってことは、やっぱり契約終了したってことだね」

 そう言ってくるりと私に背を向けたルピア。

「おい! なんなのだいきなり」

 追いかけようとして、動けないことに気が付いた。足元を見ると、床に大きな図形が現れて、それは私を捕らえるようにぱぁっと光を放っている。次の瞬間には、巨大な掃除機にでも吸い込まれるような気がした。

「僕の気持ちが……変わらないうちに。さようなら」

 ルピアがそう言うのが聞こえた。ちょっと待て! 私の気持ちはどうなるんだ?

 悔しくて涙が出てきた。

 こんなにいきなり帰れって? 冗談じゃない! やっと私は自分の気持ちに素直になれたのに。本当にただ一人を好きだって思えるようになったというのに。

「マユカ?」

「ちょっと! 何やってんのよ!」

 ミーア達が光に気がついて駆け寄ってきて、驚いたような声をあげた。

 私を包む光は段々と強くなっていき、もう彼等の姿も霞んできた。ああ、嫌だ。帰りたくないのに! 必死に抗うが足が動かなくて逃れられない。

「マユカは契約が終わったから自分の世界に帰すんだよ」

 確かに私は帰りたかった。生まれた場所へ。

 だが今は……帰ってもそこにルピアがいないなら帰りたくなんか無い。それが私の正直な気持ちなのに。

「帰らない! ルピアと離れるなんて嫌だ!!」

 声の限り叫んでみても、ルピアはもうこっちを向いてくれない。

 眩い光は私を飲み込もうとしている。異世界への道が開いてゆくのがわかる。

「一人で行かせちゃうの? 猫王様はそれでいいの!?」

 ミーアがルピアにくってかかってる。

「僕だってマユカの事を愛してるよ! 本当は一緒に行きたいけど! だって……向こうじゃ僕は猫だし!」

 声が泣いてる。ルピア、お前だって本当は嫌なんだろう、なあ! だからやめて! この術を解いてくれ。せめて一緒に!

「それでもいい。猫でもいいから!」

 本心からそう思っているのに。段々とルピア達に向けて伸ばした私の手が透けていくのがわかって、体が動かない。既に体は足から順に半分くらい消えかけてる。

 嫌だ、離れたくないのに。

「責任……とるって言っただろ?」

 こっちも向いてくれないルピアに手が届かない。

 足元の光る図形が完全に私を飲み込もうとしている。

 その時、ルピアの後ろに何人かが走り寄るのが見えた。ぼんやり霞んだ視界で、もう誰なのかわからないが。

「もう、なにやってんのヨ、見てらんないわっ!」

「惚れた女泣かせて、自分だって泣いてるじゃん!」

「このまま手放していいわけないだろ!」

 ええと……すでに朧にしか見えないんだが、グイルかゾンゲあたりにルピアがこっちに向けて突き飛ばされたように見えたんだが……? ゲンかな? それともみんな?

 ああ、なんだか気が遠くなってきてもうよくわからない。


 さようなら、皆。

 もうどう足掻いても無理みたいだから、素直に帰るな。

 グイル、すごく頼りにしてた。

 ミーア、お前みたいな妹が欲しかった。

 イーア、お兄ちゃんを大事にな。

 ゾンゲ、その尻尾の手触りは忘れない。

 リシュル、よく頑張ったな

 ゲンも、双子も、二ルアもスイも……もう会えなかったけど、マナ、リール、ヒミナ先生……耳かき部隊にメイドちゃん達。

 大好きだったぞ、皆のこと。


 そして―――

 ルピアの大馬鹿野郎。一生恨んでやる。


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