プロローグ 姫騎士達は千人の敵と戦う。そしてそれを見守るおっさん(俺)
異世界産物記がひとまずの終了をしましたので新連載を始めます。
① 錬金クラフト・現代ファンタジー
② 男女比・あべこべ・高校生
③ パラメーター&技能成長による無双系異世界ファンタジー
このあたりを考えていたのですが最終的にはこちらが一気にまとまりました。カクヨム様で書いていた拙作をいくつかまとめたというのも書くにあたりスムーズに進んだ点もあります。
昔、こういうタイプの宿泊施設もあったのか…そんな風に思って読んでもらえば幸いです。
よろしくお願いします。
「壮観だ…」
古く、そして荒れ果てた石塞の上から西の方を見てそんな呟きを漏らしているのは俺、大分県で宿泊所とそこに付随している売店を営む渡会勝治四十歳だ。
そんな俺の視線の先には敵勢が勢揃いしている。全員が統一された黒っぽい鎧を着た敵国の正規兵だ、その数は千名ほど。今までの説明だけだと日本が侵略されているのかという事になりそうだがそうではない。ここは異世界…ダライブルグ公国、西の王国アクイアーリが攻め寄せて際に国境を守る最前線のとなる場所である。ただ、この土地にはとある致命的な欠点があるので長期的な防衛には向かない。あくまでも短期間、足止めをして時間を稼ぎ敵を消耗させた上でこちらも軍勢を揃えて決戦に至る…そういった石塞であった。
ちなみに石塞というのは主に木材を使って築かれる国境などの人の往来を検める関所を岩石を積み上げさらに強固に防衛の拠点にしたものである。
三国志好きの人なら函谷関とか虎牢関、陽平関のような防御施設と言えば分かりやすいだろうか。もっともあれよりも規模や堅牢さははるかに低い。それでも狭い切り通しのような地形に築かれているので立て籠って戦うのならば攻め手に対し守り手側の方がはるかに有利。しかし敵とこちらの兵数の差は明らかに違っていた。
「敵は一千、こちらは十四…。数の差は歴然だな」
「サリナ様」
振り向くと声の主が石造りの足場を軍靴の音を響かせながらやってきた。歳の頃、十代後半の美しい女性である。背は高すぎず低すぎずやや細身の均整のとれた体格、しかしながら敵兵が目前に迫る戦地に相応しく身を包むのはドレスではなく鎧兜である。
サリナ・ダライブルグ…。俺達が立て籠っているこの石塞の守将であり、自ら槍を取って戦う戦士でもある美しき才媛だ。
白を基調とした色合いと肩当てや胸当てなどの各パーツの縁にスミレ色のラインが引かれて装飾された鎧で身を固め手には一振りの槍。金色の長い髪とシミひとつない白い肌、そして上品な顔立ちは彼女がやんごとなき身分である事を容易に想像させる。事実、サリナ様はダライブルグ公爵家の血筋であり現当主の孫娘である。
大声を上げながら敵兵達がジリジリと近づいてくる、同時にガンガンと半鐘か銅鑼みたいな金属製のものを叩く大きな音が打ち鳴らされている。
「音と声…、脅しのつもりか?あいにくとこちらに遠吠えごときで逃げ出すような腰抜けはおらぬ」
密集した陣形で相変わらず大声を上げながら敵兵達が近づいてくる、そしてあと少し近づいてくれば弓矢が届く距離となったところで敵兵が足を止めた。大音声をやめ敵前衛の重装歩兵達がサッと左右に分かれた。
空いた隊列のど真ん中を開け小径ほどのスペースが出来ると後方から白馬に乗ってやってくる者がいる。地味で黒っぽい兵隊達の鎧とは違って派手な金ピカに光る鎧を身につけた銀髪の男、美男ではあるがその顔には人を見下すような嫌な笑みを浮かべている。そして俺にはその顔に見覚えがある。忘れるものか、俺をこの世界に引きずり込んだその元凶のひとり…!!
「やあやあやあ!!」
戦場にいるとは思えぬような明るく気楽な声が響いた、まるで陽気な村人が見知った顔に手を振って近づいてくるみたいに…。
「この声…、やはりヤツか!」
間違いなくヤツの声!この距離でもハッキリと聞こえという事はヤツめ、遠くまで声を届かせるような魔法でも使っているのだろう。
「僕はこの度、我が国の最東端を預かる事となったラウルスク・ニコライ・ミレイエフ伯爵だ!…おっと、まだ名は続くんだった。ははは、まだ慣れていないものでねぇ!由緒ある我が家名ミレイエフ、その後に栄光あるアクイアーリの尊号もいただいたのだよ!」
「アクイ…アーリ…!!」
こちらが聞いた訳でもないのに勝手にヤツが口にした単語に思わず俺は反応した、ヤツもそうだがそれ以上に遺恨あるその名前に…。
「これから僕の名を呼ぶ時は尊号も付けて呼んでくれたまえよ!なんせ我らが偉大なるアクイアーリ王国を治める陛下より養子となる栄誉を賜ったのだから…、ははは!」
「僻地に伯爵か…、なるほど名誉だけは与えたか。それに相応しいだけの領地は自分で切り取れという事か。それを鵜呑みにして喜んでいるようでは…。ヤツめ、知識はあれども格式や肩書きばかりをありがたがる気質は直っておらぬようだ」
高笑いしながら語るラウルスクに対しサリナ様は冷静…いや、とても冷ややかに呟く。
「聞こえておりますかな?サリナ・ダライブルグ嬢!僕の目的はただひとつ、貴女だ。幼き日、一目見たその日から僕の心は貴女を求めている。できれば手荒な事はしたくない、潔く抵抗をやめ我が軍門に降るが良い!さすれば僕は貴女を妻とし…」
「お断りだ」
ラウルスクの調子に乗った演説はまだ続いている、対してサリナ様は近侍する一人の女性に短く声をかけた。
「シグレッタ!当たらずとも構わぬ、射よ!」
「はっ!!」
即座にシグレッタと呼ばれた女性騎士が弓を斜め上に構えて矢を放つ、元々的に狙っても当たるような距離ではない。命中などしなくていいからとにかく遠くに飛ばせ、ヤツの近くに落ちるくらいでも良いという事だろう。
「その地は水が手に入らぬでしょう?我らの姿を見て引き返し、慌ててそこに立て籠った貴女がたには勝機も…それどころじゃかロクに飲み水すらも残っておりますまい?ゆえに…わああっ!?」
調子に乗って演説していたラウルスクがいきなり大きな悲鳴を上げて馬から転げ落ちた。
落馬したラウルスクの詳しい様子は分からないがヤツはなんとか立ち上がった。先程までとは打って変わってその声は怒りに満ちて余裕のないものへと変わった。
「ゆ、ゆ、ゆるさーん!!者とも、突っ込めェェ!!そしてあの女をここに引きずり出してこい!!他の者は殺そうが何しようが好きにしろ!ふんっ、あの石塞はッ!!周囲も含めて岩石だらけの乾いた地!!ロクに水など手に入らぬ!ヤツらも馬も喉はカラカラ!長くは戦い続けられぬ!」
ラウルスクの言う通り、ここは岩壁が両側に迫った隘路というだけでなく水が無く草もロクに生えない場所だ。守るに適した地形だが水が無いので長く戦うのが難しい。
「かかれッ、かかれィッ!」
周りの者の手を借りて馬に乗り直したラウルスクが怒りに溺れた声で叫んだ、黙っていれば美形、そんなヤツの顔が醜く歪んでいる。
「水なくして馬は走れぬ!ヤツらが関を捨てたとしても遠くまでは逃げられん!十人かそこらではいかに防御に優れた要害に篭ろうとも我らが千の兵には打つ手などない!やれーッ!!」
絶叫のようなラウルスクの号令一下、敵兵達が一丸となって今度こそ大音声を上げ地響きするような勢いで殺到してくる。
「迎え打つぞ!まさに今、敵は死地にあり!」
槍を一振りさせたサリナ様がなんら臆する事なく凛とした声で叫んだ。配下の十二人の女性騎士達に下す迎撃の号令に全員が一斉に武器を構える。
「行けェ!!踏み潰せェェーッ!!」
ラウルスクがなおも叫んでいる。
「ヤツと同じ事を言うとなるとまことに遺憾だが…」
サリナ様が皮肉な微笑みを浮かべた。
「アンフルー!出番だ、踏み潰せ!」
「ん…」
スッ…、眠そうな顔をしたエルフ女性が進み出た。
「魔術師か!!だが、どうかな!?重装歩兵達はひとつやふたつの攻撃魔法で倒れるほどヤワではないぞ!」
「召喚…。タイタン・フット(巨人の踏みつけ)!!」
エルフ女性の眠そうな声で魔法が放たれると敵兵達の頭上…、何もない空間から突如緑色の巨大な片足が現れた。それがそのまま前衛の重装歩兵達を踏みつける、高い所から飛び降りたような衝撃と共に…。
グシャアッ!!
密集した陣形が災いしたか十人程の重装歩兵が鎧ごとぺしゃんこになっている。単純に全身が潰れた者…、あらぬ方向に手足が曲がっている者もいる。それを見て
「ヒ、ヒイッ!!つ、突っ込め!!突っ込めェェッ!!あ、あんなのッ、あんなの何度も出来る訳が…」
恐怖に慄くラウルスクの声。
「出来る…。タイタン・フット(巨人の踏みつけ)…ダブル(両足)!」
アンフルーの眠そうな声が再び、今度は敵兵達ねか真上に両足が現れ…。
グワッシャアッ!!!
先程の倍くらい敵兵達が倒れる、恐慌の声が上がり始める。
「突っ込むぞ、遅れるな!!」
バッ!!
走り幅跳びの要領でサリナ様が石塞の上からふわりと舞った、同時に強く指笛を吹く。
ダダダアァァァンッッッ!!
彼女を追って大きな青毛馬が後方から石塞を飛び越えて着地した、その背に申し合わせたようにサリナ様が飛び乗る。
「我に続け!」
叫ぶと同時にサリナ様が敵勢に切り込み、同時に石塞の配下の十二騎が続く。全員が女性達だ。
戦闘要員ではない俺はその様子を石塞の上から見守る、敵との圧倒的な兵力差は最早ないものとなっていた。恐れ混乱し逃げ出そうとする歩兵達、現代で言えば指揮官クラスの騎士が乗る馬も巨大な巨人の踏みつけを目の当たりにして怯えて立ち上がり背中の主人を振り落とした。背中の重さが無くなると馬はこの場から逃げ去ろうと周囲の兵士にぶつかり訳も分からず駆け回る。これだけで敵兵の何人かが命を落とし、あるいは傷を負ったりかろうじて戦意が残っていた者も逃げ散り始めた。
敵勢は混乱の極み、組織立った戦闘が出来ない。そこにサリナ様を先頭に十二騎が矢のように斬り込む、敵兵を無理には打ち取らず蹴散らすにとどめ他の騎士達と同様に無様に二度目の落馬をしたラウルスクに迫る。女性騎士達の中で随一の馬術を腕を誇る一人が馬上から投げ縄を放つと為す術もなくラウルスクは絡め取られた。
「敵将、捕えたり!!」
凛々しい女性の声が響いた。そのまま縄にかけたラウルスクを馬で引きずり石塞へととって返す。それをカバーするようにサリナ様をはじめとする主従が敵前で派手に暴れ始めた。
「は、伯爵様が捕えられたァ!」
「もう駄目だ!お終いだ!」
全ての兵が完全に逃げ出す。
「こ、こらっ!逃げずに戦え!」
「御大将を奪い返すのだ!」
全身を守る重い甲冑に苦労しながらやっと立ち上がった敵軍の騎士達が必死の声を上げるが兵士達は誰も言う事を聞かない。
「うるせー!!そんなにやりたきゃ自分でやれ!」
「あんな成り上がりの口だけ野郎を誰が助けるかよ!」
「ぬぐっ!!…く、くそおッ!!」
兵士達はまるで従わなかった。それを見て手勢も、そして愛馬も失った敵の士官クラスである騎士達もこの場からの逃走を選択したようだ。一般兵と同じように…、そして重い兜や武器まで捨てて逃げ出す騎士まで現れた。サリナ様はそれを無理には追わず配下をまとめ石塞へと戻ってくる。もちろんラウルスクは縄で縛られたまま地面の上を引きずってである。
「ひとつ…、終わった…な」
俺は小さく呟いた。門は開け放たれ、他に守る者など誰もいない石塞の上で…。捕らえられた貴族ラウルスク…、俺をこの異世界に転移させた張本人。その姿を見て俺の脳裏に浮かんだのは平和な日本で平凡な日常を送っていた俺がこの異世界に否応もなく召喚された時から続く苦難に満ちた日々の事だった。




