表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ちょいと偉人に会ってくる  作者: 鈴木ヒロオ
夏の末、秋のきっかけ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

226/229

その説法はいきなり

 その説法はいきなり俺の頭をガツンと殴る衝撃だった。


 瞑目の後、まずは十字むしもちを供されたことへの礼を、善はゆるりと述べた。

 

 ここまでは、広間が暗黙に約束された静寂に包まれた場所だった。


 その音の消えたような空間で、善は一呼吸おいた。


 わずかに顎を引く。


 そして、丹田に収めていた言葉を一気に解き放つように語り出す。


 予震のように空気が震えた。


 

 「今日の良き日は、

人の始め、家の始め、家門の始め、うじの始め。

これをもてなす人は、

月は西より東に向けて満つるが如し。

日は東より西へ渡りて、明らかになる如し。

徳も勝り、人にも愛せられそうろうなり。


 そもそも、地獄と仏とは、

いずれの所に候ぞとたずね候えば、

あるいは、ある経には『地の下にある』と説かれ申し候。

あるいは、ある経には『西方にある』と説かれ申し候。

しかれども、委細にたずね候えば、

我らが五尺の身の内に候と見えて候。

さもや覚え候こと。


 我らが心の内に父を侮り、母を疎かにする人は、

その心こそが地獄にて候。

譬えば、蓮の種の中に華と実と見ゆるが如し。

仏と申すことも、我らが心の内におわし候。

譬えば、石を打たば火のあり、珠を磨かば財のあり。


 我ら凡夫は、

睫毛の近きと虚空の遠きとは、見候ことなし。

我らが心の内に仏は御座おはしましけるを、

知り候はざりけるなり。


 ただし、疑いあること。

『我らは父母の精血変じて人となり、

三毒さんどくの根本、婬欲いんよくの源なり。

いかでか仏は渡らせたまうべき』

と疑い候えども、

また、打ち返し打ち返し案じ候えば、

『そのよしあれもや』と覚え候。」


 義浄房さんが偈文げもんを吟ずるように読み上げた抑揚よりも、善の節回しはさらに独特だった。


 音のない広間は、言葉を失う空間へと変わっていく。


 約束を破る。期待を裏切る。常識を覆す。そして、すべてをひっくり返す。


 その瞬間、もう一人の俺が現れた。


 「それ、まったくポエトリーリーディング、ラップじゃねえか」


 神妙な俺も、明らかに同意している。


 しかし、さすがは義浄房さん、動じず静かに耳を傾けている。


 何にしても善の話には感激する新右衛門さんは、何度も何度も頷いていた。


 父母の話が出たことで、それが琴線に触れたのか、真之介と花里は手を繋ぎ、俯いている。


 小六、何故リズムを取っている。


 覚えようとしているのか。


 善の声に熱が籠る。


 さらに魂を込める。


 広間の空気が、ビートのように震えた。


 「蓮は清きもの、泥よりでたり。

栴檀せんだんは香ばしきもの、大地よりひたり。

桜は美しきもの、木の中より咲きず。

楊貴妃は見目好みめよきもの、下女の腹より生まれたり。

月は山より出でて山を照らす。


 わざわいは口より出でて身を破り、

幸いは心より出でて身を飾る。


 今、家の始めに神仏を供養しまいらせんと思し召す御心は、

木より花の咲き、池より蓮のつぼみ、

雪山の栴檀のひらけ、

月の始めて出ずるなるべし。


 今、家の始め、神仏を疎かとしては、

禍を千里の外より招きだせり。

これを以て思うに、

今また神仏を信ずる人は、

幸いを万里の外より集むべし。


 影は体より生ずるもの。

神仏をかたきとする人の家は、

体に影の相のごとく、禍来るべし。

神仏を信ずる人は、

栴檀に香ばしさの備えたる如し。


 またまた申し候べし。」



 終わりの余震に、まだ空気は震えている。


 心の隅まで余震は届く。


 俺の頭の中は、まだ言葉にならない音でいっぱいだった。


 まとめきれない、収まらない。


 音符の落ちていない白譜しらふのように。


 もう一人の俺が、拍手喝采のカーテンコールを送っていた。


 エンターテイナーが、悪戯っぽく、そして照れたように俺を見つめる。



「十字御書」を引用しつつ、物語に合わせて一部改変しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ