その説法はいきなり
その説法はいきなり俺の頭をガツンと殴る衝撃だった。
瞑目の後、まずは十字を供されたことへの礼を、善はゆるりと述べた。
ここまでは、広間が暗黙に約束された静寂に包まれた場所だった。
その音の消えたような空間で、善は一呼吸おいた。
わずかに顎を引く。
そして、丹田に収めていた言葉を一気に解き放つように語り出す。
予震のように空気が震えた。
「今日の良き日は、
人の始め、家の始め、家門の始め、氏の始め。
これをもてなす人は、
月は西より東に向けて満つるが如し。
日は東より西へ渡りて、明らかになる如し。
徳も勝り、人にも愛せられ候なり。
そもそも、地獄と仏とは、
いずれの所に候ぞとたずね候えば、
あるいは、ある経には『地の下にある』と説かれ申し候。
あるいは、ある経には『西方にある』と説かれ申し候。
しかれども、委細にたずね候えば、
我らが五尺の身の内に候と見えて候。
さもや覚え候こと。
我らが心の内に父を侮り、母を疎かにする人は、
その心こそが地獄にて候。
譬えば、蓮の種の中に華と実と見ゆるが如し。
仏と申すことも、我らが心の内におわし候。
譬えば、石を打たば火のあり、珠を磨かば財のあり。
我ら凡夫は、
睫毛の近きと虚空の遠きとは、見候ことなし。
我らが心の内に仏は御座しましけるを、
知り候はざりけるなり。
ただし、疑いあること。
『我らは父母の精血変じて人となり、
三毒の根本、婬欲の源なり。
いかでか仏は渡らせ給うべき』
と疑い候えども、
また、打ち返し打ち返し案じ候えば、
『その由あれもや』と覚え候。」
義浄房さんが偈文を吟ずるように読み上げた抑揚よりも、善の節回しはさらに独特だった。
音のない広間は、言葉を失う空間へと変わっていく。
約束を破る。期待を裏切る。常識を覆す。そして、すべてをひっくり返す。
その瞬間、もう一人の俺が現れた。
「それ、まったくポエトリーリーディング、ラップじゃねえか」
神妙な俺も、明らかに同意している。
しかし、さすがは義浄房さん、動じず静かに耳を傾けている。
何にしても善の話には感激する新右衛門さんは、何度も何度も頷いていた。
父母の話が出たことで、それが琴線に触れたのか、真之介と花里は手を繋ぎ、俯いている。
小六、何故リズムを取っている。
覚えようとしているのか。
善の声に熱が籠る。
さらに魂を込める。
広間の空気が、ビートのように震えた。
「蓮は清きもの、泥より出でたり。
栴檀は香ばしきもの、大地より生ひたり。
桜は美しきもの、木の中より咲き出ず。
楊貴妃は見目好きもの、下女の腹より生まれたり。
月は山より出でて山を照らす。
禍は口より出でて身を破り、
幸いは心より出でて身を飾る。
今、家の始めに神仏を供養しまいらせんと思し召す御心は、
木より花の咲き、池より蓮のつぼみ、
雪山の栴檀の開け、
月の始めて出ずるなるべし。
今、家の始め、神仏を疎かとしては、
禍を千里の外より招き出だせり。
これを以て思うに、
今また神仏を信ずる人は、
幸いを万里の外より集むべし。
影は体より生ずるもの。
神仏を敵とする人の家は、
体に影の相のごとく、禍来るべし。
神仏を信ずる人は、
栴檀に香ばしさの備えたる如し。
またまた申し候べし。」
終わりの余震に、まだ空気は震えている。
心の隅まで余震は届く。
俺の頭の中は、まだ言葉にならない音でいっぱいだった。
まとめきれない、収まらない。
音符の落ちていない白譜のように。
もう一人の俺が、拍手喝采のカーテンコールを送っていた。
エンターテイナーが、悪戯っぽく、そして照れたように俺を見つめる。
「十字御書」を引用しつつ、物語に合わせて一部改変しております。




